神話的内在性によるハイブリッド・チルドレン

宮下協義

第一話 <無窮なるもの>との邂逅/再生

 既に終わった物語、つまりは大量消費されるであろうこの物語について何を語れ、というのであろう。僕はこの物語の演者ではないけれどもしかし、彼/彼女らが生きた証をどこかに記して置かねば、という使命感からか記録者、或いは観測者としていずれは語らねばなるまい、と初めに断っておく。

 僕が生きた時代はまだノストラダムスの大予言だの、世紀末だの、といった物語が氾濫していたけれどしかし時代は呆気なく新世紀を迎え、僕の神様ともいえるカート・コベインは自死し庵野秀明はエヴァを終わらせ、夢想家や盲信者どもを現実へと帰らせた。

 だから僕は今僕がYouTubeとかいう広告の鬱陶しい動画サイトでカートのAI楽曲だの、庵野秀明の「新しいエヴァ」だの、といった「既に終わった物語」の紹介動画を見る度、やはり興味はあるが多少は辟易する。


 しかし彼らは巧妙にそれら物語というシステムを引用し参考し、新たな物語を再発見するように仕向ける。既に終わった物語、だとしてもだ。大量消費や資本主義、そのようなものは、相反してクソ喰らえ(f**k!)だとも思うし、彼らが何をしようが、何をこれから語ろうが知ったことではない。だからこの物語は「読まれなくてもいずれ喪失するであろう物語」だ。

 さっき僕は僕自身がこの物語の演者ではない、と宣したけれど実は観測者も特異点ではなく演者の一人だ。だからこそ僕はある意味で告発する。この告発は、僕が僕であるための自己証明にもなるだろう。


 ただし、「誰かの為の物語」だとか「誰かを救う物語」ではないし「現実へ帰す為の物語」でもない。

 たぶんだが。


 まず僕が語り始めるのは、ある少女が一人の男性と出会った、冬の話だ。ありきたりだが、僕にとっても君らにとっても充分過ぎる出だしだろう。


   ●


 その冬、楪ミヲ(ゆずりは)は十六歳で、同い年の友人たちと映画館で十四歳の少年が人造兵器と呼ばれる巨大なロボット(実際は異なるが)に搭乗して正体不明の敵と闘う物語を鑑賞し終え、帰路に着いた。

 劇場を出てからミヲは友人たちの映画の感想を聞いていたが、誰も彼もが口を揃え「つまらなかった」「意味がわからなかった」という。しかしミヲには、その映画のある一点に惹かれていた。ミヲは、左手首から先が義手だった。だから彼女には、「特別であろうという自我との決別」という点が響いた。


 ミヲ自身、この世に生まれ落ちたそのときから左手がなかったことに関して、あたしは特別なんだ、と思っていた。誰かが十四歳は特別な年齢だと論じたように。

 だからミヲは自身の欠損した身体の部位について、これはあたしの聖なる証だ、と思っていた。実際、そう告白したこともあるが、それを聞いた当時の交際相手の少年は「君って変」と言い、両親に至っては悲しんだ。つまりミヲは、先天性のそれを特別なもの、として扱った。しかし鑑賞後の映画のミヲの意見は違った。


 これは、現実への証左なのだ、と思った。


 友人たちと別れ、彼女が隠れ家と呼ぶ場所へ帰ろうかと思ったが、今日は素直に家へ帰宅することにした。


 唯一、ミヲの聖なる証を認めてくれた青年は自身を夏(ナツ)と言い、警視庁の刑事だった。

 本名は知らない。

 ミヲが十四歳の頃、万引き行為をした際に警察手帳を見せられたが、ミヲ自身一瞥しただけで本名など覚えてもいない。しかも彼は警視庁にいるのは一種のバイトみたいなもんさ、と言った。

「――夏。それが俺の名前」と、そのときのナツはクールに言ってのけた。

「対称性が自発的に破れたんだ」と彼は言った。「例えば、ここに鉛筆がある」と彼はテーブルのうえに鉛筆を一本立てて、「これが対称性。どこから見ても鉛筆は対称だろう? しかし、」とナツは鉛筆から指を離す。無論、鉛筆はテーブルにコロンと倒れた。「これで対称性は破れた。こうしてこの宇宙は創世したんだ」


 彼の言は当時のミヲには哲学的で衒学的で。そして難解で何より幻惑的だった。要は、「自発的対称性の破れ」という宇宙論の仮説だと後になってミヲは知るのだが。


「それがあたしの、あたしの身体とどう関係するの?」とそのときのミヲは身を乗り出して聞いていた。

「君の身体はまさにこれと同様。安定してるんだよ」、黄金律のようなものだね、と彼は言う。

 ナツとはそれ以来、会っていない。


 もしかしたら、とミヲは思う。

 もしかしたら、隠れ家に行ったら、ナツに会えるんじゃないだろうか? 

 そのとき、なぜ楪ミヲがそう考えるに至ったのか、本人も判然としない。そうミヲ自身が述懐している。


 隠れ家は街外れの、廃墟と成ったプラネタリウムの真下、つまりは地下にあった。ミヲの秘密の場所だった。

 非常階段を地下へと降り、配管やらが縦横無尽に張り巡らされてる地下道を少し進むと、足元にミヲが付けた印がある。

 紅い十字の印。

 その床面のパネルを開けると、更に地下への梯子があり、闇の内奥へと降りると、ミヲはミヲ自身が設置した蛍光灯の紐を引っ張った。暗闇に途端に明かりが点され、色とりどりの色彩――それは壁や天井、床面に描き殴られた水彩画のようにも見える――がミヲの視界に入った。ミヲの秘密の園。しかしミヲは思う。誰しもがこういった秘密の場所を持っているのは当然でそれが外部に起因するものなのか内部に起因するものなのかの違いだけ。ミヲはこの秘密の場所を隠れ家<ベース>と呼んでいた。ベース内は殺風景に変わりはないのだが、カウチと複数の壊れかけたアニメのフィギュア、簡易テーブルのうえには早朝食べたカップラーメン。


 すべての女の子が女性らしい生活をしていると思ったら大間違いだよう、とかつてミヲは僕に語った。数世代前だったら<オタク趣味>と揶揄されたかもしれぬこの光景も、SNSの普及により社会が、共同体が受容すれば一般化するも同然だ。


 そのとき、何かの符牒のように式波・アスカ・ラングレーの紅のフィギュアがころんと棚から落ちた。ミヲはそちらに視線をやり、そして慄然とした。


 人がいる。胎児のように床面でうずくまっている。


 ミヲは、自身のベースが、神聖な場が汚された気がして、少し苛立った。次いで現れた感情はほんの少しの恐怖と、関心。

 床面に描かれた水彩画のうえで、青年と思しき人物はうずくまり、寝ているかのよう。

「あのう」

 とりあえず関心のほうが感情の均衡を上回り、ミヲは声をかけた。

「あのう、何方ですか、どうやってここに」


 胎児のようにくるまっていた青年は暫し呆然と辺りを眺めまわし、焦点の合わない眼でミヲを見た。

 蒼い二つの瞳。

 女の子のように白い肌。長めの無造作な黒髪は襟足が肩まで伸びている。一瞬、女性、かとミヲは思ったが、違った。ワイシャツのはだけた胎児の人物の胸部に女性のそれはなく、ミヲはちょっとどぎまぎしながらも何故か自身の胸を見た。十六歳らしい膨らみがブレザーを押し上げ突き出ている。そんなところでしかミヲは自身をありきたりな女の子、としか認知できない。少なくとも外部、つまりは肉体面では。

 蒼の青年はまだぼうっとしているようで、時折頭髪を弄ったり、何かを呟いたりしている。だがミヲはこの瞬間、何故か彼に惹かれていた。ナツではない。この冬に突如現れた、蒼い瞳の青年に。


   第一話 了。

   つづく(不定期更新)。

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神話的内在性によるハイブリッド・チルドレン 宮下協義 @ykz1986

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