沈黙の造花
綴葉紀 琉奈
第1話 ぬい活
それに気づいたのは、駅前のカフェだった。
「ねえ、見て」
向かいに座った友人が、いつものように鞄を持ち上げる。
通学用の大きなトートバッグ。その持ち手に、小さな布製のパペットがぶら下がっていた。
最近よく見るやつだ。
推しのキャラクターを模した、手のひらサイズのぬいぐるみ。
「ああ、また増えたんだ」
そう言うと、友人は嬉しそうに笑った。
「でしょ。最近ずっと一緒なの」
ぬい活。
電車でも、街でも、カフェでも、誰かしらがぬいぐるみを連れている。
だから、それが鞄についていても、特別おかしいとは思わなかった。
色はくすんだ黒に近い紺。
目は刺繍で、小さく、口は縫い目だけ。
表情はほとんどないのに、なぜか視線が合った気がした。
――気のせいだ。
そう思って視線を外す。
「かわいいね」
そう言ったのは、たぶん本音だった。
「でしょ? なんか、落ち着くんだよね」
友人はそう言って、パペットを軽く指で弾いた。
揺れるはずのぬいぐるみは、なぜかすぐに動きを止めた。
変だな、と思った。
でも、布製だし、重りでも入ってるのかもしれない。
その日は、いつも通りに過ごした。
他愛のない話をして、甘い飲み物を飲んで、写真を撮って、別れた。
異変があったとすれば――
帰り際、友人の声が少し小さかったことくらいだ。
「今日、楽しかった?」
そう聞いたとき、返事が一拍遅れた。
「……うん。楽しかったよ」
それだけ。
次に会ったのは、三日後だった。
学校の帰り道。
改札前で待ち合わせをしていた友人は、相変わらず同じ鞄を持っていた。
そして、同じ場所に、同じぬいぐるみ。
でも。
「……それ、前より大きくなってない?」
思わずそう言うと、友人は首を傾げた。
「そう?」
「いや、なんか……気のせいかな」
たしかに、前もこれくらいだった気がする。
なのに、妙に存在感があった。
肩から下げた鞄が、少し重そうに見える。
「最近、眠れてる?」
そう聞くと、友人は曖昧に笑った。
「うん、大丈夫」
大丈夫、と言うわりに、目の下にはうっすら影がある。
声も、前よりさらに小さい。
歩きながら、私はぬいぐるみを見ていた。
ぶら下がったまま、揺れない。
風が吹いても、電車が通っても、ほとんど動かない。
なのに――
友人が話すたび、ぬいぐるみの位置が、ほんの少しだけ変わっている気がした。
顔の向き。
鞄との距離。
視線が、友人に向いている。
「ねえ、それ……」
続けようとした言葉を、私は飲み込んだ。
友人が、パペットをそっと撫でたからだ。
「この子、いい子なんだ」
ぽつりと、そう言った。
まるで、生きているものを紹介するみたいに。
その瞬間、背中に冷たいものが走った。
私は理由も分からないまま、
そのぬいぐるみから、目を離せなくなっていた。
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