愛する妻が遺したものは、10人の超能力児でした。〜無能力者のパパ、悲しみに暮れる暇がない〜
@antomopapa
10人の超能力児と行く絶叫遊園地パニック!
### 愛する妻が遺したものは、10人の超能力児でした。〜無能力者のパパ、悲しみに暮れる暇がない〜
#### 1. 絶望の朝、あるいは規格外の朝食
愛する妻、マリアが逝ってから一週間。
僕の心は、ぽっかりと空いた巨大な穴に飲み込まれていた。リビングの古びたソファに深く沈み込み、僕は遺影の中の彼女と見つめ合っていた。
「マリア……君なしで、僕はどうやってこの子たちを育てればいいんだ……」
その時だ。僕の鼻先を、リビングに置いてあったはずの来客用スリッパが、まるで意思を持った魚のように高速で横切った。
「あ、ごめんパパ! ちょっと制御ミスった!」
三女のリン(七歳)がテヘ、と愛らしく笑いながら右手を振る。彼女の**念動力(サイコキネシス)**によって、リビングの家具は今、すべて地上三十センチの位置にゆらゆらと浮遊していた。
「……リン、お掃除中なのは助かるけど、パパのコーヒーまで浮かせるのは勘弁してくれ。こぼれたら熱いじゃないか」
「大丈夫だよパパ、重力をいじってるからこぼれないもん」
そんな会話を遮るように、キッチンから凄まじい絶叫が響いた。
「パパ、大変! ソウタがまた燃えてる!」
長女サオリ(十五歳)の悲鳴だ。慌てて駆け込むと、五歳の四男ソウタが鼻をムズムズさせていた。
「は、は……はくちゅんッ!!」
くしゃみをした拍子に、彼の鼻腔から火炎放射器のような熱線がぶち撒けられる。
「熱い熱い! ソウタ、落ち着け! ああっ、マリアが選んだお気に入りのカーテンが!」
「大丈夫だよパパ、僕が消すから」
八歳の三男ハルトが、事も無げに燃え盛るカーテンの火の中へ手を突っ込んだ。**物質透過**の応用で、彼は火の熱エネルギーだけを指先に吸着させ、霧散させていく。
これが、僕の新しい日常だった。
マリアが亡くなったあの日、僕は初めて真実を知った。我が家の十人の子供たちは、全員がこの国の治安を揺るがしかねないレベルの『超能力者』であり、マリアは最強の結界師として、その力を夫である僕からも、世間からも隠し続けていたのだ。
非能力者の、ただのサラリーマンであるパパ。
対するは、歩く大量破壊兵器のような十人の子供たち。
妻を亡くした悲しみに浸り、涙を流す時間は、物理的にも精神的にも、一秒たりとも残されていなかった。
#### 2. 決死の遊園地遠征
「パパ、最近ずっと家で暗い顔してるでしょ? 今日はみんなで遊びに行こうよ!」
提案したのは、十歳になる次女のユナだった。彼女は**精神感応(テレパシー)**の持ち主で、僕が隠そうとしている「孤独感」や「疲労」を、まるでテレビ番組を見るように受信してしまう。
こうして僕たちは、地域最大級の遊園地『スカイ・ドリーム・ランド』へとやってきた。
正直、入園ゲートをくぐった瞬間から、僕は生きた心地がしていなかった。
「いいか、みんな。絶対に、絶対に能力は禁止だ。リク、瞬間移動で列に割り込むな。メイ、花を咲かせるな。カイト、そのおしゃぶりを純金に変えるんじゃないぞ! 重くて首が折れるからな!」
僕は十人を一列に並べ、さながら戦場の軍曹のように厳しく言い聞かせた。
ランチタイムを過ぎた頃、一行は園の目玉である『スカイ・ローテーション・タワー』に到着した。
地上百メートルまで回転しながらゆっくりと上昇し、街を一望できる巨大な展望タワーだ。
「パパ! あの上なら、天国のママに手が届くかな?」
四女のメイ(四歳)が、キラキラとした瞳で僕を見上げた。そんな純粋な言葉を向けられて、断れる父親がこの世にいるだろうか。
展望室内には、僕たち家族を含めて百人以上の観光客がひしめき合っていた。
ゴトゴトと振動を立てて、展望台が上昇していく。
「きれい……」
サオリたちが窓の外を見て声を上げる。僕も一瞬、肩の力が抜け、マリアとの思い出が脳裏をよぎった。
だが、その安らぎは数秒で打ち砕かれた。
「……パパ」
十一歳の次男カイが、僕のシャツの裾を力強く、そして小刻みに震えながら引っ張った。
彼の**未来予知**の目は、今この瞬間、確定した凄惨な未来を映し出していた。
「……くるよ。赤、爆発、そして落下。あと三十秒後に、全部壊れる」
「え?」
僕が聞き返すより先に、ソウタが鼻をムズムズさせた。タワー内の空調に含まれていた微細な埃が、彼の鼻を刺激したのだ。
「は……は……はっくちゅんッ!!」
空気を切り裂くような轟音。
ソウタのくしゃみと共に放たれた超高温の蒼白い火炎が、展望台のメイン制御盤を真っ向から直撃した。さらにその熱波は、タワーを支える中央の主支柱を、飴細工のように融解させていく。
『ギギギギギ……ッ!!』
巨大な金属の塊が、断末魔のような悲鳴を上げる。回転機構が衝撃でロックされ、展望室は四十五度ほど傾いた状態で、地上八十メートルの空中で静止した。
「火事だ!」「爆発したぞ!」「落ちる、死ぬ!」
室内は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。
#### 3. 十人の英雄、一人の父親
「……やるしかないわね。パパ、あれをやるわよ!」
長女サオリが、腰に手を当てて弟妹たちを見渡した。彼女の瞳には、かつてマリアが見せていたような、家族を守る強い決意が宿っていた。
「あ、ああ……! ええい、ままよ! 皆様ご安心ください!! これはスカイ・ドリーム・ランドが総力を挙げた、最新の4D体感演出です!! 傾きも、煙も、この熱気もすべて演出! どうぞそのまま、スリルをお楽しみください!!」
僕は裏返った声で、喉が張り裂けんばかりにメガホンで叫び、必死の言い訳を開始した。
その背後で、人知を超えた救出劇が幕を開けた。
**【第一段階:構造維持と消火】**
サオリが火花を散らす制御盤に飛び込み、むき出しの電線に両手を触れた。
「電磁ハック……基幹システム、強制上書き! ブレーキ、絶対に離さないで!」
彼女自身の体を導体にして、サオリは**雷電操作**でタワーの電子頭脳を直接制御し、さらなる落下を防ぐ。
「ソウタ、火を食べて! 全部よ!」
「……うん、ごめんなさい!」
四男ソウタが、燃え広がる制御盤の火災を、掃除機のように口から吸い込み始めた。彼の特異体質は、熱エネルギーを自身の活力へと変換する。火災は一瞬で鎮火し、代わりにソウタの髪がボウボウと赤く発光し始めた。
**【第二段階:情報の掌握】**
「リク、負傷者の確認! カイ、安全な場所を予知して!」
長男リクが、パチパチと空間を削るような音を立てて**瞬間移動**を開始した。彼は展望室内を点滅するように移動し、倒れた客の意識を確認していく。
「パパ、右奥の床がもうすぐ抜ける! みんなを左に寄せて!」
次男カイの**未来予知**が、犠牲者が出る瞬間のポイントを次々と指摘する。
**【第三段階:精神の安定】**
「皆さん、怖くないですよ。これは全部パパの言った通り、素敵なアトラクションですから」
次女ユナが、展望室にいる百人全員の精神に直接干渉した。彼女の**テレパシー**による精神波が、人々の恐怖心やパニックを強制的に「静寂」へと塗り替えていく。
泣き叫んでいた子供も、腰を抜かしていた大人も、まるで夢遊病者のように穏やかな表情になり、秩序正しく避難準備を始めた。
**【第四段階:脱出ルートの錬成】**
「パパ、お花さんたちに頑張ってもらうね!」
四女のメイが展望室の強化ガラスを突き破り、剥き出しになった外壁に触れた。**植物成長**の力が暴走し、タワーの足元から太い蔓が蛇のようにうねりながら上昇してくる。それは一分もしないうちに巨大な巨木へと成長し、傾いたタワーを地面から支える頑強な「柱」となった。
「ハルト、壁を抜けてロープを持ってきて! ヒカリ、運んで!」
三男ハルトが**物質透過**で壁をすり抜け、地上の備品倉庫から極太の救助用ロープを抱えて戻ってくる。それを三歳の五女ヒカリが掴み、空を舞った。
「パパ、重いよー! でも頑張るよー!」
「あああ! 皆様ご覧ください! あの三歳児は、我が国が誇る最新型の自律飛行救助ドローンです! 表情が豊かなのは、親しみやすさを追求した結果です!」
僕は狂ったようにメガホンで嘘を塗り重ねる。
**【第五段階:空中からの避難】**
ヒカリが運んだロープを、三女リンが**念動力**で空中に固定。地上まで続く「滑り台」が完成した。
「リン、みんなをふわっとさせて!」
ロープを滑り降りる人々を、リンが念力で包み込み、重力を軽減していく。百キロ近い巨漢の男性も、羽毛のような軽さで次々と地上へ着地していく。その光景は、もはや魔法そのものだった。
#### 4. 奇跡のあとに残ったもの
最後の一人が地面に降り立った瞬間、サオリが限界を迎え、制御盤から手を離した。
同時に、メイが育てた巨木が、その役目を終えるようにゆっくりとしおれていく。タワーは大きな音を立てて完全に横倒しになったが、負傷者は一人もいなかった。
「逃げるぞ、お前たち! ヒーローインタビューなんて受けたら、明日から研究所の白い部屋で一生過ごすことになるぞ!」
僕は呆然とする観客や、駆けつけた救急隊の視線を遮るように、子供たちを大きなブルーシート(リクが瞬間移動で持ってきた)に包み、裏門から脱出した。
その日の夜。
自宅のリビングで、僕たちは並んでニュースを見ていた。
『スカイ・ドリーム・ランドでタワー倒壊の重大事故。しかし、現場にいた自称アトラクションスタッフの男性と、ハイテクドローン群の活躍により死傷者はゼロ。専門家は「あの巨木や浮遊現象は科学的に説明がつかない」と困惑しており……』
僕は震える手で、缶ビールを煽った。
「……被害総額、二千万円、か。マリア、僕の貯金じゃ逆立ちしても払えないよ」
僕が頭を抱えていると。
一歳の末っ子・カイトが、ハイハイで僕の膝に登ってきた。
「パパ、これ。あーげる」
彼が差し出したのは、彼が今までしゃぶっていた「おしゃぶり」だった。
それは、彼の**錬金術**によって、眩いばかりの光を放つ、拳ほどの大きさの純金……いや、巨大なダイヤモンドへと変貌していた。
「……カイト、これ、お前のヨダレで出来てるのか?」
「キラキラー!」
カイトが純粋無垢な笑顔で笑う。
翌朝、遊園地の運営会社に、匿名の郵便物が届いた。
中には、鑑定額にして二千五百万円を超える巨大なダイヤモンドと、一筆のメモ。
『ご迷惑をおかけしました。修理代、および被害に遭われた方々のケアに使ってください。――通りすがりの、ただの大家族より』
#### 5. 悲しみに暮れる暇はない
さらに一ヶ月が過ぎた。
僕たちは再び、マリアの遺影の前にいた。
「パパ! カイトがパパの通勤カバンをプラチナに変えちゃった! 重くて持てないよ!」
「待てカイト! それ、中に入ってる書類もプラチナになってないか!? 仕事がクビになる!」
「パパ、おやつがないから瞬間移動で隣の県の有名スイーツ店に行ってきていい?」
「ダメだリク! 許可なく県境を越えるな!」
家中が、マリアが生きていた頃よりもずっと騒がしい。
念力でテレビのリモコンが奪い合いになり、未来予知で「パパ、今日の夕飯のカレーはちょっと辛すぎるよ」と料理を作る前にダメ出しされ、庭にはメイが育てた季節外れの南国のフルーツが、ジャングルのように実っている。
マリア。
君がいなくなって、僕の人生はモノクロになると思っていたんだ。
でも、君が遺してくれたこの十人の「宝物」たちは、悲しみが入り込む隙間もないくらい、僕の毎日をフルカラー……いや、極彩色に塗り替えてしまった。
僕は遺影のマリアに、少しだけ疲れ混じりのウインクをして、騒動の渦中へと飛び込んだ。
「よし、全員集合だ! 今から『超能力を一切使わない、雑巾がけ大会』を始める! 能力を使ったやつは、一週間おやつ抜きだぞ!」
「えええええええーっ!!」
十人の大合唱が、屋根を突き抜けて青空へと響いた。
僕が妻を失った悲しみを完全に癒やすには、まだ、かなりの時間がかかるかもしれない。
けれど、涙を拭く暇もないほどに騒がしく、愛おしいこの日常を、僕は死ぬ気で守り抜くと決めている。
(完)
愛する妻が遺したものは、10人の超能力児でした。〜無能力者のパパ、悲しみに暮れる暇がない〜 @antomopapa
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