第3話 昔の自分を殴りたいときってあるよね

「おろろろろ……く、くそ……」


 学園に来て、最初にやること……

 それはトイレでげろを吐くことだったとは、なんとも間抜けなことだ。


 唯一の救いだったのは、学園に入ってすぐに物語が進むのではなく、教室に入るまでに時間があったことだろう。


 こんなところで自由時間なんてあったか?

 

 そんなことは思ったものの、吐き気のせいで正解が思い出せない。


「ああ……朝食べたものを全部吐いたな……」


 朝食のとき、あれだけ高速で顎を動かしたというのに、全てが水の泡だということを考えると、さすがに可哀そうである、俺が……


 これまでのゲームとは違うことをしていると考えればこのゲームをこれまで頑張ってプレイしてきたからこそ、最高の瞬間なのかもしれないが、それがトイレで吐くことになるとは思いもよらなかった。


「とりあえず教室に行くか……」「気持ちわる……」


 トイレから出たところで、声が被った。


 誰だ?


 俺は思わず相手が誰なのかを見てしまうと、そこでは頭に手を当て、真っ青な顔をした年上の女性がいる。

 年上の女性は俺に気付くと気さくに話しかけてくる。


「お、少年。今日から入がうっぷか?」

「は、はい、そうですが……」

「それうっぷ、頑張れよっぷ」


 この学園の教師だろうか、初日だというのに顔色がかなり悪い。


 こういうとき自分よりもしんどそうな人を見ると、しんどくなくなるというのはよくある話しではあるが、実際にその場面に遭遇するとは思わなかった。

 それに、俺自身ある程度吐けば馬車酔いも、いってしまえば車酔いのようなものなので、慣れているといえば言い方は悪いかもしれないが少しずつしんどいのが収まってきているのも本当だった。


 普通であれば相手が女性ということもあって声をかけるのがはばられる場面ではあるが、さすがに心配になってしまった俺はついさらに声をかける。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫っぷだ。少し酒を飲みすぎただけだ」


 女性がそう言って、二日酔いなのかと納得すると同時に、そこまで飲まないようにしろよ……とは思うものの、そういうときだってあるのは俺もわかっていた。


 見た目から年齢も若いようで、そういう失敗というのはあるあるだろう。


 原因がわかっているのなら、水でも飲んでゆっくり休むくらいしかないなと考えて、俺は濡れた手を拭くためにハンカチを取ろうとポケットに手を突っ込んだときだった。

 何かが手に当たる


 何か入れていたか?


 そう考えてポケットから取り出すと、そこにあったのは少し前にもらった胃薬だ。

 着替えさせてもらったときに、ちゃんとメイドが気を効かせて制服のポケットに入れていてくれたらしい。


 こんなのあったなと思いながらも、それを女性に差し出す。


「これ、よかったらどぞ」

「お、少年。これは胃薬じゃないか、気が利くな」


 包まれている包装紙に書かれた内容から、どんな薬かすぐにわかったみたいで、女性は俺を褒める。


「いえ」

「でも、いいのか?これは少年の分ではないのか?」


 お互いに吐いていたのは明らかで、これがなくなればしんどくなるのではと女性は考えた結果、断ってきたのだろう。

 すぐに俺はこういうときに用意していた言葉を口にする。


「俺はすでに飲みましたから」


 まあ実際には飲んでいないが、社会人を経験してきた記憶がある以上は、こういうときにどんな言葉をかけたらいいかくらいはわかっているつもりだ。それに二日酔いとは違い、俺の方はまた馬車に乗るようなことがなければ問題はないはずだからだ。


 女性も俺の顔色が話をしている間にも徐々によくなっているのが見てわかったのだろう、先ほどよりも少し元気な笑顔を俺に向ける。


「それならありがたく受け取るぞ、少年。では、また機会があればな」


 女性はそう言って去っていく。

 俺はそれを見送ると教室に向かうのだった。


 ここから、ゲームとしては本格的にスタートしていくこともあって、このゲームの舞台になる学園の説明を思い出す。


 この性約学園では、入学するのは男女各二十人の合計四十人と決まっており、その中でも入学初日に声をかける相手でその後の展開というものはほぼ決まってくるといっても過言ではない。


 あれだけげろを吐いて時間を消費したというのに、物語の時間はどういうわけか学園についてから数分しかたっていないことになっている。


 あれだけ吐いてたってのに、まだホームルーム前ってことだもんな。


 ゲームなので当たり前だが、主人公である俺が声をかけるまでは物語が進んだりはしない。

 よって、教室に入るとこの後の学園生活を送るうえで最重要なパーティー勧誘の会話をしているのだが、倍速でよくわからない……


「くみ……ん?」(くみません?)「のー」

「わい……ん?」(わいとくまん?)「のー」


 いや、よく聞くと会話がテンプレートすぎて理解できる気がするが、今は内容なんかよりも誰に声をかけるかを考えないといけない。


 そもそも主人公である俺が声をかけない限り物語が進まないというのはいい気分……ではない……


 この後から物語の核となるエロティックタワーに入っていくことになっているのだが、ここで声をかける相手と入ることが確定していることから、誰にするのかというのはかなり重要な要素だ。


「誰に声をかけるべきか……」


 そこで考えたときに、一番最初に思いつくのが重要ヒロインと呼ばれるものたちで、全く見れてはいないがオープニングのときにも登場している、ゲームの顔と呼ばれるものたちだ。


 ほら、あのゲームの表紙とかにも書かれているあれである。


 そんな女性というのは五人いる。

 覚えているだけでも設定はというと……


 ナオ・ナナナは短剣使い。

 主人公の幼馴染であり、没落した貴族の娘で、学園に入る前は主人公の家のメイドをしていた。

 彼女の特徴はショートカットで桃色の髪に垂れ目、かなりのドジっ娘という点だ。


 ヤン・チョロインは魔法使い。

 学園の理事長の娘。

 彼女の特徴は金髪でいつか見た縦巻きロールの髪に、キリリとした目つきで、どこか違うゲームなどで出てくれば風紀委員にでもなっていたかもしれない。


 カナ・タフルは剣使い。

 剣豪と自分のことを名乗っている結構発現は痛い。

 彼女の特徴は黒髪のポニーテールで、冷静沈着というものが似合うキャラだ。


 リーヤ・ツキは槍使い

 いつも眠そうにしている。

 彼女の特徴はダボっとした制服に身を包みながら、少しの寝癖がついた茶髪の髪を面倒に伸ばしている。


 チカ・ヤンケイは銃使い

 しゃべりから、全てがどこかヤンキーだ。

 彼女の特徴は燃えるような赤い髪に、着崩すした制服に身を包んでいる。


 この五人がこのゲームの中でもメインヒロインとされるものたちで、ちゃんと作りこまれているのがわかる通り、キャラ立ちがしっかりとしており、かなり特徴的であり、さらにいうとビジュアルもいい。


 他の生徒に声をかけるのもいいが、メインとされている以上は物語もそれなりにしっかりと考えられており、さすがの俺もエロ以外でもメインキャラについては物語はちゃんと読んだ……覚えてはいないけれど……


 いや、選んだ相手と会話をしていけば、どんな内容だったかくらいは思い出すはずだ。

 そう、絶対に大丈夫だ。


 だけど、悲しいかな……

 俺は異性に話しかけることは現実でも滅多にすることがない。

 いや、決して苦手とかではなく、機会がないのだ……そう機会が!


 でも、話しかけないと物語が進まないのも事実。


 ええい、ここは……


「一旦座って落ち着くか……」


 席に座ることにした。


 そして考える。

 誰に声をかけるのかが決まって立ち上がる……だが、さすがに声を掛けようとしたところで……いや、違うなと、座り直す。


 繰り返すこと五回がたったときだった、六回目には体が動かない。


「こ、これは!」


 思わず動きにくい口を使って声に出してしまうのも、仕方なかった。


 というのも、新しいルートを発見したのかもしれないからだ。


 ゲームをやっているものからすれば、この上ない嬉しい出来事である。

 本来であれば、ここにいる異性の誰かと話すことでしか次にはいけないと思っていたが、どうやら椅子に座り直すことを繰り返すことで次へと進む場合があったようだ。


 いや、でも……やったよな……


 俺は思い出す。

 ここは重要なタイミングだとあらゆる行動のパターンを試したはずで、同じように椅子に座るのも繰り返したはずだ。


 も、もしかして時間と椅子に座るの繰り返しの両方なのか?


 ゲームであれば座ったら立ってを連続でやっていたが、今回は本当にどうしようかを考えていたので、椅子に座るとそこで最低でも一分以上は考えこんでしまっていた。

 それが今回の新しい発見につながったということだろう。


 ああ、くそう……エロゲーだけど、新しい発見というのにはワクワクするなあ!


 思わずそんなことを考えている間に教室のドアが開き、見慣れた物語が始まる。見知った女性が教壇の前に立って、話を始めた。


「よし……けー。にゅ……うと……くが……うの……つの……はこ……らな……てを……るべ……よ」(よし、席につけー。入学おめでとうと言っておくが、本当の学園生活の始まりはここからだからな。いい相手を見つけるべく頑張れよ)

【はい】

「いい……じゃ……ぞ」(いい返事だ。じゃあ、説明をするぞ)


 中央に立った女性は話を始める。


 ここのシーンにつていは、正直聞かなくてもいいだろう。

 いや、聞いてもいいかもしれないが、エロゲーだということも忘れて、説明が無駄に長いのだ。


 実際にレビューを見ても説明が長いから要約しろとか、実際に全員でエロティックタワーへ最初から行けばいいのではという意見があった。


 まあ、最初からエロティックタワーに行けという意見についてはただのエロイベントを期待してのことだろうが……


 そんな学園の説明を軽くしておくと、全寮制の学園であり、期間は一年しかないものの、この学園での性交率は脅威の百パーセントだ。


 何を言っているのかと思うだろう?

 ま、このゲームがエロゲーということを思い出せば、意味が理解できるだろう。


 そんな俺たちが向かう先はエロティックタワーというダンジョンのようなもので、ここで男女で冒険と出会いを育んでいく。


 どんなダンジョンなのかと言われれば、RPGでよくあるタワーの中を進んでいく階層攻略型のものだ。


 普通と違うところといえば、ダメージは全て服が弾けていくようにできていて、それを見て互いに興奮し、我慢できずに盛り上がってしまうという……よくできた仕様で、やるだけであれば簡単にできてしまったりするが、ヒロインたちの物語をちゃんと聞かないでそうなった場合、ゲームオーバーになったりするのはさすがというべきか……


 まあ、そんなエロティックタワーはダンジョンということもあって、攻略をするための要素として、ジョブというものが存在する。


 こういうところは本当にゲームという感じで、ジョブとしてあるのは、まあ……先ほどのヒロインたちのことでわかるように、短剣使い、剣使い、槍使い、魔法使い、銃使い、弓使い、盾使いの七個のジョブがあり、ゲームではそれを選択することになる。


「では……にせ……を……と……に……た……じょ……びを……らな」(では、用紙に選択するジョブを書くこと。明日には、選択したジョブ用の装備を用意するからな)


 先生はそう言葉にすると、ジョブを記入する用紙を適当にばらくと、各生徒たちの机の上に綺麗に落ちる。


 ゲームだなあ……


 ご都合主義すぎる動きに、思わずそんなことを考えながらも、いつの間にか握っていたペンでジョブを何にするかを選ぶ……


 ゲームの中で使うのであれば、短剣や剣、槍なんかが使いやすいだろう。

 その中からどれか一つを選べばいい。いけるよね?


 だが、どういうわけか手は動いている。

 不安に思った俺はジョブを書くはずの紙を見るとそこには、いつの間にか盾使いの文字が躍っている。


 どうして盾使い?


 とは思うものの、このゲームでの盾使いというのはかなり重宝されている。

 エロ目的と好感度上げの目的でにはなるがだ。


 先ほどあったように、ダメージを受ければ服が破けていく仕様のエロティックタワーでやっていくときに、盾使いであれば庇うことをしたりしなかったりで服をいい感じに破くことが可能だった。

 だけど、欠点もしっかりとある。

 このゲームはエロゲーであり、こだわっているのは、エロい場所。


 よって、戦闘は自分で戦う他のジョブであれば問題はないものの、女性に基本的にダメージをとってもらう盾使いには致命的な欠点がある。

 それは、女性たちの戦闘での動きが終わっているのだ。


 そこは攻撃!

 どうして、そこでスキルを使わない?

 ふぁ!体力満タンで回復だと……


 絶望という言葉はこのゲームにこそ相応しいと最初は思ったものだ。

 よって、その後は研究をし、女性たちの動きをある程度こちらの動きによって制御できることを知ったのだ。


 でもなあ……

 ここではいらないんだよ!


「みん……ね……るよ」(みんな書いたね、回収するよ)


 だけど、書いたものをゲーム通り先生は高速で無情にも回収していく。


 あー、くそお……


 ここで足を引っ張ってくるのはあれだった。


 どうして周回設定で、物語の会話スピードとジョブを固定するにしてしまったんだよ!

 死ぬ前の俺、絶対に呪ってやるからなあああああ!


 俺は心の中でそう言葉にしながら物語通り、高速のお辞儀をするのだった。

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