手ではないが、手ではないが、手ではないが、手ではないが、手ではないが、

エリー.ファー

手ではないが、手ではないが、手ではないが、手ではないが、手ではないが、

 私は自分がビルの側面を歩いていることに気が付いた。

 重力は機能していない。

 前には、空。

 後ろには、地面。

 地面を歩く人々は、私の方を見ることはない。

 寂しいが、それもまた私の人生の味である。

 私は自分の手を見た。

 その手の中には何もなかった。

 代わりに、小さな傷があった。

 そこから舌が出ていた。

 小さくて赤い舌だった。

 これから、嘘をついてやろうと企む舌であった。

 目的を思い出す。

 そうだ。

 私は、処刑場に行って処刑人となるのだ。

 憲法で決まっているのだから拒絶はできない。

 私は楽しみだった。

 寂しい、という気持ちに踏ん切りをつける意味でも、社会とのつながりを確かめる意味でも重要な行為であると考えていた。

 哀れ、と誰かが言ったような気がした。

 いや。

 言われたような気がした。

 戻ってみようと思わないのは、私が自分の人生に満足しているためだろう。

 向こうから、誰かがやって来た。

 フードを深く被っており表情が見えない。

 私は挨拶をしようと思った。

「こんにちは」

 相手は立ち止まった。

「こんにちは」

 クラクションが聞こえて来た。

 けれど、私はフードを深く被った人を見つめたまま動かなかった。

「私は、これから処刑人としての役目を果たしに行くんです」

「へぇ。大変ですね」

「あなたは、何をしに行くんですか」

「してきました」

「何を」

「処刑です」

「処刑人はどうでしたか、大変でしたか」

「大変ではありませんでしたが、こういうものだろうとは思いました」

「返り血を浴びたりはしないのですか」

「処刑人が返り血を浴びることはありません」

「そうですか」

「もしも、返り血を浴びるようなことがあったら、あなたは処刑人に向いていない、ということの証になります。その時は、すぐに申し出て帰った方がいい」

「分かりました。ありがとうございます」

「あと、空が少しずつ迫ってきているので、気を付けて下さい。近くにケーキ屋さんがありましたから、困ったら駆け込むといい。苺のショートケーキは、空を説得するのに、とても役に立ちます」

 私は笑顔になっていた。

 自覚のない笑顔だった。

「確かに、ザッハトルテは美味しいですからね」

「今は、苺のショートケーキの話をしています」

「ザッハトルテの話をしたいです」

「あなたは、人のは話を聞かないのですね」

「よく言われます」

「もしかしたら、処刑人に向いているのかもしれない」

「そうですか」

「最初は、人を処刑しますが、その次は星、空、肩書、正面、聴覚となっていきます。その内、自分を処刑するよう命じられるかもしれない。その時は、断って下さい。彼らは、あなたに意思があるかどうかを見ているのです」

「分かりました」

「あと、それと」

「はい」

「あなたは女ですね」

「あなたも女ですよね」

「女は、女というだけで馬鹿にされます」

「承知しています。社会と戦います」

「だから、負けるのです。ガードをしても、ガードをしていることを悟られてはいけません」

「難しいですね」

「ただ、これは女の問題ではなく、男の問題でもあるので、つまるところは人間の問題ということになります。全体の問題を、個々の問題にすることで差別という使い勝手のいい言葉に変換して立場を守るのが社会における最適解です」

 その瞬間。

 フードを深く被った人だけが重力に従って落下していった。

 フードがめくれると。

 そこには。

 顔ではなく、手があった。

 無数の手だった。

 そして、爪と肉の間から。

 赤い舌が何本も生えていた。




 処刑人が一人前になるための旧カリキュラム。

 重力構成強度。

 オールグリーン。

 終了します。

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