聖剣殺しの髑髏騎士〜蘇った元・鍛冶職人は呪われし贋作を葬り去る〜

大海暑 純

第1話 プロローグ①〜悪夢〜

 今でも時々、あの日の夢を見る。

 夢のような悪夢、だけどこれは紛れもない正夢。



・ ・ ・


「母さん、いよいよ父さんが帰ってくるね!」


「……ええ」


 ここから一番高い山の上から見える一番遠い山を越えた更に先にある町まで「でかせぎ」に行った父さんが五年ぶりに帰ってくる。


 父さんとの思い出は正直言って少ないけど、顎髭だけ長く伸ばしたムキムキマッチョだと言う事は覚えている。

 それとシチューが大好物、いつもはとっくに寝てる時間だけど今日は家族みんなでシチューを作ったんだ。


「ソリンはまだ赤ん坊だったよな、怖がらなくていいぞ、父さんはデカいけどすっげぇ優しいから」


「……」


 ソリンは母の袖を掴んでそっぽを向いている。

 相変わらず無表情で何を考えているか分からないヤツだ。

 俺の妹じゃなかったらきっと関わる事も無かっただろう。


 だけど、いつもは笑顔を振り撒く母さんも今夜は珍しくソリンと同じ無表情だった。

 

「ねぇ……リンリはお父さんが帰ってきたら何をしたい?」


 母さんは俺を見ずに呟いた。


「そうだな……俺、父さんが仕事をしてるとこを見たい! 鉄を叩いて伸ばして剣を作るんだろ? あんな硬いのがどうやって剣になるのかな〜って!」


「……」


 母さんは変わらず無表情だった。

 というかちょっと怒ってる?

 

「……なんだよ、なんか言ってくれよ」


 普段なら大人も子供も寝る時間なのだが村中の明かりは絶えず燃え続けている。

 村の誰もが父さんの帰りを待ち侘びているのだ。

 


「お、『鬼』が来たぞぉぉぉおおおお!!!!」


 大人の叫びと鐘の音が突如鳴り響く。

 

 鬼? 鬼って?


「リンリ、ソリン、付いてきて」


 鐘の音が五回鳴ると、母さんは直ぐに立ち上がり俺たちの手首を掴んだ。


「ねぇ母さん、おにって何?」


「いいから早く!」


 手を引かれて家を出ると武器を掲げた大人達が村の正面出口に集まっていた。


「煤汚れた刀に赤い瞳……ヤロウ、やっぱり憑かれてやがった」


「やはり黒刀の鬼とはヤツの事だったか」


「恐れるな! 俺たちは誇り高きガラグの戦士! ガルザやガリゴの無念は俺たちが晴らすぞ!」


「おう!!」


 鬼? こくとー? 一体何の事だろう。


「ねぇ母さん、こんな夜中に何処へ行くの? ねぇ引っ張らないでよ」


 突然母さんは俺の手を引っ張り上げて、村の外れの山道へ走り出した。

 もう片方の手には妹のソリンも同じように引っ張られていた。


「はぁっ……はぁっ……」


「そんなに走っていいの!? お腹の中には赤ちゃんがいるんだろ!?」


「……リンリ、ソリン、これは鬼ごっこなのよ」


「鬼ごっこって……今から? この山の中で? 太陽がいない時には山に入っちゃいけないって母さんいつも言ってるじゃないか」


「大丈夫、この太陽神の首飾りを付けていれば神様が空から見守ってくれるわ、ほらソリン、貴方にも」


「でも、これを付けたら母さんの分は」


「オ、オオォォォ……ッ!! ママママママママルシエエエエガガガガガガエエエエエエッッッダダダダダダダゾォオォォオアアアアア!!!!!!!」


 !?


「鬼が来たわ! さぁ早く逃げるわよ! 捕まったら明日のご飯は食べられないからね!!!」


「えぇ!? そんな!?」


・ ・ ・


 山に入ってどれくらい経っただろう。

 遠くで聞こえる足音と逆の方向に走る。

 そんな事を何度も何度も繰り返し、遂にここまでやって来た。


「オ、オオオオオッ!!!!」

 

 やばい、追い詰められた。あと三歩下がれば崖から真っ逆様だ。


「くっ……はぁっ……はぁっ……」


「!? 母さんその切り傷は!?」


「あはは……ちょっと引っ掛かっちゃった……でも大丈夫、捕まってないからセーフ……」


 何がセーフだよ! 

 早く塞がないと赤ちゃんが溢れるだろ!


「……リンリ、ソリンを抱えて。おんぶじゃ無くて向き合うように……ソリンはなるべく頭を屈めて……」


「……」


「何でそんな事……! おいちょっと待てよソリン! 勝手によじ登ってくんなよ!」


「そう、いい子ね……」


「オオオオオオオオッ!!!!!!」


 背後から伸びる影がどんどん大きくなる。

 一体この鬼は誰なんだ、聞いた事があるような無いような、顔を見ようとするが月の光だけでは暗くて判断できなかった。

 ただ赤く濁った二つの光が俺の目に飛び込んだ。


「もういいよ母さん! 早く捕まろう! それで医者さんの所へ行こうよ!」


「リンリ……ソリン……貴方達だけは絶対に捕まえさせないわ」


「オオオオオオオオオオオオオマルシエエエエエエエエエエ!!!!」


「……だけどごめんね、母さんバカだから、これで精一杯」


「……えっ?」


 突然フワリと身体が浮いた。

 目の前には母さんが手を突き出しながらこちらを向いている。

 その背後には大きな鬼の影が母さんに迫る。


 ああ、母さんが捕まる。

 よく分からないけど……よかった、これでお医者さんの所へ行けるね。


「さよなら、リンリ、ソリン」


 鬼は両手を上げて母さんの身体を包み込んで……そのまま首をように見えた。


「え?」


 その瞬間、俺の視界は強制的に上へ向いた。


 え? え? どう言う事? 母さん? 


 崖が見える、月が見える、星が見える。

 だけど全部、手を伸ばしても届かない。


「オオオオオオオオオ!!!」


 視界の端から何かが伸びる。

 大きくてゴツゴツとして爪が長い、赤黒く塗れた……鬼の手だ!


「………ッ!!!」


 俺はギュッと目を瞑り、左手でソリンの背中を支え、右手で胸元の首飾りを握る。

 上下左右の分からない、暗い闇の中に俺の意識はゆっくりと飲み込まれていった。



・ ・ ・


「ドゥッ♩〜ダッ♩ドゥッンドゥン♩〜ドゥッ♩〜ダッ♩ドゥッンドゥン♩〜」


 母さんから聞いた事がある。

 赤ん坊の頃の俺は寝つきが悪くて、ちょっとした物音ですぐに起きてしまったらしい。

 その物音よりも大きな声で泣き叫ぶ俺を鎮めるために母さんと父さんが子守唄を歌ってくれたんだ。


「ごきげんエリーゼ〜↑♩〜!ごきげんエリーゼぇ↓〜♩! 今日もニコニコ振りまいて〜元気を届けるぞ〜」


 そうそう、『ごきげんエリーゼ』。

 あの村の人間はみんなコレを聞いて寝かしつけられていたらしい。


「おはよう小鳥さ〜ん♩おはようママパパ〜♩おはようン〜ンン〜ン、ン〜ンン〜♩はっぽうび〜じん〜♩」


 久しぶりに聞いた歌と共に香辛料と牛乳の混じった匂いが鼻をくすぐる。

 それはまるで俺たちが作ったシチューの香り……。


「母さん!?」


 俺は瞬時に意識を覚醒させて目を開ける。

 頭上には満天の星空……ではなく、茶色い木の壁に薄っぺらい風車が取り付けられてゆっくりと回転していた。


「……」


 ふと隣を見るとそこには身体中に白い布を貼り付けられた妹が目を閉じて寝息を立てていた。

 俺も頭に何かが巻かれている感覚があったので触ろうとするが胸から下が石のように固まって動けない。


「何だよ……これ」


 知らない匂いが充満している。

 ここはいつもの家じゃない、母さんは、父さんは、村のみんなは?


「起きたね」


「ッ!!」


 誰かが頭に手を置いている。

 恐る恐る妹が寝ている方の反対を見やると、そこには知らない女の人が椅子に腰掛けていた。


「おはよ!」


「……誰?」

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