「アレックス都市伝説シリーズ」第三章:二十五時の汽笛
迦兰多(Jialanduo)
アレックス都市伝説シリーズ 第三章:二十五時の汽笛
第一節:時刻表の裂け目
明治二十二年(一八八九年)、六月九日。 雨は一週間降り続いていた。それは詩人が愛でるような細雨ではなく、重く、冷たく、煤煙の臭いを孕んだ死水であり、せっかく「文明開化」へと歩み出したこの国を、再び混沌の泥沼へと押し戻そうとしているかのようだった。 高島秋彦(たかしま あきひこ)は、「沼津北(ぬまづきた)」信号所のプラットホームに立ち、西洋式の懐中時計を強く握りしめていた。 鉄道局の下級運行管理員(ディスパッチャー)である秋彦は、「時間」に対して病的なほどの執着を持っていた。太陽暦と二十四時間制に国中が順応しようと足掻いているこの時代において、彼が誇れるものといえば、精密な歯車のように規則正しい生活だけであった。
チク、タク。チク、タク。 懐中時計の秒針が、午前零時ちょうどを指した。 「上り列車、通過確認。下り列車、なし」 秋彦は湿気た運行日誌に、力強く判を押した。『大日本帝国鉄道時刻表』によれば、東京発神戸行きの最終夜行列車は既に通過した。これより午前四時まで、この線路は完全なる静寂に包まれるはずである。 彼は安堵の息を吐き、ホームにあるガス灯のバルブに手を伸ばした。 ガス灯がシュ、シュと微かな音を立て、炎が風雨に揺らめく。彼の影は長く、歪に引き伸ばされ、濡れた枕木の上に投射された。
火が消えようとしたその瞬間、秋彦はある音を聞いた。 風音ではない。雨音でもない。 それは地の底から響いてくるような、極めて低く、重い振動だった。 ズン……ズン……ズン…… 規則正しく、心臓を圧迫するような重低音。管理室の窓辺に置かれたコップの水面に、細かな波紋が広がった。 「まだ列車が?」 秋彦は眉を顰め、素早く日誌をめくった。ない。客車も貨車も、軍用列車でさえ、今夜の予定表は空白だ。 聞き間違いか、あるいは遠雷か。だが振動は明確に近づき、やがて、雨夜を切り裂くあの音が響き渡った。 ヴォォォォォォォォォォ―――――――― 通常の蒸気機関車が上げるような、甲高く力強い汽笛ではない。喉に石炭カスを詰まらせた巨人が嗚咽しているような、しゃがれて陰鬱な響き。しかもその音には奇妙な遅延があり、空気を震わせるというより、頭蓋骨の内部で直接共鳴しているような感覚を覚えた。
秋彦は信号灯(カンテラ)を掴み、管理室を飛び出した。 線路の彼方、濃霧が渦巻いている。 灰色の雨のカーテンの奥で、二つの暗赤色の前照灯が灯った。それはランプというより、充血した獣の眼球のように、闇の中からこの小さな信号所を睨みつけていた。 「なんだあれは? 電報も来ていないぞ……」 秋彦は慌てて赤色の信号灯を振り、停止を求めた。何者であれ、時刻表なき運行は重大な規定違反であり、追突事故さえ招きかねない。 列車は減速する気配を見せなかったが、加速もしなかった。恐ろしいほど一定の速度を保ち、ゆっくりと、しかし不可避な圧力を伴って迫ってくる。 車体の輪郭が露わになるにつれ、秋彦の背筋を悪寒が駆け上がった。 見たこともない機関車だった。 全身が黒い。黒漆のような光沢ではない。光を吸収するような、死のような艶消しの黒。車体番号もなければ、皇室の菊花紋章も、鉄道局のマークもない。巨大な炭の塊を機関車の形に彫り出したかのようだ。 何より異様なのは、その煙だった。通常の機関車が吐くのは灰白の水蒸気か黒煙であり、空へ昇るものだ。だがこの車両の煙突からは、極めて粘度の高い、深緑色の霧が噴き出していた。その霧は上昇せず、滝のように下へ流れ落ちていた。車体を伝い、地面を這い、触手のように枕木の間へと浸透していく。
ガタン……ゴトン…… 車輪が継ぎ目を踏む音が、耳障りなほど鮮明に響く。 列車は秋彦の目の前で、唐突に停止した。ブレーキの摩擦音も、蒸気が抜ける音もない。あの巨大な鉄の塊が、一瞬にして「動」から「静」へと転じたのだ。物理法則を無視したその挙動に、秋彦は激しい眩暈を覚えた。 停止位置は正確無比だった。黒い機関車は信号所の端で止まり、一両目の客車の扉が、ちょうど秋彦の目の前に位置していた。 客車だった。窓は黒いベルベットのカーテンで完全に遮られ、中の光は一切漏れてこない。 「おい! どこの所属だ! 機関士長はどこにいる!」 秋彦は恐怖を押し殺し、震える声を張り上げて官僚的な威厳を保とうとした。 返答はない。 雨脚が強まった。雨粒が黒い車体に叩きつけられるが、音がしない。まるで黒い鉄板が音さえも飲み込んでいるようだ。
秋彦が確認のために乗り込もうとした時、閉ざされていた扉が、ゆっくりとスライドした。 ギィィィ―― 車内に明かりはない。底なしの闇が広がっているだけだ。外の夜よりもさらに濃密な、虚空へと続く穴のような闇。 秋彦は思わず後ずさった。 その闇の中から、一本の手が伸びた。 純白の手袋をはめた手だ。上質な絹の手袋だが、その袖口からは、江戸時代の直垂(ひたたれ)のような古風な濃紺の装束が見えた。 その手が、あるものを差し出した。 一枚の紙だ。 秋彦が受け取るのを躊躇っていると、紙はふわりと舞い、彼の足元の水溜まりに正確に着地した。奇妙なことに、紙は濡れなかった。 「どういうつもりだ?」 秋彦が顔を上げると、手は既に闇の中へ消えていた。 バンッ。 扉が重々しく閉じた。 直後、あのしゃがれた汽笛が再び鳴り響いた。 ヴォォォォォォォォォォ―――――――― 列車が動き出す。空転も加速もなく、再びあの一定の、不気味な速度で闇の彼方へと滑り出していく。通過した跡には、下へ流れる深緑の煙が滞留し、線路を完全に埋め尽くしていた。 秋彦はずぶ濡れのまま、列車が消えた方向を呆然と見つめていた。 山の方角だ。 だが、秋彦の記憶が正しければ、沼津北信号所より北は未完成の廃棄支線だ。その先のトンネルは二年前に崩落事故で封鎖され、レールも半分撤去されているはずだ。 あの列車は、断崖へ向かって走っていったことになる。
暫くして、秋彦は我に返った。足元の紙を見る。 震える手で拾い上げる。カンテラの赤い光にかざし、文字を読んだ。 切符だった。 だが材質は硬券(ボール紙)ではない。冷たく、干からびた皮膚のような感触。文字は暗赤色のインクで印刷されており、まるで彫り込まれたかのように整っていた。
【乗車区間】 現世 —— 幽世 【発車時刻】 明治二十二年 六月九日 二十五時 【乗客氏名】 高島 秋彦 殿
秋彦の瞳孔が収縮した。 二十五時? 一日は二十四時間だ。二十五時など存在しない。 彼は懐から時計を取り出した。手が震え、取り落としそうになる。 西洋文明の精密さを象徴する銀時計は、止まっていた。 いや、止まっているのではない。文字盤が変わっていた。 本来「Ⅰ」から「Ⅻ」までしかないローマ数字の目盛りが、蜜に詰まっている。「Ⅻ」の隣に、無理やり爪で刻み込んだような、歪で不鮮明な目盛りが増えていた。 十三番目の時間。 すなわち……夜の第二十五時間目。 静止した時針は、その存在しない刻(きざ)みを死守するように指していた。
周囲の雨音が、急に遠く、籠もったように感じられた。ガス灯の噴出音も消えた。 秋彦は恐怖と共に気づいた。世界から色が失われていく。 濃紺の夜空、赤い信号灯、黄色いガス炎。それらが急速に褪色し、粒子の粗い、単調な灰色へと変貌していく。露出過多の古い写真のように。 「おい……誰かいないか?」 叫ぼうとしたが、自分の声が聞こえない。 この灰色の世界で、唯一鮮やかな色彩を保っているのは、指に張り付いたあの切符だけだった。凝固した血液のような、生々しい暗赤色。 遠くの闇から、蒸気機関のリズミカルな轟音が聞こえてきた。 去っていく音ではない。 その音は、逆再生のように戻ってきていた。
第二節:灰の改札口
色が褪せた世界に残ったのは、灰の臭いだけだった。 高島秋彦は目をこすり、視界を覆う灰色のフィルターを拭い去ろうとしたが、徒労に終わった。眼球の異常ではない。光そのものが変質していたのだ。 プラットホームを照らしていたガス灯は、凝固した灰色の糊のような塊となり、もはや熱を発していない。空から降る雨は、肌に触れても濡れることはなく、冷たく細かな骨粉のように全身を覆っていく。 死のような静寂の中、あの轟音だけが迫ってくる。 ガタン……ゴトン……ガタン……ゴトン…… 蒸気機関車が逆走してくる音だ。 秋彦は振り返った。視界の果てに、あの暗赤色の二つの前照灯が再び現れた。 通常、蒸気機関車の後退速度は遅く、激しい機械音を伴う。だがこの黒い列車は違った。前進する時よりもさらに滑らかに、恐ろしい速度でバックしてくる。まるで最初から「時間を逆流する」ために設計されたかのように。
逃げろ。 思考はそれだけに塗りつぶされた。彼は赤い切符を握りしめたまま駆け出した。捨てようとしたが、切符は掌に癒着したかのように離れず、焼けた鉄のようにじりじりと熱を発し始めた。 彼は改札口へ走った。沼津北信号所は孤立した駅だ。町へ続く砂利道を二キロほど走れば人家があり、正常な色彩と時間の流れる沼津港へ戻れるはずだ。 秋彦はホームから飛び降り、灰色の泥を蹴った。肺が張り裂けそうになるまで走り、片方の靴が脱げても構わなかった。 随分走ったはずだ。体感と地形の記憶によれば、もう町の入り口にある鳥居か、深夜営業の居酒屋の提灯が見えてもいい頃だ。 だが、前にあるのは霧だけ。鉛のように重い霧。 「はぁ……はぁ……」 秋彦は電信柱に手をついて立ち止まった。方向を確認しようと見上げる。 その瞬間、理性に亀裂が入った。 これは町への道ではない。 路傍の電信柱。本来ならコールタールを塗った直立の杉材のはずだ。だが今、目の前にあるそれは、人間が引き伸ばされて硬直したような、不気味にねじれた形をしていた。水平に伸ばされた「腕」が電線を支えている。そしてその黒い電線は、銅線ではなく、絡み合った無数の乾いた黒髪の束だった。 さらに絶望的なのは、前方に馴染みのある輪郭が見えたことだ。 消えたガス灯が下がる、小さな木造建築。 沼津北信号所だ。 二十分間走り続けて、彼は元の場所に戻っていた。 「馬鹿な……」 秋彦はその場に崩れ落ちた。 道だけではない。線路も変質していた。本来、東京方面へ直線に伸びているはずのレールが、遠くの霧の中で巨大な弧を描き、ウロボロスのように首尾をつなぎ、この小さな信号所を閉じた円環の中に孤立させていた。 出口のない円環。
ヴォォォォォォォォォォ―――――――― 汽笛が間近で鳴った。 黒い列車は既にホームの横まで戻ってきていた。今度は減速しなかった。空間ごと粉砕するような勢いで、秋彦のいる場所めがけて突っ込んでくる。 切符を持つ者を捜しているのだ。 秋彦は立ち上がろうとしたが、足が鉛のように重い。赤い前照灯が彼の無力さを嘲笑うように輝き、巨大な車輪が灰を巻き上げる。 巨大な排障器(カウキャッチャー)が秋彦を粉砕しようとした、その刹那。 闇の中から手が伸びた。 その手は秋彦の口を塞ぎ、強引にホームの下の待避溝へと引きずり込んだ。 ゴォォォォォォン!!! 列車が頭上を通過する轟音で鼓膜が破れそうになる。頭上の板の隙間から、黒い塵が降り注ぐ。 彼を引きずり込んだ人物は、秋彦を死角へ押し付け、この狭く湿ったカビ臭い闇の中で、微かな香の匂いを漂わせていた。香水ではない、白檀と古い書物の匂い。 「シッ……」 冷徹な女の声が耳元で囁いた。 「声を出すな。あれは『改札係(パンチ)』だ。呼吸を聞かれたら、肺をえぐり出されて石炭代わりにくべられるぞ」
秋彦は目を見開き、闇に目が慣れるのを待った。隣にいたのは若い女だった。 この灰色の世界で、彼女だけが僅かに本来の色を残しているように見えた。 彼女は深紫色の洋装(ドレス)を纏っていた。襟が高く、レースがあしらわれた、流行の「鹿鳴館」スタイルだ。だが、その洋装に似つかわしくないものを手にしていた。日傘や扇子ではない。 彼女が握りしめていたのは、金色の独鈷杵(どっこしょ・密教の法具)だった。鋭利な先端が闇の中で寒光を放っている。 「君は……」 秋彦が問いかけると、女は即座に独鈷杵の切っ先を彼の喉元に突きつけた。 「静かに」 頭上の轟音が止んだ。停車したのだ。 真上で。 極限の心理的拷問だった。薄い板一枚隔てた向こう側の気配が、手に取るようにわかる。 プシューーーー 蒸気が抜ける音。だがそれは、数千匹の蛇が一斉に威嚇音を出しているように聞こえる。 続いて、重い足音。 ズン。ズン。ズン。 誰か……あるいは何かが、降りてきた。足音は非常に重く、一歩ごとに木製のホームが悲鳴を上げている。それは何かを探すように、ゆっくりと歩き回っている。 「タカ——シマ——ドノ——」 声が聞こえた。 人間の発声器官から出た音ではない。錆びた鉄板同士を擦り合わせたような、電流ノイズ混じりの不快な高音。 「ハッシャ——ジコク——デス——ゴジョウシャ——クダサイ——」 声は頭上を徘徊している。秋彦は震えが止まらず、手に張り付いた赤い切符が焼け付くように熱くなり、悲鳴を上げそうになった。 隣の女が動いた。懐から黄色い符を取り出す。 朱砂で描かれているのは、伝統的な道教や神道の呪符ではなく、まるで機械の設計図のような幾何学模様だった。 彼女は素早くその符を、秋彦の切符が張り付いた手の甲に貼り付けた。 ジジッ。 符が切符に触れた瞬間、何かが焦げる音がして青白い煙が上がった。灼熱感が消えた。 頭上の足音がピタリと止まった。標的を見失い、困惑しているようだ。 ジジ……ジジ…… 「リョキャク——フザイ——」 声には失望と苛立ちが滲んでいた。 ダンッ! 何かがホームに叩きつけられたような巨音。続いて、爪で地面を削るような不快な音が響く。 長い沈黙の後、重い足音は車内へと戻っていった。 バンッ。 扉が閉まる。列車は再び獣の咆哮のような汽笛を上げ、ゆっくりと走り去っていった。
音が完全に遠ざかるのを確認して、謎の女は秋彦の喉元から独鈷杵を引いた。 「あ……ありがとう……」 秋彦は泥水の中にへたり込み、荒い息を吐いた。 女は礼には答えず、冷ややかに彼の手を見た。黄色い符は黒い灰になっていたが、赤い切符は鮮やかなままだ。 「『黄泉機関車(よみきかんしゃ)』にマーキングされた人間は、普通なら第一夜も持たない」 女は立ち上がり、ドレスの裾の灰を払った。 「運が良かったか、あるいは悪運が強いかだな」 「黄泉……機関車?」 「奴の名だ。西洋かぶれに言うなら『ファントム・トレイン』」 彼女は灰色の霧を見つめた。 「文明から見捨てられたこの『二十五時』において、あれは唯一の捕食者だ」 「ここは一体どこなんだ? 二十五時って何だ?」 秋彦は這い出し、切実に問うた。 女が振り返る。黒曜石のように深い瞳が彼を射抜く。 「ここは『時間の狭間』。産業革命の煤煙と、旧時代の怨念が混ざり合った廃棄場。あんたのその懐中時計が鍵になったのさ」 彼女は秋彦の胸元の銀時計を指差した。 「私は九条沙耶子(くじょう さよこ)。こいつの……乗車未遂者だ」 沙耶子は左手を上げた。白い手袋の手首から、赤い縁がわずかに見えた。彼女も切符を持っているのだ。 「君も……仲間か?」 「いいえ、『狩人』だ」 沙耶子は独鈷杵を握り直した。金色の輝きが、灰色の世界で唯一の希望に見えた。 「私はあの車両を解体するためにここに残った」 彼女は歪んだ線路の彼方を睨み、決然と言い放った。 「いいか、高島。この無限円環の中で逃げても無駄だ。あの列車は一時間——ここでの『一刻』ごとに巡回してくる。周回するたびに奴は飢え、あんたへの感応も強くなる」 「じゃあどうすれば……」 「死にたくなければついて来い」 沙耶子は線路の分岐点を指差した。トンネルが封鎖されたはずの、あの廃棄支線だ。 「あそこが奴の唯一の『死角』であり……巣穴の入り口だ」 「巣穴へ行くのか?」 「それが唯一の活路だ」 沙耶子は灰色の雨の中へ歩き出した。 「あの列車の終着駅は神戸でもあの世でもない。奴の釜が燃やしているのは石炭じゃなく『時間』だ。奴を止めなきゃ、あんたは永遠に明けない雨夜に閉じ込められ、やがて枕木の一部になる」 秋彦は呼吸をするように脈打つ赤い切符を見つめ、沙耶子の背中を見た。 遠くの闇から、またあの振動が聞こえ始めた。 ズン……ズン…… 次の巡回が始まる。 秋彦は歯を食いしばり、武器代わりに錆びた犬釘(レールを固定する釘)を拾うと、よろめきながら紫色の影を追った。
第三節:錆びた苑
窒息しそうな無限ループの沼津北信号所を抜け、高島秋彦は九条沙耶子と共に、地図から抹消された廃棄支線へと足を踏み入れた。 足元の枕木は腐り落ち、踏むたびに黒い汚水を吐き出す。 進むにつれ、周囲の景色が生理的な嫌悪感を催すものへと変貌していった。 雨は降り続いているが、もはや灰色の粉塵ではなく、粘度のある油っぽい黒い液体に変わっていた。衣服に落ちると、繊維の奥へ生き物のように染み込んでいく。 「周りの植物には触れるな」 前を行く沙耶子が警告した。彼女の独鈷杵が灯台のように微かな光を放っている。 「植物? こんな所に?」 秋彦は目を凝らした。 その瞬間、頭皮が粟立った。 確かに木の形をしている。幹があり、枝があり、蔦が垂れ下がっている。 だが、それは木材ではなかった。 幹は無数の錆びた鉄パイプが絡み合ったものであり、表面には苔のような緑青(ろくしょう)がびっしりと浮いている。樹皮に見えたのは剥がれかけたペンキの膜で、風に吹かれてカサカサと金属音を立てていた。垂れ下がる蔦は、断線したケーブルやゴム管だ。 この「二十五時」に侵食された世界では、工業文明がウイルスのように自然の遺伝子を書き換えていた。金属が生体を模倣して増殖する、生命への冒涜的な奇形。
「あれを見ろ」 沙耶子が顎で小川を指した。 本来なら清流があるはずの場所。だが河床を流れているのは水ではない。重い、銀白色の液体。 水銀だ。 水銀の川は比重の高さゆえに音もなく、ただ鈍い摩擦音だけを立てて流れている。表面には魚の代わりに、懐中時計の歯車のような残骸が浮きつ沈みつしていた。 「こ、ここは地獄か?」 秋彦は胃液がせり上がるのを感じた。 「いいえ、『未来』だ」 沙耶子はハンカチで手を包み、地面から石のようなものを拾い上げた。 「少なくともあの列車が望む未来だ。血肉がなく、鋼鉄と蒸気と正確な運動だけがある世界」 彼女はそれを秋彦に手渡した。 秋彦は悲鳴を上げそうになった。 それは蛙だった。だが完全に石化、いや「鉄化」していた。皮膚はブリキになり、目はガラス玉に、腹が割れた中身はバネとネジの塊だった。跳躍の姿勢のまま死に、この金属生態系の一部となったのだ。 「私の家、九条家は代々京都で神に仕え、古の隙間から這い出る魑魅魍魉を鎮めてきた」 沙耶子は法具を複雑な表情で見つめた。 「昔の妖怪は、火や塩、呪文を恐れた。奴らは人の恐怖から生まれたからだ」 彼女は秋彦を見た。 「だが、あの『黄泉機関車』は違う。あれは人々が『速度』と『鋼鉄』を盲目的に崇拝した結果生まれた。古い呪文は効きが薄い。蒸気機関をお札で止められないのと同じだ」 「じゃあ、さっきの符は……」 「改良したのさ」 沙耶子は袖口から新しい符を取り出した。描かれているのは雲紋ではなく、回路図や歯車の噛み合わせのような図形だった。 「機械の神を相手にするなら、機械の論理で呪文を書かなきゃならない」
その時、前方のトンネル跡から異音が響いた。 ガガッ……ズズッ……ガガッ……ズズッ…… 重い何かが、砕石の上を這いずってくる音。強烈な焦げ臭い石炭の匂いが漂う。 「隠れろ!」 沙耶子は秋彦を「鉄の藪」へ突き飛ばした。 二人は息を殺し、トンネルの闇を凝視した。 影が現れた。 人型の生物だった。だが、彼——彼と呼べるなら——は立つ能力を失っていた。 下半身がない。代わりに、錆びて変形した一対の列車車輪が腰に直接埋め込まれていた。 巨大な鉄の車輪が枷のように脊椎を粉砕し、彼は両手で地面を掻き、数百キロの車軸を引きずりながら這っていた。 微光の中で見えた上半身。ボロボロの黒い制服、ボタンには鉄道局のマーク。皮膚は炭のように黒く焦げ、ひび割れからは赤い火光が漏れている。 顔は半分溶け落ち、顎の代わりに排気管のような鉄パイプが突き出し、呼吸に合わせて黒煙を噴き上げていた。 シュゴォ……シュゴォ…… 「キップ……オレノ……キップ……」 パイプから不明瞭な言葉が漏れる。 「あれは……」 秋彦は口を押さえた。涙が溢れる。 「佐藤さん?」 沼津北信号所の前任者だ。半年前に失踪し、借金苦の夜逃げとして処理された佐藤。 逃げたのではなかった。この車に「食われ」、消化不良で吐き出されたのだ。 半分人間、半分石炭カスの化け物になって。 「彼も囚われた亡霊なのか?」 「いいや、もっと悪い」沙耶子は冷徹に言った。「あれは『燃料』だ。燃え残りの鉱滓(スラグ)さ」
怪物は生者の気配——金属世界に不似合いな、新鮮な血肉の匂いを嗅ぎつけた。 ギギッ! 首が猛烈な勢いで回転し、排気管が秋彦の方角を向いた。 「キップゥゥゥ!!!!!」 汽笛のような絶叫と共に、怪物は暴走した。 鈍重に見えた体が、車輪の回転を利用して恐るべき速度で突進してくる。両手は赤熱した火箸のようになっていた。 「動くな!」 沙耶子は一歩も引かなかった。 スカートの下から銀の鎖を取り出す。先端にはあの独鈷杵。 彼女は流星鎚(りゅうせいつい)のように法具を振るった。怪物が目前に迫った瞬間、彼女は高温の撲撃を紙一重でかわし、独鈷杵を怪物の背中——脊椎と車輪の接合部へ正確に突き刺した。 「解体!」 突き刺さった法具から、血ではなく、青白い電気火花が爆ぜた。 バチバチバチバチ! 除霊というより、暴力的な電気ショート(短絡)だった。 怪物は悲鳴を上げ、体内の赤光が激しく明滅した。腰の巨大な車輪がカックンとロックされ、慣性で上半身が前につんのめり、水銀の川辺に激突した。 まだ動いている。地面でのたうち回り、排気口から火の粉を撒き散らす。 「秋彦! ひっくり返せ!」沙耶子が叫ぶ。「炉心は胸だ!」 恐怖よりも生存本能が勝った。秋彦は駆け寄り、高熱を発する怪物の肩を掴み、無理やり仰向けにした。 胸が開いていた。心臓はない。 あるのは、赤く輝く石炭の塊だった。悪意に満ちた熱を放ち、永遠に消えない怨嗟の核。 「塵は塵に、鉄は屑に、廃材は溶鉱炉へ」 沙耶子が踏み込み、独鈷杵をその赤い石炭へ叩きつけた。 パァン! 石炭が砕けた。怪物の眼光が消える。体は急速に冷却され、ただの冷たい鉄屑と燃え殻の山へと変わった。ボロボロの制服だけが、かつて人間だったことを主張していた。 秋彦は泥の中に座り込んだ。 「これが、僕たちの末路か?」 「そうなりたくなければ立て」 沙耶子は法具を収めたが、その手は震えていた。 「これはただの『燃えカス』だ。本物の怪物は、まだ車に乗っている」 彼女はトンネルを見上げた。光を飲み込む巨大な口。 奥から、さらに巨大な、心臓の鼓動のような機械音が響いてくる。 「あそこが『巣』だ」沙耶子は濡れたドレスを直した。「あの列車は二十五時が終わる前に、燃料補給に戻ってくる。それが奴を壊す唯一の好機だ」 「燃料補給?」秋彦は嫌な予感がした。「何を燃やしてるんだ?」 沙耶子は答えず、彼を一瞥しただけだった。 「入ればわかる」
二人は闇の咽頭へと足を踏み入れた。 背後の廃線では、錆びた「鉄の樹」が少し成長していた。枝に実る果実のようなものが揺れている。 よく見れば、それは干からびた、目を閉じた人間の生首だった。
第四節:振り子の墓場
トンネルに風はなかった。代わりにあるのは、発狂しそうな音の群れだった。 チクタク、チクタク、チクタク。 最初は岩肌を打つ水滴かと思った。だが奥へ進むにつれ、音は濃密になり、数万匹の金属昆虫が空気を咀嚼しているような騒音と化した。 沙耶子が独鈷杵を掲げ、光を放つ。 「上を見ろ」 秋彦が見上げると、心臓が止まりかけた。 天井は岩ではなかった。無数の時計が、びっしりと逆さまにぶら下がっていたのだ。 金の懐中時計、和時計、巨大な振り子時計、寺の梵鐘。大きさも形も異なるそれらが、錆びた鎖や銅線で縛られ、蝙蝠のように吊るされている。 すべて動いている。千万本の針が狂ったように回転し、その秒針の音が巨大な圧力となって鼓膜を圧迫する。 「これは……」 「『時間』の実体だ」沙耶子は垂れ下がる振り子を避けた。「時計の一つ一つが、生きた人間の寿命(カウントダウン)だ。ここでは時間は概念ではなく、囚われた物質なんだ」 その時、頭上の美しい琺瑯(ほうろう)の懐中時計が、キリリと異音を立てて停止した。鎖が切れ、落下する。 パシャ。 足元の砕石に落ちて砕けた時計から、歯車は出なかった。 ドロリとした暗赤色の液体が広がった。腐った油と鉄錆の臭い。血のようだが、機械油のようでもある。 「また一人死んだ」沙耶子は冷淡に言った。「時間が尽きたか……食われたかだ」
深部へ進むほど、空気が熱を帯びてきた。高圧蒸気が漏れているような、息苦しい熱気。 壁面が変わった。粗い岩肌が、黒板岩のような平滑な黒い石壁に変わり、そこに文字が刻まれていた。鋭利な金属で削ったような乱暴な筆跡が、壁一面を埋め尽くしている。 秋彦が近づいて読む。 【大正三年 出生 昭和九年 廃棄】 【天保五年 出生 明治元年 回収】 【明治十年 出生 明治二十二年 燃料化】 一行ごとに名前と「出生」、そして「終結」の時間。だが「死亡」とは書かれていない。「廃棄」「回収」「焼却」「圧縮」「部品化」。 これは生死の記録ではない。在庫リストだ。 「『死の時刻表』だ」沙耶子が言った。「あの列車は魂を彼岸へは運ばない。人を工業原料と見なしている。ここでは人命は燃やす石炭か、交換部品に過ぎない」 秋彦の指が壁を滑る。 恐怖に駆られて探してしまう。自分の名前を。 そして見つけた。彫られたばかりで、石粉がまだ残っている一角を。 【高島 秋彦】 【明治五年 出生】 【明治二十二年 六月九日 二十五時 投炉】 「投炉(とうろ)……」 秋彦は膝から崩れ落ちた。 「僕は……燃料なのか?」 「見るな!」 沙耶子が彼を引きずり立たせた。 「それは奴が決めた運命だ、神が決めたんじゃない。あの炉を壊せば、その記述は無効になる」
その時、巨大な轟音が響いた。 ズゥゥゥン……ズゥゥゥン…… あのしゃがれた汽笛と共に。 ヴォォォォォォォォォォ―――――――― 「奴がいる」 沙耶子は光を消し、岩陰に秋彦を引き込んだ。「息を止めろ。奴の『胃袋』に着いた」 二人は岩陰から覗き込んだ。 そこは巨大な地下空洞だった。巨大駅のようだが出口はなく、無数の歪んだレールが中心へ収束している。 中心に、あの黒い黄泉機関車が鎮座していた。信号所で見た時より遥かに巨大で、禍々しい。 車体からは無数の太いパイプが伸び、周囲の岩盤に突き刺さり、大地の養分を吸い上げているようだった。 先頭の巨大なボイラーは、口を開けていた。 給炭口ではない。それは「口」だった。円形のハッチの縁には錆びた鉄の牙が並び、中では赤い火ではなく、死気を帯びた幽緑色の炎が燃え盛っている。炎の奥で、巨大な苦悶する人面が揺らめいているように見えた。
列車の周囲では、十数体の「炉渣(スラグ)の怪物」が働いていた。 佐藤のような半機械の亡者たちが、手押し車や麻袋を運んでいる。彼らが巨大な口へ投じている「燃料」を見て、秋彦は戦慄した。 それは灰色の彫像だった。 人間の形をしているが、色彩も水分も抜かれ、石のように固まっている。だが表情だけは、死の瞬間の恐怖で固着していた。 「あれは……人間か?」 「『時間』を搾り取られた後の抜け殻だ」沙耶子が拳を握る。「あの車はまず人の時間を吸い、灰色の空洞にし、最後に殻を炉にくべて二十五時の動力にする」 怪物が灰色の女の殻をボイラーへ放り込んだ。 ガリッ! ボイラーの口が閉まり、咀嚼音が響く。緑の炎が高く上がり、煙突から濃い黒煙が噴き出した。 ヴォォォォ——! 満足げな汽笛。 「人を食ってる……本当に……」
「高島、あれを見ろ」 沙耶子が運転室を指差した。 窓の向こうに人影がある。 立派な駅長制服を着て、制帽を被っている。だが顔がない。 顔面があるべき場所に、巨大な、逆回転する時計が埋め込まれていた。 「あれが『機関士(コンダクター)』。この列車の脳だ。あの時計面を砕けば、奴は食事を止める」 「どうやって? あんな高い所に、怪物の群れがいるのに」 「あんたが囮になるんだ」 沙耶子は懐から銀色の粉が入った袋を取り出した。 「浄化の塩と鉄粉だ。奴らに撒けば関節が錆びついて動かなくなる。三十秒、時間を稼げ」 「ぼ、僕が?」 「あんたの名前はもう時刻表にある」沙耶子は彼を睨んだ。「逃げても隠れても、二十五時が来れば奴らはあんたを炉に放り込む。どうせ死ぬなら、死に方くらい選べ」 秋彦は熱を帯びた切符を握りしめ、燃え盛る口を見た。壁の文字が脳裏をよぎる。『投炉』。 絶望の果ての狂気が湧き上がった。 「わかった」秋彦は歯を食いしばり、袋を受け取った。「三十秒だ。それ以上は持たないぞ」 沙耶子は頷き、闇へと消えた。 秋彦は深呼吸した。煤と死臭に満ちた空気を吸い込み、岩陰から飛び出した。 「おい! 乗り越し精算だ!!」 彼は叫んだ。 怪物の群れが一斉に動きを止め、排気管の首を彼に向けた。 運転席の「時計顔」がゆっくりと振り向いた。顔面の針が狂ったように逆回転し、ジジジと音を立てる。 【ネンリョウ——ハッケン——】
第五節:鉄皮の脱皮
高島秋彦は、ペンと時計しか持ったことのない自分が、法術の粉を片手に半機械の怪物と殺し合うなど想像もしなかった。 「来やがれ! この燃えカスども!」 恐怖で裏返った声で吠え、突っ込んできた先頭の「炉渣」へ銀粉を撒く。 粉が怪物の赤熱した体に触れると、強酸をかけたような音がした。 ジュワァァ! 効果は劇的だった。潤滑油で動くはずの軸受や歯車が、瞬時に分厚い赤錆に覆われた。 ギギ……バキン! 怪物は膝の金属疲労で折れ、無様に転倒した。排気管から怒りの火の粉を吹くが、体は痙攣するだけだ。 「効くぞ!」 秋彦は希望を見出し、灰色の死体の山を盾にして走り回った。不格好なダンスのように死線をかわし、近づく怪物に「錆の粉」を浴びせる。酸っぱい金属臭と悲鳴が充満し、地面には錆びついた残骸が転がっていく。 だが秋彦の肺は限界で、粉も底を突きかけていた。 「三十秒……過ぎたぞ……」 彼は黒い巨体を見上げた。
そこでは無音の死闘が繰り広げられていた。 九条沙耶子は黒猫のように、銀の鎖付き鉤爪を使って鋼鉄の車体を登っていた。 列車はただの機械ではない。寄生虫に気づき、抵抗した。 シューッ! 車体側面の蒸気パイプが生き物のように鎌首をもたげ、高圧蒸気の壁を噴射する。触れれば肉が煮える。 だが沙耶子は神速で蒸気の網をかいくぐり、独鈷杵でパイプを切断していく。金光一閃、切断面からは深緑の煙が漏れる。 彼女はついに運転室の窓に張り付いた。 ガラス越しに、顔のない「機関士」が立っている。顔面の時計が唸りを上げている。 近づいた瞬間、沙耶子は圧倒的な圧力を感じた。物理的な圧ではない。「時間の奔流」だ。心拍数が跳ね上がり、皮膚に皺が寄り、黒髪の一部が瞬時に白髪へと変わる。機関士は彼女の周囲の時間を加速させ、数秒で老衰死させようとしているのだ。 「小賢しい!」 沙耶子は舌を噛み切り、血を独鈷杵に吹きかけた。 「急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)——破!」 彼女は防弾ガラスではなく、窓枠の隙間に貼られた目立たない呪符を突いた。防御の結界が砕ける。 パリン! 彼女はガラスごと突っ込んだ。 機関士が振り向く。時針と分針がハサミのように閉じ、彼女の眉間を狙う。 【ハイジョ——】 だが沙耶子が速かった。独鈷杵が雷撃の勢いで、時計の中心軸を貫いた。 ガシャン! 世界の崩壊のような音と共に、機関士の顔面が爆散した。歯車、バネ、ネジが花火のように飛び散る。立派な制服は空気が抜けた風船のように萎み、ただの布と部品の山になった。
「やったか?」 地上の秋彦が叫んだ。粉を使い果たし、残る二体に追い詰められていたところだった。 機関士の消滅と同時に、炉渣の怪物たちも電源が切れたように硬直した。眼光が消え、静寂が戻った。 ボイラーの口もゆっくりと閉じた。 終わったのか。 沙耶子は残骸の上で荒い息を吐いた。白髪が黒に戻り、皺も消える。だが、勝利の予感はしなかった。あまりに脆すぎる。二十五時の核にしては。
その時。 グチュ。 静寂の中で、極めて微かな、湿った音が響いた。 列車の内部からだ。卵の中で何かが蠢くような音。 秋彦の動きが止まる。 グチュ……ベチャ……ヌラリ…… 音は急速に大きく、密になる。金属音ではない。粘着質な、肉が擦れ合う音。 「沙耶子さん! 離れろ!」 秋彦の直感が警鐘を鳴らした。 沙耶子が飛び退こうとした瞬間、床が柔らかくなった。鋼鉄の床板から、暗赤色の腥い液体が滲み出していた。 そして、悪夢が顕現した。 全長百メートル近い黒い蒸気機関車が、脱皮を始めたのだ。 ビリビリビリィィィ——————!! 布が裂けるような轟音と共に、表面の黒い鉄板が、日焼けした皮のように裂け、めくれ上がった。 鉄皮の下から現れたのは、精密機械でもボイラーでもない。 肉だ。 鮮紅色の、脈打つ巨大な肉塊。 蒸気パイプだと思われていたものは、鉄皮が剥がれて太い青紫の血管となり、ドクドクと脈打っている。煙突は粘液を滴らせる気管に変わった。 そして車輪——巨大な鉄輪の外殻が弾け飛び、その下から、無数の惨白な人骨と強靭な腱が絡み合ってできた「骨輪」が露わになった。 これは機械ではない。鋼鉄の皮を被り、工業文明の産物に擬態して時代に潜伏していた、太古の巨獣だ。 今、偽装は解かれた。 「グオォォォォォォォ——————!!」 汽笛ではない。皮を剥いだ肉塊列車が、生物としての咆哮を上げた。 凄まじい音圧と血臭が洞窟を満たす。 閉じたはずのボイラーの口が、再び開いた。今度は鉄の牙ではない。鋭利な骨の歯が並ぶ血盆(けつぼん)の大口だ。 そして喉の奥、炉床があった場所で、巨大な、血走った黄色い眼球がゆっくりと見開かれ、沙耶子を凝視した。 その瞳には、歪んだ「二十五時」の全てが映っていた。
第六節:赤き臓腑
鋼鉄の崩壊は鋭い音を立てるが、肉体の露呈は無音かつ湿潤だった。 高島秋彦は地に這いつくばり、指の爪が剥がれるほど地面を掴んでいた。叫びたい、吐きたい、逃げ出したい。だが体は金縛りにあったように動かない。眼前の光景が、人間の理性の許容範囲を超えていたからだ。 それはもはや列車ではなかった。 長さ百メートルに及ぶ、皮を剥がれた巨大な腸道だった。 かつて黒い外殻だった残骸が線路脇に堆積し、露わになった真皮層は鮮紅色で、吸血したヒルに似た血管が這い回っている。 ドクン……ドクン…… 「列車」全体が呼吸している。肉壁が膨張と収縮を繰り返し、窓だった場所は、瞼のない巨大な目玉の列に変わっていた。濁った眼球が狂ったように回転し、一部からは膿のような緑色の酸液が流れ出している。 そして車輪……秋彦はそれを見た。鋼鉄ではない。大腿骨、肋骨、頭蓋骨。無数の人骨が圧縮され、ねじ曲げられ、腱で結ばれて輪を形成している。 これが「文明開化」の正体か? 人を燃料にし、部品にし、作り上げたのが、ただ食らうだけの原始の獣なのか?
「秋彦!!」 悲鳴が彼を現実に引き戻した。 先頭車両——巨大な頭部——の運転室だった場所は、半透明の胃袋に変貌していた。 沙耶子が捕らわれていた。 胃壁から分泌された粘液が蜘蛛の巣のように彼女を拘束し、床(胃壁)は沼のように彼女の足を飲み込んでいく。肉壁から生えた無数のピンク色の絨毛(じゅうもう)が、イソギンチャクの触手のように彼女の手足に絡みつき、衣服の中に侵入し、溶解しようとしていた。 「離せ! 離せ!」 彼女は独鈷杵を振るい、触手を切断して腥い体液を撒き散らす。だが肉は再生する。切られた触手は倍に増え、彼女の左腕と腰を完全に封じた。 「きゃぁッ!」 粘液の腐食性でドレスが焼け、皮膚に激痛が走る。 「沙耶子さん!!」 秋彦は叫んで立ち上がった。武器を探すが、あるのは石ころと鉄屑だけ。こんな巨獣には爪楊枝にもならない。 しかも、怪物は彼に気づいた。 グオォォォ—— 「頭部」がゆっくりと旋回した。血盆の大口が開き、喉の奥の直径二メートルを超える黄色い眼球が、秋彦をロックオンした。瞳孔はなく、地獄へ通じる黒い渦があるだけだ。 見つめられた瞬間、魂を半分吸い取られた気がした。強烈な「被食願望」が脳内に湧く。 『入っておいで……苦痛より同化を……ここは暖かい……時間は止まっている……永遠だ……』 声が頭蓋内で共鳴する。秋彦の目は虚ろになり、ふらふらと口へ向かって歩き出した。
「聞くな! 高島秋彦!!」 胃袋の中で、沙耶子は上半身だけを残して沈みかけていた。彼女は最後の力を振り絞り、独鈷杵をナイフのように投擲した。 ブスッ。 距離が遠く、眼球には届かなかったが、巨大な口の「唇」の縁に突き刺さった。 微かな痛みだが、怪物の注意を逸らし、催眠を解くには十分だった。 秋彦はハッと足を止めた。冷や汗が噴き出す。あと数歩でミンチになるところだった。 「どうすれば……」 飲み込まれゆく沙耶子を見る。彼女だけが希望だった。 逃げられない。彼は運行管理員だ。列車の運行を正すのが仕事だ。この列車は「脱線」している。時刻表を破り、生死の境を越え、怪物になった。誰かが止めなければならない。 『核心……炉心は胸だ……』 沙耶子の言葉を思い出す。時計は壊したが、奴は生きている。つまり本当の核はもっと奥だ。 どこだ? 秋彦の視線は、喉の奥——黄色い巨眼の裏側へと吸い寄せられた。そこが動力源だ。「時間」を燃やす場所だ。殺すには、体内に入り心臓を刺すしかない。 必死の、狂気の沙汰だ。 だが沙耶子を見て、秋彦は不思議と恐怖を感じなかった。「投炉」と書かれた切符が、逃げられない運命を告げていたからかもしれない。 「燃料が食いたいなら……」 秋彦は足元から、一本の尖った、折れた犬釘を拾い上げた。重く、粗野で、怪物の黒血が付着している。 彼は深呼吸した。腥い空気だが、この世で吸う最後の一口だ。 「食わせてやるよ!!!」 高島秋彦は獣のように咆哮した。逃げも隠れもしない。犬釘を両手で構え、数千の倒状歯が並ぶ口へ向かって突撃した。 怪物は、この虫ケラが自ら飛び込んでくるとは思わなかったらしい。黄色い眼球が微かに収縮し、困惑の色を見せた。 その隙に、秋彦は口元まで到達した。胃酸と死臭の熱風。 「くたばれぇぇぇ!!」 彼は地面を蹴り、砲弾となって宙を舞った。 目標は脱出ではない。侵入だ。 沙耶子の絶望的な視線と、怪物の怒りの咆哮の中、高島秋彦の姿は閉ざされる巨口の中へと消えた。 ゴクリ。 巨大な嚥下音が、地下空洞に響き渡った。
第七節:逆流する砂時計
引き裂かれる痛みはなく、濃密で滑らかな気流が彼を包んだ。誤って気管に入った塵のように、彼は巨獣の深部へと吸い込まれた。 ヒュゥゥゥ———— 落下。混沌とした暗赤色の闇。光源は肉壁の血管が放つ微弱な燐光のみ。 そこは果てしない食道だった。内壁は粘膜ではなく、硬化ゴムのような襞(ひだ)で覆われ、ベルトコンベアのように彼を深淵へ押し流す。 滑落中、無数の軽いものが体にぶつかった。 掴んでみると、紙だった。 数千、数万枚の赤い切符。 枯れ葉のように食道を埋め尽くしている。それぞれに異なる名前と日付。 【明治元年 鈴木 殿】 【慶応三年 山田 殿】 【明治二十二年 高島 秋彦 殿】 秋彦は戦慄した。これは消化器官ではない。消化しているのは肉体ではなくアイデンティティだ。この列車はまず名前を奪い、存在証明を紙切れに変え、残った空っぽの器を炉に放り込むのだ。 「僕はまだ紙じゃない……」 彼は犬釘を握りしめた。鉄の棘が掌に刺さり、痛みが理性を繋ぎ止める。
ドスン! 落下が止まった。胃酸の海ではなかった。彼は巨大な網の上に落ちたのだ。 樹の根のように複雑に絡み合った神経束の塊。腕ほどの太さがある半透明の灰白色の管の中を、電流のような光パルスが流れている。 見上げると、前方には赤い薄膜越しに、あの巨大な眼球の裏側が見えた。ここは視神経の中枢だ。 ジジッ—— 神経束が震え、膨大な情報が秋彦に流れ込んだ。直接接触したせいで、怪物の記憶を「視て」しまったのだ。 轟音と共に脳内で映像が弾ける。 明治初期の横浜港。黒煙と髷(まげ)。 逢坂山のトンネル工事。崩落、血飛沫。 闇に潜む黒い列車が、瀕死の労働者をボイラーへ飲み込む。 深夜の沼津。泥酔した佐藤(前任者)を轢き、時間を抜き取り、半機械に変える。 これが文明の影。鉄と速度を崇める時代の裏で、この列車はずっと走り続け、犠牲者の怨念を燃料に、この「二十五時」を疾走してきたのだ。 「あアアアア!!」 絶望と苦痛が理性を押し流そうとする。ここに留まれば、意識はデータベースの藻屑となる。 「動力源……核は……」 彼は目を見開き、神経の隙間を探した。 最深部に、太い、幽鬼のような赤光を放つ大動脈が伸びていた。あの心音の源だ。 ドクン——ドクン—— あそこだ。 秋彦は蟻のように神経のジャングルを這い進んだ。熱が増し、肉壁は干上がった河床のようにひび割れていく。
ついに彼は神経叢(しんけいそう)を抜けた。 息を呑む光景だった。 球形の巨大な腔室(こうしつ)。壁には外のトンネル同様、無数の時計が埋め込まれている。 その中央に、真の核が浮遊していた。 心臓でもエンジンでもない。 それは血肉の薄膜でできた、巨大な砂時計だった。 上下の半球が血管で繋がれ、中で流れているのは砂ではない。 極小に圧縮され、扭曲(ねじ)れ、苦悶する無数の「人面」だった。 数万の人の顔が砂粒となり、上の球から下の球へ、悲鳴を上げながら押し流されている。 ウゥゥ—— その微細な悲鳴の集合体が、あの汽笛の音色だった。 最も恐ろしいのは、この砂時計が「逆流」していることだ。底に落ちた人面砂は堆積せず、見えざる力で強制的に上へポンプバックされている。 自然の摂理の逆転。 これこそが二十五時の正体。死者の魂を粉砕し循環させ、閉じた時間ループを作り出す。夜明けを拒絶し、永遠に闇の刻(とき)に留めるための永久機関。 「見つけた……」 秋彦は犬釘を振り上げた。手が震える。薄膜は脆そうだが、数千の怨念が放つ威圧感が凄まじい。 「やめて——」 優しい女の声が響いた。 肉の砂時計の表面に、顔が浮かび上がった。 和服姿の、若い女。 「由美(ゆみ)?」 秋彦の手が止まる。三年前に結核で死んだ婚約者だ。 「秋彦さん……壊さないで」 砂時計の由美が涙を浮かべる。 「私はここにいるの。ずっとここにいたの。ここには病気も死もない。砂時計が回る限り、私たちは一緒よ」 「由美……君なのか?」 「そうよ。ここにはたくさんの人がいる。永遠の楽園よ」 顔は鮮明になり、幻影の手が秋彦の頬に触れようとする。 「釘を捨てて。私と一緒にいて。終わりのない旅をしましょう……」 秋彦の目が揺らぐ。外の世界に何がある? 貧困、過労、孤独。追いつけない文明。ここで由美と永遠にいられるなら、怪物の腹の中でも構わないのではないか? 手が下がる。 その時、掌に激痛が走った。犬釘で切った傷だ。 温かく、鉄臭い血の感触が、甘美な幻覚を切り裂いた。 「違う」 秋彦は顔を上げた。瞳に光が戻る。 「由美は死んだんだ」 声は震えているが、鋼のように硬かった。 「僕が葬儀で目を閉じてやった。骨は沼津の寺にある」 彼は微笑む幻影を見据えた。 「君は彼女じゃない。切符が見せる幻だ。君は……囚われた時間の残滓だ!」 ここが永遠なら、それは無間地獄だ。死者を縛り付ける牢獄だ。 本当の愛は所有でも停滞でもない。手放すことだ。死者に安息を、生者に明日を。 「二十五時なんて、いらない!」 秋彦は裂帛(れっぱく)の気合いと共に、犬釘を振り下ろした。一生分の勇気と怒りを込めて、肉の砂時計の最も脆い括(くび)れへ。 「イヤァァァァ!!!」 由美の顔が悪鬼に変貌し絶叫する。 ズプッ! 凡人の血に塗れた錆びた釘が、神の砂時計を貫いた。 張り詰めた風船に針を刺したように。 パァァァァン——————!! 砂時計が爆散した。 血肉ではない。溢れ出したのは光だった。 五色の眩い光。数十年囚われていた数千の魂が一気に解放されたのだ。人面砂は光の粒子となり、狂ったように舞い上がる。 時間が、流れ出した。 逆流ループが壊れ、腔室が激震し、壁の時計が正回転を始めた。針が見えない速度で回る。 ガガガガッ! 怪物の体内崩壊の音。 衝撃波で吹き飛ばされた秋彦は、舞い散る光の中で笑った。 光の彼方に、本物の由美が見えた気がした。白装束の彼女は、優しく一礼し、本当の彼岸へと歩き去っていった。 「さよなら」 秋彦は目を閉じた。黄泉機関車の心臓が止まり、その巨体が終焉を迎える中、彼の意識はホワイトアウトした。
第八節(最終章):黎明の錆
核の破壊は爆発ではなく、世界そのものの収縮を招いた。 悪夢が目覚まし時計で強制終了されるように、赤と灰色の「二十五時」は不自然に畳み込まれていった。 地下空洞では、九条沙耶子が、怪物から吐き出された粘液まみれの高島秋彦を引きずっていた。 背後の巨獣——黄泉機関車は、急速に腐敗していた。 シュルシュル……サラサラ…… 逆行砂時計を失った鮮紅の筋肉と血管は、真夏の積雪のように黒い灰へと崩れ去る。人骨の車輪も風化し、骨粉となって散る。 残ったのは、数百年放置されたような、赤錆だらけの鉄の骨組みだけ。 「終わりだ」 沙耶子は振り返らなかった。空間が歪んでいる。岩壁の時刻表が消え、ただの苔むした岩に戻っていく。灰色の世界が剥がれ落ち、その隙間から眩暈がするような混沌が覗く。 「しっかりしろ!」 彼女は秋彦の額に青い定魂符を貼った。空間転移の衝撃で魂が飛ばされないように。 彼女は彼を引きずり、トンネルの唯一の出口——微かだが「本物」の光が見える場所へ走った。 ゴゴゴゴ…… 背後でトンネルが崩落する音が聞こえる。岩ではない、「時間」が閉じているのだ。盗まれた第二十五時間が、現世の修正力で抹消されていく。一歩遅れれば、存在しない時間と共に消滅する。 沙耶子は唇を噛み切り、霊力を絞り出して疾走した。 光が強くなる。灰色の死光ではない、熱を持った黄金の光。 闇が全てを飲み込む寸前、二人は出口へと飛び込んだ。
明治二十二年、六月十日。 早朝、五時三分。 高島秋彦が目覚めた時、最初に感じたのは痛みだった。全身がバラバラになりそうで、皮膚は酸で焼けたようにヒリヒリする。 次に匂い。土と草、雨上がりの澄んだ空気。煤煙と血の臭いはない。 彼は濡れた草の上に寝ていた。 「起きたか?」 冷たくも疲労の色が濃い声。 横の石に沙耶子が座っていた。ドレスはボロボロで泥と油に塗れ、髪も乱れているが、独鈷杵を丁寧に拭いていた。 「僕たちは……出たのか?」 声は炭を飲んだように嗄(か)れていた。 「出たよ」 沙耶子が空を指した。 厚い雨雲が割れ、東の空が白んでいる。雲間から射す金色の光が、遠くの沼津港を照らしていた。 本物の色だ。青い海、緑の山、赤い太陽。 「生きて……いる」 秋彦は手を見た。傷だらけで爪に泥が詰まっている。 だが彼が探したのは切符だった。掌に癒着していたあの赤い切符がない。 代わりに、薄い赤色の痣(あざ)が残っていた。切符の形をしたその痣は、皮膚の深層に染み込み、体の一部となっていた。 「『通過査証(ビザ)』だ」沙耶子が言った。「帰っては来たが、あっち側へ行った証だ。お前が『生存者(サバイバー)』であることを忘れないようにな」 「生存者か……」 秋彦は苦笑し、懐の時計を探った。 銀時計はあった。 蓋を開ける。ガラスは割れている。針は止まったままだ。 だが、あの不気味な「十三番目の目盛り」——二十五時の刻みは消えていた。 代わりに、「12」と「1」の間に、深く焦げた亀裂が走っていた。犬釘で砂時計を刺した時の痕跡だ。その傷は時計の時間を永遠に分断していた。
ポォォォォォォ——————! 遠くで汽笛が鳴った。 秋彦は身を竦(すく)ませた。恐怖が骨髄に刻まれている。 「怯えるな」沙耶子が立ち上がり、線路を眺めた。「あれは本物だ」 開通したばかりの東海道本線を、新品の黒光りする蒸気機関車が、白煙を上げて朝陽の中を疾走していた。 その汽笛は高らかで、力と希望に満ちていた。命を食らう怪物ではない。国を未来へ運ぶ道具だ。 車輪は回り、生活のために働く人々を乗せ、本物の神戸へ、本物の時間へと走っていく。 「時間が……流れている」 秋彦は涙を流した。恐怖のためではない。この平凡で、残酷で、しかし何より尊い「流れ」への感謝のために。 由美はあの車にはいない。彼女は過去にいる。そしてこの車は、未来へ行くのだ。
「高島」 沙耶子は身なりを整えた。ボロ布を纏っても、その気高さは損なわれていない。 「黄泉機関車は滅んだ。だが、人間が『進歩』という名のレールを暴走し続ける限り、効率のために人間性を捨て、速度のために魂を忘れる限り……」 彼女は彼を深く見つめた。 「新しい怪物は、また影の中で生まれるだろう」 「僕はどうすれば?」 「二十五時を忘れるな」沙耶子は鞄を拾った。「そして運行管理員として、信号をしっかり見張れ。現世の列車が、二度とあんな分岐に入り込まないようにな」 彼女は別れの言葉も告げず、踵を返して反対側の山林へと歩き出した。紫の背中は朝霧に溶け、明治維新の朝陽の影へと消えていった。
尾声
高島秋彦は鉄道局を辞した。漆黒のトンネルと深夜のダイヤグラムに耐えられなくなったからだ。 故郷へ戻り、実家の和菓子屋を継ぎ、穏やかで緩やかな時間を生きた。家中の時計を捨て、日の出と共に起き、日の入りと共に眠った。 割れた懐中時計は鉄の小箱に入れ、由美の墓の傍らに埋めた。 「二十五時の幽霊列車」の話は、時と共に沼津の都市伝説となった。梅雨の深夜、廃線跡で待てば、しゃがれた汽笛が聞こえるという。 だが秋彦は知っている。それは伝説ではなく警告だ。
数十年後、白髪の老人となった秋彦が、雨夜に縁側で独り座っていた時。 彼は掌の赤い痣を見つめた。 シトシトと降る雨の向こう、遠くの駅から汽笛が聞こえた。 ポォォォォォ———— 秋彦の手が微かに震えた。 近代的な電気機関車の警笛の隙間に、極めて微かな、地底から響くような……咀嚼音が混じっていたからだ。 それは新しい歯車が、噛み合い始めた音だった。
(「アレックス都市伝説シリーズ」第三章:二十五時の汽笛 完)
「アレックス都市伝説シリーズ」第三章:二十五時の汽笛 迦兰多(Jialanduo) @Alexsayst
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