仮面の聖女(フィルター・セイント)―ブスと罵られた私は、2027年の禁忌のメイクで「美の捕食者」を狩る―

ソコニ

第1話 偽りの聖女とドロドロの怪物

一、公開処刑

 煌びやかなシャンデリアの光が、会場を祝福のように照らしていた。


 日本最大級の美容大学、新設「美容学部」の創立記念パーティー。ドレスアップした学生たちが、シャンパングラスを片手に談笑している。ここは2026年、美容技術が「学問」として認められた記念すべき場所。AI解析に基づく骨格診断、ナノ粒子を使った最新コスメティクス、リアルタイム美容診断システム――この大学は、美の最先端を担う人材を育成する場として注目を集めていた。


 この華やかな舞台の中心に、私――真澄は立っていた。


 いや、正確には「立たされていた」。


「みんな、聞いて!」


 親友の莉奈が、ステージ上でマイクを握っている。彼女の笑顔は、いつものように眩しくて、無垢で、まるで聖女のようだった。SNSのフォロワー数は五十万人を超える、この大学のカリスマ。天然の二重、高い鼻筋、透き通るような肌――「無加工の美貌」を掲げる彼女は、多くの女性の憧れだった。


 私もかつて、そう思っていた。


「真澄は私の大切な親友なの。だから今日は、友情の証として、とっておきのサプライズを用意したの!」


 莉奈の言葉に、会場がざわめく。私は不安を覚えた。何も聞かされていない。


 そして、それは起こった。


 ステージ背後の大画面が、突如として明るくなる。そこに映し出されたのは――


 私の顔だった。


 いや、違う。それは私の顔ではない。顔の輪郭はドロドロに溶け、目と口が異常な位置にズレている。まるで溶けたロウ人形のように、皮膚が垂れ下がり、目玉は別々の方向を向いている。加工アプリがバグを起こしたかのような、歪んだ化け物の姿。AIによって悪意を持って細工された、私を貶めるための捏造画像。


「きゃあああ!」

「何あれ、グロすぎ!」

「真澄って、そんなに加工してたの?」

「やば、加工外したらこうなるんだ……」


 笑い声が会場を満たす。嘲笑。侮蔑。好奇の眼差し。


 美容学部の学生たちの声が、容赦なく私の耳に突き刺さる。


「見て、顔面の黄金比が完全に崩壊してる」

「中顔面の比率、異常すぎでしょ」

「これ、多分ディープフェイクで骨格データを改変されてるね。悪質すぎる」


 彼らは専門知識を持っているからこそ、より冷酷だった。美の構造を理解しているからこそ、「醜さ」を言語化し、解剖するように分析する。


 私の足が震えた。呼吸ができない。視界が歪む。


「真澄ちゃん、大丈夫?」莉奈が私の肩に手を置く。その瞳には、偽りの心配が浮かんでいた。「みんな、真澄は少し加工に依存しすぎてるだけなの。私、親友として心配で……」


 会場のあちこちから声が飛んでくる。


「加工なしじゃ歩けない化け物じゃん」

「でも加工技術だけは一級品だよね、ある意味すごい」

「リアルを見たら幻滅するわ」

「2026年にもなって、まだ加工詐欺してる人いるんだ」


 言葉の暴力が、私の全身を切り裂いていく。


 そして、追い打ちをかけるように――


「真澄」


 低い男性の声。振り向くと、婚約者の拓海が立っていた。美容学部のエリート。背が高く、端正な顔立ちで、私が心から愛していた人。


 彼の隣には、莉奈が寄り添っていた。


「君のような嘘つきとは結婚できない」拓海の声は冷たかった。「莉奈のような『天然の美』こそが僕に相応しい。婚約は破棄させてもらう」


 ガラスが砕け散るような音が、私の心の中で響いた。


 会場が、一瞬静まり返る。


 次の瞬間、爆発的な笑い声とざわめきが会場を包んだ。私の屈辱が、彼らのエンターテイメントになっていた。


二、泥水の味

 雨が降っていた。


 冷たい雨粒が、私のボロボロになった衣装を濡らしていく。会場を飛び出して、どれくらい歩いただろう。足が痛い。心はもっと痛い。


 震える手でスマホを開く。


 画面に表示されたのは、莉奈の最新投稿だった。


『親友が加工中毒で壊れていくのが悲しい…。本当の美しさは、ありのままの自分を愛することだと思うの。真澄には気づいてほしい。#無加工 #天然美人 #真実の美 #2026beauty』


 投稿からまだ30分も経っていないのに、コメント欄が荒れている。数万件のコメントが、私を叩いていた。


『真澄って人、可哀想』

『整形でもすれば?加工より誠実でしょ』

『莉奈ちゃん優しい!こんな友達ほしい』

『加工詐欺は犯罪だよね』

『2026年の美容学生が加工依存とか、終わってる』

『天然莉奈vs加工真澄、勝負ついたね』


 私は何も悪いことをしていない。ただ、少しでも綺麗になりたかっただけ。自分に自信を持ちたかっただけ。努力して、技術を学んで、自分を磨こうとしただけ。それがこんなにも責められることなのか。


 スマホを握りしめた手が震える。


 画面越しに見える莉奈の「勝ち誇った顔」が、私の胸をえぐった。あの優しい笑顔の裏に、これほどの悪意が隠されていたなんて。


 気づけば、川沿いの欄干に手をかけていた。


 暗い水面が、私を誘っているようだった。


 もう、何もかも終わりにしたい。


 この苦しみから、逃れたい。


 でも――


 私の中で、何かが燃え始めていた。


三、鏡の中の戦神

 アパートに戻った私を待っていたのは、一つの小包だった。


 差出人不明。


 開けると、中には見覚えのある革製のポーチが入っていた。母の遺品だ。伝説の舞台メイク師だった母が、生前愛用していたメイク道具。


 手紙が添えられていた。母の筆跡で。


『真澄へ。あなたが本当に苦しい時、これを使いなさい。メイクは武装(アーマー)よ。自分を守り、戦うための――。顔は構造物。骨を理解し、光を支配すれば、どんな顔でも作り出せる。技術は、あなたを裏切らない』


 涙が溢れた。


 でも今、私は泣いてなんかいられない。


 バスルームの鏡の前に座る。照明をすべてつけて、自分の顔を見つめる。


 腫れた目。荒れた唇。化粧を落とした素顔は、確かに地味だった。でも、これが私だ。


「……変えてやる」


 私は母の遺品を開いた。


 プロ仕様のファンデーション。2026年最新の特殊シリコン・パッチ――ナノレベルで皮膚と一体化し、骨格そのものを物理的に変える医療グレードの素材。光を操る高輝度ピグメント――量子ドット技術を使い、見る角度によって輝きが変わる最先端のハイライト。骨格を書き換えるためのコントゥアリング用のパレット。


 そして、母が残したノート。そこには、舞台メイクの極意が記されていた。


『顔は構造物。感性ではなく、論理で攻めろ。黄金比は1:1.618。人中は鼻下から上唇まで、理想は13〜15mm。中顔面を短縮し、知性を演出せよ』


 私の手が動き始めた。


 まず、クレンジング。完全にリセットする。素の自分と向き合う。


 次に、肌の凹凸を完璧に埋める。毛穴という毛穴を、シリコン系のプライマーで物理的に塞ぐ。この段階で、肌は陶器のような質感になる。


 そして、骨格の再構築。


 シリコン・パッチを鼻筋に貼り付ける。医療用の接着剤を使い、皮膚と完全に一体化させる。鼻骨そのものを「捏造」していく感覚。少しずつ、理想の高さまで積み上げていく。


 顎のラインにもパッチを貼る。輪郭をシャープに、知的に見せるために。


 次はテーピング。


 透明の医療用テープを、こめかみの髪の生え際に固定する。そして――


 皮膚を、限界まで吊り上げる。


 ビリビリと、皮膚が引き攣れる音がした。頭痛がするほどのテンションで、顔面の皮膚を固定する。目尻が吊り上がり、まぶたの脂肪が押し上げられ、眠っていた三白眼が現れる。


 痛い。


 頭が締め付けられるように痛い。


 でも、この痛みが私に「新しい私」を刻み込んでいく。この苦痛こそが、私の覚悟の証だ。


 莉奈が味わったことのない、血の滲むような努力。


 アイプチで二重のラインを作る。ただの二重ではない。2026年の最新トレンド「知性派二重」――目頭から7mmの位置で折り返す、計算された美しさ。


 眉は、骨格に沿って描き直す。眉頭の位置を2mm内側に、眉山を1mm高く。これだけで、顔の印象が「知的」に変わる。


 人中短縮メイク。唇の山の位置をコンシーラーで消し、新しい山を2mm上に描く。これで、幼く見えすぎず、でも若々しい印象を作れる。


 そして、コントゥアリング。


 影を入れる。鼻筋の両脇、頬骨の下、顎のライン。骨格を「彫る」ように、影で立体感を作る。


 ハイライトを乗せる。鼻筋の中心、目の下の逆三角ゾーン、唇の山の上、顎の先端。光を支配し、見る者の視線を誘導する。


 リップは、品格を醸し出す色に。明るすぎず、暗すぎず、知性と女性らしさが同居する絶妙な色味。


 これは、もはやお化粧ではない。


 人体改造だ。自分の顔を破壊し、再構築する儀式。


 自らの肉体を「構造物」として見つめ、論理で組み立て直す錬金術。


 時間の感覚がなくなった。ただ、筆を動かし続けた。パフが肌を叩く音。パレットがカチッと開く音。筆が粘膜をなぞる感触。すべてが、戦いの音だった。


 そして――


 鏡の中に現れたのは、別人だった。


 陶器のような滑らかな肌。知性と冷徹さが同居する、黄金比の骨格。計算し尽くされた光の反射が、神々しいまでの輝きを放つ。


 何よりも印象的なのは、漆黒の闇よりも深い、強い意志を宿した瞳。


 莉奈よりも、遥かに美しい。


 いや、美しいだけではない。この顔には「格」がある。「品」がある。ただの可愛さではなく、見る者を圧倒する「威厳」が宿っていた。


 港区の一流企業で働く女性たちが纏うような、知性と自信に裏打ちされた美しさ。


 私は、自分の指先で紅を引いたばかりの唇の端を掴み、口角を「クイッ」と物理的に押し上げた。


 鏡の中の「怪物」が、聖女のような慈愛に満ちた、恐ろしい微笑みを浮かべる。


「……さあ、偽物の聖女を引き摺り下ろしに行こうか」


四、宣戦布告

 翌朝。


 大学のキャンパス。昨日の「公開処刑」を嘲笑おうと待ち構える学生たちが、エントランスに群がっていた。


「真澄、今日来るかな?」

「無理でしょ、あんな恥かいて」

「SNS見た?完全に炎上してるよ」

「莉奈の『無加工の勝利』って投稿、バズってたね」


 その時、一台の黒い高級車がゆっくりと正門前に停まった。


 学生たちの視線が、一斉にその車に注がれる。


 後部座席のドアが開く。


 そして、降りてきたのは――


 誰も見たことがない、圧倒的な美女だった。


 シンプルだが仕立ての良いジャケット。計算し尽くされた知性派のメイク。彫りの深い顔立ちは、まるで海外のファッション誌から抜け出してきたかのよう。


 ヒールの音が、石畳に鋭く響く。


 彼女が一歩歩くたびに、周囲の空気が凍りつく。


「誰……?」

「モデル? いや、女優?」

「見たことない顔だ」


 美容学部の学生たちが、専門的な視点で分析し始める。


「待って、あの彫りの深さ……最新の骨格診断に基づいたコントゥアリングじゃない?」

「鼻筋の高さ、自然すぎる。ナノシリコン・パッチ使ってる?」

「あの肌の質感……量子ドット系のハイライトだ。まだ市販されてないはず」

「顔面の黄金比、完璧すぎる。計算し尽くされてる」

「人中の長さ、理想値。どうやって……」


 ざわめきが広がる中、一人だけ、血の気が引いた顔で立ち尽くす女性がいた。


 莉奈だ。


 彼女の顔は蒼白で、唇が小刻みに震えていた。


 彼女だけが、その女性の瞳の奥に宿る「眼光」を見抜いていた。あの目は――


 美女は、莉奈の前で足を止めた。


 周囲の学生たちが息を呑む。


 そして、莉奈の耳元に顔を近づけ、誰にも聞こえない声で囁いた。


「あんたの『天然の美貌』、どこのクリニックで買ったやつ?」


 莉奈の体が、びくりと震える。


 美女――真澄は、さらに続けた。


「――私が、全部剥いであげる」


 言葉と同時に、真澄は例のルーティンを見せた。指先で、自分の唇の端を掴み、口角を「クイッ」と押し上げる。


 その仕草を見た瞬間、莉奈の脳裏に、かつての真澄の姿がフラッシュバックした。


 目の前にいるこの「神々しい美女」は――


 自分が昨夜、泥の中に叩き落としたはずの、真澄だ。


「ま、まさか……!」


 莉奈が震える声で呟いた時には、真澄はすでに背を向けていた。


 ヒールの音だけが、キャンパスに響き渡る。


 真澄の背中を見送る学生たちの間から、次々と声が上がる。


「美しすぎる……」

「あの人、何者?」

「インスタ、教えてほしい!」

「あのメイク技術、どこで学んだんだろう」

「2026年の最先端を全部詰め込んだような顔だった……」


 莉奈だけが、その場に取り残され、震えていた。


 彼女の中で、何かが音を立てて崩れ始めていた。


 自分のアイデンティティ――「無加工の聖女」という称号。「天然の美しさ」という誇り。「努力しない者が勝つ」という信念。


 それらすべてが、目の前に現れた「技術の化け物」によって、根底から揺さぶられていた。


 真澄の美しさは、莉奈が否定し続けてきた「努力」の結晶だった。


 そして、その美しさは、莉奈の「天然」を遥かに凌駕していた。


 自分が蒔いた種が、恐ろしい形で芽吹いたことを、彼女は理解し始めていた。


 これは、復讐の始まりに過ぎない。


 真澄の戦いは、今、始まったばかりだった。


第1話 完


第2話「キャンパスの『神』降臨」へ続く

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