第3話 祝福の朝
「お姉様!ノア!」
甲高い声が廊下に響いたかと思うと、弟のレオンが駆け込んできた。
後ろから彼の護衛が慌てて追いかけてくる。
五つ歳が下のレオンはまだまだやんちゃざかりだが、夕焼けに照らされた小麦のような金色の髪に真紅の瞳という皇族特有の容姿をしっかり引き継いだセレスティア帝国の皇子だ。
「お誕生日おめでとう レオン」
「お誕生日おめでとうございます レオン様」
私とノアが声を揃えると、レオンは待ってましたとばかりに顔を輝かせた。
「今日はいっぱーい遊んでよ!約束だからね!」
「うん!約束!レオンは何して遊びたい?」
「鬼ごっこでしょー、かくれんぼにー!あとね!ノアに剣術を習うの!」
「そんなにいっぱいできるかなー?」
「レオン様、剣術は皇太子宮でもできますよ」
指を折りながら考えるレオンの姿はとても愛らしく、見てるこちらも釣られて楽しくなってしまう。
話しながら玄関に向かうとレオンはまた子犬のように駆けて行き、「お母様ー!」と叫びながら皇太子妃である母、アメリアに抱き着いた。
私とノアもその後に続き、スカートの裾を少し上げて挨拶する。
「お父様!お母様!おはようございます」
「両陛下にご挨拶申し上げます」
「二人ともおはよう」
「エリー!今日も素敵な髪にドレスだ。さすがは我が娘!」
皇太子である父、フェリックスはそう言うと私を抱きしめる。物心がついた時からの毎朝の日課で、次期皇帝になる人とは思えないほどの親バカぶりだ。
「お父様!ノアが見てます!」
私が慌てて顔を赤らめると、母がくすりと笑い、ノアの前に歩み寄った。
腰を屈めて目線を合わせ、優しく告げる。
「公子、今日は堅苦しい挨拶は結構よ。エリーとレオンのお友達として楽しんでくれると嬉しいわ」
その言葉にノアは右膝をつき、恭しく頭を垂れる。
「皇太子妃様、このような素敵な日にご同行でき光栄です。ありがとうございます」
「まぁ、公子は本当に律儀なのね」
母は目を細めて微笑む。その柔らかい声に、場の空気がふわりと和らいだ。
父が小さく笑いながら「まぁまぁ」と宥める姿は、いつもながら微笑ましい。
父と母は帝国の皇太子と皇太子妃だけど、子どもから見ても可愛らしくて仲睦まじい夫婦だ。
皇族の結婚は政略結婚が多い中、2人は恋愛結婚だと聞いたことがある。何と父の一目惚れで猛アピールの末、婚約したらしい。
子どもとしては少し恥ずかしい話だけど、自慢の両親だ。
そうこうしているうちに出発の時間となり、ノアの父親であるアルヴェイン公爵が私たちを馬車まで案内してくれた。
「皇女様、皇子様。
本日はこのようなおめでたい日に息子を招待してくださりありがとうございます。
本日は私どもも同行致しますので安心してお過ごしください」
公爵の容姿は、ノアと同じミルクティーブロンドの髪色に空色の瞳だけど、その髪は軟毛ではなくストレートで、スラッとしたノアと比べて公爵はがっしりしていて体格が良い。
ノアが水面のように静かな美しさなら、公爵は大地のような頼もしさを感じさせた。
「公爵が外出できるように取り計らってくれたと伺いました。
私もレオンもとても感謝しております。
本日はよろしくお願いします」
私が一礼すると、レオンも隣で「よろしくお願いします!」と元気に頭を下げる。
「皇女様も皇子様も、そんなに簡単に頭を下げないでください!
ですが――このロペス・アルヴェイン、本日は誠心誠意お仕えいたします!!」
胸に拳を当てて豪快に笑う公爵に、皆の笑い声が弾けた。
しばらくして馬車に乗り込むと、胸の奥がそわそわして落ち着かなかった。
レオンも同じ気持ちらしく、小さな靴で床をトントンと鳴らしている。
それも無理はない。
皇太子宮の外へ出るのは、私たちにとって初めてのことだった。
今日の馬車は、お母様の図らいで私とレオン、そしてノアの三人だけ。「子ども同士で楽しんでいらっしゃい」と微笑んで送り出してくださった。
外を眺めていたレオンが、ふと思いついたようにノアへ顔を向ける。
「ねぇノア、ノアはよく馬車に乗るの?」
「そうですね。皇太子宮へ伺うときはいつもですから、ほとんど毎日ですね。
でも、遠くへ行くのは領地に帰る時くらいでしょうか」
「へぇ~、いいなぁ。馬車って、怖くないの?」
「大丈夫ですよ。怖くありません。
それに、離宮まではすぐですから」
穏やかなノアの声に、胸の不安が少し和らいだ。
――そのとき、窓の外に見慣れない人物が見えた。
上等な布をまとった老年の男性。
だが、皇太子宮には限られた者しか立ち入れないはず。
見知らぬ顔を見かけるのは、極めて珍しい。
(……誰かしら?)
今日はレオンの誕生日。
来客が多いのかもしれない。
けれど、出発の間に挨拶を受けなかったのが、少し気になった。
ふと隣を見ると、ノアも外を見つめたまま低く呟いた。
「……ドゥーカス大公? なぜ皇太子宮に……」
ドゥーカス大公。
祖父である皇帝陛下の妹、サラ様のご夫君。
サラ様は私の教育係で、幼いころからずっと優しく見守ってくださっていた。
けれど、今朝はお姿を見かけていない。
誕生日には必ず贈り物を携えてお祝いに来てくださる方なのに。
美しい刺繍のドレスや宝石を贈ってくださった日のことを思い出す。その優しい笑顔が脳裏に浮かび、胸の奥に小さな不安が灯った。
「サラ様は、ご体調でも崩されたのかしら?」
そう尋ねると、ノアの表情がわずかに曇る。
「そのようなお話は伺っておりませんが……少し、妙ですね。確認してまいります」
ノアが馬車の扉へ手をかけた、その瞬間――
パァン!
ラッパの音が鳴り響く。出発の合図だ。
ノアは一瞬迷ったが、すぐに腰を下ろした。
「急ぎでもありませんし、後ほど確かめましょう」
「そうですね。せっかくのレオンのお誕生日ですもの」
「もう!さっきから二人とも顔が怖いよ!」
「ごめん、ごめん」
笑い合う声とともに、馬車がゆっくりと動き出した。
――今日は、きっと楽しくなる。
そう信じて疑わなかった。
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