3

 結局根負けした私は、セリネリーヴェに急き立てられるようにして裏庭に出た。

 彼女の手が導く先には、息吹いたばかりのトメロの小さな双葉があった。



 私が光を失ったのは、八年前。それは、今のセリネリーヴェと変わらぬ年の頃だった。

 朝と夜との境目すらないこの暗がりにも、もはや慣れ親しんで久しい。


 このまま、ひとりここで朽ちていく。

 そう思っていたのに──


《トメロの み おいしい?》


「食べたことがないのか?」


《ない》


「そうだな……少し酸味はあるが、美味いと思うぞ」


 その言葉は、半分嘘だ。



 光を失う前、まだ城に暮らしていた頃の私は、食卓にトメロを使った料理が並んだ日は震えを悟られぬように振る舞うことが精一杯だった。


 トメロの独特の赤みは色の、そして酸味は味の違和感を消してしまう。


「残さずお上がりなさい」


 母がそう私に微笑みかける日、その皿には、たいてい何かが混ぜられていた。



 そうして──結果としてこの目である。


 世俗を離れて八年。

 様々なものを手放し、忘れてきたというのに、本当に忘れたいことからは、こうして今なお逃れられずにいる。皮肉なことだ。


 そんな私の情け無い心のうちなど知る由もなく、傍らでセリネリーヴェは「ふふ……」と吐息だけで笑った。

 そして、私の手に被せるように、その手がトメロの双葉を優しく撫でた。


《みがなったら はんぶんこ しよ》


「半分こ?」


《いっしょに かじる》


「生で……食える……のか?」


《じゃあ おりょうり しよ》

《いっしょに》


 再び「ふふ……」と、まるで空気を解くように吐息で笑うと


《みず やる》

《じょうろ とってくる》


 パッと立ち上がって駆け出した。

 まったく忙しない娘である。


 少し離れた井戸で水を汲む音を聞きながら、私は、まだぼんやりと温かい自らの左手をグッと握った。

 彼女がいつも、声を書きつける左手を。


 

 セリネリーヴェは知る由もない。


《いっしょに》


 彼女にとっては何気ないその小さな約束に、私のこの役に立たぬ目が、何を見たのかを。

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