パラドックス・ドライブ〜反発駆動最終兵器に百合は似合わない〜

壱単位

第一章

 

 昨日のホームルームでのことだ。

 この任務の最終確認で、焰梁ほのばりシイナは奇妙なことを尋ねられた。

 世界でいちばん嫌いな人間は誰か。


 迷わず即答した。

 四条しじょうツキハです、と。

 隣に座る女を指差して。


 上官、つまり彼女らのクラスの担任教師は、回答に満足したような表情を浮かべて立ち去った。シイナがちらりと横に目を向けると、こちらを振り向きもしない隣の女、ツキハの横顔には薄い笑いが張りついていたのだ。


 椅子を蹴って立ち上がり、シイナは廊下の壁に拳を打ち付けながら、ツキハに対する評価を再確認する。

 くそ。くそ。くそくそくそ!

 もし明日地球が滅亡して、人類が自分とあの女の二人だけになったとしても、手を取り合うくらいなら潔くマグマにダイブする。大気にあいつの吐いた二酸化炭素が混じっていると思うと肺が拒絶反応を起こす。

 最後に全力で蹴り付けた壁は彼女の怪力を内部からのテロ攻撃として認識し、聖アンカーヴェルツ女学院は全館が第三級迎撃体制に移行した。


 シイナは、だから、今朝は独房からの出撃だ。

 それでも朝のミーティングであいつに会わなくて済んだから、あれは賢い行動だった、次からもそうしよう、などと考えているのだ。


 そんな相手の声が、いま、崩壊した街路を疾走しているシイナの耳元をくすぐった。


 『――正面、対角七度。大型種、来ます』

 「っせぇっつってんだ! 言われなくても見えてるわ!」


 インカム越しに響くのは、鈴を転がすような、それでいて温度というものを帯びない声。シイナは見えない相手に罵声で返し、どんと地面を強く蹴った。


 視界の奥、崩壊したショッピングモールの残骸の影。どす黒いアスファルトが盛り上がるのが視認できた。不定形の侵襲性次元生命体、スクラッチ。大型の歪曲種だ。

 情報そのものが生命を持ったというべき彼らは、現実世界のモノに憑依して行動する。この場合は、建物だ。その構造体と瓦礫とを無理やり接合したような巨体は、優に体長二十メートルを超えている。重い金属を叩きつけ合うような咆哮。


 『あなたの脳が筋肉の緩衝材に過ぎないことは理解していますが、それでも一縷の希望を込めて確認します。まさか正面から突っ込むつもりではありませんよね?』

 「あ? てめぇは黙って茶でも飲みながら高みの見物決め込んでりゃいいんだよツキハ!」

 『あいにくですが、幼稚な全能感で作戦を無に帰す恐れがある相方を救済する仕事がありますので休んではいられません。ついでに言えば、視界に不愉快な存在が入ると嘔吐中枢が刺激されてお茶を飲むことができません』

 「てんめぇ」


 ぶちん、とこめかみで血管が切れる音をシイナはたしかに聴いた。それでも身体は感情を置き去りにして動いてゆく。

 彼女は背に担いだ身の丈ほどもある紅蓮の複合兵装――パイルバンカーとチェーンソーを悪魔合体させたような無骨な大剣、神裂ディジッドの手元を操作し、全機能を開放した。脚を早める。進路は変えない。まっすぐ相手に向かってゆく。

 正面突破。それ以外の選択肢などない。


 大型種がその巨大な腕を振り上げる。家屋ほどもある重質量の一撃。直撃すれば肉片も残らないだろう。

 が、シイナは回避行動を取らない。速度を緩めない。いや、むしろ加速して、その腕の振り下ろされるであろう地点を目指している。


 と。

 しん、と空気が裂ける音。


 刹那、シイナの直上、数メートルの空間を青白い閃光が走った。

 大型種の腕、その関節にあたる部分が破裂するように裂ける。

 超長距離からの携行電磁加速ライフルによる狙撃だった。

 着弾の衝撃で敵の体勢がわずかに崩れる。

 が、シイナにとってはそれで充分だった。


 「――らぁっ!」


 無防備になった懐へ潜り込み、大剣を背から振り上げるように引き抜き、叩きつける。同時に手元のトリガーを引く。側面の刃が瞬時に数千度の高温に熱せられ、高速回転しながら敵の躯体を焼き切ってゆく。開いた切断面に薄く光る青紫の球、スクラッチの核が見える。

 シイナは剣を振り切る動作のなかで正確にその核へ剣先を向ける。軌道が合致するコンマゼロファイブの瞬間に鉄の杭が轟音とともに射出された。球体、核に突き刺さり、貫通する。

 核は砕け散り、情報粒子となって飛散していった。

 支える力を失った躯体がもとの瓦礫に戻り、轟音を立てながら地面へ散乱してゆく。

 

 砂塵が舞う中、シイナは瓦礫の山の上に降り立ち、乱暴に髪をかき上げた。


 「……ちっ。タイミングが遅ぇんだよ、あのアマ」


 口では毒づく。が、言ってみただけであることは彼女がいちばんよく知っている。

 ツキハが外すわけがないと知っているからだ。

 いつものように無表情に銃を構えた段階で、敵の急所が破砕されることは確定している。そのことだけは、吐き気がするほどに知っているし、身に染みている。

 だからこそ、腹が立つ。

 あいつはいつだってそうだ。安全な場所から、涼しい顔をして、あたしの進む道を勝手に切り開きやがる。まるで飼い主気取りで。


 『状況終了。第三地区第十二街区、クリア』


 ちょうど聴こえてきたインカムの声にシイナは鼻に皺を寄せる。

 伸縮索を使ってふわりとビルから瓦礫の山に降りてきた、ひとりの少女。

 シイナが身に着けているものと同じ、夜の闇に溶けるような漆黒の軍服。腰まで届く艶やかな黒髪。陶器のように白い肌に、感情を一切映さない氷のような瞳。

 四条ツキハ。シイナの幼馴染であり、かつてのルームメイトであり、いまは絶縁状態の元・親友。そして、今回の任務におけるシイナのバディだ。


 「相変わらず非効率ですね。あなたの無駄だらけの戦闘行動を見ていると、熱力学第二法則への冒涜を感じます」


 足元のスクラッチの残骸に確認機器を走査させながら、ツキハはゆっくりと歩み降りてきた。シイナに顔も向けずに冷ややかな声を投げつける。


 「……うっせえな。てめぇこそ今の狙撃、わざとあたしの頭すれすれを狙っただろ。髪が焦げたらどうしてくれんだ」

 「あら、わたしはボランティアのつもりだったんですけれど。その不衛生なぼさぼさ頭、すこし焼いて整えた方が公衆衛生上よろしいかと思いまして」

 「んだとこら」


 距離にして三メートル。互いに武器こそ構えはしないものの、決してじゃれ合いではない空気。もしここが戦闘区域でなければとっくに掴み合いの喧嘩になっているだろう。

 性格も、戦い方も、好みも、なにもかもが正反対。

 それがゆえに心を許し、それがゆえに憎みあうこととなった。

 過去の確執という名の地雷原を挟んで、二人はいま、睨み合っている。


 と、その時。

 ふたりのインカムに警告音が飛び込んだ。


『警告。特異点反応を感知。アティチュードゼロ五、ロンギチュード七十三、仰角九十二』


 「……は? 仰角……って、上空から?」

 「……あり、えない」


 シイナとツキハが同時に東の空を見上げる。

 雲ひとつない快晴。その深い蒼に、ぴしりと光の亀裂が入った。

 そこからなにかが、ずるり、というように滲みだしてきた。

 おぼろげに揺らぐ、昆虫の脚に見えるなにか。やがてその根元が現れ、本体が這い出てきた。


 「……ばかかよ……」


 シイナはぽかりと口を開け、その自分の表情を形容するようなセリフを思わずこぼした。

 全長、千メートル。いや、千五百。

 先ほどの大型種が胡麻粒に見えるほどの、圧倒的な質量。


 エリア・オーバーロード。

 スクラッチ自身が勝手に定義した侵襲区域を支配する、スクラッチたちの拠点根源体であり、人類にとっての絶望の具現。


 「おいおい、聞いてねえぞ……今日の任務は掃討戦だろ。あんな化け物とやり合うなんてプランに入ってねえ!」

 「司令部、撤退許可を。現装備では火力不足です。論理的に考えて勝率はゼロフラットです」


 ツキハが冷静に通信を送る。しかし、返ってきたのはノイズ混じりの上官、担任教師の声だった。いつものように鼻にかかったようなハスキーボイス。彼女らには薄く笑う嗜虐趣味の三十七歳未婚やさぐれ女の表情までもが見えている。


 『撤退は許可できない。貴官らの任務は、そのオーバーロードの撃破だ』

 「はあ!? ふざけんな! あたしの剣もこいつの豆鉄砲も、あんな図体に傷ひとつつけられれやしねえよ!」

 「この筋肉馬鹿を身体ごと射出して玉砕させたとしても微細なダメージすら与えられるとは思えません。合理的な判断を」


 二人の苦情に、上官のふっという鼻息が返ってきた。


 『通常兵器ならな。だが、忘れたか? 貴官らには今次作戦で、最新鋭の試作システムを貸与している。昨日のホームルームで確認しただろう』


 シイナは自分の胸元を見る。

 心臓のあたりに装着した小さな装置。中央に菱形の蒼いクリスタルが据えられている。

 ツキハの胸にも同じものがある。


 反発駆動兵器、パラドックス・ドライブ。

 名称しか教えられていない、謎のシステム。


 『機密により詳細を明かしていなかったが、条件が成立した。説明してやる。そのシステムは二台の終端の連携により稼働する。終端を装備した二名の精神波形を読み取り、それを次元振動層に投影することで出力を得る仕組みだ。ただ、両名の波形は相似点が少ないほどに得られるエネルギーが指数関数的に上昇する。要するに……』


 上官はわざとのようにためをつくり、だが淡々と言葉を送ってきた。


 『二人の仲が悪ければ悪いほど、強い武器になるってことだ。見てみろ、ヘッドセットの数値。今の貴官ら、波形の不一致率が計測不能のレッドゾーンだ。そんな値を出せるのは全軍を見渡しても貴官らしかいない。期待しているぞ』

 「……っざけんなこの!」

 「不愉快です。公的回線で人格を否定しないでいただけますか」

 『単なる事実の列挙だ。使用法はヘッドセットで改めて確認しろ。長時間の通信は本部の存在を敵に悟られるから、切るぞ。健闘を祈る』


 ぶつ、と通信が切断される。


 「おい! こら! くそ教師!」

 「生きて帰ったら絶対に理事長に進言します。不適格な教師は学園にとって有害でしかない。必ずや除去すべきであると」


 それぞれの表現で怒りを示しながら、それでも二人の手は止まっていない。ヘッドセットに投影されるマニュアルを確認し、仮想キーボードに必要事項を入力していく。

 そうしている間にも、周囲が薄暗くなっていた。

 オーバーロードが降下している。その影が落ちているのだ。その下部に不気味な無数の触手が垂れ下がり、揺れている。目測より大きい。二千メートルを超えるかもしれない。いったいどんな物質に憑依して構成すればそのような巨体が得られるのかとシイナが舌打ちをしたとき、ツキハが小さく叫んだ。


 「……安全装置?」

 「んだよ」

 「起動に制限がかかっています。エネルギー充填率はすでにフル、いつでも射出可能な状態のようです。でも、起動準備に入ることができない」

 「じゃあ、解除しろよ。クソたけえ偏差値はこういうときに活用しろ」


 ちらとシイナを睨み、しばらく瞑想するように目を薄くしていたツキハは、やがて小さく言葉を並べだした。


 「……論理スイッチは……ない。では、パスコード。ちがう。生体認証。生体……うん、これでいける……けど、え、二名で……の?」


 そこまで言って、ツキハはこめかみを押した。ヘッドセットのスイッチを切ったのだ。


 「おい。なんだよ。解除できたのかよ」


 ツキハは答えず、視線を逸らす。

 シイナにはその指先が小さく震えているように見えた。


 「おい」

 「……まだ、です」

 「早くしろよ。手遅れにな……」


 そこまで言ったとき、周囲が閃光に包まれた。

 凝縮された大気を熱交換により極度に高温化し、射出する。

 実体化したスクラッチたちの攻撃手段のひとつだ。


 シイナは再び舌打ちをしている。自分の身体を罵っている。

 意志と関係なく動き、ツキハを抱えて飛び退ったからだ。

 降り注ぐ瓦礫を背で受けながらだんと地に落ち、転がる。


 「……っ!」


 二人の身体はごろごろと転がり、隆起したアスファルトに衝突して止まった。がはっ、と肺のなかの空気を吐き出し、それでも自分の上に乗っているツキハに外傷がないかを無意識に確認する。つまり、手のひらで相手の身体を撫でさすっているのだ。

 ぎゅっと瞑っていた目を開く。

 目の前にあるのは、もちろん相手の瞳だ。

 眉を怒らせ、口を引き結び、だのになぜかわずかに頬を染めている。


 「……頼んでいません。自分の身ぐらい、自分で守れます」

 「……ああ、そうかい。余計な事しちまったな。詫びのしるしにあっちで燃えてる瓦礫の山に蹴り飛ばしてやるよ」


 痛む身体に顔をしかめながら、それでもツキハの氷の反駁を待っている。が、声を出さない。シイナに覆いかぶさったまま、唇を噛みしめたまま、じっと彼女の目を見つめている。


 「……あんだよ。どけよ」

 「……任務、ですから。二秒で片付けて、消毒します」

 「あ?」

 「第四区防衛隊、聖アンカーヴェルツ女学院、学則第三条。上位階級者の正規の命令は明確にその撤回があるまでこれを最終行動目標とする。学則第四条、命令は他者の生命身体を害しない限りあらゆる条件に優先する。学則第八条……」


 ぶつぶつと小さな声で呟くツキハ。ぐい、とその身体をシイナが押しよけようとしたが、その時に胸元の装置、パラドックス・ドライブのクリスタルが赤く明滅しはじめた。同時にインカムに警報が流れ込む。


 『警告。エネルギー臨界点突破。六十秒以内に射出されなければ自壊します。その場合の損壊範囲は本装置を爆心地として半径二十五キロメートル……』

 「ち。おら、ツキハ。立てよ。時間がねえ」


 そう言い、もういちどツキハを押しのけようとする。が、ツキハは地面に置いていた手をシイナの肩に移し、肘で身体を支えて、彼女にしがみつくような姿勢を取った。

 息がかかる距離に迫った、わずかに藍色を帯びたツキハの瞳。

 浮かんでいるのは、怒り、いや、悔しさの色。揺れている。


 「なっ……なにやってんだてめぇ、頭打ったのかよ離せこら! 死にてえのか!」

 「……パラドックス・ドライブ。解除のキー、は……」


 ぐ、とシイナの頭の後ろに手を入れ、近づける。

 鼻先がつく距離となったとき、ツキハはくしゃりと顔を歪め、涙を浮かべてみせた。

 シイナは、動くことができなかったのだ。

 そんな相手の表情がひどく懐かしいものに思えたから。


 シイナの唇から自分のそれをゆっくりと離し、彼らの身体を包んで周回し始めた眩い光の粒に照らされながら、ツキハは目を見開いて放心しているシイナを睨みつけた。


 「……責任、とっていただきます。はじめてだったんですから」



 <第一章 了>


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