07:"美人留学生"



(この辺りだったはず……)


案内が終わった後、フィオナはレナルドと別れて校舎裏へ向かった。

歩く度に小さな砂利がザッザッと音をたてる。

先ほど上から見下ろした景色を思い出しながら、フィオナは東側へと進んでいく。


(あった……)


その場所はすぐに見つかった。

ペチュニアの花に囲われた小さな池を前に、フィオナは足を止め、周囲を見渡した。


「!」


フィオナは池のそばに一人の青年が立っているのを見つけた。

しかし先ほどの黒髪の青年ではない。

髪はくすんだ藍色で、休日にも関わらず制服を着ている。

青年は無表情で池の水面を見つめ、一歩踏み出した。


「あ……!」

『カァカァ!』


フィオナの声と、木から飛び立ったカラスの声が重なる。


「……」


フィオナはすぐにその口を噤み、ゆっくりと後ずさる。

池に落ちてしまうと思った青年が、水の上を歩いたからだ。水面には波紋すらほとんど残っていない。

人間にはありえない光景だった。

背筋にぞくりと冷たいものが走る。

フィオナは、彼が霊であると直感した。


「……」


気づかれないように、ゆっくりと後ずさる。

タイミングを見計らってフィオナはこの場を走り去った。


ザッ……


フィオナの姿が見えなくなったあと、校舎の影から砂利を踏む音が聞こえる。

そこに佇んでいたのは二人の青年だった。

一人は先ほどフィオナと目が合った黒髪青眼の青年。もう一人は金髪で吊り目が特徴的な青年である。


「あの女、挙動が怪しいですね……追いますか?」


金髪の青年が眉をひそめて言う。


「……いや、いい」


黒髪の青年は静かに首を横に振る。

その横顔はやけに落ち着いていた。



***


 

「ルゼオン帝国からの留学生を紹介します」

「レナルドです。よろしくお願いします」

「フィオナです。よろしくお願いします」


翌日、フィオナとレナルドは三十人ほどの生徒の前で、留学生として紹介された。


(か、かわいい……!)

(美人すぎる……)


男子生徒たちはフィオナの容姿に目を奪われ、一様に赤面する。


「背が高くて素敵だわ」

「かっこいい〜」


一方、女子生徒たちはレナルドの爽やかな笑顔に目を輝かせ、キャッキャと小声で盛り上がっていた。


「……!」


教室中から視線を浴びる中、フィオナはふと教室の一番後ろの窓側の席へと目を向けた。

そこには例の黒髪の青年が座っている。


「……」


青年は三秒ほどフィオナを見つめ返したあと、すっと窓の外へ視線を移した。


(レナルドにも見えてるのかな……)


フィオナはチラリと隣のレナルドを見上げる。

彼にもはっきり見えているのなら、黒髪の青年は霊ではなく、生きた人間だと判断できる。


「ん?」


フィオナの視線に気づいたレナルドが首を傾げて微笑む。


(……巻き込んじゃダメだ)


その無垢な笑顔を見てフィオナは思い直す。

薄く笑みを作り、「なんでもない」と小声で伝えた。



***



「俺はグレン。よろしく」

「俺はハーマン!」

「よろしく」


最初の授業が終わると同時に、レナルドとフィオナは同級生たちにぐるりと囲まれた。

男子たちはレナルドと挨拶を交わしながらも、視線ではチラチラとフィオナの様子を窺っている。


「あの……フィオナさんって呼んでいいかな」

「うん」


一人の男子がフィオナに声をかける。


「肌がとても綺麗だね」

「か、髪も綺麗な色だと思う!」


すると他の男子たちもこぞって褒め言葉をかけてきた。


「あ、ありがとう……」


フィオナは視線を逸らし、困ったようにわずかに眉を寄せる。

デビュタント以来、社交界を避けてきたフィオナには、男性に容姿を褒められる経験がほとんどなかった。


(かわいい)

(かわいすぎてヤバい)


男子たちは鼻の下を伸ばし、頬を緩ませる。

フィオナの初々しい反応は彼らの目に可愛らしく映ったようだ。


「次は民族学の授業だよね」


見兼ねたレナルドが、ふと話題を変えた。


「民族学のボルジャー教授、すげー変わり者だからビックリするぜ」

「あ……昨日会ったと思う。白衣を着たメガネの人だよね?」

「そーそー!」

「民族学なのに白衣って謎だよなー」


レナルドのおかげで注目から逃れたフィオナは小さく息をつく。

そしてハッとしたように口を開き、後ろを振り返った。


(いる……)


黒髪の青年は変わらずそこにいて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


(話しかけたいけど……霊だったらどうしよう)

「あ、教授きた」


教授が教室に入ってくると、生徒たちは小走りで自分の席へと急いだ。

フィオナも名残惜しそうな視線を残しつつ正面を向く。

教壇にはボルジャーが、昨日と全く同じ白衣にマフラーというスタイルで立っていた。


「えー、今日からロイフォード王国四大移民のひとつ、イータ族についてお話します」


生徒たちが席に着くのを待つ気もなく、ボルジャーは覇気のない声で話し始めた。


(イータ族……!)


フィオナは背筋を伸ばし、ペンを持つ手に力を入れる。


「彼らはかつてのスザーヌ帝国の南西部で暮らしていましたが、帝国軍の侵略に遭いロイフォード王国へと亡命してきました。二百年くらい前です」


この"イータ族"こそが、フィオナがイメンスアカデミーへの留学を決意した要因の一つである。


「彼らは死者の魂を信仰し、死者と意思疎通ができると王国史書に記されています。"魔女"と言われる所以ですね」

(アナが言ってた通りだ……)


フィオナはごくりと唾をのむ。

フィオナにイータ族の存在を教えてくれたのはかつての教育係、アナだった。


『ロイフォード王国に住んでいる"イータ族"という民族は、霊視能力があるそうです』


フィオナは懐かしい声を思い出す。

霊が視えてしまうことで思い悩んでいたフィオナのために、アナが遠方の帝国図書館にまで行って調べてくれたことだった。


「しかし今我が国で生活しているイータ族に、そういった能力を持つ者はいません」

「……」


断言されて、フィオナはキュッと唇を結ぶ。

自分と同じ境遇の人に会えるかもしれない……そんな淡い期待を、心のどこかで抱いていたのかもしれない。


「では信仰について掘り下げていきます」


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2026年1月19日 19:00 毎日 19:00

視える令嬢は王太子の愛をまだ知らない itoma @itoma0308

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