93歳の元美人教師、神様に三時間の説教の末に異世界へ。〜最強チートは50年熟成の糠床でした〜

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93歳の元美人教師、神様に三時間の説教の末に異世界へ。〜最強チートは50年熟成の糠床でした〜


第1章:天国での邂逅と、噛み合わない対話

 松坂梅、九十三歳。元教師。  彼女の人生は、慎ましくも美しいものだった。戦後の混乱期に教壇に立ち、何千人もの教え子を送り出し、夫に先立たれてからは趣味の盆栽と糠床を愛でて静かに暮らした。そしてある冬の朝、日だまりの中でまどろむように、彼女は天寿を全うした。


 次に目を開けたとき、梅さんは真っ白な空間にいた。 「おや……。ここは、天国かしら? ずいぶんと殺風景なところねぇ。掃除が行き届いていないのかしら」 「掃除とか言わないでください。ここは世界と世界の間です」  目の前にいたのは、金髪で今風の格好をした若い男だった。彼は自らを「神」だと名乗った。


「松坂梅さん。あなたの徳は、我々のシステムでも計測不能なほど積み上がっています。そこで、あなたには異世界へ転生し、特別な力を持って二度目の人生を楽しんでいただきたい」 「いせかい? てんせい? まあ、今の若い方は難しい言葉をお使いになるのね」


 神様は一時間かけて「異世界」について説明した。魔法があり、魔物がおり、剣で戦う世界。  梅さんはふむふむと頷き、「つまり、手品が上手な方がたくさんいらっしゃる、賑やかなところなんですね。では、やはり天国ですわね」と返した。


 神様は額を押さえた。 「違います。ええい、次は『チート能力』の説明です。これはズルと言ってもいいほど、他人より強い力のことです。例えば、指先一つで山を壊したり、死者を生き返らせたり……」 「ズルはいけませんよ、神様」  梅さんの声は、かつて教え子を叱った時のような、優しくも峻厳な響きを帯びていた。 「楽をして得たものは、身につきません。努力して、汗をかいて、ようやく手にするからこそ、人生は尊いのです。神様ともあろうお方が、そんな教育に悪いことを仰るなんて」


 そこから三時間。  神様は、九十三歳の元教師による「正義と努力のあり方」についての説教を受ける羽目になった。


第2章:ジョブとスキルの迷宮

「……わかりました、もういいです! 説教は十分です!」  神様は半べそをかきながら、空中に光り輝くパネルを出現させた。 「とにかく、ジョブを選んでください! 職業のことです。勇者、賢者、聖女……好きなものになれます!」


「あら。お仕事が選べるなんて、今の世の中は本当に素晴らしいですねぇ。私の若い頃は、女性ができる仕事なんて限られていました。教員採用試験を受けるのだって、親を説得するのが一苦労で……。そうそう、お隣の正一君なんてね、家の農家を継ぐのが嫌で、夜逃げ同然で街に出たんですよ。あれは確か、昭和三十年頃だったかしら……」


「松坂さん! 正一君の話はいいです! ジョブを選んで!」 「せっかちですねぇ。では、私はやはり教師がいいかしら。子供たちに礼儀を教えるのは、どの世界でも大切でしょう?」 「異世界に『教師』なんて職業の枠はないんだよ! 強制的に『聖女』にしておきますからね!」


 神様はさらに「スキル」の説明に入った。  二時間が経過した頃、梅さんは首を傾げて言った。 「……それで、すきる、というのは何かしら? お裁縫の得意不得意みたいなもの?」  ドサリ、と神様が椅子から転げ落ちる音が響いた。


「もう限界だ……。このままだと私の精神が崩壊する……。松坂さん、もういいです。おすすめのセットを私の方で組んでおきますから、とりあえず行ってください! あとはあっちで楽しんで!」


第3章:糠床への執念と、強行突破

 神様がやけくそ気味に右手を振ると、空間が裂け、眩い光を放つゲートが現れた。 「さあ、行って! あなたの性格にぴったりの、最高に愉快な人生が待っていますから!」


 梅さんは立ち上がり、ゆっくりとゲートへ歩き出した。しかし、その手前でピタリと足を止める。 「あら、いけない。大事なことを忘れていました」 「今度は何ですか!」 「神様、私の家の冷蔵庫にあった『糠床』……あれ、どうなったかしら。私が嫁いだ時に母から譲り受けて、五十年間、毎日毎日欠かさずかき混ぜてきた宝物なんです。糠漬けといえば、私の若い頃は、どこの家でも自分の味があってね……。夏には胡瓜、秋には茄子。あの酸味こそが、日本人の心なんです」


 神様は、梅さんの瞳に宿る真剣な光を見た。それは、魔法の説明を聞いている時よりも、チートの説明を受けている時よりも、はるかに強く、切実な願いだった。 「……わかった! わかりましたよ! その糠床への執念、しかと受け取った! なんとかしてやるから、早く行ってええええええ!」


 神様の絶叫と同時に、梅さんの背中に突き飛ばすような衝撃が走った。 「おほほ、よろしくお願いしますねぇ、神様……」  のんびりとした声を残し、九十三歳のお婆ちゃんは光の中へと消えていった。


第4章:王宮の揺り籠と、謎の壺

 次に意識が戻ったとき、梅さんはとてつもない違和感に襲われた。  視界が低い。手足が短い。そして何より、言葉が「ほぎゃあ」としか出ない。 (あらあら。私、本当に赤ん坊になってしまったのねぇ。神様、仕事が早いわ)


 彼女が転生したのは、大陸最大の軍事国家・バルフレア王国の第一王女、エルナ王女としてだった。  周囲には、金糸で刺繍された天蓋付きのベッド、跪く侍女たち、そして涙を流して喜ぶ国王夫妻。  だが、その豪華絢爛な部屋の中で、一箇所だけ、おそろしく異質なオーラを放つ場所があった。


 王女の揺り籠の、すぐ真横。  国宝級の宝石が飾られた台座の上に、それはあった。  使い古された、少し欠けた陶器の樽。蓋の隙間から漏れ出すのは、王宮の香水の匂いをすべて掻き消すような、芳醇で酸っぱい、懐かしい香。


(まあ……! あの神様、約束を守ってくれたのね。これぞ五十年の結晶、私の糠床だわ!)


 王宮はパニックに陥った。  王女の誕生と共に、天から降ってきた謎の壺。  宮廷魔術師たちが総出で鑑定した結果、驚愕の事実が判明する。 「陛下……信じられません。この壺から放たれる魔力は、伝説の聖遺物を遥かに凌駕しています。この中に満たされた『茶色の土』のような物質……これは、あらゆる毒を浄化し、万病を癒やす聖なる霊薬です!」


 宮廷魔術師たちはそれを「聖なる黄金泥」と呼び、崇めた。  赤ん坊の梅さん(エルナ)は、それを見て「ただの糠なのにねぇ」と心の中で笑うのだった。


第5章:お婆ちゃん王女の、美味しい異世界改革

 エルナ王女が三歳になった頃、彼女の「チート」が牙を剥いた。  彼女は王宮のキッチンに忍び込み、侍女たちが止めるのも聞かず、庭に生えていた最高級の「魔力胡瓜」を、例の壺に放り込んだ。 「お姫様! その壺は神聖な儀式に使うもので……!」


 翌日、彼女が取り出した胡瓜は、黄金色に輝く「古漬け」へと進化していた。  試しに一口食べた料理長は、その場で腰を抜かした。 「な、なんだこれは……! 舌の上で弾けるような旨味、魔力の暴走を抑える完璧な塩加減……! これを食べれば、全騎士の戦力が倍増するぞ!」


 さらに、エルナ王女の真のチート能力「教師の威厳(強制平伏)」が発動する。  反乱を目論んでいた不届きな貴族たちを部屋に集め、彼女は椅子の上に立って言い放った。 「皆さん、悪いことを考えてはいけません。廊下に立たせますよ。……さあ、座りなさい。お茶と糠漬けを用意しました。これを食べて、落ち着いてお話ししましょう」


 九十三歳の精神を持つ幼女に「こら、いけません!」と叱られた貴族たちは、なぜか逆らうことができず、泣きながら糠漬けを食べて改心したという。


 神様がやけくそで授けたチート能力は、実は二つあった。  一つは、五十年の想いが結実した【概念・聖糠床】。  もう一つは、彼女が長年培った【精神・聖域教師】。


 異世界に転生したお婆ちゃんは、今日も王宮の片隅で、優雅に糠床をかき混ぜている。 「あらあら、魔王様。そんなところで角を尖らせていないで、一緒に胡瓜でもいかがかしら? 私の若い頃は、もっとお行儀が良かったものですよ……」


 彼女の世間話が終わる頃には、世界から争い事が一つ消えている。  最強の武器は剣でも魔法でもなく、五十年熟成の糠床と、お婆ちゃんの温かいお節介だったのである。


(完)

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