シャイボーイとシャイガールズ

おひとりキャラバン隊

シャイボーイとシャイガールズ

 ◆山田弘(15)の場合


 僕の名前は山田弘。

 15歳の中学3年生だ。


 3学期も半ばになって、卒業式まであと1か月。

 そして今日は、バレンタインデー!


 クラスの男子はみんな女子からのバレンタインチョコが貰えるかどうかでソワソワしている。


 僕はどうかって?

 僕は全然そんな事は無い。


 だって、友達なんていないし、女子と話した事なんて、ほとんど無いんだから。

 どうせ貰えないに決まってる。


 ……そう思っていた時期が、僕にもありました。


 僕の机に、リボンが掛けられたチョコレートの箱が入っている事に気付くまでは……



 ●立花洋子(15)の場合


 私の名前は立花洋子。

 15歳の中学3年生。


 昨日、家でお姉ちゃんが彼氏に贈るバレインタインチョコを手作りしていたんだけど、お姉ちゃんが登校する時にせっかくつくったチョコを家に置き忘れてしまった。


 お姉ちゃんもそれに気付いたみたいで、私にLINEで「駅まで持ってきて!」って送ってきたので、ちょうど家を出るところだった私は、チョコレートをカバンに入れて学校まで行く途中で駅に寄った。


 なのにお姉ちゃんの姿がどこにも無くて、LINEで確認したら、「ゴメン! 彼氏とバッタリ駅で会っちゃって、一緒に登校する事になったから、チョコレートは洋子が持ってて!」だそうだ。


「仕方が無いなぁ」


 と私は、そのままチョコレートを持って学校に来てしまったんだけど……

 これって他人が見たら、まるで私が誰かにチョコをあげようとしてるみたいに思われない?


 私はラノベ好きな地味な女子。

 そんな事は自覚してるの。

 クラスの男子に興味なんて無いし、私が好きなのはラノベの中にいる王子様だけ。

 なのに、こんなカバンからはみ出しそうなチョコレートを持ってたら、きっとクラスの子達にバカにされる。


 それに気付いたのが遅かったのが運の尽き。


 クラスの女子が教室に入ってくるのが見えたから、私は咄嗟に隣の席の山田君の机にチョコレートの箱を突っ込んでしまった。


 だけど、そんな事をしても何の解決にもならないとすぐに気付いた。

 なのに、時は既に遅かった。


 当の山田君が教室に入ってきてしまったのだ……



 ●内海さゆり(15)の場合


 私の名前は内海さゆり。

 中学3年生のギャル系女子。


 今日はバレンタインだから、朝一番に教室に入って、気になってる子の机にチョコレートを入れたんだ。


 それで一旦教室を出ようと思ったら、陰キャ女子の立花が廊下を小走りで来るのが目に入って、咄嗟に教室の掃除道具入れに隠れちゃったんだよね。


 で、息を殺して隠れてたんだけど、掃除道具入れの扉のスリットから教室の中が見えてた訳。


 で、立花が何だかソワソワしてんなって思ってたら、何と手作りっぽいチョコを隣の山田の席に突っ込んでるじゃないの!


 あんな陰キャ女子でも男に興味とかあるんだ~って、内心ビックリしたんだよね。


 ……っていうか、私ここからどうやって出ようかな。


 1限目が音楽室だから、教室移動の時に出て行くっきゃ無いと思うんだけど……



 ●斉藤ゆかり(15)の場合


 私の名前は斎藤ゆかり。

 中学三年生の学級委員。


 今日は1限目から音楽室に教室移動をするから、朝から音楽室の鍵を開けておく。

 何となく教室に入って窓から見える自分のクラスの教室を見ると、内海さんが掃除道具入れに入って行くのが見えた。


「???」


 私が呆気に取られていると、その後すぐに立花さんが教室に入ってきて、席に着いて何かゴソゴソしている様子。


(そうか、今日はバレンタインデーだった)


 私はそんな事はすっかり忘れていた。

 だってもうすぐ高校受験があるし、その勉強でいっぱいいっぱいだったから。


 あの二人もバレンタインなんかで浮かれていたら、受験に影響すると思うんだけどな。


「ま、私にはどうでもいい事か」


 そう言って、私は音楽室を出た。



 ◆山田弘(15)の場合


(どうしよう……机の中にチョコレートが入ってる……。僕が教室に入った時には立花さんしか居なかったし、きっとこれは立花さんが入れたんだよね……)


 僕はチラチラと隣の席の立花さんを横目で見ると、立花さんも額に汗をかきながら、こちらをチラチラ見ているではないか!


(コレってやっぱり……そういう事? 同じ陰キャ同士で、何か波長を感じて好きになったとか?)


 立花さんは僕の好きなタイプの女子じゃないけど、僕を好きになる女子なんてこれまで居なかった。


 それに、これが人生最初で最後のチャンスかも知れないとも思った。


 けれど、教室にはどんどん生徒が登校してきてて、僕が女子に話しかけるところなんて見られる訳にはいかない。


(どうしよう……そもそも、僕なんかがチョコを貰ったなんて、他の男子に知れたら大変だ……)


 僕は立花さんに話しかける勇気が出ないまま、机の中のチョコを、そっと奥に隠しておいた。



 ●立花洋子(15)の場合


(やばいやばいやばい! 山田君がチョコレートを手にとって見てる! このままじゃ勘違いされちゃう!)


 私は山田君に何か言うべきだと思ったけど、何て言い訳すればいいのか分からない。


 私が山田君を好きだと思われるのも嫌。

 だけど、他の男子に渡すつもりのチョコだと思われるのも嫌。


 ……正直に、お姉ちゃんのチョコを預かってるだけだって言えばいいのかも知れないけど、じゃあ山田君の机にチョコを入れた理由は何て言い訳すればいいの?


 それに、山田君はチョコを見て嬉しそうにしてる。

 そんな山田君を傷つけない様にチョコを取り返すにはどうすればいい?


 もうすぐ朝のホームルームが始まって、その後は音楽室に移動だから、その時にチョコを取り戻すしかない。


 そうだ、そうしよう!


 そのチョコは幻よ!

 山田君はチョコなんて見なかったのよ!



 ●内海さゆり(15)の場合


 うっわ、ヤッバ!


 このままホームルームになって、先生が話してる間、ずっとここに隠れてるのって無理じゃね?


 それに……、あっ、ゆかりちゃんが教室に入って来た。


 今日はゆかりちゃん、来るの遅かったな……


 私は黒板に書かれた今日の日直の欄に「斉藤」と書かれているのに気付いた。


(ああ、ゆかりちゃんが日直だったのか……って事は、音楽室の鍵を開けに行ってたんだね……)


 ってか、そんな事を悠長に考えてる場合じゃないっての!


 どうする?


 っていうか、ゆかりちゃん。こっちに向かってきてない?

 ってか、ゆかりちゃんと目が合った⁉



 ●斉藤ゆかり(15)の場合


 音楽室を出て、私は教室に向かって廊下を歩いていた。


(内海さんは何で掃除道具入れなんかに入ってるんだろう……)


 クラスでもムードメーカーの内海さんは、女子の中では人気者だ。


 男子からもそこそこモテるらしいけど、そういう男子達って、ちょっと不良っぽくて好きじゃない。


 内海さんもそういう男子とは適当に距離を置いてるみたいだし、もしかしたら本当は真面目な子なのかも知れない。


 だけど、もうすぐホームルームが始まるし、このまま内海さんが出て来ないと、内海さんが遅刻扱いになってしまう。


(とりあえず、掃除道具入れからは出てもらう事にしよう……)


 そう思いながら私は教室に入ると、そのまま掃除道具入れの方へと歩いて行く。


 そして、掃除道具入れの扉を開けると、


「ひゃっ!」


 と変な声を上げる内海さんの姿があった。


「内海さん、何してるの? 音楽室から見えてたよ? もうすぐホームルームだから、早く席に着いてね」


 私がそう言うと、クラスメイトの視線が掃除道具入れに集中する。


「ぎゃはは! うつみん、そんなとこで何してんだよ?」

 と笑う男子の声。


「さゆり~、それって何のドッキリ~?」

 とギャグか何かだと思っている女子の声。


 そして当の内海さんは、掃除道具入れから出てくると、


「ちょっと、みんなを驚かせようと思っただけ~」

 と、顔を真っ赤にしてヘラヘラと笑いながらそう言う。


「内海さん。とにかく早く席に着いてね」


 と私が言うと、内海さんは「へ~い」と言いながら席に着く。


 ため息交じりに私も席に着くと、何気なく机の中に手を入れる。

 すると何か固いものが手に当たった。


(何だろう?)


 と私が机の中を覗き込むと、そこにはかわいらしいリボンが付いたチョコレートの箱が入っていた。



 ◆山田弘(15)の場合


 委員長の斎藤さんが、教室に入るや否や掃除道具入れの扉を開けた時には何事かと思ったけど、まさか中に内海さんが入っていたとは思わなかった。


(いや、……待てよ?)


 僕は机の中のチョコレートが立花さんから貰ったものだと思っていたけど、僕が教室に入る前から内海さんが掃除道具入れに入っていたんだとすれば……


(もしかして、このチョコを入れたのは内海さん⁉)


 僕は途端に頭が混乱した。


(いや、内海さんみたいなクラスの人気者が僕なんかにチョコを渡すなんてありえないでしょ……)


 それが一般的な考え方だとは自分でも分かっている。


 しかし、立花さんとは隣の席なのに話した事など一度も無い。

 逆に内海さんは、月に一度くらいだけど話しかけてくれる事があった。


 話しかけてくれるといっても、立花さんとは反対側の席の女子と話す為に、

「山田~、みーちゃんと話したいから、ちょっとその席貸して~」

 と言う程度の事だけど……


 だけどそれが本当は、僕の体温が残った椅子の温もりを感じたかったからだとすればどうだ?


 あんなギャルっぽい恰好をしているけど、もしかしたら、そんなピュアな女子の可能性もあるし……



 ●立花洋子(15)の場合


(嘘でしょ⁉ もしかして、内海さんずっとそこに隠れてたの⁉ って事は、私が山田君の机にチョコを入れてるところも見られてる⁉)


 これはマズイ。


 クラスメイトに見られたなんて、これは絶対にマズイ。


 内海さんは女子の間では人気者だ。

 私みたいな目立たない陰キャとは違う。


 内海さんがわざわざ掃除道具入れに隠れていたって事は、クラスメイトの誰が誰にチョコを渡すかを見張って、友達同士の会話のネタにするつもりだったに決まってる!


 って事は、私がどうして山田君の机にチョコを入れたのかについて、論理的な言い訳を考えなくちゃならないわ。


 どんなストーリーにすべき?


 山田君を傷つけずに、それでいて私が山田君の事なんて興味無いって理解してもらえて、そしてお姉ちゃんのチョコを取り返すシナリオって、どんなの?



 ●内海さゆり(15)の場合


(ふい~、助かった~……とは言えないか……)


 ゆかりちゃんのおかげで掃除道具入れから脱出はできたけど、私が掃除道具入れに入るところを見られてたって事は……


 つまり、も見られてたって事じゃないの?


 ゆかりちゃんは私の憧れだ。


 クラスメイトの女子にそんな感情を抱いた事には自分でも驚いてる。


 けど、2年生の時から同じクラスになって、ゆかりちゃんの頼りになるところとか、男勝りでハッキリものを言うところとか、すっごいカッコイイって思ったんだよね。


 女同士でこんなの変だってのは分かってる。


 だけど、クラスのガキ丸出しの男子なんか、どこにも好きになる要素なんて無いし。


 ゆかりちゃんは大人っぽくて、宝塚の男役みたいな雰囲気もあって、委員長って役もすごく似合ってて……


 とにかく好きになっちゃったんだから仕方が無いじゃん?


 だから、卒業する前の最初で最後のチャンスだと思って、心を込めて作ったチョコを机の中に入れた。


 それが私からだとバレない様に、チョコを入れたらすぐに教室から出て、もう一度最後の方に教室に入ってくるつもりだった。


 それで、ゆかりちゃんが机の中のチョコを見て、どんな表情を見せるのかを見たかったのに!


 ……ゆかりちゃん、私の事、気持ち悪いって思ったかな……


 私はそう思いながら、恐る恐る斉藤ゆかりの席に目を向けた。



 ●斉藤ゆかり(15)の場合


(まず、このチョコが女である私の机に入っている事が何かの間違いじゃないかしら)


 そう思って、もう一度チョコレートの箱を確認してみる。


 すると、リボンが掛けられたところに、カードの様なものが差し込まれていて、そこには「斉藤ゆかり様」って書かれていた。


(私宛だ……)


 私は、恋愛に関心が無いわけでは無い。


 ただ、今はその時期じゃないし、恋愛なんてものは高校生になってからするものだと思っていた。


 勿論、いままで一度も思春期らしい感情に心を揺さぶられる様な事が無かったといえば嘘になる。


 けれど中学生のうちからそんな事にかまけていては、6歳離れた兄の様に、だらしない人間になってしまいそうで嫌だったのだ。


 けれど、まさか女の私がバレンタインデーにチョコレートを貰う事になるとは思っていなかった。


 LGBTQとかいう社会の風潮があるのは知っている。

 だから同性に好意を寄せる事にも一定の理解はあるつもりだ。


 けれど、それが私が当事者になるとは夢にも思っていなかった。


(それにしても、一体誰が……)


 可能性があるのは2人。


 音楽室から見えた、早くから教室にいた内海さんと立花さんだ。


 私はチラリと内海さんの方を見る。

 内海さんは机に突っ伏していて表情は読み取れない。


 立花さんの方を見ると、何と立花さんは顔を赤くしてモジモジとしているではないか。


 内海さんは気さくな性格だから、誰とでもそれなりに会話をしてるし、ギャルっぽいいでたちから察するに、裏では男子との交流もありそうだ。


 逆に立花さんは男子に興味を持っている様には感じなかった。


(……となると、これは立花さんが?)


 そんな事を考えていると、担任の先生が教室に入ってくるのが見えた。

 私は気を取り直して、


「起立!」


 と号令をかけたのだった。



 ◆山田弘(15)の場合


 委員長の号令で僕は席を立ち、先生に一礼をして着席する。


 今日の先生の話は高校受験についての説明だった。


 先週から私立高の受験は始まっている。そして来週から公立高校の受験が始まる。

 だからしっかり勉強に励む様に、という分かり切った話を聞かされただけだ。

 受験が終わったら、あとは卒業を待つだけ。それもみんな分かっている。


 だけど、中学校生活でのバレンタインデーは、今日が最後なのだ。


 僕は斜め前の席に座る内海さんの方を見る。


 内海さんは机に突っ伏している様に見えるけど、どこかソワソワしている様にも見える。


(もしかしたら、僕の事を気にしているのかも……)


 一度そう思うと、そんな風にしか見えて来ない。


 ギャルっぽい内海さんが僕と付き合ったとして、デートとかはどうすればいい?

 とりあえずは一緒に帰る時に手を繋ぐとか?


(うわ~、考えただけで手汗がすごいよ!)


 気が付けば僕は、内海さんの事で頭がいっぱいだった。

 内海さんの横顔を見ているだけで、胸がときめいた。

 少し茶色がかった髪が内海さんの目元にかかるのを見ていると、僕の心臓が早鐘の様に打ち始める。


(やばいやばい! 心臓が口から飛び出しそうだ!)


 僕は顔が熱くなるのを感じながら、内海さんから目が離せないでいた。



 ●立花洋子(15)の場合


(そうだ! 次は音楽室に移動なんだから、私が最後まで教室に残ればいいんだ)


 委員長は日直だから教室の鍵を閉めるまで残ってるだろうけど、委員長になら見られたって、他の人に言いふらしたりはしない筈。


 山田君には悪いけど、みんなが教室を出たら私はチョコを回収して、それをカバンの奥に入れて、ノートか何かで被せて隠せばいい。


 ホームルームももう終わりそうだし、みんな音楽室に移動する準備を始めてる。


 他に手は無い! これでいこう!



 ●内海さゆり(15)の場合


 私は友達に話しかけるフリをしながらチラリと後ろの席のゆかりちゃんの様子を見る。


 ゆかりちゃんはいつも通りの真面目な顔で、先生の話をちゃんと聞いていた。


(えらいな、ゆかりちゃん)


 そんな事を思いながら、それよりもゆかりちゃんがいつも通りな感じだった事にほっと胸を撫でおろす。


(チョコの箱に挟んだカード。私の名前はどこにも書いてないけど、私からのチョコだって事は気付いてる筈なのに、全然変な顔とかしないんだな……)


 それで安心した筈なのに、何とも思われてないのかも知れないと思うと、一抹の寂しさも感じた。


(でもいいや。私の気持ちは伝わっただろうし、卒業まではまだ時間があるし)


 私はそんな事を思いながら、先生の話が終わったのを見て、音楽室に行く準備を始めていた。



 ●斉藤ゆかり(15)の場合


「起立! 礼!」

 と私は、先生の話が終わったのを確認して号令をかける。


 次は音楽室に移動だから、日直の私は教室の鍵をかける為に最後まで残っておかなければならない。


 ぞろぞろとみんなが教室を出て行くのを眺めながら、何故かソワソワとしながら席を立とうとしない立花さんの姿が目に入る。


(どうしたんだろう……体調でも悪いのかな……)


 私は気になって、席を立って立花さんの席の方に歩み寄る。


「立花さん、顔が赤いみたいだけど、大丈夫?」


 私がそう話しかけると、立花さんはハッと顔を上げて、ぶんぶんと首を横に振る。


「だ、大丈夫……」

 と短く答える立花さんは、どう見ても大丈夫そうには見えない。


「保健室に連れていこうか?」

 と私は言ってみたが、立花さんは頑なに席を立とうとはしなかった。


「教室の鍵を閉めないといけないから、どちらにしても、立花さんを教室に残してはいけないし……」

 と私が困り果てていると、ちょうど席を立とうとしていた山田君の姿が目に入った。


「ねぇ、山田君。私、立花さんを保健室に連れて行こうと思うから、教室の鍵閉め、お願いできる?」

 と言った。



 ◆山田弘(15)の場合


「え……僕?」

 と僕は素っ頓狂な声をあげていたかも知れない。


 何故なら、突然委員長に話しかけられたからだ。


「教室の鍵閉めを頼みたいんだけど」

 と委員長は僕の目の前で教室の鍵をチャラチャラと振って見せる。


「う、うん。いいけど……」

 と僕は、初めて委員長に話しかけられた事に胸がドキドキして、まともに返事もできなかった。


 そして委員長は、顔を赤くして机にかじりつく様にしていた立花さんの身体を起こして、そのまま立花さんの手を引いて教室を出て行ってしまった。


 そうして誰もいなくなった教室を見回し、僕は机の中に隠したチョコレートの箱をまじまじと見つめる。


(すごいな……内海さんからはチョコレートも貰えたし、委員長にも話しかけてもらえたし……これって、モテ期が来てるのかも知れない……)


 僕はそう思いながら、委員長の手の温もりが残る教室の鍵を、くんくんと匂ってみた。


 ……鍵は、鉄臭い匂いがするだけだった。



 ●立花洋子(15)の場合


(何でこうなるの?)


 私は斎藤さんに連れられて保健室に向かっている。


 別にどこも悪くないのに、ただ教室に最後まで残っていただけなのに。


(これじゃあチョコの回収が出来ないよ……)


「立花さん、大丈夫?」

 と斉藤さんが訊いてくるけど、ここで「チョコを回収する為に最後まで残ってた」なんて言える気がしない。


 ここは「うん大丈夫」と言いながら、何となく体調が悪いフリをして乗り切るしかないだろう。


「ところで、チョコレートありがとうね」

 と突然斉藤さんがそう言った。


「……え?」

 と私が声を漏らすと、


「立花さん、私の机にチョコレート入れてくれたでしょ?」

 と斉藤さんが言い出す。


(どゆこと? 私、斉藤さんの机にチョコなんて入れてないし!)


「え……、私、斉藤さんにチョコなんてあげてないよ」

 と私はそう言うしか無かった。


 すると斉藤さんが立ち止まり、

「……じゃあ、あのチョコは誰がくれたの?」

 と私に訊いてくる。


(そんなの知る訳無いじゃない!)


 と叫んでやりたい気分だったけど、私にそんな事ができる度胸など無いのは自分で一番よく分かっている。


「さ、さあ……、」


 私に言えたのは、これだけだった。



 ●内海さゆり(15)の場合


(ゆかりちゃん、立花さんを連れてどこかに行っちゃった……)


 私は廊下を歩きながら、ゆかりちゃんが立花さんを連れて廊下を反対側に歩いて行くのを見て、無性に不安になった。


 朝から見てたけど、立花さんが具合が悪そうだとは思えなかったし、なのにわざわざゆかりちゃんが立花さんに声をかける理由なんて……


(あれ……、もしかしてゆかりちゃん……勘違いしてる?)


 だとすると、これはヤバイ。

 あの二人を一緒にしちゃ駄目だ。


 私のゆかりちゃんへの気持ちが、立花なんかにバレてしまう!


 これまでクラスで築いて来た私のイメージが崩れてしまうわ!


 私は一緒に歩いていたクラスメイトのみーちゃんに、

「あ、ごめん。私、教室に忘れ物してきたわ」

 と言って踵を返すと、ゆかりちゃんが歩いて行った方向に走り出した。



 ●斉藤ゆかり(15)の場合


「え……」

 と私は声を詰まらせた。


(あのチョコは立花さんから貰ったものじゃないとすると……)


 私が音楽室から見た時は、内海さんと立花さんしか見なかった。


(……って事は、内海さん⁉)


 私はあまりの意外さに驚いて声も出なかった。


 まさか、内海さんがそんな事をするなんて……


「あ、そうなんだ。ごねんね。私の勘違いだったみたい」

 と私は立花さんに謝ったが、立花さんは何とも言い難い表情をして私を見返している。


「ど、どうしたの? 立花さん」

 と私が訊くと、立花さんは顔を真っ赤にしたまま、


「わ、私、間違って山田君の席にチョコレートを入れちゃって……、本当はお姉ちゃんのチョコだから、それを回収したくて教室に残ってたの」

 と言うではないか。


「え、あ、そうなんだ。じゃあ、体調が悪い訳じゃないって事?」

 と私はしどろもどろになりながらそう訊くと、立花さんは無言で頷いた。



 ◆山田弘(15)の場合


 僕は机の中のチョコレートを、誰にも見つからない様にとカバンの奥底に隠しておいた。

 でも、ちょっとカバンからはみ出るくらいの大きさだったから、ノートを逆さに被せて隠しておいた。


(これで良し……)


 僕はだれもいなくなった教室をもう一度見回して、教室を出ると鍵を閉めた。


 そして音楽室の方へと歩き出すと、なんと廊下の向こうから内海さんが走って来るではないか!


(わっ! 何で⁉ もしかして僕に会いに戻って来たの⁉)


 もの凄い勢いで走って来る内海さんは、きっと僕の胸に飛び込んでくるつもりに違いない。


 僕は全力で彼女の愛を受け止めようと、両腕を開いて片足を後ろに引き、彼女を抱き止める為のベストな体勢になる。


 そして、僕が内海さんの名前を呼ぼうとした時、


「山田は邪魔だ! どけぇ!」

 と言って内海さんは僕を突き飛ばす様にして通り過ぎていくと、そのまま突き当りの階段を降りて行ってしまったのだった……



 ●立花洋子(15)の場合


(言っちゃった……けど、何だかスッキリした!)


 私は何だか清々しい気持ちになっていた。


「あ、じゃあ、……教室に戻る?」

 と斉藤さんが言ってくれたおかげで、私は堂々と頷いて教室に戻る口実が出来たのだ。


 そして二人で教室に戻ろうとした時、ドタドタと階段を降りてきた内海さんと鉢合わせる事になった。



 ●内海さゆり(15)の場合


(見つけた!)


 私が階段を降りきると、保健室に向かう廊下の途中でゆかりちゃんと立花さんが二人で歩いて来るのが見えた。


 私は二人の前でピタリと止まると、ハァハァと肩で息をしながら、立花さんをギロリとに恨みつける。


「ひっ!」

 と身じろぐ立花さんをかばう様に、ゆかりちゃんが割って入った。


「内海さん、どうしてこんな所にいるの?」

 と訊かれ、私は息を荒げながら頭をフル回転させる。


(何を言えばいい? こういう時、どうすればいい?)


 そこで私は、無意識にこう言っていた。


「……いや、何でもないよ」


 ゆかりちゃんは一瞬ポカンとしてたけど、それから突然、お腹をかかえて笑い出した。


(え……、これってどういう反応?)


 私は額の汗を拭きながら、ゆかりちゃんを見る事しかできなかった。



 ●斉藤ゆかり(15)の場合


 私は急に可笑しくなって、堪え切れずにお腹をかかえて笑った。


 何が可笑しいって、ようやく全ての謎が解けたからだ。


 何の事は無い。


 私にチョコをくれたのは内海さん。


 それを立花さんが教室に入って来たから掃除道具入れに隠れてしまい、当の立花さんはお姉さんから預かっているチョコを隣の山田君の机に入れてしまった。


 そして……


「内海さん! どうしたの?」

 と後からやって来た山田君が、息を切らせながら私たちの前に現れた。


(そう、山田君は、机の中のチョコを内海さんから貰ったものだと勘違いしてしまったのよね)


「まったく……」

 と私はようやく笑いが収まると、みんなの前でこう言った。


「みんな、奥手すぎるにもほどがあるでしょ!」


 私が大きな声でそう言ったもんだから、みんながポカンとした顔で私を見ている。


 私にとってはどうでもいい話。


 だけど、バレンタインデーが、こんなコメディを見せてくれる日だったなんて私は初めて知った。


 みんな奥手で、恥ずかしがり屋。


 だけどそれでいいじゃない。


 だって私たちは、中学生なんだから。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 こうしてシャイボーイとシャイガールズのバレンタインデーは過ぎていくのだった……

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