弾丸落ち葉
暗心暗全
弾丸落ち葉
深夜の安アパートで布団をかぶり
あの時のアルミ製のドアを貫通する音だと統叶は確信した。それは、兄貴分のいる隣部屋から聞こえる。
「来る日が来ちまったんだ……」体を丸めて小さくつぶやく。
大いに怯える統叶は犯罪組織の下っ端を務めている。
兄貴分がふざけて統叶の部屋のドアに、サイレンサー付きの拳銃を撃った。あの音に似ている。ただ一度だけの音がずっと耳に残っていた。
「出かけるときはこの穴から呼ぶからすぐに出て来いよ。じゃねえと、お前の頭に穴が開いちまうぞ」
そういって笑った。
初めて出会った日の兄貴分の行動によって、どういう場所にどんな立場でいるのかを統叶は理解した。
その日から、隣部屋の玄関で些細な音が聞こえた瞬間に、統叶は飛び出てビシッと直立になって待つことが日課となる。安アパートの薄い壁がそれを可能にした。これを、不幸中の幸い、と思うほどに統叶は恐怖に順応した。
組織に入っていても、ムショに行く覚悟はあっても、殺される覚悟はない。もちろん、人を殺すことはできなかった。
不幸の真っ只中にいる現在。あの時、あの瞬間、走り出して逃げていればよかった、と嫌な思い出をいくつも思い出しては後悔をしていた。何事も長続きしなくて、自分勝手に生きて、強いものには媚びへつらう、その日だけの喜怒哀楽に支配されていた男だった。布団を被り、「お前は惨たらしく殺されろ」そう言い終わると、兄貴分に撃ち殺ろされた女を思い出す。あの時、風が吹いたのか、辺りの落ち葉が竜巻のように舞い上がった。
敵対勢力と思わしき襲撃に、丸まったダンゴムシのように、布団の中でじっとしていた。
音はずっと鳴り続けていた。ジュバンッ。ジュバンッ。ジュバンッ。ジュバンッ。
「かあちゃん、かあちゃん、ごめんよ。こんな奴になっちゃってさあ!」
死を悟った統叶は、たったひとりで育て上げた母に謝罪のことばをいう。それは、ダンゴロムシには決して出来ないことだった。
音がしなくなった。
母へ謝罪が功を奏した。一瞬、統叶はそう思い掛けた。
ギィィィイ。
建付けの悪いドアが開く音だった。
統叶は布団の隙間から玄関を覗く。
扉は開いていない、隣の部屋からだった。
相手が単独なら、部屋に入った今なら逃げられる。統叶は様子を伺うために布団を出て、隣部屋の壁に耳を当てた。
「おい、お前」
女性の高い声がした。
――兄貴分に何かを訪ねている?
「この部屋の男は死んでるぞ。ひき肉をぶちまけたみたいになっているから。壁に張り付く若造、お前は殺さない。母を撃たなかったから、命は大事にしろ」
統叶に話しかけていた。
驚きのあまり壁に付いた手と耳が離れない。
そして、ジュバンッ。ジュバンッ。
何かが隣の壁から貫通した。
視界がぼんやりと暗くなる。
「かあちゃん」
***
目が覚めると病室にいた。
傍らには、椅子を並べてベッドのようにして統叶の母が寝ていた。
統叶の目からは涙がこぼれる。
そのあとは、すぐに刑事がきて、兄貴分の部屋の写真を見せられた。そこには部屋一面に落ち葉が積もり、その量は鑑識の腰のあたりにまで及んだ。
担当の刑事は、こんな殺しは初めてだといっていた。部屋中が穴だらけだが、肝心の銃弾は見つからなかったという。
兄貴分の体は損傷が激しく死因も特定が困難だった。
統叶自身は肩と脇腹に銃撃されたように穴がある。
一度だけではなく、何度も刑事は病院にやってきた。統叶は兄貴分と一緒にやった悪事を一から十まで話した。刑事の反応は冷たい。
「前も話したけど、仕事を頼まれたんです。女を殺す。魔女狩り、そう呼んでいた。兄貴分と一緒に女を殺したんだ。魔女だっていっていた。俺は引き金を引けなかった。人なんか撃てなかった」
「2日前に統叶さん、あなたが言っていた場所に行ったんですが、死体はありませんでしたよ。鑑識もつれていきましたからね。間違いないです」
「魔女だったんじゃないですか、そうじゃないと説明がつかないでしょ? 刑事さん! だから死体がない。そうだ、だから部屋中があんな落ち葉まみれになってたんだ。落ち葉を銃弾みたいにしたんじゃないですか!」
「少し、休んでください。また、そうですね。退院したころに、こちらからご連絡します。ゆっくり休んで」
退院後、担当の刑事が、兄貴分と魔女を殺して埋めたと、統叶が言った場所の写真を差し出した。
そこには、落ち葉が積もっていた。
弾丸落ち葉 暗心暗全 @ultrahello
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