ドロステの窓みたいな転生 『ラノベ世界に転生したモブはシナリオを破壊する』系小説の序盤で退場するモブ悪役に転生してしまった。
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再起的とでも言うのか
陽が傾き始めた頃、上司からの呼び出しを受け、人気のない路地の隙間を通り抜ける。
ガラスのランプが薄暗く照らす木製の扉をくぐり、俺ことシアルは中の方へと進んだ。真っ暗な廊下を手探りで進んでいく。奥は廊下と比較してかなり明るい。
机の上に置かれた沢山のランプは部屋の中を最小限に照らしているが、上司の顔は顎しか見えない。
「来たか」
名前を明確に覚えていない上司は、ランプの間に羊皮紙を置いた。モンタージュだろうか、誰かの顔が描いてある。俺はそれを一瞥して尋ねた。
「人攫いですか」
上司は顎を引いた。俺の所属する闇ギルドの統括役──の部下で、俺ら下っ端をまとめ上げる立場であるが、偉そうな態度は下っ端に人気がない。
「そうだ。赤色だ」
赤色、つまり貴族からの秘密裏の依頼を指す。俺は上司にバレないように顔を顰めた。
「で、誰なんすか」
「赤依頼つったら同族に決まってるだろう。明日の南中の前後に、護衛をつけずにカシヤ街を通るという情報を入手した。お前は攫って来い」
俺は不服だという態度を改めずに肖像を覗いた。端正な顔立ち、美しいと噂になりそうな顔だ。いかにもやんごとなきお方という風に見える。
しかし、この顔──どこかで見覚えがある気がする。会ったことはないが、どこかで見た記憶がある。
そう思った瞬間、脳裏に今までにない記憶が蘇った。それは、この人物がアルファン家の子で対立していた貴族の計らいで攫われたという──知らない知識でもあった。
閃いた時に電気が通るというようなあの感覚を実感する。
軽い眩暈を表に出さないように努めつつ、俺は落ち着いて記憶を探り出した、
そうすると、徐々に思い出していく。先ずそもそも、この世界は俺が以前、いや前世の時というべきか、その時に住んでいた世界とは別の場所、異世界であること、そしてこの世界が、俺の読んだ事のある小説『ラノベ世界に転生した序盤退場のモブ平民は気ままにシナリオを破壊する』という漫画の世界と同一であるということを。
この物語はよくある作品転生ものだ。タイトルで具体的な中身が書いてなくても想像がつく。
そして俺は物語の序盤に登場する、作中の作品となる小説『なんとかかんとか』の主人公、ラスカの恋人となる人物、貴族でもあるリンネを誘拐する悪役だ。そして作中ではモブとされる、つまり本作では主人公となるルーテに倒されることになるモブだ。
俺はモブが主人公を差し置いて活躍する小説の世界にモブとして転生したということになる。
上司の手前、漫画でよくあるようにあからさまに嘆くこともできずに、暗闇で顔が見えないのをいいことに悔しいと顔を顰めていた。
上司が世間話を展開する間に、俺は平静を保ちながら頭を回転させた。
この先、攫って仕舞えば主人公ルーテに仕留められて終了することは分かっている。俺が元の世界でどうやって死んだのかは自分でもわかっていないが、これが夢であるという保証はない。死んでしまえば、それで終わりになる可能性は否めない。
後ろ暗い仕事をして、いつ死んでもおかしくないと思い続けて何年か経つが、今更平和な社会で生きてきた経験が顔をのぞかせ、破滅を避けたい心情が生まれていた。
「聞いてんのか?」
「え、まあはい」
……といって、依頼を断ることはできない。どんな理由であれよりここで働き始めれば、抜けることは出来ない。組織への反逆と見做されて殺されるからだ。このような赤色依頼の失敗なら尚更で、最悪上司の首ごと飛ぶかもしれない、もちろん物理的にだ。
つまり、俺にとって押しても引いても死は確定している。この仕事は流されるまま受けるしか今を生きる術はない。
「……聞いてるっすよ。とにかく攫えばいいんでしょ?」
「そうだ。失敗は許されない。分かってるな?」
「もちろんです」
その会話の後に、攫ってからの手筈と逃走ルートの打ち合わせを済ませて俺は家に戻った。布を敷いただけの床に寝転んで、これからの対策を考える。
とは言っても簡単なことで、ただルーテの目を掻い潜り人を攫えばいいだけである。
ただそのルーテという主人公が、これから攫われるという事を知っているから厄介なのだ。それに、原作小説は主人公最強や俺TUEEEの性質を備えているため、特訓による探知から防御までカバーする軍人顔負けの技術力を有している。
そして俺がどのような攻撃をし、どのような台詞を吐くのかも……そう考えると悪寒がするが、ともかく、万全の対策を打つ主人公に俺ができることがあまり思いつかないのだ。例え原作と違う動きをしたとて、だ。
誘拐を決行してルーテと対立、組織に反した動きをして組織と対立、どちらがマシかを考えて頭を横に振る。まだやるべきことはあるはずだ。
うんうんと考えて、いくつかの仮説を考えているうちに、眠りに落ちてしまった。
翌朝、同僚と合流。俺の寝不足の顔を見て同僚は鼻で笑っていたが、俺はそれを差し置いて真剣な顔で今日の作戦を持ちかけた。
原作では、ターゲットはお忍びで街へと入り込む貴族の子リンネであり、そのルートは主人公ルーテのセリフで断片的に探れる。屋敷の裏手から墓地を通り人目につかないように遠回りのルートでカシヤ街の市場に潜入する。具体的な遠回りルートは分からないが、地理的に考えれば住宅が集合した辺りだろうという見当はついた。
原作での俺はカシヤ街の真ん中あたりにある入り組んだ路地に引き摺り込んでリンネを拘束していたため、ルーテは当然ながらそこにいると考えられる。原作では序盤に相当するエピソードなので、主人公の索敵技術はまだ発展途上、範囲は比較的であるが狭窄な筈だ。
つまり目を掻い潜るには住宅街での誘拐以外に手がない。墓地は高い建物が少なくリスクがある。
俺は同僚に理由を伝えずに作戦だけ伝える。同僚は訝しむ顔をしていたが、真面目な顔の為か渋々ながら協力してくれることとなった。その代わりに失敗した時の責任を取らされるというオマケがついた。当然ではあるか。
南中前、閑静な住宅の並ぶ細道。そこにターゲットであるリンネは現れる。何度も行き慣れている為か、迷う様子なく道を歩いている。
その横の細い隙間から突然一人の大男が現れ、ターゲットの上半身と口を素早く固定した。
「えっ……んー!? んーっ!?」
ターゲットは驚きつつも言葉を発することができず、口を布で塞がれ、頭に袋を被せられる。大男に素早く縛られたリンネは大きな呻き声を上げた。ターゲットは男に担がれそうになる。
「わっ!?」
しかしリンネは地面に背中を打ちつける。大男が声を上げ、その場に倒れる音がした。俺に足を払われた大男が転ぶ際に、彼が持ち上げようとしたリンネも同時に転んでしまったのだ。
「大丈夫か!」
そうして俺がリンネを持ち上げてその場から走り去る。大男は地面から俺らを見上げていた。
「今倒したからな、もう大丈夫だ」
なぜ俺がこう言うことをしているのか、それはこうして人助けをしたフリをして誘拐する、という作戦を立てたからだ。これは同僚のアドバイスも入っている。
同僚を囮にしてその場を助け、同じ同僚に運んでもらう、適当に考えた割にはマシだろう。こうすることで誘拐の場所を変え、主人公に出会うことを避けることができる。
しばらく追われているフリをして頃合いを見て馬車に投げ込む、こう言う作戦であった。
「すまない、追われていてまだ拘束を解くのができない……!」
「んんーっ!」
ターゲットは警戒している様子ではあったが、どうにもならない様子だった。貴族の割には心配になる小物加減だ。俺はこんなんで信頼を得られると思っていたのはちょっと愚かしかったなと思い始める。
主人公に一度も遭わずに仕事を完遂できそうで、思わず頬が緩む。このまま馬車の方へと走る。先回りした同僚がいる筈だ、そう思って角を曲がる。
するとそこには、思ったとおり運送用の馬車があった。しかし同時に、赤く照らされた血の池とそこに横たわる同僚の姿があった。
「……はっ?」
まさかこれは、殺されている?
事態が飲み込めないままとりあえず走り続けていると、突然喉に熱いものが走って──
背後から首をナイフで一刺し。狙われた人物ことリンネに血がかかるが、顔は袋で覆われているので問題ない。
先回りした闇ギルドの人物を先ず殺し、そして実行役であるシアルを殺す。
「よし、これで大丈夫」
倒れた際にリンネに覆い被さっていたシアルの死体を退けて、リンネの顔の袋を取り除く。髪はくしゃくしゃになっていたけれど、顔は変わらず端正なままだ。顔は怯えていて、しかしながら目を大きく見開いて驚いている。
──この漫画、正式名称は『ラノベ世界に転生した序盤退場のモブは気ままにシナリオを破壊する 〜肉食系
あらすじとしては、自身がラノベ『悪役令嬢は婚約者を譲って冒険者になるようです』のモブポジションである事を思い出した主人公の少女ルーテが、鍛え上げた筋肉と能力で惚れ込んだ悪役令嬢を幸せにするまでの物語である。
そこで悪役令嬢を悲しませないと決意する主人公は、序盤に原作知識を用いて彼女の婚約者、タイトルでは『ひ弱な草食系男子』と言われる侯爵の子息リンネを誘拐から救い出すというシーンがある。そのシーンでリンネはルーテに惚れてしまうというものでもある。
そして私、ラスカはこの漫画を作中作品とする『ラノベの世界に転生しシナリオを破壊する作品……に転生したモブ悪役』の世界に転生した存在で、そして『ラノベ世界に転生した序盤退場のモブは気ままにシナリオを破壊する 〜肉食系女子が小説の主人公だし攻略対象はひ弱な草食系男子だけどこのラノベ大丈夫ですか?〜』の作中作品である『悪役令嬢は婚約者を譲って幸せになるようです』の設定上の主人公、つまり悪役令嬢である。だから私はこの先の展開の全てを知っている。ルーテが拐われることも、シアルがその誘拐ルートを変更することも。
とにかく、作中作品の人物を主人公とする作品のモブを主人公とする作品の中の世界に生まれるという、タチの悪い冗談みたいな世界に来てしまったというわけでもあるわけだ。
何なら元の作品となる『悪役令嬢は婚約者を譲って冒険者になるようです』も乙女ゲーム作品の悪役令嬢を主題にしている物語なので階層構造はまだ続く。
──そういうことをひっくるめてとにかく、私はリンネの婚約者である。攫われた現場に婚約者がいたら当然驚きもする。
私は口を縛っていた布を解き、リンネに目線を合わせて微笑みかけた。
「もう大丈夫です。戻りましょう、屋敷に」
彼は少し安堵した顔になる。それはさながら草食動物である。いくら私が婚約者だからって油断しているのは、貴族としてどうなのだろうか。私が小説とは違って肉食系女子ではないのは運がいいのかもしれない。
連れ込まれていた細い路地を抜け、護衛と合流すると、密かにこちらを睨む視線があった。
近くの建物の隙間から覗くのは── 『ラノベ世界に転生した序盤退場のモブは気ままにシナリオを破壊する 〜肉食系女子が小説の主人公だし攻略対象はひ弱な草食系男子だけどこのラノベ大丈夫ですか?〜』の主人公、『悪役令嬢は婚約者を譲って冒険者になるようです』のモブとして登場する少女であるルーテだった。その視線はすぐに消える。
私はその視線を疑問に思いながらも、すぐに忘れてリンネと共に馬車に乗った。
──そしてこれが、リンネをめぐる『作品に転生した作品のモブに転生した作品のモブに転生した作品に転生した』ラスカと、『作品に転生した作品のモブが主人公の物語に
ドロステの窓みたいな転生 『ラノベ世界に転生したモブはシナリオを破壊する』系小説の序盤で退場するモブ悪役に転生してしまった。 ⠀ ⠀ ⠀ @moto-gennso
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