1-10-2.四月二十二日
駅を出ると、まだ四月だと言うのに燦々と照り付ける日差しが眩しく、人も多くて想像以上に熱気がある。ゴールデンウィーク前で、特別何かがある時期ではないが、土日はやはりそれなりに人が多い。はぐれるような人混みではないけれど、わたしは彼の手を取って、案内してくれるように促した。
「わたし、ここ初めてだから。今日はエスコートよろしくね」
「任せてください」
館内に入っても、わたしはどこから見ていいかわからず、
今日だけは一旦全てを忘れて、素直な気持ちで目の前の展示を楽しもうと思っていた。童心に帰ったように、ただ好奇心の向くままに。一紀くんも、そんなわたしに呆れずに付き合ってくれる。
「本当、意外でした。化石や剥製なんて、興味ないと思ってましたし」
「わたしはむしろ、一紀くんの方が意外だったよ。わたしに解説できるくらい、よく知ってるじゃん」
「俺は何度か来てますし、元々こういうのに興味もありましたから」
わたしの嗜好が女の子っぽくないのはわかっている。デートと言ったら、おしゃれなカフェに行ってみたり、遊園地に行ってみたり、ショッピングを楽しんだりするものだろう。彼もそんなデートをしたかったなら申し訳ないが、わたしはそんなところに興味はないから、できれば自分が楽しめそうなところに行きたかった。それで彼も一緒に楽しんでくれたならいいなと思っていた。
「
日本館を見て回り、地球館の展示室に入ろうという時だった。突然、一紀くんがわたしの手を取ったまま早足でどこかへ向かう。展示物の物陰に隠れるようにして、誰かの様子を窺っているようだった。
「どうしたの?」
小声で聞くと、一紀くんも小声で答えてくれる。
「あのお姉さんです。前に言った、お姉さんによく似たお姉さん。この間見かけた人です。間違いない」
夢心地から急に現実に引き戻された気がして、眩暈すら起こしてしまいそうだった。まさかこんなところで、警察が追っている重要参考人に出くわすなんて。
特徴は、二十代女性、身長は160センチ前後、口元にほくろ。それから、わたしとよく似た顔立ち。口元のほくろはここからではわからないが、他は一致するように思える。というより、確かに現実として出会ってみると、ここまでわたしと顔立ちが似ている人間がいるというのが驚きだ。自分のそっくりさんは世界に何人だかいるというのは聞いたことがあるが、こんな巡り逢えるところにいるとは思わなかった。
「本当に、間違いないんだね? 女は化粧とか髪型で、だいぶ印象変わるけど」
「間違いないです。この顔が化粧や髪形でどんな風に変わるか、俺は散々見せてもらいましたから」
なんて言いながら、一紀くんはわたしの頬にちょんと指を立てる。彼の好みを探るためとは言え、会うたびにがらりと雰囲気を変えていた成果が思いがけずあったようだ。
今度はわたしが一紀くんの手を引いて、お姉さんの元へ歩み寄っていく。
「あの、すみません」
何をする気だろうかと不思議そうな顔をしていた一紀くんは、わたしがお姉さんに声を掛けたことで、途端に顔を真っ青にした。何してるんですか、と言わんばかりに。
「あ、はい、わたしですか?」
振り向いたその顔は、間近で見ると余計によく似ているのがわかる。普通は近くで見ると細かい差異が目につきそうなものなのに。そして、口元のほくろ。それほど大きいというわけではないが、パッと顔を見た時に、真っ先に目を引く。確かに印象的で、記憶にも残りそうだ。
「すごい、本当だ……! あ、すみません、うちの彼氏がわたしによく似てる人がいるって言うので見てみたら、他人とは思えないくらい似ててびっくりしちゃって。思わず声掛けちゃいました」
考えよりも行動が先走ってしまう子を演じて、まずは話すところから始める。できれば少し打ち解けて、ゆっくり話ができたら良いが、そう上手くいくかは何とも言えない。
「わ、確かに! え、すごいそっくりだね。ドッペルゲンガーってやつ?」
「それ会ったら死ぬやつですよ」
意外にも好感触。ボケとツッコミも成立して、可笑しくて笑ってくれる。
「記念に一枚お願いしてもいいですか? こんなそっくりさん、もう二度と出会えないと思うんで」
わたしのその申し出も、いいよと快諾してくれる。スマホを内カメにして、一緒にピースして写真を撮ってくれた。
「なんか、うちの彼氏が前にも見かけたって言ってて、その時はこんなに似てると思わなくて。何だっけ、横浜に行った時だっけ?」
横浜の地名を出しても、彼女は特に表情を変えることはない。これで動揺を見せてくれればと思ったが、そう簡単には尻尾を見せるつもりもないらしい。こちらとしては目撃証言を掴んでいるので、彼女が横浜に行ったことは知っている。横浜に行ったことはないなんて言えば、その時点で偽証、何か後ろめたいことがあると考えて良さそうだ。
「違いますよ、
わざと間違ったことを言えば、一紀くんなら訂正してくれると思っていた。それが彼女への効果的な追い打ちになるとも知らずに。
事件が起きた船迫と横浜の両方の地名を出したらどうだろう。さすがに動揺を見せるかと思ったが、まるで表情に出ない。それはそれで恐ろしい。
「ふふっ、君たち仲良いんだね。彼女さん、違ったらごめんなんだけど、
「あ、そうです。え、何でわかったんですか?! 知り合いでしたっけ?」
わたしも動揺しないように必死だった。向こうもこんな気持ちなのかもしれない。
どうしてわたしのことを知っているんだ。わたしの知り合いの誰かと関わりがある人なのか? それか、やっぱりお母さんの関係者で、わたしのことも知っているとか。
「わたしも、弟がわたしによく似た人がいるって話しててね。合コンで出会った翠泉の子で、同じ合コンに来ていた他の男の子と付き合うことになったって。姉さんに似た綺麗な人なのに、冴えない子を選んでて驚いたって言ってたけど……」
と、お姉さんはちらと一紀くんの方へ視線を向ける。
冴えないってよ、と脇を軽く小突くと、知ってます、と情けない返しをされた。
「えーっと……
あの場に男子は四人いて、一人は一紀くん。残り三人の中で、わたしを綺麗な人だと認識してそうで、一紀くんを冴えない男だと認識してそうな人は彼かなと思った。
「当たり。雨村
「憩都さんは、今日お一人ですか?」
「ううん、弟と来てるの。今トイレに行ってるけど」
まさか、唯翔くんも来てるのか。ちょっとした修羅場だぞ、これは。彼が戻ってくる前に、退散した方が良いだろうか。
「あ、唯翔じゃなくて、上の弟とね。うちは三人姉弟なの」
「そうだったんですね」
と、胸を撫で下ろすと、ごめんね、と憩都さんに苦笑いされる。
「なんかうちの弟が迷惑掛けてるみたいで、ごめんね」
「大丈夫です。今のところ実害があるわけじゃないですし。あ、そうだ、良かったら連絡先交換しません? 何かあったら相談させてもらえたら助かるなぁと思いまして」
「いいよ。同じ顔の
あっさり連絡先も教えてくれる。これはわたしを信頼しきっているのだろうか。あれだけ慎重な犯人が、こんな気安く初対面の人間に連絡先を渡してしまうのか? しかも、わたしの質問からわたしを警戒してもおかしくないというのに。
「あ、戻ってきた」
憩都さんが手を振って弟さんを呼ぶと、彼もわたしたちと同じように驚いていた。同じ顔が二つあることに。
「うわ、本当にそっくりだ……」
彼の名は
「それじゃあ藍斗も戻ってきたことだし、デートの邪魔しちゃっても悪いから、わたしたちはこれで。唯翔がまた何かやらかしたら、遠慮なく連絡してくれていいからね」
「ありがとうございます。じゃあ、わたしたちも行こっか」
そうしてお互いに違う方へ、それぞれの連れの手を引いて歩きだした。振り返らずに、一紀くんに余計なことを言わせないようこちらから話しかけ続けて、次の展示室に移った。
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