死と星のはて、で。
夕方 郵
第1話
死と星の果て、で。
君って、どんな曲聴くの?
気になった。
いつも彼の選曲が、気になった。
いつも、爆音。
「なんか、凄い曲」
と笑った。
「これ、スリップノットってやつ」
マスクをした、バンドメンバーが、ジャケットのやつ、と彼も笑う。
「俺、何でも聴くよ」
と雑誌を手にしていた。
「アイオワ」
良く知らないや、と下から覗くと
「えー」
私は、良く読めない曲のタイトルと、彼の好きなバンドをメモするのに、必死だった。
「俺の全てをメモする気か、お前」
彼は、恥ずかしそうに言った。
ぽかぽかする、暖かい日差し。
わ。
「ごめん、音、でかすきた」
と音量を下げた。
「私、洋楽って、良く知らないな、アヴリルくらい」
と。
「結構、知ってるじゃん」
と、目を光らせた。
「っつても、アニメから」
恥ずかしくなり、目を反した。
「ワンピースかよ~」
と彼は、私の制服を突く動作をした。
「なんまいめ」
「そりゃ、にまいめ」
彼は、大笑いしだした。
「実は、かなり、ファン?」
と音楽となると、なんでも饒舌になる。
「ねえねえ、蔦屋で」
「どの曲が、好きなの?」
と咄嗟に会話がぶつかった。
「私、タイトル知らない」
「まじかー」
「んなもん、覚えないもん」
蔦屋に、今日、寄ろう。
スリップノット、探してみよう。
「イン・ロック、カバー、かもよ」
「そりゃ、大分、前だ!」
途中で、違う旋律がイヤホンから、溢れてきた。
「あ、これ?」
「うん」
何か、女性の歌声。
「ダイド。だよ」
と。
「エミネムが、挿入に使ってる?」
何となく、言ってみた。エミネムショウは
知っていた。
「うん、最近じゃないけど」
と。
「ねえ、一番好きなアーティストは?」
机から身を乗り出して訊くと
「いないよ、そんなん」
と答えが帰って来た。
「私も、何でも聴くよ」
「どんなのが、好きなんだ?」
「笑う?」
暫しの沈黙。
「うわっ、まさかのLUNASEA」
「君、LUNASEA、嫌いなの?」
と、詰め寄る。
「MOTHER、意外は少し...」
彼は声を潜めた。
「これでも、RYUICHI、ファン」
「まあなー、格好良いってやつか」
「校内放送で、ROSIERがリクエストされてさ」
「遅くねーか」
と彼と、私は話した。
「最初のギターが」
「えー、お前でも、ギターとベースの区別が着くわけ?」
「左がベースでしょ」
と言うと
「後ろじゃねーの?」
「それは、ドラムだってば」
「あー、真矢ね」
「メンバー、言える?」
「RYUICHI、J、INORAN、SUGIZO、真矢だろ」
「私は、最近、メンバー覚えた」
「結局、RYUICHIかよ、お前」
「いーじゃん、音楽番組で、一目惚れしちゃったし、IN SIRENCE」
「あのRYUICHIの手の振り」
「仕方ないじゃん、きっかけはROSIERなんだから」
「お前ん家、ポスターとか、貼ってそう」
「五枚なら」
「俺、シド・ヴィシャスと、ニルヴァーナ」
と、何故か、彼は得意気に見えた。
君と話せるなら、何でも良いよ。
「ずっと見られてるみたいで、ちょっと貼り過ぎたかも」
「張り方は」
「壁に横、五つ」
「俺、二枚」
何か、二人で、またしても、沈黙。
「あのさ、それ、ヴィヴィアン?」
「うん、通販」
田舎の二人は、御用達。
けど、ヴィヴィアンに、通販なんて、あっただろうか。
私も、彼も、ガラケーだ。
赤い携帯で、君の番号とメアドは、赤い絵文字で、星を付けた。
「お前って、MOTHER、何回聴いた?」
「歌詞、覚えるくらい」
「きせきを、いま、ぼくをすくえ~」
「お前のRYUICHIはいい」
と、歌い出したら、否定された。
「全体の雰囲気、あのアルバム、最高だよな~」
と彼らしく、笑った。
「インディーズのも、聴いたよ」
と言うと
「あのジャケットのRYUICHIは、好きなのか?」
「立ってる姿も格好良い」
また沈黙になった。
「お前がLUNASEAを話すと、RYUICHIになるなあ」
「好きなんだから」
あ、君に伝わると、大変。
「それ、なに」
「あー、お前、これはヴィヴィアンの!」
「て、通販の包みだし」
「いーの、俺にとっては、ヴィヴィアンで!」
彼を知りたかったから、見たのに。
「そんな高いの、どうやったら、買えるの」
続いて、訊く。
「欲しくて、小遣い、貯めたんだよ」
彼のシルバーの五つ穴の、ネックレスが、羨ましい。
「オーヴ、選ばなかったんだね」
「通販で、格好良くてさ」
「人の好みだしね」
「あまり、見んじゃねえ」
少し、彼は赤くなった。
「夕方の音だー」
町を鳴らす鐘が、聴こえて来る。もう、17時だ。
「この曲調も、飽きるよな」
「決まったら、鳴り続けるよ、そりゃあ」
あたり前の、17時だ。15時半から、話し始めて、あっという間だ。
「一緒に帰ろうよ」
勇気を出して、話が弾んできた流れで、帰宅を誘う。頭で、2nd が流れていた。私、君が好き。
「お前と帰ると、恥ずかしい」
「女子の誘いを、断るの?」
と、近寄る。
「じゃー、帰るか」
音が、鳴り、彼のネックレスが私の髪に絡まった。
「そんなに髪伸ばして、どうすんだ?」
「もてなかったの」
あまり、言いたくなかった。今は、二人で話していたい。
「それ、俺に言って、どうすんの」
彼は笑いながら、少し、神妙だ。
「別にへ~き」
「平気って、気になる言い方だよな」
と、ため息が聴こえた。彼の身長は、高い。私より。
「じゃ、帰ろ」
と言うと
「お前も、気になってるのとか、ないの」
と、先に教室から、出ようとした。
「蔦屋」
「いーけど」
此処から、徒歩で40分は掛かる。遠回りになるが、彼と寄りたい。
「ねえねえ、先生が来る前に、怒られちゃうから、行こ」
長居してると、注意されそうだ。門限なんて、私には、無いけど。学校には、ある様な気がした。
「分かったよ」
と、根負けした様に彼は、片耳で聴いていたイヤホンを、外した。彼の聴く音楽は、また爆音に、変わっていた。
「あ」
「なにか、ある?つか、離れて歩けよ」
狭いCDコーナーだ。
「ぜーんぶ、借りられる?」
「俺だって、母親と来る」
「まだ、借りられないもんね」
今日、何回目かの静けさが訪れた。店員は、無機質な挨拶だった。
「好きなの、見付けた」
「るなしー、な」
「この、RYUICHI、やばくない?」
「ちょっと、聴いてみろよ」
私の手から、CDを奪うと、プレイヤーに
入れようと、RYUICHIの居ないジャケットを、開けた。
「うーん、なんか、ざらざらした音だよなー」
ヘッドホンを装着する。
「私、ちょっと、奥見て来る」
「お前の為に、聴いたのに」
「え」
恥ずかしくなった。意識してるのは、私だけだろうか。蔦屋に二人きりで居るだけでも、カップルにみえるのだろうか。
「俺、50分も聴くのか」
「ちょっと待ってて」
彼のスリップノットを、探す。洋楽コーナーは、奥だった。
「さ、し、す」
「あった!」
何か、恐いジャケットだな、裏と表面をまじまじと見る。遠くから、彼が必死でヘッドホンで、MOTHERを聴いてるの見ようと、振り返ると此処に居なかった。
「全部借りる?」
「カード無いしなあー」
「って、驚かせないで!」
映画秘宝が、彼の手には握られていた。
「...制服?」
「女優が可愛いね」
雑誌は大きく、少し頁が薄く、紙質が上質な感じだった。
「そういうの何処で見付けるの」
「直感だよ」
「好み?」
何か、訊きたくなった。
「もう、観たよ」
「それ、感想?」
と応えてくれない、彼に呆れた。
「お前も観たら」
「グロいの、嫌いだし」
「見終わったら、大丈夫かも」
「それ、保証出来るの」
持っているCDを良く見ると日本版のアイオワだ。
彼のは、どちらだろうか。
それより、映画秘宝をいつの間にか、購入してる彼に気付かなかった。
「お前に」
「?」
蔦屋のビニール袋を差し出す。
「後で開けろよ」
と彼は言う。
「それより、その雑誌、気になるな。」
「お前ね」
知らない振りをした。
「有難う」
後ろをすぐ向いた。少し温かいビニール袋だった。
「LUNASEA、聴いたよ」
「その間中、待ってたの?」
私、そんなに探してたかな、と店内の時計を見ると19時19分。夏とはいえ、そろそろ、外は暗い。
「向こうの店舗だろ」
忘れてないけど、彼はあらためて、言った。販売用の、同じ敷地の蔦屋の事だ。
「開けて良い?」
「帰ってからにしろ」
帰り道、私は身が軽かった。陽は暮れて、蔦屋を二人で出ると、無くなったミスタードーナツの店舗、回転寿司、灯りは少ない。
「送ってくよ」
「どこまで~」
「お前のお母さん、心配する」
「へーき。電話する」
私の自宅は、此処から遠い。バスはもう無かった。彼は比べて、自宅は近場だった。
「待ちうた?」
急かされる、古いアイドルが流れた。母曰く、別にファンじゃないけど、良かったから、らしい。
「お母さんが来るまで、コンビニで待つ?」
「うん、良いの?帰り、遅くなるよ」
私は良いけど、と言いかけた。
「其処のミスド」
「美味しいよね」
「玄関の窓、ピカピカ過ぎて、閉まってる
か、開いてるか判らないな」
「で」
「知り合いが張り切って、ぶつけたらしい、身体」
並んで歩いた。
「なに、それー」
「買わずに帰ったと」
人の過ちで笑った。私達の町は、何か出来ても、直ぐ無くなる。私達の関係も無くなるのだろうか。夜道は、夏の風が吹き、少しわたしは不安な気持ちにさせた。町は明るいが、暗い気がした。19時過ぎは、あまり人通りが少ない。気付くと、セブンイレブンに着いていた。
「アイス、原信の方が安いよ」
「ガリガリ君、食う?」
「ピノが良い」
「俺の分は良い」
良いから、と小銭を出し支払う。小さくお礼を彼が言う。
「荷物持てなくて、ごめん」
「気にしなくていーのに」
はい、アイス。何か恥ずかしくて、学校外の彼は。
茶髪が長かった。伸ばしっぱなしに見えた。彼の尊敬する、誰かの影響だろうか。渡す右手が彼の左手と少し湿ったアイスで、一瞬、冷たかった。
「お帰りー」
ただいま、とメールを返す。早速、蔦屋のビニール袋を手に取ると、彼からのメール着信音だ。
「開けてみた?」
まだ、と返信する。写真を撮影して、送って。まだ、開けてないのに。彼からの包みは、まだ勿体無くて、そのままにしておきたかった。「早く」と顔文字無しで、メールが来ると、彼らしくなく、少し怖い印象がある。
映画秘宝を読んでたら、と送ると「うるせー」と来たから、急いで開ける。蔦屋の袋を開けると、想像してたが、簡単の声が出そうだった。スリップノットのCDだった。日本来日...。帯が光っていた。CDから、目を離すと、一緒に入っていた物に気付いた。
「あ」
彼のヴィヴィアンだった。「写真見せて」気持ちも素直になった。部屋の中は、暗いせいか、上手く撮れない。四苦八苦。スリップノットのCDと、ヴィヴィアンのネックレスを撮影する。
私には、この数年でかなり高価な贈り物だ。付き合ってもいない、私が受け取って良いのか、悩んだ。
CDは、受け取っても友達で済みそうだが、異性のアクセサリーに、疑問を覚えた。
「綺麗に撮れてる」
「電話して、良い?」
と続け様に、メールが来た。送ってる暇は無く、大きな音で、RYUICHIは歌った。
愛したきみには、
「付き合ってくれない?」
電話越しに、いきなり彼は、言う。
「私達、話の話題、合わないし」
「知ってる」
「何処が好きなの?」
「好きだから」
「何処が好きだから、言ってくれないと」
そこは、なにがなんでも、譲れなかった。彼が他に、私を好きな理由で死にたくなったら、どうしよう。部屋のCDプレイヤーで、スリップノットを直ぐ聴きたいのもあった。
「あのとき、かみさまに見えたから」
考えずに、私は返事をしていた。
「いいよ」
神様じゃないけど。と泣きそうにだった。
彼と話すようになって、半年だった。
「俺、お前を幸せにしたい」
「最初から、何いってんの」
2人共、違う音楽を聴きながら、
「別に他のやつを好きでもいい」
「君しか見えてないよ」
彼からは、綺麗な音楽が後ろから聴こえていた。何の曲か、判らなかったけれど。
「手紙、読んだ?」
うっかりしてた。丸く、レシートの様に小さい紙は、スリップノットと彼のネックレスで、気持ちと共に、扇風機で風に飛ばされていた。
綺麗な字だった。
受け取ってほしい
だけ。
「字、上手いね」
「多分、お前よりは上手い」
一瞬、彼の発言に字を変えてしまいたくなった。私の字は、読めるけど下手だが、好きな相手に言われると、気になりだした。昔、女の子の字だ、と言われただけ。
もう、23時を回っていた。綺麗な曲は、私に綺麗に響くが、美しくなく感じた。返事を書こうかな、と思っていた気持ちが、一瞬戸惑った。
「映画秘宝、見てた」
「その、片腕マシンガール?」
「そ、それ」
今日は、何だか笑ったり、泣いたり、忙しい。
「友情もあるぞ」
「何か不吉な予言に聴こえる」
「言ってない」
壁のRYUICHIは、無口だ。けれど、二人の話は続いた。そろそろ、お風呂に入らなきゃ。まだ電話していたかったが、一階でテレビの音がしなくなったら、家族はもう、眠っている時間だ。 ただでさえ、夜遅くまで起きて、と怒られるのに。
気付くと、受話器からは彼の寝息が聴こえていた。「お休み」と言って、もう15分が過ぎていた。彼の電話を今切ると、説明不要のトラックのバック音がして、彼の安眠を妨げてしまうかも、と思い、中々切れなかった。彼の寝息を聴きながら、聴けなかったスリップノットのCDをラックに仕舞おうとした。彼の寝息は、年相応に、可愛かった。何か物音を立てたくなかった。夜は長く、夏は暑かった。でも、私は高揚していた。明日からは、彼、私の彼氏なんだ。もう淋しくないかも、と日付が変わる時計を見つめていた。
爆音で、目が覚めるのも悪くない。
彼の彼女になって、1日目。スリップノットの目覚めだ。隣の部屋の母に聴こえないかと思ったが、朝はいつも、音楽有りで準備しているので、特に変わりは無い。
おはよう、とメールが来た。今日、会えるのに。目覚ましにスリップノットの曲と彼のメールが合っていた。だって、彼の好きな曲なのだから。昨日はごめん、結局、一時頃彼が一旦起きて、電話を切って、二人はやっとお互いに、眠れた感じだ。
CDラックは、スリップノットがぎりぎり一枚、入らなかった。透明ケースは、両端はLUNASEAだった。
結局、手紙の返事は書いていなかった。字も別に変わらず。贈り物のお礼と彼の気持ちに応えなくては、と文面の返事の心配をしとしていた。私なりの文で良いか、彼へ文面だけのお礼で良いか、それを吹き飛ばさない、スリップノットだった。
昨日は有難う
CDはネックレス嬉しかったです。大切にしてたんじゃないのか、気になってます。
電話では、交際の話、嬉しかったです。
これから、宜しく
月並みだったが、部屋中探して、なるべく
可愛いレターセットを見付けて、書いてみた。慣れないボールペンは、右手の指が痛かった。恋の始めだから、それも気にならなかった。
お菓子柄のレターセットは、柄にもなく、香水の香りがしていた。お洒落に憧れて、無理して買った物だ。うっかり、授業中に手渡しする手紙の折り方をしてしまうところだった。
ネックレスは、本棚の上の縫いぐるみの首から下げたが、何度となく、ネックレスは落ちてきて、私の顔に直撃した。縫いぐるみを少し後ろに移動すると、ネックレスも動かなかった。その縫いぐるみは、ネックレスと違って、パンクも何も無かったが。
電話後、夜中に動いたりして危うくLUNASEAのポスターが破れるところだった。手紙を四角に折ると端がずれて、くっついていなかった。文面は簡単だが、私は真剣だった。格闘相手は昨日は、縫いぐるみだったのだから。
私はMDしか、持ってなかったから、小さくて便利で、持ち歩いていた。彼の影響のマキシマムザホルモンを帰り道、聴いていた。よく、大きな音で聴いていると、車のクラクションが聴こえず、後ろから、追い抜く際に、ドアミラーが背中に当たった気がした。たまに棚田に落ちそうになったりして、通った。毎日、音楽を聴いて、通った。彼の好きな音楽だと思うと、辛い日も、平気だった。
手紙とお気に入りの曲を集めたMDを一緒に渡そうか。母はゴミ出しの準備をして、会社へ向かって行く音がした。
ダイエット中じゃないのに、食欲が何故か無かった。少し牛乳入りのコーンフレークを口にした。チョコと牛乳が混ざりあってる部分が好きだ。ココアみたいで。スプーンでフレークをつつくと、音がした。結構柔らかいフレークそのものが、喉が流れていった。
台所には、封を切ったフルーチェが一つ置かれたまま。帰宅したら、残りの牛乳で作ろうかな、と考えていた。
私も髪を茶髪に染めたい。もう少し可愛くなりたい。あの時、ファッション雑誌のコーナーで、可愛い女性モデルが目に入っていた。男性なら、皆、好きなのだろうか。 彼の好きなタイプは、何だろう。メイクを研究したい。私は結構、思い悩んでいた。
ヴィヴィアンは、彼に似合っていたが、私も身に付けてみた。制服には、合わなかった。ついでに、ネットでセックス・ピストルズを、調べてみた。パンクの元祖。雑貨屋のWORLDENDから出たパンクバンド。ジョニーロットン辺りしか、見れなかった。シド・アンド・ナンシーは、ゲイリーオールドマンが、シド役だった。私には良く、解らなかったけど、彼なら、知ってるだろうか。
南京錠の永遠の愛、は世界で有名だけど、彼に鍵かけるなんて。重たいネックレスは、私と少し不釣り合いかも。彼は似合っていた。太い首にそれとなく着けていて、彼の茶髪と似合う。
暗い部屋でひとり、つけたまま、ぼくは震えている、と急にTHE YELLOW MONKEYが、二階から流れてきた。邦楽は飽きてきた。なんといっても、二階の私の部屋には、テレビが無い。音楽とラジオと本が友達だ。洋楽を初めて聴いたのは、別の友達だった。ニルヴァーナのネヴァーマインドだ。水色で赤ちゃんが海を泳いでるジャケットで、正直、声が印象的で、一日きいてたが、良く分からない。当時はB’zばかりだった。恋愛した事無いけど、いつかのメリークリスマスに泣けるなんて、話していた。CDのタイトルは、ニルヴァーナは覚えなかった。
「それ、まじで」
「勿体無いことしてる」
と彼は言った。ブリーチ、良くないの?と。聴かれても、グランジ?君も勉強中だしとああ、ロックのバンドのCDね。良く判らないけど、カートは格好良いね、と言うと
「お前はRYUICHIだけかと思ってたよ」
等、いつも苦い顔で笑われた。別に初恋じゃないよ!と答えていた。
本当は君が好きなのに、言えなかった。恋愛したいけれど、好きになって、恋をするのが、自分だなんて、思いもしなかった。
私が普通の女の子なの、忘れてない。
彼が窓辺に座ると、目立ったから。いつも、窓の外を見て、物思いに更けっていた。空の上に何があるのか、訊いてみたくもなった。
朝の音楽鑑賞の時間を終える為、歯磨きをしたくて、鏡を見て身だしなみを整えた。台所を通ると昨晩のカレーがまだ残っていた。じゃがいもが好きで、昨日は遅く帰ったから、忘れてた。帰ったら、フルーチェとカレーを食べよう。
「おはよう」
彼が居た。何か不機嫌そうだった。
「お前、いびきかいてたぞ」
フルーチェ、カレーも忘れる程、顔面が熱くなった。他にも色々話をしてるのに。
「あの、手紙と」
「別にいいのに」
と違う方向を向いて言った。何か違う。
「俺、」
「え」
「電話に向かって、話してたぞ」
「近くに電話にがあればそうなるよ」
と安堵した。彼を正面から見ると、真っ直ぐだった。くすぐったい感触がした。良かった、思い過ごしだったようだ。
「あの映画観たい」
「レオン?」
「大人になっても、生きるのはつらい?」
「つらいさ」
ジャン・レノとナタリー・ポートマンになってないけど、言ってみた。あまり、殺人を教わるシーンは好きじゃないかも、なんて話をした。
「映画秘宝のやつ」
「別に可愛くないぞ」
女性が全員可愛いもの好きと思ってるな、と話しつつも、
「お前、前レースのフリルのワンピース着てなかった?」
と、突然、話題が変わった。
「うん、いつもああいうの着てるわけじゃなく」
女の子に憧れて、好きな人が、現れて……。
「可愛かった」
「本当?」
いつの私だろう、彼の前で着たい服が、心の中で、増えていた。
「ねえ、深くないって悪いことかなあ」
ちくり、と針が身体を刺した。
「別に。どうして」
と彼はきょとんとした。
「別に浅くても、深くなるだろ」
「まあね」
「私、ちょっと訊きたくなって」
もう、他の同級生達は、ホームルームの時間でそれぞれ席に着いていた。
「そんなに浅いとか、言われるなら」
「敵わなくなるまで、知ったら良いだろ」
「誰、そんなこと言うの」
と怖い顔をした。
「ごめん」
「どうして謝るの」
と不思議そうに笑った。途端に、彼がますます好きになった。
「でもさ、追い付かないんだよ」
「二人で探せば良いさ」
答えられなかった言葉に、応えたように聞こえなかった。
「悩みがあるなら、なんでも言えよ」
「う~ん」
ホームルーム中は、集中出来なかった。彼と付き合う。何か、怖くなって来た。恋すまでは、憧れてた夢にまで見た、カップルなのに、憧れの異性と恋愛なのに、教科書は下手な落書きでいっぱいになりそうだ。
一日中、三時間目の早弁してる男子が、先生に見付かり、怒られるまで、何だかぼんやりしていた。早弁の中身は、ポークビッツ。その時に見たら、彼は外を向いていて、左手で手を振った。
4時間目の国語で、私は苦手な国語教師、苦手な題材で、困り果てた。名前を書いて、意味を調べて、ノートに書く、と云うものだった。彼は良い名前をしていたから、響きが良いし、漢字も良いな。と羨ましく思っていた。
「どうした、早く調べろよ」
と席を通りかかり、言われた。調べたくない理由があるのに。そこまで解ってほしいわけじゃないけど。
「親の期待、裏切ってるやつがいる」
と異性の同級生が、いつまで経っても書かない私を揶揄ったので、シャープペンシルと消しゴム等が、一瞬、歪みそうだった。
嫌い。そんな事を考えた。結局、4時間目の
国語は、ずっと、下の床を見詰めていた。
「お前なんて書いた」
帰り道で彼は、私に訊いた。
「なんでも話せって言っただろ」
溜まった涙が溢れ出てきた。もう、帰り道も半ば。気持ちの迷いが、顔に出ていたらしい。
「それ、送ってくれるか?」
「......」
あまり気が乗らなかった。
「前に名前ごと愛せって言った」
二人がまだ付き合ってない頃に言われたんだった。
「お前、それ忘れてるのか」
「もういい」
「どうした?」
彼の顔も見ずに、反対側を走った。
バスの中だった。
「あった」
ノート。バスの中では、電源を切っていた。もう、夕方だ。帰りたいのに、道を間違えてしまった。お金は1000円しかなかった。隣町まで、420円だった。少し遠出して、気分を入れ替えよう、と思った。彼に否は無い。私が悪いに違いない。夕方のバスは混んでいた。自宅のある町よりは、行き先はかなり、都会的だ。小さなパン屋さんで、サラダパンをオーダーして、食べようか今日の私には、お金が無かった。行き先は隣町でも、なんだか乗りなれなくて、疲れが溜まっていた。バスは冷房が効いていた。涼しかった。
「何処にいる」
メールと着信が彼からだった。友人からも来ていたが、たわいもない内容だった。
「今、隣町」
と急いで、メールを打つと大きな音で、着信音が鳴った。
「心配した」
「ごめん、急に」
「何かあった」
受話器からは、車の走る音が聞こえた。
「後で、送るね」
「ああ」
「今日の国語の授業、俺は書いたけど」
「君の事だから、漢字も良いでしょ」
「そんなことない」
彼まで否定するのでは、と急いで、口にしていた。
「君の名前、格好良いし」
何と云うか。先程の行動できまずいのもあった。
「有難う」
「名前で呼んだら」
「あ、それ恥ずかしいんだ」
何と云うか、彼は彼と同じだ。
「龍宇一」
「今まで通りでいいや」
私が言うと、
「カップルなのに?」
と彼。
「うん」
「早く戻って来いよ」
「何で」
「心配してる」
交差する言葉は、夜空の月に響くようだった。街の中は、帰宅の人々でいっぱいだ。
「お母さんは、心配しないよ」
「何処にいるんだ」
「隣街だよ」
「俺、まださっきのとこ」
「すぐ帰りたいけど、帰れない」
自分で嫌になってきた。イトーヨーカドーの食品スーパーで、飲み物でも、買おう。
「待ってるから」
うん。と泣いていた。イトーヨーカドーへ
向かう、地下の階段。久々だ。何にしよう。いざ沢山の飲み物を目にすると迷ってしまう。夕御飯の買い物をする人達で混んでいた。食欲を手に、今晩の食事だろうか。ハンバーグの包みを持った女の子が母親らしき人と、精肉コーナーを見ている。温めるのだろうか。地元の金曜日。何か私の自宅の食卓と似ていた。100円と少し。ファンタオレンジにした。少し空腹が戻って来ていて、目に映る食品を見る度、お腹に響いた。彼と知り合ってからの、玩具付きお菓子コーナーへ向かう。チョコエッグって、この種類、いつまで出るんだろう。この外側のチョコレート、安い味だけど、結構好きだった。何と云っても、おまけ付き。中に猫や恐竜等の、フィギュア入り。私はアニメは、昔の幽遊白書で。他は音楽を聴いてる事が多かった。あっという間に時間が過ぎた。電車で帰ろう。レジでお金を支払う。
「先に家に帰ったら」
「手紙読んでた」
「え」
「有難う」
ファンタと荷物が重かった。手紙の微かな香りがするだろうか。
「俺、きちんとお前が好きだよ」
「うん」
あ、セゾンの中に寄って行こう。可愛い服が有るかも知れなかった。サマンサモスモスで夏物でも見よう。まだ未成年の私には、母に迎えに来てもらうしか無かった。
セゾンの二階へ着くと、サマンサモスモス店内は、可愛い服が並べられていた。可愛いTシャツが目に入った。胸元に、オレンジが転がる。猫のイラストと共に英字が書かれているTシャツ。
「それ、在庫少なくなってます」
店員に声を掛けられた。なんとなく、急かされるように、物色する。他にも、スカート等可愛い品で溢れていた。ワンピースが可愛かった。彼が言った。今日は、何も買えないけど、気分転換にはなったかも知れなかった。ショッピングは買えないと、つまらなかった。大体見ると、欲しいものだった私には。そういえば、ジャスコで安売りを見ていなかった。駅内の定番の位置に行く事に決めた。
新幹線の走る構内の窓際。椅子もないけれど、両肘を窓辺の凹の部分に付いて、下のバス停や、空やら見るのが、好きだから。
母に電話する。案の定、怒られた。なんで隣街まで、とその間中、駅の中の人達とすれ違い、我儘言って、困らせてしまった。
私の家は、母子家庭だった。父親の顔は知らない。片手のファンタオレンジを飲みながら、夜空を観ていた。たまに下に居る、バス停のバス待ちの人と、目が合うと気まずいくらいだ。と云っても、お互いの視線がぶつかるだけで、駅の内部とバス停に行くには、階段、エスカレーターで行く。回る遠目だが、近い。
「いる?」
彼からは、頻繁にメールが来ていた。
「お前がいないと不安」
先に帰って、とメールで何度も連絡した。
渋々、彼は承諾して、明日土曜に会おうか、となった。お母さんに頼めるか、明日の服装で考えた。この日に母に頼めるか考えた。帰り、ジャスコに寄ろう、と決めた。
「結構可愛い」
車内はエアコンが効いていて、涼しかった。母とは特に会話しなかったが、好きな人でも、出来たの、となんとなくぼんやり
会話をした。終始、不機嫌だったけど。
見たワンピースは、花柄の三色グラデーションの花の模様の膝下丈。安売りで売られていた売り場からは離れて、ひらりと見付けてほしそうに、裾が覗いていた。価格訂正が三つもあり、今は、1980円になっていた。ワンストラップショルダーのワンピース。
「お母さんはどう思う」
「可愛い」
お決まりの私じゃなく、服ね、と云う簡単なやり取りの中、母は自分の服と一緒にカゴに入れた。
「好きな服で会うの?」
と訊かれ、驚いた。今日、朝何も言ってないのに。そんな大声で話していただろうか。試着はしなかった。サイズはMで、比較的ゆとりがある。
「友達だよ」
と、言った。何もかも筒抜けな親子は嫌だった。
ジャスコ内、冷房でひんやり。最近、私達はあまり、会話をしない。母は、ピアス、23歳差がある。お洒落が好きで、沢山、洋服を持っていた。仕事が忙しくて、あまり一緒に居る事が少ない。
帰ったら、牛乳あるかな、とそんな事を考え出した。空腹だった。早く帰りたい。そして、彼にメールしなきゃ。名前の意味を書いたんだっけ、とレジで会計されていく、服の数と一緒にため息を付いた。
「すごく心配した」
「あまりに鬼気迫るからさ」
「嫌だったから」
本当は、彼に見透かされたような感じがして、その場から、立ち去りたくなったのかも知れなかった。
「お前にもよい名前があるだろ」
「似合ってないもの」
電話で口が苦くなってくるのを感じた。
暑い部屋は、扇風機だけ。電気の周りを蛾が回った。なんとなく、見ていた。
「なくな」
と怒ったように、強く発声する声に、
「お前の、って名前のノートは」
「送るけどさ、笑わないでよ」
「笑ったりするか」
最美
「合ってるじゃん」
電気が、点滅しだした。点灯が完全じゃなかったらしい。寝転がってる床から、身を起こすと、電気を点け直す。
「すごい魔法みたい」
とよくある答えしか、私には口を付いて出なかった。
そうだったら、良いのに。
一階から、カレーを温める匂いがしてきた。家庭の匂いだ。
あ、牛乳。
「え」
「ごめん」
「ぎゅ?」
一緒にお腹が鳴った。20時を過ぎていた。
お腹が空き過ぎて、胃が空っぽの感じが良くなって来た。胃の中が空っぽって、こんな感じだろうか。
嬉しかった、身体中から水分が一気に全部、放出された。
ただ、傍にいないけど。
何度も聴きたくなった。けど、同じ言葉をもう一度、言ってほしいとは、言い出せなかった。
「つまんないこときにすんな」
「合ってる」
「合ってる、って」
うん、うんそれでさ、と私はよく分からないまま、声を発していた。右手が涙で綺麗とは言えないほど、涙に濡れた。部屋は暑いし、汗まで、びっしょり。額から、滑り落ちた。熱帯夜だ。
忘れられない日に、記憶として、記したくなり、ノートの端に〇月〇日と、ハートマークを書いて、顔を中に書いた。笑えない。私の好きな人は、私に言葉を今日くれた。
「窓、開けてみろ」
「へ」
「月が出てる」
今日は、太陽が焼けたかのような、大きな月が、紅く出ていた。科学的にどうなのか、私は知らなかった。
「綺麗」
車の中で、母の顔をバックミラー越しに見てたから、空にはあまり気付かった。
「今日はごめんね」
と上手く唇が、動いてくれない。
「別にいい」
過去ないほど、泣いた。贈り物も、私が欲しがったせいかも知れなくて、しまいには
、日本沈没まで、考え出した。私が悪いせいかも。龍宇一が探してるCDが見付からないのも、私のせいだよ、と、余計な事まで話していた。
「あのな」
「何から何まで、自分のせいじゃないぞ」
日本沈没は、違うらしい。今日は、彼の曲を主に聴いて、帰宅後、話していた。
「大体なんだ、探してるCDとか」
電話を切っていた。ノートに、「彼が大好きです」と書いた。
下から、母の声が聴こえた。夕御飯らしい。といつも一緒に食べずに私達はいた。
カレーライスを食べよう。ダイエットもしなきゃ、と次々、脳裏に彼に尽くしたいと云うか、自分を磨きたい思いが沢山湧いた。つい、それで電話を切っていた。ノートに書いた文字が私の心を確かにした。彼がした。
「なあに泣いて」
なんでもない、と炊飯器から、お米を入れながら、ルーを上からどろ、どろとかけた。なんで次の日のルーって、こんなに美味しいんだろう。
階段を静かに、と怒鳴られながら登る。明日は、彼と会う。
「なにしてた」
「カレー」
「お前ん家って、夕御飯遅いよな」
行儀悪く出来なく、身を縮めた。切った
電話には、巧く伝えられなった。
「カレーって周りからかけるの?」
「昔、悪く言われたよ」
「お前がかけすぎたんじゃないのか」
そんな、理由は無い。と笑われた。
明日、図書館へ誘おうか。でも、カレーのルーツはともかく、ルーのかけ方なんて、記されているだろうか。ついでに、日本のニュースの本も、見てみたい。彼は幸いにも、本を読むらしく、そんな話題は出てきた。一緒に行動すると、趣味が分かる気がした。
「なに黙ってんだ」
「なんていうか、私も色々考えてるの」
「そりゃ、俺だって」
あ、と思った。自分ばかり話していて、私、彼の話を訊いてなかったかも。
色々あるよ、と続ける声は、易しかった。
私じゃ、彼の問いに答えられない。いくら好きでも。
「そんなに俺頼りない?」
続けて、物言いたげだったろうか。
「君は私を知ってどうするの」
「お前には負ける」
好きだから、だよと続いた。好きだと知りたくなっちゃうのか、と頷いた。
「今日はシャワー入る」
自宅の壊れかけの風呂は、数年そのままだ。カビが生えたお風呂を思い浮かべた。
「明日何時」
「10時」
彼から訊くと、私は咄嗟に応えた。
「今、意識して飛ばしたでしょ」
明らかに、彼の後ろからはLUNASEAが流れていた。
「IN SILNECEを飛ばした」
「わざわざ言う?」
「お前が先に指摘したぞ」
と。
電話!と。へ、と自宅の固定電話へ23時に
掛けてくる、知り合い、私には居ない。
もしも、し?置かれた受話器を取ると、耳にメロディーが、入って来た。
……。暫く静かに鳴った後、電話は耳に痛い音でぶちっと、切れた。誰だろう。
「男の人だったよ」
と冷蔵庫を覗いたまま、顔を向け、母は告げた。
「最美も、飲む?」
とあー、それ、私の分。と牛乳を訝しげに見る母を見ていた。
「お帰り」
「あのさ、なんでもない」
直ぐに言葉を濁した。
髪が上手く纏まらない。ヘアアレンジか、いつも通りか。少し寝不足だ。朝、6時から整えていた。ワンピースは無事に着れた。下に黒のレギンス。ネックレスは、2980円のビシューの蝶か、彼のヴィヴィアンか、ずっと悩んでいた。着けたいが、このワンピースとデザインが、合わない。自分なりにマスカラを丁寧に塗った。顔は昨日泣いたせいで、コンディションが崩れる。初遠出かも知れないから、念入りに。雑誌の鈴木えみを、参考にして、似てない顔と戦った。あんまり、綺麗じゃなかった。モデルさんて良いな。
昨日の夜の彼との通話が、楽しかった。でも、母はその音楽だけ、って何の電話だろうねって。私の友達は、何か伝えたくて、短い通話で相手の声を聴いたなら、切ってしまう人が多かった。声を聴いて、切るなんて、恐くなった。
彼に相談するべきか、迷った。私は戸惑って、相手が出る前に切る事はあるが、話してる相手を切った事は無かった。誰だろう。自分では、気にしていなかったが、母に言われると気になった。香水を軽く髪に振りかけた。
「遅い」
「10分前から居たよ」
街中で待ち合わせ。彼は何故か、学生服で居た。
「可愛い」
開口一番、彼は私を見て言った。
「なんで、制服?」
「昨日、用事があって」
なんでも、服は纏めて洗濯したらしい。用事ってなんだろう。
私より遅く着いた彼は、何故か、私の後ろを虚ろに見ていた。
「制服で会うのも良いかも、ね」
と見慣れた彼の姿を隣に並んで、上を見上げた。
また、昨日の電話を考えた。叫びに気付いてほしい、だとしたら、どうしよう。
「これ、やる」
無造作に、手渡された。DVDは、剥き出しのトールケースだ。
「これ、好きだっけ」
「自宅にあった」
綺麗な字だけど、雑にナイトメア・ビフォア・クリスマス、と書かれていた。
「ビデオで観た」
「お前、メイヤー好きだっけ」
顔がくるくる変わる、町長は、私のお気に入り。ハロウィンタウン。可愛く、少し恐く、面白い。
「私からは、これ」
選んだCDから、選曲したMDを渡した。彼の印象の、相応しいラッピングが無かったから、読売新聞で包んでみた。コボちゃんが、手前に来ていた。コボちゃんとは、読売新聞のテレビ欄の二枚目に掲載されている、連載の四コマだ。普通に受け取ると、短くお礼を言い、
「確認してみて」
と伝えた。
「何か読めない」
「私の字ってそんな下手かな」
と。
「Cocco」
「大塚愛」
「椎名林檎」
女性アーティストばかりに、片寄った。私は、男性の書いた歌詞が苦手で、昨日、一時間、深夜見てみてら、あまりLUNASEA以外のCDが無かった。何故か、男性特有の歌詞の中に、聴いていて、飛ばしたくなるか、聞かなかった事になる曲が、私には多かった。
「で、最後の曲に松山千春」
裏面を凝視する彼に、母からこっそり借りたとは、言えなかった。10時25分、陽はじりじりと暑かった。
「初恋って曲で」
「俺んちにも、CDありそう」
鞄もいつもの通学用のだ。
「俺、どれも知ってるけどな」
「どの曲かが、重要なの!」
と、じっと見つめた。
「必ず聴くよ」
と、ぎゅうぎゅうと鞄に積めていた。
「観たけど、何回でも観たい。有難う」
と
「俺もお前の選ぶやつ、興味あるな」
と歩く。
図書館は徒歩15分くらいだ。
「な」
何?
「俺、昨日」
急に、左手を力無く、差し伸べた。猫が居なくなった、と見つめた。
「何か、何処かへ行っちゃったのかい」
「……うん」
手を無視した。
「人って儚いよな」
「どうしたの」
「大切なのに、気付くに遅かった」
「人って、いつも間に合わない気がするよ」
気持ちが蛍の居る夜みたいに、暗く冷たく、秋に差し掛かる夜みたいだった。
「お前、俺、護るな」
「…別に構わないよ」
夏休みは、直ぐ。そしたら、毎日のように、会えるし。
「誰かが、誰かを愛せるなんて、本当だろうか」
「私に訊かれても、私は君で二人目だし」
午前中から、複雑な感情が入り乱れた。
「俺、今日決めた」
「何があっても、出来るだけ、大切な人は、大切にする、会いたいときに居なくなる」
彼から姿の無い涙が見えた。長く生きてるわけじゃないけど、人が居なくなることの話は、笑ってはいけない気がした。
「お前が死んだら、どうしよう」
と、道路の白線を見て、彼は言った。
「どこにも行かないよ」
「図書館に行かない?」
と此処から、取り敢えず、移動したかった。地元の図書館。
久しぶりの図書館。二人で無言で、本棚の間を歩いた。
「ミュシャと高畠華宵が、借りたい」
こっそり彼に話す。
「お前、絵好きだよな」
「君だって、好きじゃん」
と
「暫く中身を見るから、11時半まで待ってね」
MDは、スリップノットで、イヤホンを着けた。彼はまだ興味のある、本棚に居る。二階は、学習用のスペースだったっけ。土曜日は大人の利用者が多いのか、調べ物をしているか、一生懸命、机に向かっている。一体、何を勉強するのだろう。疑問に思い、見てみるとグラフやら、持ち出し禁止の本が見えた。勉強って、ずっとしなきゃいけないんだな、とさぼりがちな私は、少し居づらくなりそうだった。
音量は小さい。
あの、
「はい」
「音、少し小さくしてもらえませんか」
と大学生くらいの男性は、目の前に居た。
「申し訳ないです」
と音量のボタンと外に聴こえる音が微妙に違うのか、下から上まで、熱かった。
図書館では、静かに。静かに、興味のある、世界遺産の本を閉じる際に、書いても、謝る事にした。
反応を見ずに、その場を立ち去る。
僅か15分。この図書館には暫く来ることができなさそうだ。
彼は、駐車場に居た。電話中の様で、足早に出てきた玄関から様子が見えた。
「遅くなってごめん」
「別に大丈夫だよ」
と貸出カードを持っていた。
「何か借りた?」
「俺借りたよ」
「実用的なやつ」
横から見ると、料理と車の本だった。
「君、料理なんてするの」
「結構上手い」
「お前は」
疑問をぶつけてみた。意外な答え。
「家庭科で習ったよ」
「俺も…」
「最美の作ったお菓子が食べたいかも」
「えー、お菓子」
自分の手にしてる借りた本は、画集と写真集が、図書館のクーラーで、ひんやりした。お菓子は、ほとんど作ったことが無い。作ってみようかな。クッキーか、カップケーキかな、などと曖昧に応えた。
「甘いのが良い」
「へ、へー」
昼13時を回ってた。暑い図書館の中の外に居ると、身体に残るクーラーと、外との気温差に、中は冷たいのに、外が温かいのが、妙な感じだった。自宅に帰ったら、母に訊いてみようか。自宅のオーブンレンジは壊れていた。取り扱い説明書も無く、悲しくも買ってきたお惣菜をただ温めるだけで、それは、それで助かっていたけれど。メイクも頑張り、ワンピースが何だか勇気をくれたのか、彼に訊いてみる。
「飲み物、要る?」
出そうと思った言葉は、彼の一言で消えていった。
「コーラ」
「本当に喉乾いてると、お腹いっぱいになるだけで、喉が癒えないよ」
「そうなん」
「私の小学生の時の間違いだけど」
図書館の裏に、町の市民会館の、自動販売機がある。
音を立てて、缶の蓋を開けると、炭酸水が上に勢いよく、噴水のように吹き出した。アスファルトに勢いよく音を立てて、流れてく。
「悪い」
「…君、振ったでしょ」
彼の手の缶もコーラだ。
「開けてみて」
同じく、噴水が出てきた。辺りは、水浸しだ。
「一回、やってみたくて」
「今日、やる意味ある?」
しまった。ハンカチを忘れた。女子たるものの、死活問題だった。ティッシュはある。急いで取り出すと、顔やら、身体やら、本やらを拭く。
「俺」
何か言いたげだった。今朝、聴いたんだっけ。
「大切な友人が死んだ、俺、元気にしてるもんだと気にしてなかったから」
「…うん」
「ずっと何となく、いつも連絡してなかった」
別に冷たくしたわけじゃないんでしょ、と言うと、除に
「お前の、せいかも、がなんとなく、わかった」
缶は、握り締めたまま。
「遠い町の奴なんだけどさ」
続けて、
「ずっと家族の事で悩んでたらしい」
図書館の玄関から出てくる人の自動ドアの開閉のクーラーの風が、たまに涼しい。いつも、いつまでも、会える気がするんだよ、と肩を振るわせ始めた。そいつはもういないのに。その辺で、会いそうな思いすら、する、と。それ、私も知ってる。
「会えないんだ」
と握った缶は、持ったまま、私を見た。
「どんな子だったの」
「よく笑う奴で、趣味が同じ、俺も趣味のやつ、よく貸してた。遊びにも行ってたし、思い出すと些細なことなんだよな、でも」
続けて
「俺、半年間ほっといたから。あいつ彼氏居たし、幸せにやってるもんだとばかり…」
と言った。
「……」
「俺の元に残されたものが、何も無い、一緒に居たのに」
彼からは、小粒の涙が出ていた。
「これ」
プリクラだった。黒髪の女の子と、彼がぎこちないピース姿で、写っていた。プリクラだって、二人に何かあったと判る。
「お前程じゃないけど、乱暴で、俺そいつから借りてた本、夜うっかり踏んじゃったし、いつでも返せると思ってるから、悪いんだよな」
「その本、どうしちゃったの」
ある、表紙のカバーが切れて、とその場に座り込んだ。地面に置いた缶が倒れて、残った炭酸水が泣いてるみたいに流れていった。
「俺、あいつに何もしてない」
蹲る。
「その家族の事訊いて」
次の日も、普通に笑ってた、と。
俺が、と。
「そのくらい気にすんなよ、っていってしまった」
「連絡最近あった?」
「死んじゃうほど、気にしてるなんて思わなかったんだ」
「それ、君じゃなくて」
「うん、なやみのほう」
と空虚だった。彼が泣いてると肩の震えが大きくなった。寒いわけじゃない。
「お前を見てると辛い」
頭から足まで、ひやりと衝撃が走った。立っているとくらくらした。写真で、嫌な予感がしていた。言われたくないことを聴かされた。
「似てるわけ?」
「だから、付き合ってるんじゃないよね」
「前に話したろ」
……。
あれ、男性じゃなかったっけ。プリクラの
彼女はかなり可愛い。話し始めて、夏の日差しは、容赦なく二人を熱くした。
「訊きたいことあるか」
「どのくらい好きだったの」
「大切にしてた」
「返事になってないよ」
「死んじゃうと怖い」
「なにそれー」
あいつ、ある意味、永遠にいるし。今度は心臓が内蔵と機能しないくらい、抉るくらい、痛かった。
「俺、そいつのもん、持ったまま、お前と会ってる」
これ、とポケットから音も立てずに出した。
「なに、それぇ」
「映画館に行った時に、やつ着けてて」
「かわいーなって」
「あー、確かに可愛いもんね」
「持ってて良いですか、って奴の家族に訊いた。そしたら、返したい気持ちもあるでしょって」
「それで持ってるわけですか」
「…俺そのまま返さないことにした」
持っていたんでしょと続けてほしいのも、解った。私からは言えなかった。彼と一緒に泣きたくなかった。私の事じゃないし、泣く事で彼はもっと泣くだろう。今日、そんなこと聴く為に来たわけじゃないと、酷い言葉を浴びせそうだった。メイクして、ワンピース着て?感情が次々入れ替わる。
彼が目の前で泣くのは初に近かった。電話ではあった。私って代わりなの。それは、私を見てくれてないような気がして、好きな彼が急に嫌いになるのが、解った。
「お前また別の事考えてるだろ」
「大丈夫だって」
「一緒に行かないか」
何処へ?彼女の好きな海、と言った。地元には県内に海があったが、遠い。行きたいけど行きたくなかった。頭の中に、海が浮かんだ。川から流れてくる、瓶の破片が丸くなったのを色とりどり集めた、スケッチ旅行を思い出した。
「柏崎海岸まで?」
「母さんが車出してくれるかも」
「君はそこに何か特別な思いがあるの?」
「好きだった海へ行って、きちんとさようならが言いたい。お前、俺に何か伝える事はあったかって、お前となら、行ける気がする」
「却って、引きづらない?」
海の思いを聴きたく無い気がした。彼は話した。
「一緒に願わないか」
「きちんと話すから」
「最美?」
体調が悪かった。昨日からあまり眠らずに居たから、目の前が真っ暗になる。
「大丈夫か?」
市民会館の中の椅子に横たわる。おずおずと彼の手を握ろうとした。
「この間はごめん、気付いてたんだけど」
冷たかった。私の手と違って、骨が太い。
「何かしてほしいことあるか」
静まりかえる、館内で、静かに話しても、
二人の声は響いた。
「抱きしめようか」
眩暈がするけど、と私は行った。さっき、泣いてる彼に対してそう思ったから?
「抱きしめなくて良いの?」
うん、と応えるとそっと自分の身を起こした。左手と右手で彼を包んでみる。やはり骨が当たり、硬かった。
「女の子って柔らかい」
「男の子は硬いね」
指に力を入れたら、そのごつごつした感じに驚いた。
「今日は有難う」
DVDとCDと何の事だろう。
「髪、触ってみて良い?」
「別に良いけど」
茶髪の前髪に右手で触れてみる。柔らかかった。まだ、赤い目が見えた。私が恥ずかしくて赤くなるのが、解った。私と彼の二人が近くて。
「何かこのまま居たい」
「無理なんじゃないの」
ずっとこのまま、居たい、叶うことなら。
「体調大丈夫なのか」
「うん、大分良くなった」
彼が嫌いになったのに、また好きになるのが、解った。私が春に彼を好きになってから、随分経っていた。
「その話って電話で良いの」
「うん」
外はもう沈んでく。館内の照明じゃない、灯りが点く。
「お前とずっと居れたらな」
うん、と返事をすると彼から離れた。
「腹、減らない?」
と
「うーん」
バッグを探っても、何も無かった。
数日経って、ナイトメアのDVDは、プレイステーションで観た。ソフトは放置していた。当時、ファイナルファンタジー7、目当てにお小遣いを貯めて買った。
「もしもし」
「うん」
「聴いてみた」
「大体持ってるけど、お前の曲って独特だな」
敷いた布団の上に寝転がる。夏の夜は怠い。あの後、直ぐ自宅で休んだ。
「君の曲って扇子良いね」
ちょっと言ってみる。
「探してるCDあった?」
「なんのこと」
「前に君が蔦屋で見てたの知ってたから」
数年前に。
「覚えてねぇ」
「春に真剣にCDコーナー見てたよ」
「何でそのCDかと思って、同じ学校のRYUICHIくん」
「長そうか」
「中島みゆき」
臨月と云うアルバムに入ってる曲だ。君からの話を待ってるけど、私から切り出さないでおこう。
「うわ、お前持ってたのか!」
「……私のMD停めてよ」
松山千春が流れ出していた。初恋が流れてて、こちらのCDプレイヤーの音が消える。
「ピアノが良いよね」
「歌詞が良いな」
二人同時だった。
「あ、お前のほうの、曲に言ってる」
「なんでCDコーナーで店員さんに訊いてたの」
取り寄せにしばらく時間が掛かります、と会話してた彼を当時、見た。それ以来、忘れられなくなった。彼が悲しそうな顔をしていたから。
「きちんと話す、って話は」
「うん…」
「奴の死んじゃった理由ってのが、お金の事でさ」
「彼女?」
「ずっと元彼のお金で困ったらしい、よく取りに来てたって」
「お前、貯金いくら?」
「……そんなに無い」
「奴がもう無理だよって言ったらしい」
「……うん」
「歳上の彼氏だよ」
「そっかぁ」
「そいつ殴ってやりたい」
彼の言葉に力が入ってた。
「不思議と憎む相手が居ると殺せる、殺したいと思う、思えるんだよ」
どうしちまったろ、俺、と聴こえた。
「…ねぇ、ほんとに殺したりしないよね」
無口だった。
「龍宇一らしくないよ」
「俺らしいってなんだよ」
「難しいことはわかんなぃけど」
「彼女を殺された」
口が渇くのが判り、横の麦茶を飲んだ。
「そいつ、知ってて、帰り道殺意が湧いた」
「私もあるの」
「何が」
「人を殺したいと思ったことが」
「どうした」
「その人を殺したい感情を持った自分に嫌気が差した」
それだけ言うのに、精一杯だった。
彼の言葉は無い。
今度は私が泣く。二人で何故か、泣いていた。
「叶うなら、お前の殺したい奴も殺してやるよ」
「そんなん、無理なんだよ」
あっ、と麦茶のコップに、手が当たる。
「涙が止まらなくてさ」
「私一度だって、人を殺したいなんて、生きてて思ったこと無かった。帰り道、自分が大嫌いになって、絶望したよ」
「何があったんだ」
「それ、人に話したら、誰でもそんなん、あるよって楽になったけど、違うなーって」
その楽になったけど、違うなーって、意味解る?
「よく解らない」
と彼は言った。それなら
「殺せるかも知れないよ」
と苦しかったが、私は彼に言ってしまっていた。
「お金のことも」
「私達には、どうにも出来ないし」
「何言ってんだ」
「そういうこともあるってこと、私の場合、心底その人が嫌いだったから、ずっとそう思ってないんだと思ってた」
「殺したくなったのか」
「うん」
そう、なんだよ。それ、あまり言いたくないけど。
「な、」
「ん?」
これから、会えるかと彼が言うので、無理だよ、とまた、暑い部屋で麦茶を飲んだ。
「どうして」
「お前、好きになった時に、話が解るなと思って、たった一言、言ってくれただろ」
「何か言ったっけ」
「お前、忘れっぽいのな」
後ろでは、Coccoが流れていた。
「ちょっとニュース観て来る」
「…話の途中でか?」
外では、近所の誰かが、花火を上げていた。
割れる音が、する。
「一旦、切るね」
と一方的に切った。
続けて次のニュースです、とテレビでは、
日本中、世界中の殺人について、報道していた。一つ、一つ悲しむ訳じゃないけど、他人事に聴こえなかった。
チャンネルを変えると、何処でもニュースだ。
「電話だよ」
「…え」
こんな時間に?
テレビに夢中で、お風呂上がりの母に気付かなかった。自宅の固定電話にも。
「もしもし」
「あ」
また、この曲だ。
電話は、切れた。もしかすると、同じ人が掛けて来てる?と乱暴に受話器を置いた。
二階へ上がると、携帯電話を見た。三回、彼からだった。
「お前ってかけ直さないのな」
「嫌だよ、面倒」
「こわ」
こわいもの、とは、言えなかった。
「それで」
「MD全部聴聴き終わった」
「なんつーか、有難う」
いつもの彼だった。
「なぁ」
「……」
「お前に言いたいことがあって」
「さっきの話?」
「うん…なんつーか、どうかしてたわ」
「ほんと?」
「おやすみ」
今度は、彼から電話を直ぐ切っていた。
それから二日、彼は学校へ来なかった。
ニュースと、新聞を目にする度、落ち着かなかった。
「おはよ」
声がすると、違っていた。彼の携帯に、いくら電話、メールをしても、返事が無い。自宅に掛けようか。
朝の学校内で、朝から何だか、虚しかった。あんな話するから、としなければ良かった、の両方だった。
自宅では、あっさり、彼が出た。
「……はい」
「最美、か」
「久しぶり」
「どうしよう、俺」
「え」
と声の震えが電話の向こうからでも、判る。
「人を殺したかも、そいつの自宅へ行った」
「何で」
身体から、血の気が引いた。
どうしよう。
「玄関で待ち伏せした」
「そ、れ、で」
「言いたくない」
「君んちって、どこだっけ」
彼の自宅は、町場でも、道の奥に引っ込んでいた。勇気を出して、玄関のチャイムを鳴らす。
「よ」
彼が玄関から、出て来た。ジャージにボサボサの髪だった。
彼の部屋は、イメージ通りといえば、そうだった。赤が基調だった。入る際に蹴飛ばしそうになった、ウサビッチのぬいぐるみ。
初、彼の部屋。少し違う意味で、胸がずきん、とした。彼の好きな物で溢れかえっていた。
「そんなんめずらしいもんでも、ある?」
「このウサビッチとか」
「お前も好きじゃなかったっけ」
冷たいお茶を彼は、持って来た。ひんやりして、触ると気持ちが良い。
いつもの彼が居た。当たり前の事だけど。
何故だか、緊張した。彼の自宅は鎮まりかえらず、奥に家族の気配がした。玄関でお邪魔します、と言ったけど、テレビの音のせいか、私の声が伝わらなかったのか、急いで彼の部屋へ一緒に入り、返事が解らなかった。
壁も屋根も新しい自宅は、私の自宅と少し様相が違う。
「いただきます」
と茶色の液体を喉に通す。
「…どうぞ」
壁に寄りかかる、ウサビッチのぬいぐるみを睨んでいると、彼が笑った。
「お前が居て、良かった」
グラスの音が鳴り、彼が音楽を流した。
「何か聴きたい曲あるか」
「なんでも良いよ」
と答えた。
一応、女子として、男子の部屋に入るのは、付き合っていても、微妙な感覚だった。彼がいつもの彼氏と違って見える。
「あの」
「あ、」
お互い、話しづらい。
「電話で話した内容だけど」
彼は沈黙だった。重苦しい空気になる。
「その人、死んじゃったの?」
「殺したかも知れない」
グラスの氷が冷えて、鳴る。
「俺、そいつちに行って、見た瞬間、殺意が湧いちまった」
雷みたく、と続く。それで、と訊くと
「人を殺したいと思うと、人って動けるんだな」
「どんなふうに、身体が動いたわけ?」
と慎重に話を進めると
「見た瞬間、そいつがこの世のすべての悪に、思えてさ」
命を奪いそうになったんだ、と言う。
「俺のそいつを助けられなかった思いと一緒に」
泣いていた。
「そんな感情を生まれて初めて持ったことに傷付いたの?」
「そう、なのかな」
……私も似たことあるから。
「正しかったのかな」
と肩を震わせた。頬から、一粒の涙が流れていた。
「私の知り合いが、そんなの当たり前だっけ、生きてく上で、いくらでもあるって」
「いくらでもあるのか、こんなに辛いことが」
だって、人をころしたんだぞ、と真剣に見つめた。
「ほんとに?」
「殺したいほど、憎かった」
「殺してないよね?」
「……殺したような気がするだけ」
と彼は嗚咽だった。もう戻らない相手が、何人もいるのだろうか。
「ねえ、何があったの」
まず、彼女の自宅に用事があって、奴がいたから、つけただけと言う。
「正面から、衝突しそうだった、急に止められないんだ、気持ちが動いて、奴を消したいと思っちまった」
もう、終わったと思った、人として。
彼が言う。
「……」
彼が泣いて、私を見た。
「最美」
いきなり、抱きつかれた。髪が痛かった。
「俺どうしたら良い」
「殺してないなら、よいよ」
彼が震えてた。
「一人で考えて」
「俺?」
「返事は明日待ってる」
彼を引き離すと、そう応えるだけで、精一杯だった。
「答えが決まらない」
「待って」
髪の毛が絡まる。私の緊張と、ともに。
「お前が好きだ」
「どこが」
「ぜんぶ」
グラスの中身が、溢れた。
「お前が避けてるから」
「そんなことないよ」
頭痛がした。正面の彼の顔が歪む。泣いている彼が、消えかける。時間が解らなくなった。
「今日は帰るね」
LUNASEAが、背後で流れていた中、涙が止まらず、耳で歌詞が奥で聴こえる。彼の部屋のドアを閉めると、泣いている彼の声が聴こえた。
夕方。誰も居ない。彼の自宅から、帰宅。
ぼんやりしていた。人の生き死に、について、考えていた。
もう、亡くなった祖父と祖母から、もう居ない、全ての生きてる何かを考える。明日、彼は、学校に来てくれるか。夕方は、私の思いとは違って、徐々に色を漆黒に変えていく。穏やかだ。足が重い。私の帰る
家に帰ろう。夕方の家々から、夕食の匂いがしていた。
おはよう
俺なりに考えた
俺は人を殺そうとしたけど
別のことで死んだ
お前に聴いてほしかった
それだけだ
ごめんな
好きだよ
メールが来ていた。夕方におはようも無い。
「最美」
あれ?なんで追いかけてきたの?
彼がいた。
「メール見ちゃったよ」
「ありがとな」
急いで来たのは判ったが、
「これ聴いてくれ」
と包みを、冷たいてが強引に渡す。
「答えは、明日じゃなかったっけ」
「気付いたから」
何に、と頬に当たる何かが、当たった。
「意外と顔近いね」
「でもどうして」
「また、抱きしめたほうが良い?」
冷たい短い抱擁だった。
「いつでも抱きしめてくれるだろ」
視線が揺れなかった。彼の手に力が入ると、ちりちりと胸が軋んだ。愛しい気持ちと苦しさと、手の力が、苦しかった。このままずっと一緒に居られるなら、それも苦しい。君と居ると、苦しい。抱き締め合うのが、辛かった。彼の実感が湧かない。同じく彼もそうなのか。
「好きだ」と何だか、虚しく聴こえた。いつも飛び切り嬉しいのに。心地よい彼の台詞が、体にこだますると、
「龍宇一が、人を殺さなくて、本当に良かった」
「ほんとうか」
また腕に力が入った。
「嘘、付いてないよ」
「お前は」
「昔、私もひと、ころしたから」
「なんで」
と彼の顔は見えない。
「あのね、友達が事故で死んだときに、」
口が上手く動かない。
「その友達を死に追いやった人が、憎くなったの」
「似てる?」
「憎くでも、戻らないんだもん」
「そうだな」
「もう戻らないのに、私だけが成長していって、彼だけが、取り残されていって、周りが、変わっていってしまうから」
海、行けるよ、と言うと
「ほんとうか」
「うん、君の彼女もそのうち、周りが変わるよ」
「この間、変わった、全て」
彼の瞳が、雷に変わる、が穏やかに戻った。
「人を、信じてね」
「何があった」
「前に、人を疑ったら、皆、本当に事実だった、その人が本当だったから」
「と、いうと?」
「前にね、ずっと苦手だった人を疑ってたの、嘘付きだって。彼女の悩み、知ってて、その場に遭遇して、全部本当だったから」
「それで」
「人を簡単に、疑ったら駄目かもって」
「お前は信用出来ないのか」
「私、出来なかった」
「俺を信用して」
「俺、お前の彼氏だし」
「最近、きみのこと、考えてた、人も良いかと思えた、好きになって、良かったよ」
と話すと、
「俺も」
と直ぐに返ってきた。
「話がまとまらないな」
「どうしようもなくて、お前に電話したら、普通に出てくれた」
「私、何か言ってた?」
「星の話してた、人には流れがあって、それが星の流れだって、俺言った」
「そうかも知れないけど、決められた流れは、人にはありますが、きっとそうなんでしょうね」
って。
「なんだそんな」
こと、と言おうとすると
「俺には、重要だった」
と遮った。
「後ろで、曲流れてたね」
私は良く覚えてなくて、彼はしっかり覚えていた。
「それ、ニルヴァーナ」
「何で人をってさっき」
「人はいきなり居なくなるから、なるべく信じたほうがいいかなって」
「お前がつらくね」
「死んじゃうと、伝えたいと思っても相手がいない、会いたいと思っても」
「そうだな」
「あのさ、何か龍宇一のメール見たら、言いたくなって、龍宇一の人生で今言った前が大切だったんでしょ、それでなの?」
私は言うと、彼から体を離した。お互いの体が離すと、声が身体に響いた。
「俺に会って、変わった?」
「ずっと好きだった、それで、最近付き合い出して、きちんと君のこと見れるようになって、毎日、君のこと考えてた。龍宇一を失くすのが、恐いなーって、龍宇一とも会えないとすると、伝えてないことがあるな、って」
辺りは夜になり、月がバナナの様に欠けていた。
「きみと終わりまでいたい」
バナナの月の周りの星達が溢れ堕ちそうだった。
「どこでそんなに思った」
「きみが年老いたのを、想像したの、きみが白髪が出てきても好きだな、って」
「そんなわけないだろ」
「きみなら愛せるって思ったから」
本当だった。彼を改めて見るとまた、涙を流していた。
「本当にそうだと良いな」
彼の事をずっと好きだ。そうだった。
「私がおばあちゃんになったら、どうするの」
女子なりに不安になった。
「いつまでもお前のまんまだろ」
「そうかなぁ」
二人見つめ合うと夜で、大きな暗い海の中で、運命の波の流れを止めて、話していた。
「ずっと輝き続ければ」
「それ、無理じゃない?」
君を好きになると、ずっと綺麗でいなければいけないのだろう。女性には何となく、大変なことがある気がした。
「別に一緒じゃん」
「俺もおじさんだし」
と続けると笑うのは、同時だった。
「龍宇一なら、かっこいいおじさんになるかもね」
「ならねーよ」
「私、年取るのは恐いなぁ」
男子の目は厳しいから。女性に厳しいのは、ずっと生きてきて、知っていた。 皆、見た目なんだから。可愛い子や、綺麗な子に優しいかれらは嫌いだった。
「なんかまずいこと言ったか」
「別にー」
と空の星を観ていた。彼とは、分かり合えないと、思った。
「きみって顔とかかっこいいもんね」
空の星は滲んで、見えなくなりそうだった。
「なんだそりゃ」
と明らかに不機嫌だった。大切なことをお互い話しているのに、お互いが遠くなっていく気がした。
「つまり」
「私はきみと考えが違うかも」
と私は言いかける。
「最美は可愛いと思うけど」
と彼は言った。
「嬉しいけど、嬉しくない」
「お前のこと可愛いって駄目なのか」
「誰よりも可愛いよ」
「いつも言ってくれる、それ?」
そしたら、世界で誰よりもきみが一番がずっと続くのに。
女の子だから。
「ねえねえ」
「なんだ」
「君には分からないんだね」
「なにが」
その言葉だけで、今度は私が、ずきんと来た。今日何回目だろう。
「何か気になるぞ」
「ここじゃなんだから」
あまりの泣き顔なのだろうか。
「飲むか」
さっきの麦茶だった。
「ねえねえ」
「泣くな」
さっきの彼の部屋。もう20時だ。
「私にキス出来る?」
「え」
自分で言って、躊躇した。言葉が軽はずみだっただろうか。麦茶のグラスを持った。氷は無かった。
「別に出来るけど」
顔が接近した。
髪が痛いと思ったら、彼が髪の毛を撫でていた。
「長い髪が好きなの?」
「意外と近いね」
そっと触れた。
「好きだったら、普通じゃね」
と
「ストーーップ!やっぱ良いや」
あまりに顔が近過ぎた。流石にいきなり過ぎたかも、と思い直し始めた。
「私に触れたいって、思えるの?」
「一応男子だし」
「その男子がちょっとね」
「なんだ」
と後退りした。急に恐くなった。自分で言ってしまって、自分の彼が恐い。
「なんで泣いてる」
「私、可愛くないし」
「なんでそう思うんだ」
と会話が続く。
「私、あんまり自分が好きじゃないしさ、昔否定されたから、私が私じゃないみたい」
「そういう言い方するな、どんな否定だ?」
と真剣な瞳だった。
「昔ね、色々」
目が左右に踊った。
「なんだよ」
「別になんでもない」
とさっきのウサビッチと対面した。キレネンコだ。
「お前、泣いてるから」
とふぅ、とため息をついた。
「龍宇一さ」
「お前」
「龍宇一はなぜいきてるの」
「何故だろうな」
「龍宇一がいて、嬉しい」
「俺も」
あまり、言い出せなかった。ただ、彼が近くにいて、嬉しかった。
「幸せだ」
と抱きしめたときも、少し聴こえた気がした。バナナの月は滲みが流れ出し、河となり、私の涙が濁流した。二人の未来は、今はどうでも良い、ただ、今この二人の時間を過ごすことに、費やしたい。
たとえ間違ってても。
「私、過去に死のうとしたことあるの」
彼に何故か口にしていた。
「えっ」
彼が麦茶を持つ手を離した。今まさに、口にしていたのに。
「聴いてくれる?」
こういう話は、あまり他人に話したことがなかった。
「なにか自分が嫌になって、誰からも必要とされてないし、すべてが嫌だったの」
「どうして?」
「今話すべきじゃないけど、私、自分を傷付けることがあって」
「それ今もか」
彼の髪が冷房の風に揺られた。弱から、強に変わる。
「私は置いてけぼりにされた気がして」
「うん」
「……恥ずかしいの」
左手のリストバンドのことだった。
「見せてみろ」
と彼が真剣に私を見つめた。お茶菓子のクッキーの箱が、彼の足で踏まれた。私の好きなミスターイトウだ。チョコチップ。リストカットの痕は、恥ずかしかった。
「いーから」
「それでさ、私はお母さんの冷蔵庫のお酒と、睡眠薬で寝ちゃって、死のうとしたの。そしたら、死ぬのって楽じゃないの。何回も起き上がって、身体が動かないの。布団に沈んじゃって。その時、連れていかれそうになって。そんなとき人は本能か、死にたくないって、思うものなの。身体も目もぐらぐらして、視界がまっ暗になってさ」
続けた。
「死ねないの」
また続けた。
「その子には悪いけど、やっぱり亡くなるときに思ったと思うよ」
「そう、なのか」
彼がリストバンドから視線を逸らして揺れた。
「汚い話、御手洗、間に合わないし、身体の関節が痛くて、動かないし」
「そんなにだったのか?」
「救急車にお世話になったよ、寒い冬、今も一人の冬は怖い」
「どうしてだ」
クッキーの箱が中のプラスチック素材と一緒に音を出す。
「ごめん、暗い話して」
迫る彼を下から見ながら
「左手は今でも痛むし」
と私が言うと
「今は死なないって、思えるよ、あの時連れて行かれなくて良かった、生きてて良かった。死は美しくないって、はっきり全てわかった17だった。死にたくないって、何度も起きちゃうの」
「大丈夫だったのか」
「ちょっとだけ、入院した」
と私と彼は話した。
「見せてみろ」
と彼がゆっくりリストバンドを外すと、
傷をそっと撫でてくれた。摩るように。
「もう、こんなことするなよ」
と彼は言う。
「きっと彼女も死にたくなったと思うから、もう奪ったり、消えたりしちゃ駄目だよ」
「いのち?」
「うん」
しばらく沈黙が流れた。部屋の外では、夜道を車が通る音がする。
「入院は3日、点滴されてベッドに寝てたの。今は自分で死のうとする人と、奪ったりする人に言いたいの、いのちは、綺麗で汚いけど、簡単には死ねないから、生きてたほうがいいよって言える」
「そう、なのか」
彼がますます真剣に、私を見つめた。彼が撫でる手は、戸惑ったが、優しかった。
「だから、龍宇一も殺しちゃ駄目だよ、自分の為に」
「殺せると思ったよ」
「人を殺すときに、相手に自分が見えるよ、息絶えるときに自分が相手に映るの。怖くない?」
「こわい、かも」
「きみが映るんだよ、人を殺すきみが」
私は自分で自分の言ったことに泣くのは、嫌だった。
「お前はなんで死のうとしたんだ」
私をはっきりと見た。
「なんとなく、だよ。自分が汚く思えて」
「別に汚くないよ」
と彼がまた泣きそうになった。
「そんなこと、言うな」
「綺麗に死にたかった、もう大人になりたくないって思っちゃって」
「俺と大人なりたくないのか」
と指に力が入った。
泣いてる私に、彼はいきなり私の麦茶で濡れた唇に、自分の唇を重ねた。
「いやだ!」
咄嗟に突き飛ばした。気付くと、彼が泣きそうだった。目が真っ赤で、黙って私を見ていた。
「…ごめん」
「あ、私こそ、ごめんね」
何故か彼がした事に訳がわからなくなっていた。少しずつ、私キスされたのか、と身体の全面が熱くなり、恥ずかしさでいっぱいだった。今、泣いたせいで、変な顔してるかも。
「俺が嫌だった?」
そんなこと、ないけど。どうしたら良いか、分からなかった。彼もどうしたら良いか判らないのか、宙を見つめた。
「違うよ、龍宇一は悪くない」
と口に出すだけで、精一杯だった。彼はどんな思いで今、私に?
「好きだから」
と言った。
「さっきの答えはよく解らないけど」
「こんな私が好きなの?」
不安が押し寄せる。
「別にどんなお前でも、好きだよ」
「どんな私でも?」
ますます、不安になる。
「それもお前だろ」
うん、と声にならない声で、私は返事した。
携帯が鳴った。母からだった。着信メロディで判る。
「……泊まってくか」
「!」
彼の唐突な発言に、私が一瞬、自分が吹き飛んだ様に固まるのを、感じた。
今、なんて言った?着信メロディは止まった。
「お母さんに言わないと」
「俺も家族に伝えてくる」
今日は泊まります、とだけ、メールを送った。もう21時過ぎだった。返信は、直ぐだった。気を付けて、わかりました、とだけ。出かける時に友達と会ってくる、遅くなるかも、と伝えて来ていた。
「大丈夫だって、さっき訊いた」
私が伝えると、一階へ行った彼が戻って来て、言った。
「俺んとこも大丈夫だって」
ただ、きちんと帰すんだよ、と言われた、と言った。
なんだか、緊張する。さっきまでいた彼が
、急に一人の男の人に見えて。骨っぽい身体つきが、いやに頼りがいがある。強く、逞しく、見えた。その腕でさっきまで、抱きしめられたりしていた。恥ずかしくなって来た。
「うん」
それだけだった。好きな人がこんなに、男性に見えるのは、初だった。
「海に行かないか」
と彼は言った。
髪を撫でる、彼は優しかった。私の頭皮の上の髪を上辺だけ、撫でる。
「海、何時?」
「朝に行こう」
と彼の瞳は、ある日の忘れられない、夜の月の様に、穏やかだった。私が幼い頃に泣きながら帰った日、夜空に出ていた月だった。
「となりに来てくれないか」
「え、やだよ」
と身を離した。
「何もしないよ」
彼と居ると、時間が経つのが直ぐだった。ゆっくりと時間が過ぎ、私と彼の距離は近い。
「ねえ」
「髪伸ばしてる?俺、長いほうが好きなんだけど」
「え」
「最美が長いから、良かった」
静かに私が笑うと、彼は真剣な眼差しだった。
「この先なにがあっても、離れないよな」
「出来るなら」
「お前から、俺消えたりしない?」
「しないよ、毎日覚えてく」
と何かはぐらかしたい気持ちになる。彼が居て、私が居る。それがこんなに幸せなんて。神が一瞬、良いことを与えてくれるとしたら、今だった。それくらい、幸せだ。気持ちが解り合えて、彼を好きで、私も彼が好きなんだっけ。明日から髪を伸ばして、もっと綺麗に可愛くならなきゃ、と思った。
「うわっ」
背中に彼がいた。後ろから、抱き締められた。思わず、色気の無い声が、出た。
「温かい」
「お前も」
身体中の血液が、逆流しそうだった。
「明日は海だな」
「どんな海?」
と返すと
「柏崎海岸」
「あ、あそこね」
と向かい合うのが、恥ずかしかった。今、振り返ったら、彼の顔が至近距離で、見えるから。でも、どんな顔してるんだろう。
「なんで、そっぽ向くの」
「……」
「ちょっと待ってな」
口を開けると、カツが放り込まれた。私のお腹が鳴ったのが、聴こえたらしい。彼からの促しで、口を開ける。
「結構お、いしい」
「冷蔵庫にあったやつ」
ダイエットしようと思ってたのに。二人で過ごしてるその時に、私のお腹は、タイミング良く鳴り、彼は笑ったのだった。カツは冷たく冷えていた。サランラップがしてあった。彼の家族のお皿だろうか。可愛い青い模様の小皿だ。彼の家族の趣味が判った。私の自宅では、あまりサランラップをする習慣が無い。彼を作った家庭がなんとなく、伝わり微笑ましく、愛しく感じた。彼を育てた家族にも、興味が出てくる。私の家と彼の家は違うけど、食事を見ると解る気がした。手作りだろうか。
「それ、スーパーのお惣菜な」
「あ、揚げ物美味しいよね」
揚げ物、面倒くさいし。
「別の部屋、用意してあるから」
と彼が言った。隣の部屋、と表情を変えずに言った。
「ねえねえ」
「なんだ」
「明日の海、楽しみにしてる」
「そっか、母さんに頼むと思うけど」
「龍宇一のお母さん?」
挨拶を忘れていた。静まっていて、用事でうっかりしていた。
「緊張するなぁ」
「今晩は、お邪魔してます、龍宇一さんのお友達です」
はい、とだけ、返事があった。明日は宜しくお願いします、と伝えた。
「もう寝るか」
「もうそんな時間?」
「22時だよ」
と会話をしながら、彼の言う、隣の部屋の前。彼の部屋の右隣だ。彼がドアを開けると、誰かの部屋の様だった。
「昔、姉さんの部屋だったんだ。もう嫁に行ったけど」
そこに彼が布団を敷く。
「暗いの、へいき?」
と彼が部屋の灯りの紐に触れて、言った。
「ちょっと恐いかも」
小さい頃にいつも点く、小さな電気をいきなり消されて、闇の中で自分の手を手がかりに、暗闇の海の中をもがいたのを、思い出す。
「小さいやつ、点けて寝な」
と理由を話すと、深刻な表情だった。部屋の真ん中に、布団。天井には、ポスター。彼が貼ったのだろうか。アーティストのポスターがあった。横には、CDラック。50まいはある。透明のラック。二個。
「龍宇一は、暗闇、平気なの?」
恐る恐る訊くと
「怖くないけど、小さい灯りは点けるよ」と部屋の入り口に立って、話す。
「お休み」
「うん」
と言葉を交わすと、彼は静かにドアを閉めた。
クレンジングを忘れてて、バッグを見る。
メイクポーチ。彼のお母さんに借りたいけど、遅かった。もしかしたら持ってるかも知れないと今思った。鏡を見ると、マスカラがやや落ちていた。瞼の下に黒い汚れ。
朝直さなきゃ。女の子としては、着替えが無いと、不安だった。毎日欠かさず、お風呂に入っているから、眠れるかも少し不安だった。制汗剤が有り、安堵した。
布団に入ると落ち着いた。明日は彼と彼のお母さんと海だ。明るい電気の下で枕に頭を沈めて、隣に視線を移すと、数々の洋服。お洒落なシャツが沢山あった。じろじろ見れず、部屋の天井だけを見続けた。白い壁には、剥がした様子の、ポスターの端がある。バッグを再び見ると、修学旅行のように、準備してあるポーチだった。
「もともと、そんなもんだったし」
彼が私を前にして、言った。学校の校舎だった。
「なにが」
「お前の事好きだったけど、俺には、忘れられないひとがいるから」
と遠い目をして、言い放つ。
「え」
違うよね?
「お前とは、一緒になれない」
私はウェディングドレスで、いた。白いドレスが真っ赤に染まり、長いドレスの裾は、破れていた。虫がドレスを、這い上がり、下は砂だった。待って!行かないで。と目が覚めた。そうだった、彼の自宅に泊まってたんだった。うたた寝していた。携帯を見ると、4時44分だった。
ノック音がした。あまり眠れなく、身体が
熱かった。はい、と返事をするとドアを背にして、寝起きの彼がいた。
「お早う」
と挨拶。
「10時に行こう」
「ねえねえ、洗面所借りていい?」
と訊いて、洗面所借りに階段を降りる。
彼の家族の歯ブラシがある。歯磨き粉は、違う種類。見たことなかった。歯ブラシで歯を磨くと、気分転換になった。こわいゆめ、も少しは消えた。
「今日こわい夢、見ちゃった」
「どんな」
「ん、龍宇一が置いてく夢」
「なんだ、そりゃ」
と彼は不思議な顔をした。
「何処に置いてくって?」
「知らないとこー」
と、惚けておいた。
「お願いします」
はい、と右の運転席に彼のお母さんが居た。あまり、似てないけれど、雰囲気は私の母に、似ていた。車は白い乗用車。落ち着いたデザインの車だった。これから、柏崎海岸へ、向かう。緊張した。どんな話をしよう、と頭の中は、いっぱいだった。
コンビニに寄る。柏崎海岸は、すぐそこだ。店内に入ると、こだまする、いつもの音。アイスクリームを買い、三人で食べる。
「美味しいね」
と彼のお母さん。ガリガリ君を、三人で食べる。
「冷たい」
と袋を開けると、ソーダの匂いがした。車内に充満する。
「最美ちゃん?」
「龍宇一のこと、宜しくね」
とこちらこそ、お願いします、と。胸がドキドキした。彼のお母さん。三人でここまで来た。道中は、車内、運転席に彼のお母さん、後部座席に、私と彼。車内は静かだった。音楽は無く、どんな話をしたのか、覚えていない。コンビニまで、取り留めの無い話をした。
海岸はすぐ近く。道を進む時も、時々、海の青が見えた。少し見える海は、綺麗だった。天気は曇りで、予報は判らないが、雨が降らないと良い。
「最美、着いたぞ」
「うん」
私は車の中で待ってます、と彼のお母さんが言うと、二人で車から、降りた。
「広いー」
朝風が吹いて、二人の間を通り抜けた。
「今日はありがとな」
「私こそ、けど何も用意してなかったよー」
と彼が脇から、袋を出した。
「これ」
「うん?」
とセカンドストリートの灰色の包みだった。
「開けてみて、良い?」
「うん」
とゆっくり開封すると、中から、蝶のクリアと紫のビーズが交互になっている、ブレスレットが入っていた。
「お前に似合うと思って」
と少し恥ずかしそうだった。
「それをしてる間だけは、もう死のうとするな、俺を思い出して」
と続けると
「ありがとう」
と返すのが、精一杯だった。
「昨日は、色々話したな、お前と俺」
「まあねー」
「何だか短い間に色んな事が沢山あった、俺と来てくれるか」
「どこ?」
「これから先、なにがあっても、俺がお前を守るから、俺から消えたりしないでくれ」
「うん…」
「もう、自分を傷付けたりするな、あともう自分を誤魔化したりするな」
と彼の水色のシャツが見えた。私は昨日と
同じ服で、同じ髪型で、彼と一緒なのは嬉しかったが、身体が熱っぽく、少し瞼が重かった。夜中に見た夢。彼は、俺には忘れられない人がいる、と言っていた。車内でも、夢のことを考えていた。もしかして、まさか、と心当りが無いが、そんな話になったら、嫌だった。
「この間話した、人を殺したから、やつに会えない」
「同じ天国に行けるよ」
「どんな」
「その人と同じとこには行けないけど、同じ場所には、行けるかもよ」
海は耳に聴こえる潮騒よりも、強く鳴っていた。海辺は穏やかだ。曇りで雲の間から、光が見え、天日になっていた。
「私も、自分を殺そうとしたから、一緒になれないかも」
「俺の友達のこいつも、そんなこと話していた。いつもいなくなりそうなやつだったから」
砂面に、彼は枝で
わるかった、いまどこにいるかわからないけど
と書いた。おれはおまえがすきだった、と付け加えた。いまはなかせてるやつとか、いないんだよな、
「海が好きな子だったの?」
なんとなく、気持ちの整理が付かないまま、彼に聴いてみる。むこうにいきたい、と彼が書き足すので、不安になった。
「うん、好きだったよ」
どちらが?
「海の青い波が好きで、沈む陽が好きだった、この海岸が好きでさ、水彩画みたいで綺麗で、取っておきたいって言ってた。海は命の源っぽいよな、あいつも居るのかな、俺はもうあいつに会えないし」
「ここに居たら良いね、ねえねえ、もう人を殺したりしないよね?」
「したりしないよ、お前と話したら、死ぬのは、簡単にいかなそうだし、殺したら、一生罪と共に生きなきゃならなくなる」
「うん」
「でも、殺したいと思ったのは、確かなんだよな」
「私だって、そうだよ」
と曇り空が、泣き出しそうだった。
「その人ぶん、生きてよ」
そういうのが、精一杯だった。月並みな、台詞だった。
「ここに来てお前と、あいつに会いたかったから」
と彼は言った。
「どんなに好きだったの」
「世界が変わるくらい」
私じゃなかったっけ、あ、かみさまだったんだ、そうだった。
「当時、俺荒れてたし、それで知り合ってさ。全てをかけるくらい、好きになった」
「……」
「不良だったし、そいつを取り巻く全部から救ってやりたくて、そいつの彼氏に直談判しに行って、強い相手でタコ殴りにされた、ただ、好きだから、一緒に居たいから、返してほしいって言っただけなのに」
「雪、降ってた?」
「…降ってない」
「過去に行けるなら、その時の君のそばに行きたい」
「そうか」
「止めるのに」
と海は荒れず、曇りから雨に変わりそうだった。生暖かい風が当たる。
「雪なんて何で」
「冬に居るような気がして」
いつもの電話で、彼が泣いたのを思い出した。夕方だった。心配になって、彼がなにかに泣いてる気がして、それ以来、夕方が不安だった。
「その人の事、知りたい」
「うん」
「飲食店で俺がかけた、それで知り合って、あいつには彼氏が居たけど、かなり苦労したみたいで、事情を知ったら、ほっとけなくなって、付き合った」
「うん」
「直ぐ付き合ってさ、あいつはお金で困ってるし、悪い恋人が居てさ、そいつに貸してたお金で悩んでた」
「そいつとは、一年続いた、俺がその恋人から離れてほしくて、頼んだら殴られた」
その光景が、私の脳裏に映りそうだった。
「龍宇一は、喧嘩強そうだけど」
言葉を巧く返せなかった。
「敵わなかった」
「その場に居たら、手当てしてたよ」
「ありがとう」
と彼は言った。少し涙混じりだった。その様子を見て、私まで泣きそうだった。
「よく笑うやつで冗談で笑ってた、もう会えないんだ」
亡くした人がいるのは、私も一緒だった。その人が消えても、決して消えないのだった。いつでも、ただいまと帰ってきそうで、いつでもおかえり、と迎えられる私が居て、人が消えた日常にいつの間にか、慣れていく。悲しみには慣れないけど、慣れた振りして、慣れていく。その人に会えない日常が当たり前になり、年数が過ぎる。彼も、経験したのだ。私は、数年前から所謂、慣れが来ていた。凄く苦しかったのに。でも、その人は居た。花を手向けても、何か形式的になっていく。もちろん、失くした悲しみには、変わりないけど。
「ねえねえ、こないだ話した事覚えてる?」
「ころすころさないのはなしか」
急に雨が降ってきた。
「お互い前に話したこと忘れないにしよ」
「もちろん、でもそれ訊くことなのか」
「…うん」
雨は強くなり、私達を強く打ち始めた。彼が殴られたその日に飛んで行って、助けたかった。彼を助けたい気持ちか、それとも、彼女に夢中な彼を止めたいのか、考える事は沢山だったけれど、彼の元へ行きたいのは、本当だった。
「会い方、知ってる?」
私への、言葉かと勘違いした。
「どうやって会うの」
「俺が死んだら会えるかも」
と信じられない言葉が、彼から口をついて出て、驚愕する。
「まさか、君、死んだりしないよね?」
波の音と、雨の音がする、私の髪から雨の雫が伝いつつ、落ちる。
「いや、ここに来たせいかも」
「何か考えちゃった?」
彼が泣いているようで、顔が見れなかった。
「最近、考える。海は死の世界が近くないか?空とあんなに近くって」
「世界も海で地球も海の世界だしね」
と応えると
「死んだりしない、大丈夫」
とゆっくり彼は言った。
「命の星を死滅させないで」
と伝えると
「隕石じゃない」
と彼は少し笑った。
「ここに来たのは、あいつの居る世界と、この海が近い気がしたからだ。そこで気持ちを伝えたくなった。届くとか、届かないとかそっちじゃなくー。」
「大丈夫だよ、でもそこまで苦しむ必要ないんじゃないかな」
「そっか」
と私の方を向いて、優しく笑いかけた。
「もしもし」
急に、彼が大爆笑した。私がなんとなく、諭した言葉に。
「それ、なんだけど」
「え」
風に吹かれて、一度落とした視線を彼に向けると、強く抱き締められた。
「あのときのおれの好きな、最美だ」
「なんのこと?」
向かい合う二人に、雨は容赦なく、降り始める。傘は無かった。
「あの日の電話の、始まりでお前、俺を助けてくれた」
「私、龍宇一に、かけた?」
「本格的に知り合い前に、お前が俺に電話くれた、覚えてないか」
と。
「え、そうだったっけ」
「お前が俺の番号、知り合いに訊いて、かけてきただろ、8時頃、ありがとな」
「どんな電話だったっけ」
と質問を続け様に訊くと
「俺がどん底だった時に、少し話した。たった一言、別に間違ってないと思います、その時の貴方には、それしか無かったんでしょうって」
「えー、そんなこと言った?他愛ない話な気が」
「俺には嬉しい、忘れられない電話だったよ」
と言った。でも、なんの話題だろう。
「沢山の人を傷付けてしまって、と俺が訊いた」
結構、大切な話のように感じた。
「俺にとっては神様なんだ、あの時の」
内容より、もしもしに助けられた、誰にも俺、必要とされてないと、感じてる日々だったから、と。
誰かに取って些細でも、誰かに取っては、重要なことになる。恐いようで、嬉しくもあった。
君にとっての神様ってあまり重要なことを言ってない気がしたけど、しかも、私覚えてない。 彼の神様より。
自宅の電話が鳴る。
「ずっとたまに、かけてた」
彼だった。意味深に曲が流れていて、ずっと気になっていた。
「…携帯に掛けたら良かったのに」
「お前が出てくれなかったら、どうしようと思ってさ」
「自宅の電話番号教えたっけ」
「知ってるよ、前に聞いた」
心当たりが無かった。
「数秒流れてた曲、判った?」
「それって、LUNASEA?」
Gravityな気がしてた。
さよなら揺れていたほほえんでずっと?
「お前の声が一声聴きたくてさ」
いつも勝手に切ってごめんな、と。
「もしもし、が聴けるかなって」
うん、確か、神様の一言だったよね、続けると
「お前は覚えてないけど、な」
またかける、と電話は切れた。
私は神様じゃないけど、その気持ちが、胸元を温かくして、全身を通り抜けた。頬を伝うとない、涙が駆け抜けた。
私達が、出会って、もう秋になろうとしていた。思い出と悲しみと他に私は、成長した気がした。彼が好きな気持ちが溢れた。彼という
人が好きで、良かった。彼に恋した、私がいて良かった。思った、運命の相手じゃなくても、運命の交差は、必ず。
自宅、神田森莉?
あ、そういえば、自宅の番号だ。皆殺し学園だ。少女時代に読んだ漫画家。ホラー系雑誌の読み切り漫画だ。37564。覚え易いから、覚えてね、覚え易いかもって、教えたんだった……。
完
死と星のはて、で。 夕方 郵 @08089O
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