第2話 勇者が来ないので会議を始めます
これは、魔王城で起きなかった出来事の記録である。
勇者が来る予定の日の話だ。
もっと正確に言えば、
「来る予定だったが、来なかった」日の話である。
予定というものは、だいたい予定通りには進まない。
特に、勇者に関する予定は、ほぼ進まない。
魔王城では今日も、特別な結論は出ていない。
その事実だけが、安定していた。
「では、前回の会議の続きを始めます」
魔王がそう告げた瞬間、
幹部の一人が、ためらいがちに手を挙げた。
「前回の会議では、何か決まりましたでしょうか」
「何も決まっていない」
魔王は即答した。
そこに迷いはなく、誇張もなかった。
「では、その続きを?」
「そうだ」
理屈としては、正しい。
だが、その理屈が正しいこと自体が、すでに問題だった。
誰も疑問を口にしなかった。
決まらなかったことを引き継ぐのが、
いつの間にか慣例になっていたからだ。
記録係は、前回と同じページを開いた。
ページをめくる必要がなかったことに、
少しだけ不安を覚えながら。
魔王城の午後は、今日も静かだった。
警報は鳴っていない。
壁も天井も無事で、城門も閉じたままだ。
――静かすぎる。
「定刻を三十分過ぎましたが、勇者の来訪はありません」
幹部が淡々と報告する。
報告の声色に、驚きは含まれていなかった。
「……遅刻、ですか?」
思わずそう口にすると、
幹部はこちらを見た。
「勇者は遅刻しません。概念ですから」
「概念にしては、だいぶ人件費かかってますよね」
「概念にも維持費は必要です」
なぜか即答だった。
「概念が遅刻する世界は、少し見てみたいな」
魔王が穏やかに言った。
冗談なのか本気なのか、
誰にも判断がつかなかった。
議長席に座る魔王は、いつも通り落ち着いている。
敗北した翌日だというのに、その様子に変わりはない。
むしろ、少し肩の力が抜けたようにも見えた。
「では」
魔王が軽く手を叩く。
「勇者が来ないので、会議を始めよう」
誰も異議はなかった。
勇者が来ないこと自体が、
もはや前提条件になっていた。
「議題一。勇者が来ない理由について」
幹部は手元の資料をめくる。
その動作は手慣れており、準備万端だった。
「想定理由その一。勇者が道に迷っている可能性」
「世界救済ルート、分かりづらいんでしょうか」
「最新版ですが」
「迷う勇者も人間味があって良い」
魔王はなぜか、少しだけ嬉しそうだった。
評価基準がどこにあるのかは、誰にも分からない。
「想定理由その二。装備更新に時間がかかっている可能性」
「昨日も更新してませんでした?」
「見た目が重要です」
「見た目は大事だ。私も昔はマントに悩んだ」
「燃える素材は評判が悪くてな」
なぜか懐かしそうに語り出す魔王を、
幹部は慣れた様子で無視した。
「想定理由その三。世界情勢の遅延」
「そんな理由あります?」
「あります。世界はよく遅れます」
資料には、確かにそう書いてあった。
誰が書いたのかは、不明だった。
「では次に」
幹部は資料を切り替える。
「議題二。勇者が来なかった場合の対応について」
「来ない前提で進めるんですね」
「可能性は考慮します」
「警備は通常運用に戻します」
「来ない方が安全なんですね」
「勇者は基本、建物を壊しますから」
それは確かだった。
過去の記録が、雄弁に物語っている。
「非常食は通常メニューに戻します」
「それ、誰が喜ぶんですか」
「私」
「昨日から楽しみにしていた」
魔王は少しだけ胸を張った。
敗北してなお、食事の質には妥協しないらしい。
議事は順調に進んでいる。
進みすぎて、少し怖いくらいに。
「……では」
「紙、足りますよね?」
自分の番が来た。
勇者召喚ログの確認である。
「確認しました」
「失敗ですか?」
「いえ、三回とも成功しています」
「優秀だな」
「……そこじゃないです」
会議室が、ほんの少しだけ静かになる。
自分は、淡々と報告書を読み上げた。
「勇者召喚は正常に行われました。
……ただ、該当する役職が見当たりませんでした」
沈黙。
「なるほど」
最初に口を開いたのは魔王だった。
その声には、動揺が一切なかった。
「議事録にはどう書きます?」
幹部が尋ねる。
「“問題なし”で」
「いつものことです」
誰も反論しなかった。
「では次回は」
魔王は椅子から立ち上がり、いつもの調子で言った。
「勇者がいない前提で進めよう」
「……それ、いつからですか?」
「今日からだ」
その言葉を聞きながら、
床を拭く予定表を思い出す。
――勇者が来なくても、
会議と雑務だけは、予定通りらしい。
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魔王城 会議録 ~勇者が来ないので会議を始めます~ 叶詩 @yume-no-kanata
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