さよならトンネル

@saitou25

さよならトンネル

 父が先日亡くなりその遺品の中に奇妙なノートを見つけました。

 これは本当に起きた出来事でしょうか?

 ありえない内容なので創作だと思うのですが、調べてみると内容に適合する過去の新聞記事が見つかりました。

 父の兄弟に確認したところ、事件自体は覚えているが、このような手記が残されていることを誰も知りませんでしたし、聞いたこともありませんでした。母も同様です。

 私自身、父がこのような事件に巻き込まれていたことを初めて知りました。

 文字は確かに父の字です。

 全てをここに記すので、みなさんにも読んでもらい判断していただけますでしょうか。

 ノートの表紙にはこう書かれています。

「さよならトンネル」

 

『ノートの記述』

 

 昭和48年〇月〇日 自宅

 

 15年ぶりだった。

 父の葬式のため帰ったわけだが、いつのまにか因縁のあるあのトンネルへと足を向けていた。

 そのトンネルでは15年前、肝だめし中に子供が、10歳の男児が行方不明になった。

 私と一緒に肝だめしをしていた少年だ。

 私はその事件のあと、心と体が狂ってしまい、街を去らざるをえなくなった。

 記憶の中では虫と風の音だけが響くトンネルだが、今ではすぐそばに出来たバイパスを走る車の走行音が鳴りやまない。

 嫌な記憶だけが残る場所のはずだが、久々に訪れたせいか懐かしさを感じていた。

 「こんなに小さかったんだ……」

 子供だけでは近づけない恐怖のトンネル、それがこの場所。今は小さく短く感じた。

 

 入口に何かが落ちている。

 「あ、あのときの……」

 当時、肝だめしに持ってきた、買ったばかりの金属製の懐中電灯だ。

 密かに持ってきた気恥ずかしさから多弁になり、

 「昨日からポケットに入ってた」

 と苦し紛れの言い訳をこぼしたのを思い出した。確かあの日に落としたはず。

 拾い上げてスイッチを入れる。ぼわっ、と前方が照らされた。長い時が経ったはずなのに、まだ点いた。

 だが、その光は電池の灯りというより、異様なオレンジ色をしていた。

 前方に人影が浮かんだ。

 「そんなもの持ってくんなよ」

 目の前の人影が言った。あの時、一緒に肝だめしをして行方不明になった彼がいる。15年前の姿のまま。

 「おまえ先に行――――」

 何が起きているのかわからない。混乱して言葉が理解できなかった。

 「斎藤!おまえが先に行くって言ったよな!」

 加藤君はそう言うと、私の腕を引っ張って無理やり前に押し出した。

 「加藤君、きみはいったい?」

 加藤君はこのトンネル内で消えた。その事件は所持品1つも見つからず、神隠しとまで言われ大きな騒ぎになった。

 あの時、この場所で何が起きたか、わたしは知っている。全てを見ていたから。だから何度も説明した。

 だが、大人は誰も信じてはくれなかった。

 

 肝だめしでトンネルを訪れた我々は、もう少しで出口というところで異常な寒気を感じた。そして、黒い影に追われたのだ。あれは人ではなかった。人型だったが、影しか見えず恐怖の塊だった。ただ逃げるしかなかった。必死に駆け抜けて出口に到達したが、私が外に出て振り返った時、加藤君はまだトンネル内にいた。あと一歩のところで黒い影に飲み込まれ引きずられていってしまった。加藤君のあの時の顔は今も脳裏に焼き付いている。


 「ここにいたのか?ずっと」

 「はあ⁉ここにずっと?なに言ってんだ」

 「だって……」

 話すことに戸惑いがあった。だが、私は全てを告げた。大規模な捜索があったこと、ラジオや新聞、テレビにも取り上げられたこと、加藤君の葬式のこと、家族の悲しみは長く続いたこと。

 「そうだ、妹のひろちゃんな、東京の会社に就職するらしいぞ」

 加藤君の返事はどこか上の空で、その横顔をまともに見られなかった。

 いつの間にか、トンネルも終わりに近いところまで来ていた。

 「……お前、さっきから何言ってんだ? 俺の葬式? ひろこが就職?」

  彼が立ち止まった。私は反射的に足を止めた。出口の光はすぐそこまで伸びてきている。

 と、突然、冷たい風が吹いた。

 「これは、あの時と一緒」

 トンネルの奥に黒い人影が見える。

 同じだ。

 「あ、あれが、また……」

 私は加藤君の腕を引いて走った。黒い影に彼を奪われまいと強く、そして速く出口まで駆けた。

 しかし、出口を目前にして加藤君は私の手を振りほどき、出口の光を眩しそうに見つめたまま一歩も動こうとしない。外の世界はすぐそこなのに。手を伸ばせば、帰れるはずなのに。

「おれは外には出ない」

 その声には、10歳の子供とは思えないような、静かで残酷なまでの諦めが宿っていた。

「もし俺がこのまま出たら、また、みんなが驚くことになる。おれだけ10歳のまま。そんなのおかしいよな。妹だって、もうお姉さんになっちゃったんだろ?」

 彼は少しだけ寂しそうに笑った。その笑顔は、かつて一緒に遊んでいた時の、あの加藤そのものだった。

「そんなこと気にしなくていいんだよ。おばさんだってきっと、戻ってきてくれたらどんなに喜ぶか。驚いたっていいじゃないか。おばけでもいい。きみの、きみの姿が見られたら、みながどんなに、喜ぶか」

 私はいつの間にか泣いていた。あの日から始まった長きにわたる多くの人の悲しみはまだ終わってはいないから。

 背後の闇から伸びていた黒い影が、いつの間にか彼の足元にまるで体の一部かのように優しく留まり、彼の影を大きく見せた。その瞬間、出口から差し込む光を浴びているはずの彼の姿が、写真のネガのように反転して見えた。

 「実は、おれも持ってきてたんだ……」

 そう言うと、彼は私にそれを差し出した。

 私が何かを言おうと口を開いた瞬間、トンネルの奥から温かい、けれど激しい風が吹き抜ける。 思わず目を細め、再び目を開けたとき、目の前にいたはずの少年はもういなかった。

 ただ、足元に劣化した金属製の古い懐中電灯が転がっている。 手に取ると、それは中身の抜けたスカスカの懐中電灯だった。だが、握った掌には、走り回って火照った子供の肌のような、生々しくも柔らかな熱が残っていた。

 帰り際、再びトンネルを訪れた。とはいっても、中には入っていない。友達の決意に水を差すような気がして入れなかった。

 私は彼が好んで食べていた紙に包まれたキャラメルと最新のチョコレートをトンネルとの境界に置いてきた。

 少し離れたところでかすかに彼の声が聞こえたような気がした。

「…………」

 しかし、その声はすぐにバイパスの喧騒にかき消されていく。

 ふと気づくと、置いてきたお菓子はなくなっていた。

 

 

 以上が父の手記の全文です。

 大半はおそらく愛用の万年筆で書かれていますが、死の間際に再びトンネルへ向かう決意を記したようです。

 ノートの最後、何十ページもの空白のあとに、掠れたボールペンでひねり出すようにして次の一行だけが書かれていました。


「再び訪れなければ」

 

 何かおわかりの方がいらっしゃいましたらお導きください。

 090-XXXX-XXXX

 斎藤


 

 

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