バレンタインの奇跡

@pon_pon_opon

第1話


ビューっと 強い風が吹き、はっと気がつくと、私は何処かの建物の柵に掴まって立っていた。


足元には深いビルの谷間が…


落ちる!強い風に吹かれて落ちそうになったが、必死に柵にしがみつき体制を整え、慎重に柵を乗り越えて中に入った。


「ベランダ?私…なんでこんな所に?」


思い出そうとしてみたが、何も思い出せない。

ガラス戸を開け部屋の中に入り、中を見渡してみる。

テレビ、テーブルに二人がけの大きなソファ。

リビングのようだけど…ここは自分の家なのか、何があってどうして私はベランダの柵の向こう側に立って居たのか。

そして、自分が何者なのか…。いくら考えてもただの一つもわからなかった。


チクリと胸の奥の方が痛む。

じっとしていても仕方がない、部屋の中を見て回ろうと歩きだすとするが動き出せない。

『怖い』そう感じた。

何もわからない恐怖と言うより、何かを――知らなければいけない恐怖のような…。


ふと棚の上ある写真に目が止まる。

手に取って見てみると、これは…私?隣には同じ様な年頃の男性が写っている。

二人とも幸せそうに手を繋いで笑っているのに、見ていると何故だか胸が苦しくなってくる。

この隣の男性は誰なんだろう?恋人?それとも夫?


写真を戻して、キッチンの方に目をやると異臭がしてきた。

死、恐怖、憎悪、悲しみ、この世の不幸の全てを鍋に入れて煮詰めたような。

鼻の奥にまで纏わり着く嫌な匂いだ。

なんだろう、この匂い…胸騒ぎがする。

見てはいけない、でも見なければいけない。

そんな気がする。

重い足をやっとの事で動かして、一歩踏み出そうとした時。


「おこまりかな?」


「!!」


不意に声をかけられて驚き、声にならない声を上げてしまう。振り返ってみると、いつから居たのかそこには影が立っていた。


「えっ!?誰なの?」


警戒する私に、影はゆっくりと近付いてくる。


「どうしたね、わたしに話してみなさい。」


その影は背が異常に高く、黒いフード付きのマントを目深にかぶっていて口元以外はあまりよく見えない。

不気味ではあるけど、不思議と恐ろしくはなかった。

どこか懐かしいような…。そんな感覚さえあった。


この影は何か知っているのかもしれない。

何か記憶の糸口を出してくれるかもしれない。

不思議とそんな風に思えて、話してみることにした。


「思い出せないの…何をしてたのか、どうしてベランダから落ちそうになっていたのか。

ここがどこなのか、自分が誰なのかもわからない。

あなたは何者なの?あなたは私の事を知っているの?」


影は私をじいっと見て、

「あぁ、よく知っているとも。」と言った。


「私は誰なの?それにあなたは何者なの?何も…何もわからない、何も思い出せないのよ。どうして何も思い出せないの!?」


「まぁ落ち着きなさい。」


影は焦る私を見て闇よりも更に真っ暗な口をニヤリとあけた。

そして、落ち着かせるようにゆっくりと穏やかに話し出した。


「わたしはお前の3つめの願いを叶えに来たんだ。」


「3つめの願い??」


「そう3つめ、最後の願いだ」


3つ目…最後の願い?どういう事なんだろう。

まったく訳がわからない。


「願いって…どんな願い?私はもう2つあなたに何かを願って叶えて貰ってるって事?」


「ああ、そうだよ。覚えていないのも無理はないがね」


私はこの影にどんな願い事をしたんだろう。

記憶を辿ろうとするも、やっぱり何も思い出せない。

「一体何がどうなってるのよ…」

何も思い出せない事にイライラする。


黙って俯く私をみて、影は真っ黒な手にポゥっと小さな光を出して見せた。

「バレンタインの奇跡さ、私がお前のどんな願いでも叶えてやろう。さぁ、そろそろ0時になってしまう。バレンタインが終わってしまうと 願いを叶えてやれなくなる。3つめの願いを言いなさい」


「何よそれ、バカみたい……。」


突然奇跡だの最後の願いだの、そんな事を言われたって信じられるわけ…。

でも………でも、もしも本当なら?


いや、本当に信じて良いんだろうか、こんな怪しい影なんて。

でも、何の記憶も手がかりも無いし。わたしを知っていると言うこの影を信じるより他は今はなさそう…。


「何でも叶うのね?」


「ああ、何でもだ」


どうせこのままなら記憶は戻らないだろうと、私はダメで元々と影に最後の願いをかけることにした。


「それじゃあ…私の記憶を、全ての記憶を戻して」


「それがお前の3つめの願いかね?本当に全ての記憶を戻していいんだね?」


「ええ、お願い!!」


「はっはっはっはっ。全く、おもしろい人間だなお前は。よぅし良いだろう、全ての記憶をお前に戻してやろう」


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