私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
Marumi
第1話 プロローグ
「あら、アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
華やかなパーティー会場で、ひときわ視線を集めているのは、間違いなく本日の主役となる二人だ。
シャンデリアの光を受けて淡く輝くミルクティーブロンドの髪に、透き通るような淡い水色の瞳。
帝国一の美男子と評されながらも、その聡明さを認められ、最年少で公爵位を襲爵したノアリウス・アルヴェイン。
そして――
実質的に帝国の実権を握る大公爵家の公女。暁色の髪に人形のように整った顔立ちと、卓越した社交術で社交界の華と称されるジェシカ・ドゥーカス。
「絵に描いたような二人」
そんな言葉が、今日ほど相応しい日はないのだろう。
華やかなその姿を目の当たりにして、私はひどく動揺していた。
今すぐこの場を離れたい衝動を抑え、落ち着くように小さく息を吐く。
(……分かっていたこと、でしょう)
決して強がりではないはずの率直な感想とは裏腹に、胸の奥が鋭く痛み、呼吸さえ重く感じられた。
原因は、彼が私の知らないところで婚約を決めたことなのか。
それとも――自分ではない女性の手を取り、微笑んでいることなのか。
おそらく、後者寄りの感情を抱いていることは、鈍い私にでも分かってしまった。
「セラ?」
ふいにかけられたパートナーの声に、私ははっと我に返る。
自分がしばらく放心していたことに、ようやく気付いた。
「大丈夫か?」
いつもは揶揄ったり、憎まれ口を叩いたりする彼からは想像もできないほど、穏やかな声だった。
「うん。
少し酔いが回っただけ。
大丈夫」
そう答えた直後、手にしたグラスにまだ一口もつけていないことに気付く。
けれど彼は、それすら承知した様子で、何も言わずに私をバルコニーへとエスコートした。
「少し休め」
周囲から私の姿が見えない位置に立つ彼は、どこか苛立っているようにも見える。
本来なら、貴賓である彼はパーティーの中心にいるべき存在だ。
私的な感情で彼の役目を妨げていると思うと、自分の不甲斐なさが嫌になる。
「……ごめんなさい」
冷静に言ったつもりだったのに、声はわずかに震えてしまった。
みっともない姿を見せたくなくて俯くと、涙がこぼれ落ちそうになる。
――泣いてはいけない。
そう自分に言い聞かせて顔を上げると、彼は困ったように頭をかいた。
「俺のことは気にするな。
こんなふざけたパーティー、中座したって構わない」
少し乱暴な物言いだが、これが彼なりの優しさだと私は知っている。
「無理するな。
落ち着くまで、ここにいろ」
必死に堪えていたはずなのに、きれいに整えた髪など気にも留めず、頭を撫でられた瞬間、ふっと力が抜けてしまった。
視界がにじみ、限界まで耐えていた涙が、ついに目尻から零れ落ちる。
「……また、何か間違えたか?」
珍しく慌てた彼の様子がおかしくて、私は思わず小さく笑ってしまった。
そのとき、ふと気付く。
最近の私は、望みすぎていたのかもしれない、と。
私にとって、このセレスティア帝国で生きていられること自体、本来は感謝すべき奇跡なのだ。
なぜなら――
私はこの国で行方不明になったとされている皇女、エリシアなのだから。
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