第19話

嵐は去った。 現実世界からの干渉は完全に遮断され、エターナル・レジェンドは、誰にも支配されない「真の仮想楽園」として安定した。



数日後。 はじまりの村の広場には、いつものように箒を持つ少年の姿があった。 しかし、その姿はどこか透き通っており、レベルも、称号も、名前すらも表示されていない。



「レン……様?」



リリィがおずおずと声をかける。レンは振り向き、いつものように穏やかに笑った。 「ああ、おはよう。リリィ。……今日の広場は、いつもより少し埃っぽいな」



レンのレベルは、もはや数字で表すことすらできない領域に達していた。 彼はこの世界の「システムそのもの」と同化し、どこにでもいて、どこにもいない存在。 世界にゴミが溜まれば現れ、汚れが落ちれば消える――まさに『世界の掃除係』という名の神になったのだ。



「師匠! 見てください! ログインボーナスで『黄金のバケツ』が出ました!」 バルトが元気に走ってくる。 その後ろには、かつて敵対した魔王軍の幹部や、他サーバーの勇者たちが、共に街を再建する姿があった。



「いいな。……それを使って、次はあの噴水を磨こうか」



レンは箒を肩に担ぎ、空を見上げた。 そこには、数字も、パラメータも、ノルマもない、ただどこまでも続く自由な蒼穹。



彼はもう、成り上がる必要はない。 最高峰の場所に、最初からいたのだから。 ただ、一掃き、また一掃き。 彼が箒を振るうたびに、世界は少しずつ、昨日よりも美しくなっていく。



「……さて、今日の仕事はここまで。明日も、いい天気だといいな」



少年の足跡は、石畳の上に白く輝き、やがて光の粒子となって世界へ溶けていった。 それは、かつて最強のゲーマーと呼ばれ、今はただの掃除係として愛される、一人の人間の「ハッピーエンド」の形だった。




世界が神の支配(運営)を離れてから、数年が経過した。 『エターナル・レジェンド』は、もはや一つの生命体のように自律し、住人たちはNPCという枠を超えて自由な人生を歩んでいる。



「レン様、また勝手に『透明化』して街をぶらついていますね?」



噴水広場のカフェで、かつての女神・リリィが溜息をつく。彼女は今、街の広報官として働いている。 空中に漂う気配が揺れ、実体化したレンが苦笑いしながら現れた。その手には、相変わらず使い込まれた竹箒がある。



「いや、最近の冒険者は掃除の仕方がなっていなくてな。ついつい『隠れ掃除』を」



「レベル0の守護神が、初心者の捨てた薬の空き瓶を拾って歩くなんて、誰も信じませんよ」



そんな二人の前を、レベル5程度の新米パーティが通り過ぎていく。彼らはレンがかつて「1兆倍」にしたログインボーナスの残滓、いわゆる「幸運のスポット」を探しているのだ。



「おい、知ってるか? この街のどこかに、一瞬でレベルをカンストさせる『黄金の箒』を持った幽霊が出るらしいぜ」



新米たちの噂話を聞いて、レンは少しだけ目を細めた。 「……幽霊か。俺も有名になったもんだな」



レンはかつての圧倒的な力を、世界の隅々を磨き上げる「維持エネルギー」へと変換した。今や彼が箒を一振りすれば、街の汚れだけでなく、人々の心に溜まった「絶望」という名のデバッグログさえも綺麗に消し去ることができる。

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