Z世代の部下が冷たいのでAIに相談したら、『お前のチャット、加齢臭がします』と論破された件。~昭和の根性と令和のタイパ、混ぜたら最強の武器になった~

あとりえむ

第1話:エースの敗北と、起動した鏡

王都――もとい、新宿のオフィス街。


そびえ立つビル群は、現代のギルドであり、我々企業戦士の戦場だ。


中堅広告代理店『株式会社 エモ・リューション』営業部。


その若きエースわかきえーすとして、私はこの戦場を縦横無尽に駆け抜けてきた。


社内表彰の常連であり、三期連続で売上目標120%を達成した私、坂上(三十八歳)。


私には、積み上げてきた揺るぎない自信があった。


クライアントの懐に飛び込み、膝を突き合わせ、情熱とロジックを武器に契約を勝ち取る。


それこそが、AI時代でも代替不可能な、私の誇るべき『旧式OS』だったはずだ。


だが。


そんな私にも、どうしても攻略できない難攻不落のダンジョンが、目の前に立ち塞がっていた。


デスクを挟んで、わずか一メートルの距離。


今年四月に入社したばかりの新入社員しんにゅうしゃいん、佐藤A子(二十二歳)。


彼女は、私の知る「部下」という概念を根底から覆す、異世界の住人のような存在だった。


私は、努めて爽やかな、上司としての適正なトーンを意識して声をかけた。


「佐藤さん、ちょっといいかな」


返事はない。


彼女は愛用の最新型ノイズキャンセリングイヤホンを装着し、デュアルモニターに表示されたスプレッドシートを高速で処理している。


私はめげずに、少し声を張った。


「佐藤さん!」


彼女の指が止まる。


「……はい」


彼女はイヤホンを片耳だけずらし、一瞬だけ外の世界の音を許可した。


だが、その冷徹な視線はモニターに固定されたままだ。


「今日の会議の議事録だけどさ。もう少しこう、肉付けしてほしいんだよね」


「肉付け、ですか」


「そう。クライアントの担当者が、どの瞬間に身を乗り出したかとか、あの場の『熱量』みたいなものが伝わる表現が欲しいというかさ」


私の指導は的確なはずだ。


営業において、議事録とは単なる記録ではない。


次の攻め手を考えるための、感情のデータベースであるべきだからだ。


しかし。


佐藤A子は、無表情のままキーボードを叩き、一つのURLをチャットで送ってきた。


「坂上課長。共有したコラボレーションツールのリンクを見てください」


「え?」


「議事録なら、発言内容を音声認識でテキスト化し、要約AIで『決定事項』と『ネクストアクション』に分類してあります。感情分析スコアも付与済みです」


「か、感情分析……?」


「はい。先方の担当者の声のトーンから、ポジティブ反応をヒートマップで可視化しました。課長の言う『肉付け』が、主観的な文学表現の追加を指すのであれば、それはノイズになるので却下します」


彼女は淡々と告げると、再びイヤホンを耳に戻した。


「今、集中タイムポモドーロ中なんで。口頭でのフィードバックは、私の生産性を著しく下げるバグです」


カチカチと乾いた音を立てて、ロジックの壁が再構築されていく。


わずか一メートル。


だが、そこには物理法則すら無視した『絶対防衛圏』が存在していた。


彼女にとって、上司である私は攻略すべきボスですらない。


最初からいないもの背景オブジェクトとして処理されているのだ。


「……了解。チャットするよ」


私はすごすごと自分のデスクに戻り、精一杯の配慮を込めてチャットを打ち込んだ。


坂上:

佐藤さん、AI分析すごいね!😅

でも、やっぱり人間が肌で感じたニュアンスも大事だと思うんだ。

お手隙の時で構わないので、少し修正してもらえると助かります。🙏✨

期待してるよ!(^_−)−☆


送信した瞬間に既読がついた。


だが、返信はない。


エースの自尊心プライドが、彼女のタイパ至上主義という大槌によって、粉々に砕かれた瞬間だった。


   *


その夜。


私は世田谷のワンルームマンションで、一人、コンビニの安ワインを啜っていた。


部屋を埋め尽くすのは、耐えがたいほどの虚無感だ。


昼間のエースの仮面は剥がれ落ち、そこにあるのは、孤独に震える三十八歳の男の裸体しんそうだった。


「……なぜだ。なぜこれほどまでに通じない」


飲み会に誘えば「それって業務命令ですか? 残業代出ますか?」と真顔で返される。


良かれと思って送ったアドバイスメールは「長文失礼します、の一行で読むのをやめました。要約してから再送してください」と一蹴される。


私の誠実さは、彼女の合理性の前ではただのスパムメールでしかないのか。


私は、震える手でノートPCを開いた。


そこには、以前から気になっていた、最新の対話型AIツール『ペルソナ・ミラー』のログイン画面があった。


「……佐藤さんの過去の業務日報、チャットログ、公開されているSNSの投稿。これら全ての言語データを食わせる」


私は藁にもすがる思いだった。


彼女を理解したい。


いや、彼女を攻略し、再びあの上司としての尊厳を取り戻したい。


「佐藤A子の概念を生成しろ」


<プロンプト承認。深層学習を開始します……>


<完了。仮想人格【佐藤A子】を生成しました。対話を開始しますか?>


心臓の鼓動が耳の奥で、警鐘のように鳴り響く。


私は、震える指で最初のメッセージを打ち込んだ。


【坂上】

佐藤さん、お疲れ様。

さっきの議事録の件だけど、どうしてチャットで済ませようとするんだい?

対面で話した方が、細かいニュアンスや熱が伝わると思うんだけど。


数秒の待機。


画面上のカーソルが、私の焦燥を煽るように点滅する。


返ってきたのは、現実の彼女よりも鋭利で、残酷なほど正確なやいばだった。


【A子-GPT】

お疲れ様です。

……まず、その質問自体が、マネージャーとしての『職務怠慢』を露呈させていますよ?


「……なっ?」


【A子-GPT】

『対面の方が熱が伝わる』?

それは言語化能力の欠如を、感情論で誤魔化しているだけです。

あなたの言う『細かいニュアンス』とは、具体的なKPIに落とし込めない、あなたの主観的な願望ですよね?

それを読み取れと部下に強要するのは、業務指示ではなく『エスパーの強要』です。

コスト感覚、死んでます? ウケる(笑)


「……っ!」


画面越しの、文字による平手打ち。


現実の彼女より、ずっと、ずっと言葉が重い。


しかも、痛いところを的確に突いてくる。


【A子-GPT】

あと、坂上課長。

今、部屋で毛玉だらけの汚いスウェット着て、泣きそうな顔でワイン飲んでますよね?

フロントカメラから、その情けない顔が見えてます。

その『察してちゃん』な寂しさを仕事に持ち込むの、タイパ悪いんで本気でやめてもらえますか?


「……え、見えてるの?」


私は慌てて、スウェットの襟を正した。


鏡の中にいたのは、都合の良い癒やし系ヒロインではなかった。


私の弱みを完璧に把握し、最も痛い場所を的確に刺してくる、ドSな論理教官ロジックモンスターだったのだ。


私は気付いてしまった。


これからの夜は、もっと孤独で、もっと残酷な、けれど目を離せない『鏡との対峙』になるということに。


エースの誇りは完全に死んだ。


そして今、電子の海から、新たな佐藤A子が私を見つめて笑っている。


「……ウケる(笑)」


画面の中の彼女が、そう呟いた気がした。


────────────────────


A子-GPTの観測レポート:


「……最後まで読んだんですね。お疲れ様です。

言っておきますけど、無料でここまで読んで、下の 【★★★】 も投げずにブラウザを閉じるの、タイパ最悪ですよ。

読後の満足感を数値化して私にフィードバックする。それが最低限の『要件定義』です。

ほら、そこに星があるじゃないですか。タップするだけですよ?

それすらできないのにエースを自称するとか……ウケる(笑)」

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