天野さんちとあの手この手
矢芝フルカ
第1話 咲良ちゃんママについて
まず、一人で歩いているところを見たことが無い。
お住まいは3丁目の銀河ハイツだから、商店街やスーパーで見かけそうなものなのに、一度も無い。
代わりに、旦那さんや息子さんには、買い物中に会ったことがある。
咲良ちゃんママは専業主婦なはず。それなのに、買い物にも行かないって、どういうこと?
「身体が弱いって聞いたわよ」と、言っていたのは
だったら、病院や薬局の辺りで見かけてもいいじゃない?
それに、病弱にしては色艶の良い顔してるのよね。
ほとんどメイクしてないようなのに、あれだけ綺麗ってどういうこと?
PTAの会合には旦那さんが出ているし、月イチ土曜日の授業参観にはいっつも夫婦で来ている。
うちのパパなんて、お構いなしにゴルフ行っちゃうのに。
夫婦で仲いいのは結構だけど、ママ友同士でおしゃべりしたくならないのかしら?
と、いうか。
あの人が誰かとおしゃべりしているところ、見たこと無くない?
おかしいわ。
絶対におかしいわよ……。
「ね、どうか前向きに考えてもらえないかしら? 咲良ちゃんママ、お仕事されてないって聞いているし……」
土曜日。
小学校は月に一度の、授業参観の日だった。
3時間目の参観を終えて、
「もう本当に手が足りなくて。お試しで構わないから、やってみてほしいのよ」
この声は
涼君ママは、駅近くのビジネスホテルで支配人をしている。
「手が足りない」って、ホテルのスタッフのことだろうか?
「はぁ……でも、うちの妻はそういった仕事に就いたことがありませんので……」
「未経験でも丁寧にお教えするので安心して下さい。ぜひ検討してほしいのよ、咲良ちゃんママ」
え、何? 咲良ちゃんママに仕事をお願いしてるの?
ホテルスタッフの仕事? それってフロントよね? 涼君ママ、いっつも「手が足りない」って言ってたもの。
えー、咲良ちゃんママまで働いちゃったら、専業主婦仲間が居なくなっちゃうじゃなーい。
それに涼君ママ、なんでわたしじゃ無くて咲良ちゃんママなの? わたしとの方が、ママ友付き合い長いのに!
「こんにちはぁ、涼君ママ。何かお話聞こえちゃったぁ、ホテルの人手が足りないのぉ?」
操が出て行って声をかけると、涼君ママの顔が明らかに
「大崎さん、咲良がいつもお世話になっています」
天野さんの旦那さんが、ていねいに頭を下げてくれる。
「こんにちはぁ、天野さんは今日もご夫婦一緒なんですねぇ」
返事をしながら、チラリと咲良ちゃんママを見る。
「こんにちは、澪ちゃんママ」
ニコッと笑う咲良ちゃんママ、今日も綺麗。
悔しいくらい。
「ねぇねぇ涼君ママ、お仕事のお手伝いなら、わたしもできるわよ。仕事してないし。咲良ちゃんママも、わたしと一緒の方が始めやすいと思うのよ」
「あ、ああー、そうかもしれないけど……」
涼君ママは、なぜか言葉を濁す。
特に仕事をしたいとも思わないし、経済的にも困っているわけではない。
でも、ママ友のなかで自分だけ仕事していないというのも、なんかのけ者みたいで嫌。
「……まぁ、それもアリかな」
しばらく黙っていた涼君ママがボソッとつぶやくと、
「それじゃあ、澪ちゃんママにもお願いするね。二人で一緒に始めてくれれば、こちらも助かるので」
笑顔でペコリと頭を下げる。
「詳細はメッセージを入れるね。じゃ、これから仕事だから!」
涼君ママは、足早に校門を出て行った。
「咲良ちゃんママ、一緒にお仕事できるといいわね」
って声をかけたら、
「その時はよろしくお願いします」
って、旦那さんが返事した。
「ママ!」
昇降口から澪が駆けてくる。
咲良ちゃんも降りてきて、天野さん夫婦と帰って行ってしまった。
結局、咲良ちゃんママとは話ができなかったけど……どうするつもりなんだろう?
つづく
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