1-5-2.四月十六日

「それじゃあ改めて、話を聞かせてもらってもいい?」


「わかりました。えっと、何から話せばいいですかね」


「そうだなぁ……卒園アルバムとか、ある?」


 確か……と部屋のクローゼットを開けて奥を漁り出す一紀かずきくん。クローゼットの中にあるのは服だけかと思いきや、下の段に置かれた衣装ケースの裏に謎の空間が見えた。そこにはどうやら普段は使わないものが置かれているようだが、同時に隠したいものを隠せる場所でもあるんじゃないかと思い、わたしは咄嗟に視線を逸らした。


「あ、ありました」


 クローゼットの奥から戻ってきた一紀くんは、埃を払いながら卒園アルバムを机の上に置いて、クローゼットの中の配置を戻した。


 改めて卒園アルバムを持ってわたしの隣に座った彼は、わたしにも見えるようにそれを開いてくれた。

 写真で見る外観は普通の保育園とそんなに変わらないように見える。異なるとすれば、やはり動物の存在で、園庭に飼育小屋があったり動物が遊ぶであろう遊具があったりすることくらいだろうか。

 職員の数は少し多い気がするが、子供に加えて動物の面倒も見るということを踏まえれば、それほど異常とも思えなかった。


「あ、どれが俺かわかります?」


 園庭で撮った園児の集合写真があって、前列に座る子供はウサギやモルモットみたいな動物をそれぞれ抱えている。さすがに抱えられなかったのか、手前をウコッケイのような鳥が横切っているのがシュールな絵面だ。

 保育園の頃ってそれこそ今から十五年くらい前だし、顔つきだって変わるだろう。当てろというのは無理がある。とは言え、今の顔から時間を巻き戻した姿を想像して、それと写真とを比較する。そうすると意外にも、当てはまるのは一人だけだった。


「これかな?」


「え、何でわかったんですか? 心読みました?」


 当たっていたらしい。自分でも驚きだ。


「何となくだよ。さすがにそういう心の読み方はできないって」


「いえ、志絵莉しえりさんならやりかねないと思いまして」


 わたしを何だと思っているんだろう……。


 “あにまる保育園”で主に飼育されていたのは、ウサギ、モルモット、チャボやウコッケイのような幼児と同じくらいの大きさの動物や、ハムスターやモモンガ、ハリネズミのような小さな動物で、その他には水槽で熱帯魚のような魚も飼育していたそうだ。


「懐かしいなぁ……。そういえばこの後、“ちゃみりん”死んじゃったんだよね……」


 “ちゃみりん”というのは、写真の一つに写っていた茶色い毛のウサギだそうだ。動物の名前は、やってきた時に園児が相談して決めるのだという。


「病気になっちゃって。みんなで“お見送り”したなぁ。でも今考えるとあれは、安楽死だったんだなって思いますけど」


「え、どういうこと?」


 保育園とは相容れない単語を耳にして、わたしは思わず食いついた。

 “お見送り”が安楽死のことだとすると、それをみんなで、と彼は言っただろうか。まさかそれが、“あにまる保育園”の情操教育の正体……?


「“あにまる保育園”は一応、提携している獣医の先生がいるんです。だから病気やケガをしたら治してあげることもできる。だけど、あくまで自然な姿でのふれあいを目指していたから、獣医の先生は動物たちの容態を診てはくれるけれど、治してはくれなかったんです。自然界では、治してくれるお医者さんはいない。でもこのままだと動物はずっと痛くて苦しいまま。なら、どうする? という問いかけを子供たちにしたんですよ」


 そこで出た結論が、楽にしてあげることだって言うのだろうか。それを、大人が子供に決断させていたと言うのか。


「それ、何で問題にならないの……?」


「実際はどうかわからなかったんです。俺たちにされたのは、その問いかけだけ。その後に動物が死んじゃっても、それは誰かが手に掛けたのかどうかまではわからなくて。でもそこで伝えられたのはそれだけじゃないんです。自然の生き物は簡単に死んでしまう。強い生き物は弱い生き物を食べて生きているし、病気やケガをしても治せない。だから道端で死んだ生き物を見かけるかもしれない。その時は、そっと土に帰してあげなさい、と言われていたんです。そうして、死んじゃった動物はみんなで埋めてあげてました」


 そう話す一紀かずきくんは、その教育の恐ろしさに気付いていないのだろう。だからそんなうっとりした顔で、良い思い出として話してくれるのだろう。

 段々とわかってきた。“あにまる保育園”から何故殺傷事件の犯人が生まれるのか。だけど、まだ証拠は何もない。それを示す証拠がなければ、わたしの言葉はただの妄言でしかない。


「その、動物が死んじゃうことって、結構あったの?」


「そうですね。普通に飼育されている動物に比べれば、治療をしないので寿命を全うできない子が多かったんだと思います。俺が通っていた時でも、半年に一回くらいは死んじゃっていたような気がします」


 明らかに多い。寿命の短いハムスターでも、普通に飼育していれば二年は生きてもおかしくない。そりゃあ、騒がしい子供たちに触れあわされて、ストレスまみれだったかもしれないけれど、半年に一回のペースで飼育している動物が死んでいくなんて、それは異常だ。単純に、治療をしないから、という理由で説明が付くものでもないだろう。


「へぇ、じゃあ結構動物の入れ替わりも激しかったんだ」


「言われてみれば、そうですね。でも、俺が保育園に入った頃にちょうどやってきた子が卒園する間近で死んじゃった時は悲しかったですけど、見送ることができて良かったなと思いましたよ。卒園したらもう保育園に行くことはないでしょうから、死んじゃったとしてもわからないですし。この手で埋めてあげられて良かったです」


「それってもしかしてさ、昨日言ってた一紀くんを助けてくれたお姉さんが死んじゃった時のこともあって、そう思うの……?」


 そうであってほしいと思った。わたしは、一紀くんはそちら側・・・・ではないと信じたかった。

 一人前とは言わないけれど、ちゃんと気遣いもできる彼が、わたしを可愛いと言ってくれる彼が、酔ってわたしの膝の上で子供みたいに寝ていた彼が――将来的に犯罪者になるかもしれないなんて、思いたくなかった。


「そう、ですね。あのお姉さんが死んじゃう時、傍に居てあげられたのは俺だけだった。お姉さんの家族とは連絡が取れなくて、お姉さんを大事に思う人は、お姉さんの最期に傍に居てあげられなかったんです。そしてお姉さんの最期の言葉も、俺なんかが聞いてしまった。本当はきっと、もっと他の誰かに言いたかったことが、いくらでもあったはずなのに」


「最期の言葉?」


「はい。“大丈夫だよ、わたしは死なないから。また会える日まで、元気に生きて、待っていて”、と。それが俺に向けた言葉なのか、他の誰かに向けた言葉なのかはわからなかったんですけど」


 だから一紀くんは、“生まれ変わり”を考えたのか。しかし……確かにそのお姉さんの言葉も謎だ。死なないと言いながら、結局は一紀くんの目の前で死んでしまっている。自分が助からないだろうことも、自分でわかりそうなものだけど。

 しかしそのお姉さんとの話を鑑みると、まだ断定はできないけれど、一紀くんの歪んだ死生観はもしかすると、“あにまる保育園”に起因しないかもしれない。“あにまる保育園”のやっていることはもちろん正しいこととは思えないし、それで殺傷事件の犯人が生まれるのも理解はできる。だけれど、一紀くんがそれに当てはまるかと言われると、彼は彼でまた特殊な体験をしているから、何とも言えないところだと思う。

 きっと、今まで彼はその特殊な死生観を指摘されたことはなかったのかもしれない。それに気付いているのはわたしだけなのかもしれない。だとすれば、彼が道を違えないようにしてあげられるのは、わたしだけなのかもしれない。


 わたしは、彼をどうしたいのだろう。彼にどうなってほしいのだろう。


「だから、もし志絵莉しえりさんが死んじゃう時は、俺が傍に居られたらいいなと思います」


 なんて、一紀くんは笑ってみせる。無邪気な子供みたいな笑顔で、そこには悪意など欠片もなかった。

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