11.天才の出自
「征都くんは、生まれながらの天才っていると思う?」
急な質問に面食らってしまう。でも、志乃さんのことだから、きっと何か関係のある話なのだろう。彼女の思惑を汲み取ろうとしても、たぶん僕ではそれをすべて理解することはできない。だから、思っていることを素直に話すことが僕にできる唯一のことなのではないかと思えた。
「僕は、いると思う。もちろん、天才と呼ばれる人たちも努力はしてるだろうけど、やっぱり元々持っているものが違う人っていうのはいると思う。才能という話じゃないかもしれないけど、特に身体的な特徴や能力って遺伝の影響とかあると思うし」
「確かに、遺伝子レベルでの優劣はあるよね。何を優れていると言うかは色々あるだろうけれど。それを本気で考えて、遺伝子を人工的にいじくって最高の遺伝子を持つ天才を造ることができたとしたら、すごいことだと思わない?」
野菜でも遺伝子組み換え品とかあるし、不可能な話ではないのだろう。今の技術でできるかどうかはともかく、理論上は可能なはずだ。それが倫理的に問題がないかとか、そんなことを脇にどければ、素晴らしい考えに違いはなかった。
そして志乃さんがこの話題をこのタイミングで振ったということは、志乃さんとも無関係な話ではない、ということ。
「もしかして……その人工的に造られた天才って、僕の恋人だったりする?」
僕の問いに、満足そうににっこりと微笑む志乃さん。それが遺伝子レベルで最高に仕上げられた美しさだとすれば、彼女の美しさに何ものも敵わないのも納得だ。
「その通り。わたしは人工的に天才を造る計画の、実験体の一人なんだ」
「人工的に天才を造る計画の、実験体……? 志乃さんが……?」
「そう。びっくりしたでしょう?」
もちろんびっくりはした。こんなこと、世間に公表してもほとんど信じてもらえないだろう。飛びつくのはオカルト情報誌くらいか。それくらい突飛な話だ。
でもそれ以上に、その非現実的な研究が現実のものだという証明を、彼女自身が、“トリカゴ”が体現しているような気がして、彼女の話に疑う余地などないことを僕に突き付けているようにも思えた。
「当然、そんなこと民間の研究施設だけで実現できるわけがないんだ。この件には、国が関わっている。だからわたしの最大の敵は、この国そのものなんだよ」
僕が想像していた以上に規模の大きな話になってきた。確かに、志乃さんはこの世界を変えたいのだと言っていた。それは彼女にとってこの国が、世界が敵だったからだ。そんな抗いようのないような、巨大な敵を相手にしていたのか、志乃さんは。
それに、そんな強大なものが敵になった彼女は、どんな思いで過ごしてきたのだろう。どんな人生を、歩んできたのだろう。僕には想像することすらできない。
「志乃さんは、この国を滅ぼすつもりなの……?」
「違うよ。ひっくり返すんだ。」
「それって、どういう……?」
それはまだ教えられないな、と可愛らしい笑顔を向けてくる志乃さん。
「今回、
どうするかというのは、殺すか――ということなのだろう。僕が信用に足らないと彼女に判断されたなら、僕を生かしてはおけない。そして“トリカゴ”から逃げることなどできないだろう。
大城くんの解読によれば、事件が起こるのは六月中。もしかしたら僕と志乃さんの関係は、今月っきりで終わってしまうかもしれないのか。いや、それどころじゃなく、僕の人生も、だ。
「ごめんね、あんまり脅かすつもりじゃなかったんだけど、わたしの話をするとどうもこうなっちゃうな」
「ううん、こうして志乃さんと一緒に居られるだけで、僕は幸せだよ。少し前の僕だったら、志乃さんと話をすることもできなかったんだから」
それはもう一生叶わないことだと思っていた。どんな形であれ、それが叶い、そしてこうして同じ時間を過ごしている。僕はそれだけで充分なんじゃないかと、改めて思った。今までずっと望んできたものが手に入って、それが当たり前だなんて思ってはいけないな。
「たしかにそうだね。わたしもまさか、彼氏を作ることになるとは思わなかったよ。恋愛なんてものは、わたしには無縁のものだと思ってたから」
「志乃さんくらい美人な人だったら、告白だってたくさんされるでしょう? その中でこの人だったらいいかもって思った人はいなかったの?」
「ふふっ、それは君が初めてだよ。それにわたし、中学は私立の女子校だから」
彼女は実験体なのだと言うけれど、幼少期はどう過ごしてきたのだろう。研究所のようなところで過ごしていたのだろうか。いつから周りに溶け込んで過ごしているのだろう。
「何でまた、
「いいところに気付いたね。そうだよ、高校も付属があったけど、わたしは行かなかったの。面白くなかったからね。英才教育を受けて、お嬢様学校に通ってはみても、何も面白くないのよ。わたしはもっと、普通が知りたい。わたしの常識の外から、わたしを困らせるような存在に出会いたい。そういう意味では、この学校は面白かったよ。毎日のように異性の好意の目に晒されて、告白されて、思いもしない言いがかりを受けて」
先日の
「そして一番は、君のような人に出会えたこと。今でも不思議に思うよ。テロリストが人を殺すところを目撃して、どうして恋人になってほしいなんて言えるんだろうって」
僕だって、相手が志乃さんじゃなかったらそうはしていない。僕にとっても志乃さんは特別なんだから。
そうだ、と思い付いたように話し出す
「ねえ、
本当は、恐らくこれが本題なのだろう。
あまり言葉の裏を読もうとするのは褒められたことではないとわかっているが、彼女のこの誘いに含まれた意図は、何となく感じられてしまった。
「わかった。父さんに許可をもらっておくよ。泊まりって、どこに行くの?」
「ちょっと海の方に、デートに行きたいなと思って」
やっぱりだ。今月、泊まり、海――。
僕はそれを大城くんに言うこともできる。そうすれば、“トリカゴ”の犯行の成功率を少しでも下げることはできるかもしれない。でもきっと、志乃さんはそんなことわかり切っている。わかり切ったうえで、僕にこの話をしているのだ。そう、これは信用の問題だ。彼女が僕へ向けてくれる信頼を、僕が守るのかどうかという。
「海かぁ。でもさすがにまだ泳ぐには早いんじゃない?」
「泳がないよ。もしかして征都くんは、わたしの水着姿が見れると思っちゃったのかな? もう、やらしいんだから」
なんて、志乃さんは茶目っ気たっぷりに返してくる。ああ、なんて可愛らしいのだろう。彼女の水着姿ももちろん見たくはあるけれど、それよりも、こんな愛らしい彼女の笑顔を見れるだけで、僕は幸せだった。
「じゃあ今回は諦めるけど、また別の機会に見せてくれる?」
揶揄うような笑みを向けていた志乃さんは、少し驚いたように目を丸めた。心なしか、顔も少し赤い。
「……そんなに見たいの? まあいいよ。考えてはおくね」
それからは取り留めのない話を少しして、今日は遅くならないうちにと帰ることにした。
鳥籠の革命譚 斎花 @Alstria_Sophiland
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