バディ
かささぎ峠
第1話 再開
体育館から大きな拍手の音が聞こえる。
誠は校舎裏で、フェンスに背中を預けて座りながらその音を聞いていた。体育館では新しい教師を迎える着任式が行われていたが、誠は関係ないとばかりにスマホを触る。いつものように、そうやって時間が流れるのを待った。
ガヤガヤと辺りがうるさくなり、誠は着任式が終わったと察した。教室に向かう生徒の声が聞こえる。
「新しい先生、めっちゃかっこよくない?」
「イケメンすぎる」
女子たちの浮き立った声が誠のいる校舎裏まで響いていた。甲高い声から逃げるように、誠は目を伏せ、そのまま寝転がった。
誠にとって高校は高卒という枠を得るために通うものだった。ただ卒業するためだけに毎日授業に出席し、テストを受けていた。授業には出るが、まともに受けた覚えはなかった。教室に行くのは授業の時だけで、それ以外のほとんどはこの場所で過ごしていた。薄暗いこの場所は、だれにも気づかれず、誰にも邪魔されない、誠にとってなんとも都合の良い場所だった。教室に行けば、周りは腫れものように誠を扱い、教室の空気が重くなる。そんな空気が煩わしかった。
チャイムが鳴り、誠は重たい身体を起こして教室へ戻る。周りに目を向けず、誠は自分の席に腰を下ろし、スマホを弄り始めた。
そんな誠に周りは何も反応しない。慣れているのか、それとも近寄りたくないのか。誠自身、どちらでもよかった。
ガラリ、と教室のドアが開く音がする。教師が入って来たのだろう。誠は気にも留めなかった。
「どうもー、さっきぶりですね」
その声に、誠は反射的に顔を上げた。見覚えのある笑顔が誠の視界に飛び込む。
「……ゆ、うや」
誠は思わず声を漏らす。目を丸くする誠の姿を教師が見つける。
目と目が合った。
誠は机や椅子の存在を忘れたように乱暴に立ち上がり、勢いよく教室を飛び出した。椅子が倒れ、教室に音が響く。教室の生徒は何事かと、その様子を伺った。
ざわざわと教室が騒がしくなる中、ゆうやと呼ばれた新任教師は、誠が去った後を見ていた。
今年の春、橋本優弥は現代文の教科担任としてこの高校に就任した。
持ち前の明るさと優しさで、優弥はすぐに学校に馴染んでいった。かっこいい、イケメンとはしゃぐ女子生徒からの人気も相まって、優弥は誰からも好かれる教師という立場をものにしていた。優弥の真面目さや明るさは生徒達だけでなく、教師達からの評価も高かった。
その日も、職員室にいた優弥は年配の女性教師に声をかけられた。
「三年二組に堀内誠って子、いるでしょ。新任なのに大変な子に当たったわね」
年配の女性教師は、心配そうにしながらも、どこか他人事のようにそう言った。
「ああ、金髪でピアスの子ですよね。もう、困った子だって聞いてます」
堀内誠は厄介な生徒だという、何度目か分からないこのやり取りに、笑みを浮かべながら優弥はいつものように答えた。
「何かあったらすぐ言いなさいね。原先生呼ぶのよ。ほら、ムキムキだし」
「ちょっと、僕じゃむりですよ」
年配の女性教師の興味は原先生という男性教師に移ったようで、2人が談笑するのを優弥は笑って聞いていた。
あれから2ヶ月、誠はあの日以来、優弥の前にだけ姿を見せなくなった。他の授業には出ているらしく、意図的に避けているのは明らかだった。
この2ヶ月で、優弥が聞いた誠の噂は散々なものだった。
「中学時代、補導歴が何度もある」
「高校に入ってからは少しおとなしくなったようだが、いつ暴れるかわからない」
「他の生徒にガンをつけて、おびえさせている」
「校舎裏でサボっている」
それでも出席は足りている上、テストの点も悪くなく、国語の科目にいたってはいつも上位の成績だという。そんな誠に教師は強く言えず、触れてはいけないもののように見守っているという。
優弥は、誠の評価を聞くたび、苦笑するしかなかった。確かに悪ガキだったのは確かだが、褒めると嫌がりながらも少し嬉しそうにし、「ゆうや」と駆け寄ってくるかわいらしい一面もあったのに、と優弥は思いをはせた。
優弥が通う小学校には、1年生と6年生で組むバディというシステムがあり、それは学校案内や給食当番、掃除当番など、学校のことを6年生が1年生に教えるというものだった。
6年生の優弥のバディになったのは、堀内誠という、大人びているのか子どもなのか分からない、小さな子だった。
体の大きさに見合わず、力は強く、態度はでかい。言葉使いは悪く、すぐ手が出て、喧嘩の絶えない子だった。
6年生という責任感と、やんちゃ盛りの2人の弟がいたこともあり、どんなに誠に突き放されても、優弥は誠のバディを止めず、構い続けた。優弥が優しくすればするほど、誠は優弥のことを嫌がり、無視し、冷たく当たった。
そうして優弥は誠に関わるうちに、誠の乱暴さの裏にある優しさや寂しさに気づいた。嫌がりながらも優弥が迎えに行くと着いてくるし、掃除当番もきちんとする。動物のお世話する時には少し笑っているのが見えた。そんな誠のことが優弥は可愛くて仕方なかった。
優弥はかわいかった誠の姿を思い浮かべ、思わず笑みを浮かべた。そして、「よし」と意気込むと、席を立った。
その頃、フェンスにもたれかかりながら、脳裏に浮かぶ雑念を払うように、誠は
何度もため息を吐いていた。
誠はストレスが溜まっていた。
もう二度と会うつもりのなかった人に会ってしまった衝撃、しかも自分の授業を担当する教師だという事実。そのどれもが、誠にとって受け入れられないものだった。
「優弥先生ってほんとに優しいよね」
「優弥先生に褒められた」
優弥に直接会わずとも、教室にいるだけで、廊下を歩くだけで、優弥の話が聞こえてきた。貴重な現代文の授業の出席を犠牲にしてまで、優弥に会わないようにしているにも関わらず、優弥の存在をどこにいても感じさせられていた。
誠はストレスがピークに達して、ポケットに入っていたたばこに手を伸ばす。面倒になるのを嫌がって、いつもは学校でたばこを吸うことはなかった。ただ今は、面倒なことになるとかそんなことよりも、このストレスをどうにか発散してしまいたかった。
タバコに火を付け、大きく息を吸い込んだ。
何も考えたくない。
誠は地面に寝転び、目を瞑った。すべてを忘れるように、何度も深呼吸をする。そうやって、地面に体重を預けた。
ふと影がかかった気がして、誠が目を開けると、視界いっぱいに優弥の顔が飛び込んできた。
誠は驚き、顔を勢いよくあげた。寝転ぶ誠をのぞき込んでいた優弥の頭と誠の頭が思い切りぶつかる。
「いてて」
誠は痛む額を押さえながら、その場にうずくまったままの優弥から距離を取るように後ずさった。
誠がこの場から立ち去ろうと考えていると、優弥が顔を上げて、誠を見た。そして、その視線は誠の手に移る。何も言わずに優弥は誠との距離を詰め、誠の手からタバコを取り上げた。
「学校で吸うなよ」
優弥は軽くそう言うと、コラっと誠に小突いた。呆然としていた誠だが、はっとしたように立ち上がる。
「お前に関係ないだろ」
誠はそう言ってこの場から離れようとした。そんな誠の腕を優弥は掴み、そして自分に引き寄せた。重力に逆らえず、誠は優弥の胸に収まる。
誠は咄嗟に掴まれた手を払おうとしたが、直前でその動きを止めた。優弥は都合がいいとばかりに誠の頭に手を乗せる。
「ずいぶん身長が伸びたな、あんなに小さかったのに」
優弥はそう言いながら、昔のように頭を撫でた。行き場のなくなった手を宙に浮かせたまま、誠はその場に立ち尽くし、なすすべなく撫でられていた。
その時、チャイムがなる。
優弥はようやく撫でていた手を止め、「じゃあな」と、最後に誠の頭をポンと叩いた。
「お前、俺の授業だけ来てないだろ。来いよ、待ってるから」
優弥はそう言い、手を振って教室に戻っていく。
誠はその場で優弥の背中を見ていた。
バディ かささぎ峠 @to-ge2218
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