1-4-4.四月十五日

「えっと……それで、この後はどうするんだったっけ?」


 結局聞けずじまいだった質問を再度繰り返すと、そうでした、と彼もいつもの調子に戻った。


「特にこれといった予定はないんですけど、ちょっとお話とかできたらなぁって思ってて」


「そっかそっか、いいよ。わたしこの辺はあんまり詳しくないんだけどさ、どこか座れるところとかあるかな?」


「今の時間、駅前に行っても混んでいるでしょうからね……。少し歩きますが、いい場所があります」


 打てば響くように返ってくるな。一紀かずきくんも言葉にしないだけで、色々考えてくれているんだろう。それをもっと自発的に気遣えたら、一人前の彼氏になれるだろうに。


 彼に連れられて大通りから一つ道を入っただけで、辺りの風景は様変わりしたように閑静な住宅街に移り変わる。栄えているのは駅前周辺だけなのだろう。歩道も整備されていないような、車がすれ違うのがやっとという広さの道を行くが、車通りもほとんどなく、すれ違うのは遊び帰りの子供たちばかり。

 一紀くんがさりげなく車道側を歩いてくれて、それでも道は狭いから、わたしは彼の腕に縋るようにくっ付いて歩いた。


「わっ、し、志絵莉しえりさん?!」


 案の定、一紀くんはわたしの急な距離の詰め方に驚いたようだったけれど、拒絶はされなかった。


「……嫌だった?」


「いえ、びっくりしただけで……。こういうの、なんか恋人っぽいですよね」


「何言ってるの。恋人・・、でしょ?」


 わたしが軽く脇を小突くと、そうでしたね、なんて彼は微笑んでみせる。そのどこかぎこちない微笑みは、緊張からくるものなのか、はたまた別のことが頭にあるのかは、今のわたしにはわからなかった。



 少し歩いたところで、さっきよりも少し開けた通りに出た。片側一車線ずつで、歩道にはガードレールが付いていて、道沿いにはちょっとした居酒屋やコンビニもある。


「着きました」


 一紀くんの足が止まったのは、“船迫ふなさこ東公民館”と表示のある二階建ての建物の前だった。


「ここは夜九時半まで開いていますし、この時間なら人もほとんどいないんで、ちょうどいいかなと思いまして」


 入ってみると、一階は窓口があって、そのまま開けた空間にイスと丸テーブルが並べられているだけだった。壁際には賞状やらトロフィーが飾られている。二階には貸し会議室などがあるようだ。

 一紀くんの言っていた通り、人はほとんどいなくて、わたしたちはそのテーブル席の一つに着いた。


「……志絵莉さん、何て言うか、手馴れてますよね」


「え、そう見える……?」


 意外なことを言われたと思って苦笑いを向けると、逆に一紀くんに驚かれてしまった。失言をしてしまったと思ったのか、少しおろおろと焦っているようにも見える。


「え、あれ、違うんですか……?」


「違うっていうか……これまで付き合った人とも長続きしなかったし、手馴れてるとはちょっと違うかなぁって」


「志絵莉さんは、前にもお付き合いしたことはあったんですね。ああそっか、それで彼氏なんて……って思ったんですか?」


 わたし、誰とも付き合ったことがないと思われていたのか。しかし一紀くんは、昨夜わたしが話したことを思い出したのか、一人で合点がいったように、それでいて確認を取るように尋ねてきた。


「まあ、そんなところかな。わたし、人を好きになったことがないんだ。これまで付き合ったのも、全部向こうから告白されて付き合ったの。結局、すぐに向こうがわたしに耐えられなくなって、別れたいとか言われちゃうんだけど。だからこう言うと悪いけど、一紀くんのことも、別に好きじゃないんだ」


「それは大丈夫ですよ。最初からそのつもりで一緒にいますから」


 それなら良かった、と安堵すると、一紀くんの眉が少し下がった気がした。

 わたしは彼のことを好ましく思っているけれど、それは恋愛の好きじゃない。それをわかってくれている。そして、わたしがこんなに馴れ馴れしく接しても、彼はわたしを好きにならない。勘違いして恋をしたりしない。わたしが“恋人ごっこ”をしていることも、理解してくれている。それだけで、わたしはこんなにも居心地がいい。


「昨日、本当に好きになった時は正直に話すって約束をしたでしょう? あれはね、わたし自身のためでもあるの。この関係が終わるとしたら、それは君のことを好きになった時だったらいいなって。もしいつか、わたしにも誰かを好きになることができたら……と思ってね」


 これは本当は話すつもりはなかったけれど、雰囲気に流されて言ってしまった。わたしのこんな素直な部分をさらけ出すなんて、らしくない。でも彼になら、見せてもいいと思えた。

 けれど、きっとこの夢は叶わない。わたしは彼を好きになれないだろう。いや、本当の意味で誰も愛することはできないんだろう。そもそもわたし自身が、わたしのことを愛せていない。何者かもよく知らないわたしのことを、わたしは愛せるようになるのだろうか。

 感情の部分と理性の部分で思うことが食い違う。そんなわたしに振り回されて、彼も可哀そうだ。同情する。だけれど、もしそれでもわたしから離れず傍にいてくれたなら、いつかは彼に振り向いてあげられるのだろうか。


「志絵莉さん……意外とロマンチストなんですね」


「意外って……、わたしのこと何だと思ってたの?」


「うーん……腹黒お姉さん?」


 端的ではあるが、的を射ている気もするのが少し悔しい。


「ひどいなぁ。中身は純情少女なのに」


 不貞腐れたように言うわたしに、一紀くんは、そうだったらいいですね、なんて他人事のように返してくる。その様がちょっとだけ憎らしくて、わたしは無言のままじとっとした眼を彼に向けた。


「自分で“美”を付けないのは謙虚でいいと思いますが、俺は付けていいと思いますよ」


「なんか釈然としない持ち上げられ方だなぁ」


「それより、志絵莉さんに聞きたいことがあったんです」


 面倒くさくなったのか、強引に話を切り替えられた。元々話したいことがあると言っていたのは一紀くんの方だし、だるがらみもこのくらいにしておこう。


「真面目な話なんですが、志絵莉さんは、人って死んだ後はどうなると思いますか?」


 真面目な話と言いながら、実にファンシーな話題だ。一紀くんはわたしに何を求めているのだろう。何を答えてほしいのだろう。質問の意図が不明瞭だったので、とりあえず率直に思ったことを答えてみた。


「あまり考えたことないな。誰かが死ぬところに立ち会ったこともなければ、自分が死ぬところを想像したこともないし。どうしてそんなこと聞くの? 真面目な話ってことは、オカルト的な話とか、哲学的な話がしたいわけじゃないんでしょう?」


「さすが志絵莉さんですね。話が早くて助かります。……俺は、ある人の死に立ち会ったことがあるんですが……その人に最近また会ったんです。いや、厳密には違いますね。その人に“生き写し”の人に会った。それって“生まれ変わり”ってやつなのかなと思って。そうでなかったら、どうしたらこの現象に説明がつくんだろうって思って……」


 彼の神妙な顔つきから、どうもそれが他人の空似とか、勘違いというわけではなさそうだということは容易にわかった。

 一紀くんは“生まれ変わり”というスピリチュアルな可能性を考えたみたいだから、わたしは現実的な可能性を考えてみることにした。

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