郷愁のまち(2026年「新春しもつけ文芸」落選作品)

三生七生(みみななみ)

懐かしさの行き先

8月下旬。気付いたら俺は、那須塩原に来ていた。

なぜかはわからない。久しぶりに連休が取れたので旅行にでも行こうと思ったときに思いついたのが那須塩原だった。那須塩原には幼い頃に両親に連れられ、一度だけ来たことがある。記憶があまり定かではないが温泉に入ったような気がする。その程度の記憶しかないし、幼少期に行った旅行先は他にもある。そして俺は生まれも育ちも東京だ。それなのに、俺はこの那須塩原という場所が懐かしくて仕方ない。ありもしない郷愁をどうしても感じてしまうのだ。

予約したホテルにチェックインし、部屋に荷物を置く。俺が予約したこのホテルは箒川を横目にした塩原街道沿いにある。見た目は少し古めかしく、天井の隅などをよくよく見てみると煤けているところもあるが、廊下やロビーの床などには絨毯が敷き詰められており、上品という印象も受ける。

今回の旅は、泊まるホテルと一泊二日であるということ以外何も決めていない。東京から電車を乗り継ぎ、駅前でレンタカーを借りてここまで来た。だが、せっかくなので歩いてこのあたりを散策してみよう。


ホテルのフロントに自室のカギを預け、外に出る。このあたりは8月でも気温が三十度を越えないのでとても過ごしやすい。最近の東京は暑すぎる。本来の夏とはこのように心地よかったはずだ。

地図によると、ホテルから向かって右に行くと福島に近くなり、建物がどんどん減っていく。左は俺が来た方角で、比較的ホテルや店などが多く立ち並んでいる。せっかくならたくさん建物が多いほうを見てみるか。俺は左のほうに歩き出した。


ミーンミーンとセミが鳴いているが、不思議と不快ではない。古き良き日本の夏という感じがする。俺は昔は夏が大好きだったのに最近は猛暑のせいでそうも言ってられなくなってきた。俺の夏好きを思い起こしてくれてありがとう、という気持ちが芽生えてきた。

何の気なしに歩いていると、左手にボロボロのホテルが見えた。いわゆる廃墟というやつだ。立ち入り禁止のロープが張られていて中までは入れないため、歩道から中を窺ってみる。玄関のガラスが曇っていてよく見えないが、椅子や観葉植物などがそのまま置いてあるのがわかる。中はきっと当時のままなのだろう。ここもオープン当時はきっと盛況でさぞ煌びやかだったことだろう。それを思うとわびしさのような、存在しない懐かしさが俺を包む。

ここは郷愁のまちだ。そう思った。


その後も散歩を続けていると、先ほどの廃墟ホテルのような建物が意外と多いことに気付く。諸行無常だが、それがまたこの那須塩原という場所に味を持たせていると感じた。

更に歩を進めると、箒川がよく見える遊歩道に着いた。時刻は16時過ぎ。まだ夕暮れではないが、箒川がサワサワとした音で流れていたため、夕暮れのようなもの悲しさを演出していた。岩場もあり、釣り客もちらほらいるようだ。

東京で生まれ育った俺は、ありきたりだが都会の喧騒に疲れてしまったようだ。そんな俺がここに来たのは必然だったのかもしれない。今回はたまたま休みがとれたので夏に来たが、他の季節に来てみるのもいいかもしれない。ホテルのロビーに置いてあった観光雑誌に、那須岳と桜が同時に見渡せる場所があると書いてあったな。


また来よう。次は春に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

郷愁のまち(2026年「新春しもつけ文芸」落選作品) 三生七生(みみななみ) @miminanami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画