さらば、初恋よ。

菖蒲 茉耶

さらば、初恋よ。

 私の好きな人は、いつだって可愛い。


「ジロジロ見てー、何? 私のこと好きなん?」

「そりゃ、まぁ……好きだけど?」

「くはぁー、恥ず! まぁ私もなんだけど」

「……くはぁー、恥ず」

「パクんなよー」


 私の好きな人は、いつだって優しい。


「おーい、何してんだよぉー」

「プリント回収。先生に頼まれてんの」

「放課後じゃん、彼女優先しろー」

「ちょっと待ってて、すぐ終わらすから」

「貸して、一人より二人のが早いでしょ」

「別に早くはないでしょ」

「そんな気がすんのー!」




 私の好きな人は……。


「お待たせ」

「おっ、やっと委員会終わった? そんじゃ一緒帰ろうぜーぃ。……あっ、やっぱちょい待ち」

「なに?」

「友達いたから、バイバイしてくる」


 私の好きな人は……。


「よっ、アンちゃん」

「……こんにちは」

「今日もクールだねー」

「そう、かな」

「まだ帰んないの?」

「もう少ししたら帰るよ」

「そっか。私たちはお先に失礼! また明日ね!」


 私の、好きな人は……。


「よーし、帰ろー」

「仲良かったんだ、あんずさんと」

「うん、めちゃクールだけど話すと結構おもろいの」

「……そか」

「やーん、嫉妬?」

「そういうのじゃないよ」


 私の好きな人は——


 私なんかにも、優しい。

 


 ずっと、好きだった。初めて会った時から、ずっと。

 でも、そんなことを言えるほど勇気はなくて、そんなことを悩んでいるうちに、勇気のある子が言葉にしてしまった。


 あー、女の子同士でもよかったんだ。

 もっと焦って、さっさと告れば良かったなぁ。

 でもきっと、伊瀬いせさんの隣にいるあの子は、私なんかよりよっぽど悩んで言葉にしたんだろうな。

 一方的な恋敵だけど、その人が恨めないくらい優しい人だから、八つ当たりすらできない。


 私は、何もしなかったから、どう思う権利もない。

 

 でも、彼女ができた伊瀬さんは、それでも私みたいなのを友達と呼んでくれるし、また明日と笑顔で言ってくれるし、約束した明日を生き甲斐にさせてくれる。


 私の好きな人は、そんな人だ。


「さらば、初恋よ」


 私は、誰もいない教室で、赤く焼ける空を見ながら、小さく呟いた。

 

 恥ずかしいことをしたな、と思いながら、机の脇に掛かっている鞄を取ろうとすると、勢いよく教室の扉が開いた。


「いっけねー! 忘れ物しちったぁ」


 伊瀬さんだった。

 さっきの聞かれてないよね……?


「あ、アンちゃんまだいたんだ。暗くなる前に帰んないと危ないよ」

「……そろそろ帰ろうかなって、思ってたところ」

「おっ、じゃあ一緒に玄関まで行こうぜ」


 彼女いるのにいいの? とか思ってしまう私は、やっぱり口だけのやつで、内心では喜んでしまっている。

 

「いいの? 小野おのさん、と約束してたんじゃ……?」


 あぁー、余計なこと言うなよ私ぃ!


「先に駅で待ってるって。てかアンちゃん、ユカのこと知ってたの?」


 好きな人の彼女だからね。

 と言うわけにもいかず、友達はあだ名で呼ぶのに彼女だけは呼び捨てなんだ、と思う醜い心を呑み込みながら、無難なことを言う。


「目立つから、小野さん」

「たしかに!」


 可愛い笑顔は、私が引き出したものではないのだろうけど、私に向けられている。


「あっ、そうだ。アンちゃん進路決めた? 私まだでさー。私の周りみんな行きたい大学決まってんだって、なんか大人ーって感じ」

「私も、まだ」

「おー仲間ー、やっぱもうちょい青春してたいよねー。三月くらいまで」

「ふふっ、そうだね」

「ねーっ。文化祭もあるし、ハロウィンは学校で仮装したいし」

「怒られちゃうよ」

「大丈夫! 去年もやってるし」


 何が大丈夫なんだか。

 軽く笑うと、伊瀬さんが私の顔をじーっと見ていた。普段あまり笑わないからか、笑顔が気持ち悪かったのだろうか。


「な、なに?」

「……んー、やっぱアンちゃんよく笑うよね? みんな笑ったとこ見たことないって言うからさぁー」


 きっと、あなたの前だから、溢れてしまうんだろうなぁ。


「いつものクールな顔もいいけど、笑顔も可愛いよ!」

「……そっか、ありがと」

「それなら好きな人もイチコロだと思う!」

「…………ん?」

「あっ、いや、あーその……さっき教室で独り言してたの聞いちゃった」

「んっ……いや、あれは私に非があるから」

「マジごめん! 言わない方いいかなと思ったんだけど、せっかくだしアンちゃんと恋バナしてみたくて」

「そ、そっか」


 私の好きな人、あなたなんですが。

 

「いやーアンちゃんも好きな人とかいるんだー、ちょっと意外」

「まぁ、これでも年頃の乙女ですから……」

「そりゃそっか。でもアンちゃんなら選び放題じゃないの? めちゃくちゃモテるんでしょ?」

「……でも、私の好きな人は、手が届かないくらい遠くにいるから」

「叶わぬ恋に燃えるタイプかー」


 どちらかと言うと、燃えてたけど叶わなかったんだけど。


「まぁ諦めるのも手段だよねー。でも、私は陰ながら応援してるぜ! あっ、誰にも言わないから安心してね」


 そうだ、伊瀬さんはこう言う人だ。無理に背中は押さないし、かと言って諦めることに否定的でもない。


 誰にでも優しいから、私にも優しくしてくれる。

 誰にでも優しいから、私以外にも優しい。


 だから、好きなんだ。

 だから、好きだった。


 気づけば、玄関まで着いていた。

 

「そんじゃね、アンちゃん」

「バイバイ、伊瀬さん」


 走っていく背中に、手を振った。


 この「バイバイ」は、あなたに向けたものじゃない。

 

 

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