手で作り出す世界よ
エリー.ファー
手で作り出す世界よ
私の知る世界には、手がある。
何かを創り出す手がある。
その手は、私を創り出し、私以外を創り出した。
その手は、また別の手によって創り出され、その別の手もまた何かによって創り出された。
乾いた手である。
湿り気のない手である。
だから、誰も掴もうとしない。
私は、郵便局員である。
空を見つめて、手を知る。
手は、何もしなければ、何もしてこない。
私は郵便局員でしかない。
手紙を、封筒を、荷物を運ぶ。
この手で運ぶ。
すべての仕事が終わった時に、私の手は必要となるのだろう。
誰かが、私の手を欲してくれるのだろうか。
その時は。
この手をあげよう。
切断してしまおう。
もう、私の手元にあるべき手ではない。
また、別の誰かの手になるべきだ。
私は、仕事を終えて、キーボードを壊す。
使わなくなったキーボードを十二台ほど壊す。
キーボードの悲鳴を聞きながら、その光景を動画サイトに投稿する。
再生回数が詰み上がる。
もっと派手な壊し方を所望される。
再生回数と共に罪が上がる。
どこまでも、どこまでも、積み上げられる罪。
それが空に届いた時、手は、私の罪を知る。
そして、静かに私を絞め殺してくれるだろう。
それまでは、どうか、静かに罪を犯させて欲しい。
キーボードを壊させて欲しい。
私に、私を救わせて欲しい。
音と音と音の間に見ることができる、世界の中に渦巻く凶悪なキーボード。
私を馬鹿にするキーボードたち。
どうか、私の手元に置かせて欲しい。
そして。
できれば。
私を、どこかのタイミングでいいのでキーボードと一緒に壊して欲しい。
頼むから。
一人にしないで欲しい。
壊すべきキーボードが世界からなくなった瞬間に、私も一緒に壊して欲しい。
部屋の中には。
キーボードの残骸。
そして。
こだまする、キーボードの叫び声。
部屋の扉が開く。
イルカが浮いていた。
「頼むから静かにしてくれ、イルカは繊細なんだ」
私は頷いた。
「ごめん」
「ごめんじゃないだろ。どうせ、またやるんだろうし」
「ごめん」
「だから、その、ごめんをやめろ。あぁ、それと里田先生っていただろ」
「あぁ、高校の国語の先生」
「もう、卒業して十一年も経つんだな」
「里田先生が、どうかしたの」
「空にある手と戦うって」
「なんで」
「分からない」
「勝てないでしょ」
「まぁ、無駄死になんじゃないの」
たまに、こうやって手に挑む者が現れて、笑顔で死んでいく。
誰も止めない贅沢な自殺。
シビアな現実は、いつだって私たちの足元で笑っている。
イルカは鼻で笑うと、部屋の中に入り、キーボードの残骸にダイブした。
部屋の中の空気が動き出す。
不思議だった。
汚れている事実に、私は興奮していたのだ。
学校のテストはもうない。
嘘をつくこともない。
美容院に行くこともない。
文房具店に行くこともない。
ただ、明日も明後日も、手の下で、巨大な手の下で、郵便局員を繰り返す。
「里田先生、何を考えてるんだろうな」
イルカが言ったのか。
私が言ったのか。
もう、分からない。
溶けていった。
すべて、境界を失っていった。
次の日の夜。
警察がやって来た。
行方不明だったイルカの死体が発見された、との報告だった。
死体の状態から、一年以上は経過していたそうである。
「イルカに会いました」
警察は、少し困った表情をした。
「昨日、会いました」
そして。
私は。
イルカを想って、泣いた。
手で作り出す世界よ エリー.ファー @eri-far-
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