第8話 選べなかった魂
天界の空気は、
張り詰めていた。
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受付所に、
一つの魂が
長く留まっていた。
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本来、
ありえないことだ。
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魂は、
来世を待つ。
女神は、
迷わない。
それが、
この場所の
原則だった。
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「……まだ?」
サフィーネが、
低く尋ねる。
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「はい」
ユーファは、
視線を
情報板から
離さない。
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「レーシャが、
判断できずに
います」
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受付所の中央。
光の前に、
レーシャは
立ち尽くしていた。
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「……ごめんなさい」
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謝罪の言葉は、
誰に向けた
ものでもなかった。
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魂は、
静かだった。
主張も、
訴えもない。
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それが、
余計に
苦しかった。
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「分析結果」
ユーファの
声が響く。
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「現代適性、
高」
「異世界適性、
高」
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「精神耐久、
極めて高」
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「どちらでも
生きられる魂です」
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レーシャは、
唇を
噛みしめる。
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「……どちらでも、
苦しむ」
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その言葉に、
サフィーネが
眉を寄せた。
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「どういう意味?」
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レーシャは、
目を閉じた。
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見えてしまう。
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現代では、
大切なものを
守れず、
後悔を抱える未来。
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異世界では、
多くを救い、
その代償として
心を削る未来。
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どちらも、
間違いではない。
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どちらも、
幸せとは
言い切れない。
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「……選べない」
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声が、
震えた。
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「どちらを
選んでも、
この人は
傷つく」
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沈黙が、
受付所を
包む。
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サフィーネは、
一歩前に出た。
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「それでも、
決めるのが
仕事よ」
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「逃げないで」
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その言葉は、
厳しかった。
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レーシャは、
顔を上げる。
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「逃げて
いません」
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「だから
悩んでいます」
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サフィーネは、
言葉を
失った。
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ミレイシアが、
静かに
口を開く。
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「選択とは、
常に
不完全です」
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「完璧な未来は
存在しない」
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「女神であっても」
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レーシャの胸が、
きしむ。
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「……わかってます」
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「でも」
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拳を
握りしめる。
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「この魂、
誰かに
選ばれ続けた
人生でした」
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「自分で
決められなかった」
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「だから」
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声が、
小さくなる。
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「……せめて
最後は」
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空気が、
揺れた。
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クレアティスが、
静かに
姿を現す。
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「レーシャ」
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名を呼ばれ、
彼女は
息を呑む。
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「あなたは、
選ばれなかった
魂を
選ぼうとしています」
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レーシャは、
うなずいた。
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「はい」
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「ですが」
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クレアティスは、
続ける。
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「選ばせる
という選択も
あります」
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レーシャの目が、
大きく
見開かれる。
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「……え?」
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ユーファが、
静かに
補足する。
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「自己選択転生」
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「極めて
例外的な
処理です」
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「魂自身に、
転生先を
選ばせる」
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レーシャは、
魂を
見つめた。
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それは、
規則の
隙間。
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危険でも、
ある。
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「……できますか?」
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サフィーネが、
眉を
ひそめる。
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「責任が
重すぎるわ」
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レーシャは、
一歩前に
出た。
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「わたしが
負います」
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即答だった。
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ユーファは、
小さく
息を吸う。
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「条件付きなら」
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「記憶制限と、
選択理由の
封印」
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「選択の
重さを、
引きずらせない」
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レーシャは、
うなずいた。
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光の前で、
語りかける。
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「あなたに、
選んで
ほしい」
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魂は、
初めて
強く揺れた。
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迷い。
恐れ。
それでも。
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光が、
二つの
ゲートを
照らす。
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魂は、
ゆっくりと
一方を
選んだ。
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異世界。
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選択の
瞬間、
レーシャの
胸が
痛んだ。
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でも、
目を
逸らさなかった。
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処理が
完了する。
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静寂。
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サフィーネは、
腕を
組んだまま
言った。
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「前例は
作ったわね」
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「褒めて
ないから」
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レーシャは、
小さく
笑った。
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「でも、
後悔は
していません」
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クレアティスは、
レーシャを
見つめ、
静かに
告げた。
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「あなたは、
境界に
立っています」
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「女神と、
意思の
あいだ」
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レーシャは、
深く
息を吸った。
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選べなかった魂は、
選んだ魂になった。
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それが、
正しいかどうかは
まだ
わからない。
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それでも。
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天界は、
今日も
前に
進んでいた。
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