魔王の娘、ダンジョン配信はじめました。

塩塚 和人

第1話 魔王の娘は現代を夢見る


 魔王城の最上階。

 黒曜石でできた広間の中央で、アイラは大きく

 ため息をついた。


 天井は高く、赤黒い魔力の光がゆらゆらと

 漂っている。

 豪華で、威厳があって、恐怖の象徴とされる

 この城は、誰もがひれ伏す場所だ。


 けれど、十二歳の少女にとっては、

 あまりにも退屈だった。


「……今日も、やることない」


 長剣を床に立てかけ、アイラはその場に

 座り込む。

 剣は彼女の背丈より少し長く、刃はよく

 手入れされていた。


 魔王の娘として生まれ、

 幼いころから剣の訓練は受けている。

 それでも正式なスキルは、まだ

 「剣術LV1」。


 弱いわけではない。

 だが、強いとも言えない。


「魔界ってさ、変わらなさすぎ」


 アイラは指で床をなぞりながら、

 ぶつぶつと独り言をこぼす。


 窓の外に見えるのは、

 荒れた大地と赤い空。

 何百年も前から、何一つ変わっていない

 景色だ。


 それに比べて――


「現代はいいよね。

 建物がいっぱいあって、人も多くて、

 配信とか、ゲームとか……」


 誰に教えられたわけでもない。

 魔界に流れ込んでくる、異世界の情報の

 かけらを拾い集めただけだ。


 それでも、アイラの胸は

 そのたびに高鳴った。


 そのとき、重い足音が広間に響いた。


「また考え事か、アイラ」


 低く、よく通る声。

 振り向くまでもなく、

 誰だかわかる。


「お父さま!」


 アイラは勢いよく立ち上がった。

 黒いマントをまとい、

 圧倒的な魔力を放つ存在。


 魔王――

 この世界を支配する王であり、

 そして、アイラの父親だ。


「訓練の時間は終わったはずだが」


「うん。でも、今日はもう十分やった」


 アイラは胸を張って言う。

 魔王は少しだけ眉を動かした。


「十分、とは?」


「ゴーレム十体斬ったし、

 模擬戦も三回勝った」


 事実だった。

 十二歳にしては、十分すぎる成果だ。


 魔王はしばらく黙り、

 やがて小さく息を吐いた。


「……それで、退屈そうな顔をしている

 理由は?」


 アイラは一瞬だけ迷ったが、

 すぐに決意したように顔を上げた。


「お父さま。

 あたし、現代に行きたい」


 広間の空気が、ぴたりと止まる。


「……ほう」


 魔王は驚いた様子もなく、

 ただ腕を組んだ。


「理由を聞こう」


「だって、魔界はもう知ってる。

 でも現代は、知らないことばっかり」


 アイラは早口になりながら続ける。


「ダンジョンがあって、

 探索者がいて、

 バトルを配信して、

 みんなに見てもらえる世界なんでしょ?」


 魔王の目が、わずかに細くなる。


「危険だぞ」


「知ってる。でも――」


 アイラは長剣を握った。


「剣を振るうなら、

 退屈な場所より、

 面白い場所がいい」


 沈黙。

 長い、長い沈黙。


 やがて魔王は、

 低く笑った。


「……造作もない」


「え?」


「行きたいのだろう、現代」


 魔王は指を鳴らす。

 空間が歪み、

 眩しい光が広間を包んだ。


「少し制限はかける。

 全力では危険すぎるからな」


「それって――」


「転移だ」


 次の瞬間。


 アイラの視界は白に染まり、

 足元の感覚が消えた。


 風の音。

 聞き慣れない匂い。


 そして――


「……ここ、どこ?」


 目を開けると、

 そこは高い建物が並ぶ街の路地だった。

 空は青く、

 人々の声があふれている。


 遠くには、

 奇妙な構造物が見えた。


 黒い裂け目のような入口。


「……あれが、ダンジョン?」


 胸が、高鳴る。


 アイラは長剣を背負い直し、

 小さく笑った。


「よーし。

 まずは、探索者になるところからだね」


 その姿を、

 誰にも気づかれぬ場所から

 一人の男が見ていた。


「……無茶をする」


 それでも、その表情は

 どこか誇らしげだった。


 ――魔王は、

 娘の背中を見送りながら、

 静かに決意する。


 この世界で、

 必ず守る、と。


 こうして、

 魔王の娘アイラの

 現代ダンジョン物語は、

 幕を開けた。

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