選ばれなかった者たち

カイリ

第1話 

 幼い子供のような屈託のない笑顔が大好きだった。

 あいつの隣に別の男がいるのは気づいていた。休日になるとやたらとめかし込んで爪の先までピカピカにして出かけて行ったから、きっと男とデートでもするんだろう、と予想していたけれど、卒業が近付くにつれてあいつらの距離が近くなるのを間近で見ていて心臓が握りつぶされそうだった。

 けれどそれを表にも出せず、冗談ぽく言葉にすると恥ずかしそうに赤面されては傷ついて、それでも最後はあいつが幸せになってほしかったから二人がくっつくのを手伝った。

 家が近くて、何をするにも一緒だった。

 あの男が知らないことも俺はいっぱい知っている。

 けれどあいつが選んだのは、俺以外の男だった。



 高校卒業してから二年が経過した。今日も空しい一日が始まる。

 高校時代、一人の女を三人の男と取り合っていた。おもむろに敵対するわけではなかったが――そもそもそんなみっともない姿をあいつに見られたくなかったが一番の理由だったけれど――互いにライバルだと気づいていた。最初は平行線だった俺たちだが、先に飛びぬけたのはあいつの心を射抜いた男、多田だった。

 多田は悪いやつではない。頭もいいしスポーツも万能、サッカー部に所属していてエースを張っていた男だ。先生からのウケもよくて、他校の生徒から告白されることも多かった。あいつとは一年から同じクラスで、たまたま席が隣同士になった。二人が知り合うきっかけなんて、そんなもんだった。斜め向かいに住んで小さいころから一緒だった俺はかなりアドバンテージを持っていたはずなのに、あっという間に追い抜かされてしまった。多田と一緒にいるときのあいつの顔は、俺が見たことない女の顔だった。

 それからもう一人、森口という男もあいつに気を持っていた。森口は寡黙な男だったがあいつとは結構話していて、よくスマホの画面を見せては「カワイイ」だの「かっこいい」だの二人で盛り上がっていた。後から聞いた話では森口はアクセサリーが好きで、流行りに敏感なあいつとよく情報交換をしていたらしい。三年になるとこの四人で行動することが増えたけれど、あいつの隣はいつも多田で、俺たちは後ろを歩くか前を歩くか、二人の会話には入れないバリアが貼られているようだった。

 あいつは多田に振り向いてもらうためにたくさんの努力をしていた。流行りを常にチェックし、勉強だけではなく運動もして、自分磨きもおろそかにしなかった。そんなあいつは進学先をこの辺りで一番の大学を選んだもんだから、俺も必死になって勉強した。少しでもあいつに見合う男になるため努力したけれど、結局、俺はあいつの恋を応援することしかできなかった。

 十数年も引きずった初恋をそう簡単に忘れることもできず、あいつらが仲良くしているところを見ては傷ついて、いい加減、新しい女の子でも好きになろうとしてみたけれど、最後はあいつと比べてしまって未だに彼女はできない。

「高階はさ、女の子の理想が高すぎるんだよ」

 彼女ができないことを愚痴ったところ、対面の男は仄かに笑いながらそう言う。

「あいつと同じぐらいの女の子なんて、世の中にそうそういねーよ」

 そんなもん、知っている、と怒鳴りかけて口を噤むと、どうやら表情にはその不満が出ていたようで、森口は仕方ないと言わんばかりにふわりと微笑んだ。

 同じ女を好きになって同じ運命をたどったせいか、高校卒業後から森口ととても仲良くなった。専攻も一緒で何をするにも森口は俺の傍にいて、合コンやら飲み会やらにもついてきてくれた。初めはどうしてお前がいるんだ、と邪険にしたものだが、森口が一番俺を理解してくれていたから一緒にいて心地よくなってしまった。

「なあ、高階。お前、明日は暇か?」

 授業が終わって帰路につこうとしたとき、隣からそう話しかけられて「ああ」と答える。バイトも何も入っていなかったし、明日は家でゆっくり映画でも見ようかと思っていたところだ。

「付き合ってほしいところがあるなら、行くけど」

「いや、暇だったら俺の家で飲まないか?」

 森口からそういう誘いは初めてだった。成人して酒が飲めるようになったけれど、あまり強くないのもあって俺は酒が好きではない。けれどいつも俺の愚痴を聞いてくれる森口の誘いを断るのもなんだか気が引ける。

「……なんで?」

 意図が読めずにそう尋ねると「最近、カクテル作りにハマっててさ」とスマホの画面を俺に見せる。そこにはエプロン姿の森口がグラスに青い液体を注いでいる姿が映っている。

「よかったら、味見してくんねーかな?」

 にこりと微笑むその表情はきっと女の子が見たら即落ちるんだろうな、と言うぐらい完璧だった。森口が何を企んでいるのか全く知らず、「仕方ねーな」と言って味見役を引き受けてやった。


 森口は大学の近くに一人暮らしをしている。授業が一限目からだったりする日には俺も泊めさせてもらったりしていて、勝手知ったる他人の家、という表現が相応しい。

「よし、ツマミは俺が作ってやろう」

 腕まくりをしながらキッチンに立つと、「よろしくお願いしまーす」と調子のいい声が聞こえてくる。料理は昔から好きだったし、あいつにも何回か作ってやったことがある。チャーハンやらオムライスを頬張りながら「おいしい」と笑ったのを思い出して胸が痛くなる。

 簡単に何品か作ると「じゃあ、今度は俺の番だな」と言って森口が立ち上がった。俺も平均より身長は上だが、森口はもっと高い。すらりとした手足に体格のいい体。モデルのスカウトもされたことがあるらしいけれど、本人は「そういう柄じゃない」と言って断ってしまったとか。森口はあまり話したりするタイプではないもの、性別関係なく気さくな人物だ。高校の時には隠れファンがいたとかいないとか。

「じゃあ、まず、これから」

「あのなんか振ったりするやつは?」

 数分ほどで一杯出てきて驚く。カクテルと言えばアルミみたいなコップをシャカシャカ振るイメージがあるけれど、森口はそんなこと一切していなかった。うっすらと金色に輝いているカクテルは飲みやすそうに見える。

「ああ、シェーカーか? それは後でのお楽しみだな」

「見たかったのに」

「じゃあ、次はシェイクするカクテル出してやるよ」

 まずはそれを飲んでみてくれ、と言われて、俺は恐る恐るコップに口を付ける。ぶわりと酒の味が口の中に広がるのかと思いきや、甘い果実の味が広がって酒臭さを感じさせない。

「酒、入っているのか? これ」

「ビルドのカクテルだからな。そんなに強くない」

「へえ」

 こんなのが続けば酔うこともないだろう。そう思って、森口が作ったカクテルを片っ端から飲み続けて数時間後。

「あ……、あれ……、俺、寝てた……?」

 気づけば天井を見上げていた。体を起こそうとしたところで、どんと腕を掴まれてベッドに押し付けられる。なぜか上には森口が乗っている。しかも上半身裸で。

「俺さあ、据え膳ってしっかり食べるタイプなんだよね」

「……は?」

 さっぱり状況が理解できない。

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