私の懲罰者

真野魚尾

秘密の戯れ事

 とある辺境の村を流行り病が襲った。


 私たちの財団が薬の支援を申し出たとき、村人たちの中からは反対の声が上がった。

 恩を売って村を乗っ取るつもりか、と。


 事実、お父様のやり方は狡猾だった。救いの手を差し伸べる見返りに、事業開発のための土地や資源をせしめようというのだ。

 同様の手を使って北の集落を取り込んだ過去は知れ渡っていたし、警戒されるのも無理はなかった。


 けれど、真の問題はその後に起きた。




 財団の申し出を受け入れるべきか否か。

 村民の意見が真っ二つに分かれ、言い争いから小競り合いにまで発展したのだ。


 そうこうしているうちに病は村に広まり、多くの死者を出してしまっていた。


 最愛の姉を病でうしなった青年がいた。

 財団の薬さえあれば、姉は死なずに済んだのに――彼の怒りと悲しみはどれほど深かったことだろう。


 青年は財団の申し出を拒んだ反対派の村民を皆殺しにし、なおも暴れ続けているとの報告が、私たちの耳にも届いた。


 お父様はこれを好機と見て手を打った。

 村民の安全確保という人道的理由を名目に、財団の私設部隊『懲罰者』を派兵して、青年の身柄を拘束したのだ。


 すでに反対派を失っていた村は、自分たちの安全を守ってくれた財団をすんなりと受け入れた。お父様の目論見どおり、村の土地と資源は財団のものとなった。


 一方で、当時幹部だった私は、収監された青年を釈放させた。彼の有り余る力を買い、『懲罰者』の一員として雇い入れたのだ。



  *



 あれからしばらくしてお父様は「病死」し、私は財団のトップとして後釜に座った。


 私はあの『懲罰者』の青年を引き抜いて、身辺警護に当てていた。

 共に過ごす機会の増えた私たちが、男女の仲になるのは時間の問題だった。




 ベッドの上で今日も私たちは睦み合う。

 だけど、事を終えた後も私の心は満たされぬままだった。


「昔みたいにもっと乱暴にしてもいいのよ。叩いたり、首を絞めたり」


 私を偽善者だと蔑んでいたあの頃のように。


「それはできません。俺はもうお嬢様を愛してしまったから」


 ああ、つまらない。

 彼が去った後、私はひとり溜め息をつく。


「あなたには私を罰してほしいのに」


 財団を存続させ、大きくするため、なりふり構わず罪を重ねてきたお父様。

 多くの弱者に犠牲を強い、怨嗟と憎悪にまみれたお父様は、いずれ誰かに裁かれなれけばならなかった。


 だから、私が手を下した。


「今さら打ち明けたところで、あなたは……」


 私を赦し、共に堕ちることさえ厭わないでしょう。

 でも、それでは私の渇きは癒されないから。


 だからせめて、気休めのたわむれ事にすぎないとしても。


「血塗られたその手で、私を痛めつけてほしい」


 あなたは私という偽善者を裁く『懲罰者』なのだから。




〈了〉

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私の懲罰者 真野魚尾 @mano_uwowo

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