最弱不撓の冒涜者~不死身になってしまったコミュ障転移少年、拾ってくれた腹黒没落エルフ令嬢に尽くしていたら、いつの間にか過保護に包囲される~

@D-S-L

第一章:不死身以外に取り柄が無いヤツ

1.“甘淫令嬢”、不死と出逢う

「婦人会の追加告発を受け、貴女あなたが問われる罪は、第一級国家反逆罪に上方修正されました」


 今この場で固有魔導ユニークの出力を全開にしたら、どうなるだろうか。

 さぞかし愉快な阿鼻叫喚が、お手軽に作れるに違いない。


 きっとそれなりに気持ちが良いだろうが……想像してみると、見苦しさが爽快感よりギリまさりそうだったので、だから彼女は地獄絵図制作衝動を、心の中にこっそりしまっておいた。


「聞いていますか?エレノア・エメラルダス・アシュルブラン」


 自らの社会不適合ぶりを苦々しく思い、薄い色ながらもぷるりとうるつく唇を、彼女がついほころばせてしまったのを、正面の仰々ぎょうぎょうしい法壇ほうだんに掛ける男が、目ざとく見咎みとがめ、批難する。


「それとも、事の重大性を理解していなのですか?」

「『重大性』、などと問われたところで」


 エレノアは首を巡らせて、段々になった左右の元老議員席の、一人一人と目を合わせていく。


 金髪白肌で10割が構成されている彼らは、外見上は皺一つ持たない美男美女揃い。けれど彼らが吐く息で、いっぱいに満たされた室内の淀みから、彼女は腐臭を嗅ぎ取ってしまう。


 この者達は、あと何百年生きるつもりだろうか?


 彼らの肌と言い、服装と言い、この場の内装と言い、法壇の後ろにある大窓から見える街と、それを覆う巨大ドームと言い、黴の生えた実情を取り繕うように、真っ白、白、白、白ばかり。その病的な漂白ぶりに、目の奥が痛くなってきた。


 エメリアは白が好きではない。自分の肌も同じ色だから、この街の中に横たえられると、呑み込まれそうに思ってしまう。彼女の体と外との境が溶けて、「自分」というものが流れ出していくのでは、などと、愚にもつかない嫌悪を感じる。


 だから彼女のドレスは、規定通りの白色でありながら、磨かれた金属のような輝きを放ち、銀粉のようなきらめきが散るよう、特別に加工されている。何もかもがフラットにならされる世界で、少しでも「自分」を保てるように、と。


 それは彼女の長い銀髪を引き立てる一方で、その華美さによって上流階級の眉を顰めさせた。今回のことも、彼らが抱いていたその異物感の、延長線上にあるのだろう。


——その程度の反感すら無効化できていないのに、上手くやれている気になっていたなんて、愚かな女………


 鬱屈した内心はおくびにも出さず、視線を全員に配り終えた彼女は、正面を向いて両腕を広げ、「呆れ」を全身で表現しながら、その笑みをむしろ挑戦的に深めてみせる。


「この程度のことで、よくぞここまで大袈裟に騒げたものだと、感心する他ありませんね。我がエリーフォンはいつからこんなに、な国になったのでしょう?」


「審問会を侮辱しますか?エレノア・エメラルダス・アシュルブラン」


「いちいちフルネームを呼んで頂かなくて結構!」


「そうはいきません。これは正式な裁断の場であり、審理は厳粛且つ公正に行われなければならない」


 名前を頭から読み上げれば、それで「厳粛」で「公正」になるのか?「やってる感」を出すことばかりに熱心な連中だ。


「なんと申し上げたところで、無意味な時間であることに変わりありません」

「その身に落ち度はない、と?」

「当然」


 さっきから何度も言っていることである。


「貴女がノッドバルト・ジュネット・ジョヌローム元老議員に接近したことは、疑いようもない事実では?」

「私がノッドバルト様と友誼ゆうぎを結び始めた当時は、元老議員でした」


 「そうでしょう?」、彼女が改めて視線を送った先、当の本人は迷惑そうに片頬を吊り上げる。


「元老議員になり得る者に、性的魅力で以て接近したことには、相違ありませんね?」


「未婚、どころか婚約すらどことも成立していなかった、未来ある殿方と親交を深め、晴れて将来を誓い合う仲となった。今の話のどこに、不正や不道徳が?」


「貴女に御理解頂くまで、何度でも確認致しましょう。


 問題は三つあります。


 一つ、元老議員交代において、反社会的な問題が起こっていたこと。つまり、ノッドバルト・ジュネット・ジョヌローム元老議員候補をいち早く議会に入場させる、そういった意図を示唆する“危うい”動きが存在した」


 そういった工作の疑いを向けるなら、エレノアより先に、当事者ど真ん中のジョヌローム家の方だろう。


 と言うか、容疑者の一人であるノッドバルトが、審問する側に座っていることがおかしいのだ。どれだけ譲歩しても証人として呼ばれるくらいが許容範囲な奴が、裁く権限を付与されるなんて、法治国家として正気の沙汰ではない。

 

「二つ、貴女の固有魔導ユニークが、人心掌握を得手としていること」


 だからノッドバルトを洗脳した可能性がある、と言うのか?それが通るなら何でもアリ。暴論も良い所だ。


 大体、彼女の固有魔導ユニークが、逆らうことができない精神崩壊者を生み出すほどの能力だと、それを知らないわけでもあるまい。


 彼女の力に操られているエルフに、「彼女は元老議会に干渉する為、私に魔導攻撃を仕掛けてると思われます」、なんて、告発が出来る自由意思が、残っているわけがない。


 その事を、法官はおろか、ここに居る誰もが分かっている筈だ。


「三つ、貴女の髪が、その血の宿痾しゅくあを訴えていること」


 結局、それが言いたかっただけだろう。

 ダークエルフに多く見られる銀の髪。それが気持ち悪かった、それだけの話なのだ。


 彼女の血には異常があって、それを「きれいな」元老議会の血脈に混ぜられるのが、いやだった。その一文を言う為だけに、この審問が設けられているのだから、時間と金の浪費としか言いようがない。


「以上のことから、貴女、エレノア・エメラルダス・アシュルブランには、“不適切な”情欲を用いて、我がエリーフォン純白魔導ゆうみん国の純正血統を潰乱かいらんせしめんとする、国体破壊工作に手を染めていると、そういった嫌疑が掛けられているわけです」


「素晴らしい。長々とした口上を淀みなく終えられましたね。路上芸なら思わず銅貨を投げ入れていたところです」


「ここで罪をお認めにならないのであれば、規定に則り、公開審理に切り替えることになります」


 茶番劇に相応しい態度を示してやったエレノアに対し、法官は観客を増やすことを宣告する。「今ならまだ、恥辱は最低限で収められるぞ?」、と。


「血が混ざっただのそうでないだの、生娘きむすめめいた癇癪を起こした法廷の姿を、衆目の下に引き摺り出したいのでしたら、どうぞ、ご随意に」


 その脅しに対し、彼女が笑みを崩さず応じたことで、全国規模の興行が決定。次々と不利な証言を重ねられ、反論虚しく追い詰められる惨めな姿が、映像投影魔導具によって、各家庭に届けられることになる。


 「悪女エレノアの破滅劇」はその後の数ヶ月にわたり、“紳士淑女”のお茶の間を賑わせた。


 有力者に肌を見せ、媚びを売り、各方面で体を使った篭絡を試みて、全方位から袖にされた上で、その売女ばいためいた所業を全員にバラされた、という王道ストーリー。


 バカな悪役が失敗を繰り返す様を大々的に報じ、「みんなの声」の後押しを受けて判決へと進むことで、「力を合わせて悪いヤツをやっつける」という構図が完成。法廷闘争の形式を取っているが、結末の決まったヒーローショーと同じだ。


 「世間の嫌われもの」を確実に断罪するついでに、政府と市民の連帯感と団結力もアップ。なんともはや、司法システムである。


 そうやって寄ってたかって笑いものにすることで、私刑が許される雰囲気が醸造され、増幅。


 「男をとっかえひっかえする淫売」、

 「尻も頭も軽い呪われた反逆者」、

 「交わることで病魔を撒く純血汚染者」、

 「エルフに化けただけの薄汚れた劣等種」………


 エレノアに投げかけられる誹謗は、日に日に攻撃性を高めていき、アシュルブラン本家にも、物理・精神両面の嫌がらせが殺到。親許から彼女に、「とっとと潔く死んでくれ」と、頼りが来るほどだった。




「えーと、実際、どういう真相なんですか?」


 御者台から馬を駆るメイド、ペイルはピンと来ずに、淡い青色をしたゼリー状の首を捻った。お偉方のやり取りは、婉曲えんきょくばかりでまどろっこしくていけない。


「それほど面白い話ではありませんよ」


 だが馬車の中のエレノアは、極めて単純な構図だと、ツンと澄ました鼻先で笑う。


「ジョヌローム家は元老議会に食い込みたかった。その為に使えるものは何でも使った、ということです」

「エレノア様も、その一つですかー?」

「顔の広さには定評がありましたから」


 彼女は自身の外見というハンデを、武器として逆用していた。


 その銀髪は、相手の印象に強烈に残る。そして第一印象を決まって最悪まで落とすので、少しのプラス要素を大幅な加点のように、錯覚させる効果も持つ。


 それを使って、彼女は下手したてから様々なエルフの懐に潜り込んだ。時に家と家を繋ぎ、時に「暴力的な問題」を引き受け、その辣腕ぶりによって、名家同士の仲介役としての地位を得た。その有用性を見込んで、取り込もうとする家が現れるのを待った。


 そこに声を掛けたのがジョヌローム家。

 強引な手を使ってでも、元老議会の一員になりたがっていた者達。


「この国の上級市民の中から選抜される、国の方向を決める30人で、一つの家から一人ずつしかなれないー、でしたっけ?」

「つまり、30の家が、一族が選ばれる、ということです」


 その席を取り戻し父祖に報いることが、ジョヌロームの悲願だった。上級市民としての立場を守りたかったアシュルブランと、利害の一致を果たした彼らは、政略結婚という定番の方法で同盟を結成。


「けれど、私の台頭を良く思わない者が居た」

「と言うか、偉い方々の間では、そっちが多数派だったんですよね?カッコつけてますけど、エレノア様が嫌われてたってだけじゃないですかー?」

「……軽々しい口は、時に命を縮めるものですよ?」

「こっわ」


 穢れた銀髪に許されるのは、便利な道具となることまで。対等な仲間入りなど、言語道断だったわけだ。そして排除するなら、エレノアの血が上級市民のコミュニティに、投じられるより前。


 簡単な言い方をするなら、ジョヌロームとアシュルブランの子が出来るより早く、行動を起こさなければならない、ということ。


「そして、それは容易に達成可能」

「ああー!ジョヌロームの方々に、『エレノアを告発すれば議会に入れてやる』って言っちゃえばいいんですねー!あっ、今のは“わるい議員”のセリフなので、私が呼び捨てしたわけじゃないでーす」


 そういったわけで、ジョヌローム家は元老議会に返り咲き、エリーフォンは穢れた銀髪を首都から蹴り出すことに成功。みんながハッピー、というわけだ。

 

「加えて、『不純な』エルフの転落は、娯楽として極上、ということもあったでしょう。ここのところ、“下層”での戦況が芳しくなく、政情不安の兆しが匂っていましたから」


「不満のはけ口ですかー?確かに、エレノア様がギャフンって言ってるところって、お金取れそうなくらい面白いと思いまーす!」


「元は下等生物とは言え、豚に憧れることはないでしょう?」


「『ブーブー鳴いてんじゃねえ』って言ってますー?」


 そんなこんなで、彼女は「安全装置」着用の上、西部の前線に送り込まれることとなった。そして今はその道中、自律型群棲兵ゴーレムが闊歩する黒民街こくみんがい、乃ちダークエルフ居住区を横断しているところだ。


 極刑に相当する罪人を、そいつ自身の足で流刑地に向かわせているようなもので、なんとも不用心な話に思えるのだが、一応はそうするだけの理由がある。


 それに、彼女は一見自由なように見えて、実際は脱出不能な鳥籠の中。護送などせずとも、思うままに使い潰せるように、システムが組まれているのだ。


 だが、それはそれとして、付け入る隙が生まれてしまうのも、また事実。黒民街に伝手がある彼女は、いざという時の為に、財産の一部をこの場所に隠していた。先程それを誰にも見られず回収できたのは、単独行動が許されているが故である。


 それら魔導石や宝石類は、そのまま持っておくことも、戦場で通貨となる酒や煙草に変えておくこともできる。が、それより何より優先すべきは、信頼できる戦力の確保だろう。




 限られた予算を注ぎ込み、エレノアは奴隷を買おうとしているのだ。




「とは言ったものの………」

「ご覧の通り、最近じゃあ売り手市場だ」


 眉一つ動かさないエレノアの横で、困り顔を作るペイルに、奴隷商のダークエルフは肩を竦める。


「あちこちの戦場が人手を求めてんだぜ?値上がりに次ぐ値上がりだ、ありがたいことにな」


 上級市民用ではなく、“カジュアルな”店を選んだ。だと言うのに、格子の嵌められた部屋の前にぶら下がった、あまりに痛い出費の数々。戦時経済が猛威を振るっているようだ。


 商品の質と比べると割高であるように見えるのだが、それでも売れている、ということだろう。彼女達にとっては嬉しくない繫盛ぶりだ。


「うぇ……っ、このレベルで金貨50枚って……!買った後のメンテ費だってバカにならないのに………」

「んだよ!冷やかしなら帰んな!」


 実のところ、二人が寄った店はこれで4軒目となる。そして諸般の事情から、あまりこの街に長居はできない。

 

「エレノア様ぁ……、あのー、やっぱり買わないでよくないですかー?ほら、私がいますし」

「面白い冗談です。その才覚で、是非とも観客を賑わせて差し上げなさい」

「サーカスに売られそうになってます?私」


 軽口はそこまでにして、彼女達は店を辞す、前に、毎回ダメ元で聞いていることを、そこでも確認しておいた。


「もし、店主」

「なんだい?」

「裏に規格外品があったりは?」


 「不良品でも、条件に合致するなら買い取るよ?」、という提案に、店主は彼女を、正確にはその首に嵌められた輪っかをじろじろ観察し、


「着いてきな」


 後腐れなく押し付けられる相手だと判断。目の端を嫌らしく歪めつつ、棚の一つを横にズラし、その裏にある扉から地下に降り、「ワケわり品」置き場へと案内する。


 表のディスプレイと比べ、不潔でおざなりな独房の列。そこに入れられた、「どうにも手に余る」と判断された在庫達は、軍事用飼育獣の餌に内定済み。


 奴隷商の中には “瑕疵かし商品”を、「ワンチャン高値で売れないかなー」と、こうやって溜め込む者も居る。生命維持費を考えると基本はマイナス資産であり、やっていることは損切りベタのギャンブルに近い。


 えた暗闇の奥に籠って、こちらを見上げる気力もない彼らの惨状を、彼女は他人事と思えなかった。


 クソみたいな構造に抗うという熱が、自分の中で徐々に冷めていくのを感じていたエレノアは、カラとなった檻の一つに、燃え尽きた灰の如き自身の姿を幻視する。


「扱いは難しいが、面白いヤツが居るぜ」


 彼女の憂鬱に気付かぬまま、奴隷商は一つの牢の前で止まり、携えていた灯りを奥まで届かせた。

 

 エレノアは大して期待もせず、なんとはなしに覗き込み、




 目が合った。




 エルフに似た姿だが、よく見ると別種であるらしいそいつは、彼女達の接近に反応し、その頭を持ち上げていた。


「何でか知らねえがこいつ、死なねえみてえなんだよ」


 黒い髪の下から覗く、黒い双眸に映ったランプの炎。

 

 それが揺らぐ様は、夜の篝火かがりびを想わせた。

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