1-4-5.四月十五日

「その人が亡くなったのは、結構前なの?」


「そう、ですね。えっと……十五年くらい前だと思います。その人はたぶん、当時二十代くらいだったんじゃないかと」


 その姿に“生き写し”ってことは、今も当時と同じくらいの姿をしてるってことか。一卵性の双子の可能性を考えたけれど、今も若いままだとするならそれは違うだろう。ではその人の子供という可能性は……ないか。いくら親子と言っても、“生き写し”とまでは似ないだろう。同じ理由で歳の離れた兄弟という可能性もない。


「可能性があるとするなら、あえてその人の姿と同じになるよう整形してる、とか?」


「なるほど……それが一番現実的にあり得る可能性かもしれないですね。でも、何のために……」


「参考までに聞くけど、その人ってどんな人なの?」


 一紀かずきくんはその人に何らかの執着を見せている。十五年前と言えば、彼がまだ三~四歳の頃。その頃は、彼が“あにまる保育園”に通っていた可能性が高い。無関係ならいいが、どうも何か引っかかる。


「その……何と言いますか……」


「ああ、ごめんね。何か言いにくかったらいいよ」


 いや、むしろ言いにくい理由がわからない。ここまで話しておいて、わたしには言いにくいことって何だろうか。その人との関係に、何か後ろめたい部分を含むのだろうか。


 言い淀んだ彼が少し言葉を考えるように視線を他所にやって、やがてゆっくり口を開いた。


「似てるんです。……志絵莉しえりさんに」


「……え? わたしに?」


 さっきの話を聞くと、中身の話をしているわけではないのだろう。まさか最近会ったその人に“生き写し”の人というのは、わたしのことなのか……?


「すみません、ちゃんと話しますね」


 一紀くんの話を整理すると、十五年前に交通事故で自分を庇ってくれた女の人がいて、その人はそのまま一紀くんの目の前で死んでしまったそうだ。しかし十五年経った今、十五年前とほとんど変わらない姿で彼女を見かけたらしい。その後、わたしに出会ってその人とわたしがよく似ていたので気になっていたそうで、ただわたしとその人は別人だと気付いたみたいだが、全くの無関係ではないだろうと思っていたそうだ。それくらい似ているらしい。


「申し訳ないけど、わたしは全然心当たりないなぁ。わたしの容姿はお母さん似らしいんだけど、お母さん、たぶんだいぶ前に死んじゃってるみたいだから、何か関係あってもわからないし……」


 お父さんはそれこそ、お前はお母さんによく似ている、“生まれ変わり”みたいだって言っていたな。

 わたしによく似ている一紀くんを助けたお姉さんと、わたしによく似ているわたしのお母さん。これは偶然……? 十五年前となると、わたしは五歳くらいか。その頃の記憶はもう曖昧だけれど、お母さんはもういなかった気がする。お母さんが死んじゃったのは、いつだったんだろう。


「あの、死んじゃってるみたいっていうのは……本当のところは知らないんですか?」


 一紀くんに鋭いところを突かれた。そんなところまで話すつもりじゃなかったのに、気を許しすぎてしまっている。それが何故だか自分でもわからないけれど、本当に話しちゃいけないことは話さないように、気を付けなければ。


「うん、そうなんだよ。物心ついた時からお父さんしかいなくて、お父さんは何を考えているんだかお母さんのことを何も教えてくれなくてね。お母さんの写真も見たことないから、どんな顔だったのかも知らないんだ」


 だから、力になれなくてごめん。

 わたしは今、どんな顔をしているのだろう。わたしは気にしていないことだから、彼にも気にしてほしくないから、何でもないように笑ってみせたはずだけれど。どうして一紀くんは、そんな悲しそうな顔をしているんだろう。


「でも一度だけ、中学に上がる前くらいかな、お父さんが位牌みたいなものに手を合わせているのを見たことがあって、それで離婚とかではなくて、お母さんはもうこの世にいないんだなって思ったんだ。たぶんお父さんは今でも、お母さんが死んだことに向き合えていないんだと思う。だからわたしにも、そのことを話してくれないんだろうって思って」


「それでも、志絵莉しえりさんは自分のお母さんのことを知る権利も、資格もあるはずです。それなのにお父さんの勝手で教えてくれないなんて……そんなの酷すぎますよ」


 声を荒げるでもなく物に当たるでもなく、淡々とした口調の一紀かずきくん。それでもその静かな声の中には確かに怒気が含まれているように感じた。

 意外だった。この話に彼がどんな反応を見せるのか、興味があったと言えばそうだが、まさかわたしのお父さんに対して怒りを示すとは思わなかった。


「ありがとう。でもわたしは気にしてないから大丈夫。お母さんのことを知らなくても、ここまでちゃんと大きくなったし。それより今は、一紀くんが昔に会ったお姉さんにそっくりな人の話でしょう?」


 あまり話が逸れるとわたし自身が墓穴を掘ってしまいそうだったので、この話はここで切り上げて、強引に話を戻す。一紀くんが執着している昔に亡くなったお姉さんが、わたしのお母さんと無関係ではないのかもしれないけれど、それは今の段階ではわからないことだ。だから一先ず置いておいて良いことだと思う。


「そう……ですよね。すみません、勝手にムキになっちゃって」


「ううん、いいよ。ありがとう。それで、一般的に言えば、“生まれ変わり”って現象は見た目までは似ないんじゃないかな。魂みたいな、中身の部分にその人の面影があるって時に言うと思うし。見た目が瓜二つとなると、“生まれ変わり”というか……“クローン”?」


 さっきわたしが提示した“整形”という可能性よりは、“生き写し”という点には近いように思う。ただこちらの可能性の方が、現実味は薄い。


「“クローン”って、現代科学で可能なんですか?」


「できないことはないはずだよ。少なくとも人間以外では成功している例もある。ただ倫理的な問題で、人間の“クローン”を造ることは禁じられているはずではあるけどね」


 そう言っておいて、わたし自身も“クローン”という可能性は恐らくないだろうと思っていた。技術的に可能でも、社会的に“クローン”が生きていくのは不可能ではないか、と思うからだ。だからこそ、一紀くんがその“クローン”を見かけるということ自体が起こり得ないことだと思う。


「ますますわからなくなってきました……。でも、志絵莉さんの見立てでは、少なくとも別人ってことですよね。整形だとしても“クローン”だとしても。見た目が同じってだけで、同じ人ではないんですよね」


「まあ、今の段階ではそうとしか言えないかな。わたしもその人に直接会ったわけじゃないし、わたしの知らない未知のテクノロジーがあったりする可能性もあるけど、そういうのを全部抜きにしたら、そうじゃないかなと思うよ」


「ありがとうございます。……もし同じ人だったら、ずっとお礼を言いたかったんです。俺はその人のおかげで、今もこうして生きているわけですから」


 彼にとってそのお姉さんは命の恩人で、自分の代わりに死んでしまった人でもあるのだろう。だから心に引っかかり、忘れることなんてできない。彼の中で大切な存在で、彼女の分まで自分を大切に生きなければならない理由でもあるのだろう。

 そんな彼女と似ているわたしに出会って、こうして疑似恋人関係を築いて、彼は何を思うのだろう。忘れられない彼女のことを嫌でも思い出してしまうんじゃないか。わたしにその人を重ねてしまうんじゃないか。一紀くんはやたらとわたしを可愛いと言う。その言葉の根っこはもしかして、わたしじゃなくて、わたしを通してそのお姉さんを見ているんじゃないか。そんな風に思えてならない。


「それで一紀くんは、もしかしてわたしがそのお姉さんにそっくりだったから、付き合ってくれたのかな?」


「もしかして……嫉妬ですか?」


 なんて、少しニヤニヤしながら言う一紀くん。ちょっとした意地悪のつもりだったのに、全く効いていないどころか腹立たしい返しをされるとは。何か今日は、調子狂うな。


「な……っ!? ち、違うし! 一紀くんがわたしとの関係を受け入れたのって、その人のことが知りたかったからだったりするのかなって思ったの! だからもしかして、わたしって、もう用済みなのかな……と思って」


 思っていることをそのまま話したつもりだったが、それってつまり嫉妬なんじゃないかと思ったら、この場から消えてしまいたくなるような恥ずかしさが込み上げてきた。

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