オッさん、ダンジョンで料理したら最強バフが付与される!〜腹が減ったら最下層手前の居酒屋へ〜

火猫

ダンジョン最下層手前で居酒屋を始めました

「ありがとうございましたぁ!」

最後の客が千鳥足でタクシー乗り場に向かうのを見送る。


 屋台を畳む作業は、もう身体が覚えている。


 鍋を拭き上げ皿を纏めて、暖簾を外す。

 毎晩同じ動作を繰り返してきた。


「ふぅ……」


 正木紀良、四十六歳。


 呑兵衛横丁の端で、小さな屋台居酒屋を営んで二十年になる。


 今日も常連で席は埋まり、途切れなかった。


 愚痴を聞き、笑い話を聞き、酒を注ぎ、つまみを出す。


 それだけの仕事だが、嫌いじゃない。


「さて、帰るか」


 屋台を引き、帰路につこうとした深夜十二時。


 ふと、疲れからか胸の奥から溜息が漏れた。


「……なんだここ?」


 目を開いた次の瞬間、足元の感触が変わった。


 アスファルトではない。

 湿った、冷たい石畳。


 顔を上げた瞬間、言葉を失う。


 天井の見えない巨大な洞窟。

 壁や地面には、苔のようなものが点々と生え、淡く光を放っている。


 昼夜の感覚はなく、静かで、広く、異様な空間だった。


「……夢、か?」


 頬をつねる。

 普通に痛い。


 屋台はある。

 鍋も、包丁も、食材も。

 だが周囲だけが、完全に別世界だ。


「……異世界転移ってやつか?まさか?いやいや……」


 呟いたその時だった。


「……腹、減った……」


 微かな声。


 足元を見ると、そこに少女が倒れていた。

 十代半ばだろうか。

 ボロボロの服、血と泥で汚れた身体。


 そして――盛大に鳴る腹の音。


「え? お前、大丈夫か?」


 声をかけると、少女はうっすらと目を開いた。


「……食べ物……」


 その目に、生気はほとんどない。

 放っておけば、死にそうな顔だった。


「仕方ねぇな……」


 紀良は屋台を開き、コンロに火を入れた。

 見知らぬ場所だろうが、やることは一つだ。


 米を炊き、スープを作る。

 消化のいい具材を刻み、温かい雑炊に仕上げる。


「ほら、少し冷ましたからな。ゆっくり食え」


 差し出した瞬間――少女の目が見開かれた。


「……っ!?」


 一口。

 次の瞬間、勢いよくかき込む。


「あったかい…うまい! ……おかわり!」


「おいおい、そんな急いで食うなって」


 喉を詰まらせそうになるのを見て、スポーツドリンクを渡す。


「ほら、飲め」


 少女は一気に飲み干した。


 ――その直後。


 彼女の身体が、淡く光り出す。


「……え?」


 血で汚れていた肌が、みるみる綺麗になっていく。

 深かったはずの傷も、跡形もなく塞がっていった。


「な……治ってる……?」


 少女は自分の手を見つめ、驚愕の声を上げる。


「身体が……軽い……!」


 立ち上がり、軽く跳ねる。


「嘘……信じられない……」


「いや、俺が一番信じられねぇよ……」


 料理で回復?

 そんな馬鹿な話があるか。


 少女は深く頭を下げた。


「ありがとう……私はアリア。探索者です」


「探索者……?」


「はい。必ず、代金を払いに戻ります!」


 そう言い残し、アリアは洞窟の奥へと駆け出していった。


 ぽつんと残される紀良。


「……戻るって、どこに行くつもりだよ」



 後に知ることになる。

 ここが異世界のダンジョンであり、

 自分のいる場所が最下層手前のセーフティゾーンだということを。


 数日後。


「――あの人だ!」


「本当に回復した……!」


「嘘だろ……料理で……?」


 噂は、驚くほど早く広がった。


 トップクラスの探索者たちが、次々と洞窟に現れる。


「お、青梗菜じゃん……」


 洞窟の壁に生える植物を見て、紀良は呟く。


「あ、シイタケ発見」


「なぁ、この肉……」


「え? ミノタウロスのモモ肉?

 あぁ、いいよいいよ。じゃあサービスしちゃうよ!」


 気付けば、居酒屋は成り立っていた。


 そして、ふと鏡代わりの金属に映った自分を見て、紀良は固まる。


「……若返ってね?」


 皺は消え、身体は軽い。

 どう見ても十八歳前後。


「……まぁ、いいか」


 深く考えるのはやめた。


 ダンジョン最下層手前。

 セーフティゾーンに灯る、ひとつの屋台。


 居酒屋正木は、今日も営業中である。

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