9.さらけ出された寝姿
志乃さんはまだ寝ている。仰向けにしていた身体を横に転がして、こちらを向いていた。スカートは相変わらず捲れているけれど、この位置からその中が見えることはない。見えない方が煽情的だと拓馬がよく熱弁していたけれど、それを身をもって実感するとは思わなかった。
僕も彼女に倣って横になり、そっと彼女の顔にかかった前髪をどけてやる。そのまま調子に乗って、彼女の頭を撫でてみた。
彼女の髪に初めて触れたが、指通り良く、くすぐったいくらいにさらさらしていた。髪に指を通して頭皮に近いところに触れてみると、彼女の体温をほのかに感じる。指を下ろしていって、耳から頬へ、指先を伝わせ、手のひらで触れる。
すると、彼女の片頬を包み込んだ僕の手の上へ、彼女の手が重ねられる。そして彼女の双眸がゆっくり開かれて、悪戯っぽく照れたような笑みを向けられた。
「えっと……起こしちゃった?」
「ううん。今起きた」
彼女は僕の手を放してはくれず、目を開けても身体を起こそうとはしない。だから僕も、同じ体勢のまま彼女と見つめ合う。
「もうこんな時間だったんだ……。ごめんね。いつの間にか寝ちゃってた」
「大丈夫? 疲れてたの?」
「疲れてたわけじゃないんだけど……うーん……これ言うの、我ながら情けないなぁ」
言い辛そうにしていても、結局彼女は話してくれた。どこか照れたように、自嘲するように。
「この空間には
「いいんじゃないかなぁ。だって、ずっと気を張ってたら、それこそ疲れちゃって潰れちゃうよ」
わかってないねぇ、と彼女はようやく僕の手を放し、代わりに僕の頭を優しく撫でてくれる。
「本当は征都くんの前でだって気を抜きたくないんだよ。だってそうでしょう? 油断しきった可愛くない顔なんて、好きな人には見せたくないもの」
「そうかな。寝顔も可愛かったけど」
「そういう問題じゃないの。自分じゃどんな顔してたかなんてわからないし……恥ずかしいじゃん。あと一応聞いておくけど、わたしが寝てる間、わたしに何かした?」
ちょっとは魔が差しかけたけれど、それには関しては断じて何もしていないと全力で否定する。頭撫でたり頬触ったりはしたけれど、それはもうバレてるので特別言及しなかった。
「そうなんだ、もったいない。こんな無防備なわたしを前にすることなんて、もう二度とないかもしれないのに」
そう言って彼女は起き上がり、結局遅くなっちゃって申し訳ないからと、今日はもう帰ってしまうとのことだった。
「また明日ね、征都くん」
「うん、またね、志乃さん」
玄関で彼女をドアの向こうまで見送った僕は、そのドアが閉まったあとで、大変なことに気が付いてしまった。
心の中で呼び続けていた成果なのか、つい彼女を名前で呼んでしまった。いずれはこうなりたいと思っていたはずなのに、何だか恥ずかしい。明日、どんな顔をして彼女に会えばいいだろう。
翌朝のニュースで、“トリカゴ”の予告状が取り上げられていた。
ネットではその解読論争で盛り上がっており、一部では“トリカゴ”は義賊ではないかとする意見もあった。これまで狙われた被害者には共通点があり、明るみになっていない犯罪者たちだった。警察の捜査が及ばない犯罪者、もしくは警察が隠していた犯罪者を裁く者なのだと、神聖視する者さえいた。
僕は
いつも通り学校に行くと、まだ志乃さんは来ていないようだった。何故だか少しほっとして、僕はいつものように朝の時間を使って宿題を終わらせることにした。
しかしそこへ、思いもよらない人物から声を掛けられる。
「あんたと
長い茶髪の小柄な少女——
しかし彼女がそのことに興味を持ったというのは意外だった。僕は彼女と一度も会話らしい会話をしたことがないはずだけれど。
「本当だよ」
彼女の目的が何なのかわからない以上、聞かれたことにだけ答える。そうすればきっと、彼女の方から質問を重ねてくれるだろうと見越してのことだった。それに、あまり不用意に口を開けば余計なことを口走ってしまいかねない。
「どうやって…………どうやって、
「え……?」
思いもよらなかった言葉と強い敵意に、思わず間抜けな声が出た。志乃さんは女子の間でも人気が高いと聞いたことがある。なるほど、僕は男子からだけでなく、女子からも恨みを買っているのか。
「これまで一度だって、誰にも靡いたことがなかったあの人が、あんな顔をするなんて……」
「なんか、ごめん……」
「謝らなくていいから教えてよ。どうやって北川志乃を振り向かせたの?」
どうやってと言われると、答えづらい。弱みを握って脅迫したなんて、正直に言えるわけがない。かと言って、彼女を納得させられるだけの材料は僕にはない。なんたって
「自分でも信じられないよ。志乃さんが僕なんかの告白をあっさり受けてくれるなんて」
結局、僕自身は一般人と何ら変わらないのだとアピールするだけにした。これでは彼女への対応は、志乃さんに任せることになってしまう。志乃さんの手を煩わせることになってしまうけれど、僕にはこうするしかこの場をやり過ごす術が浮かばなかった。
そこへ、渦中の人物がやってくる。
今日も相変わらず可愛い僕の恋人。何だか彼女の周りだけはきらきら輝いて見える気がする。心なしか、ほんのり昨日と同じ匂いを感じた。志乃さんの香りだ。彼女の香りをかぎ分けられるようになると、ただ彼女が傍にいるだけなのに、こんなにも鼓動が逸ってしまうのは何故だろう。
「おはよう、二人とも。逸見さんは、
流石 志乃さんと言うべきか、僕と逸見さんが話していたと見るや、すぐさま牽制を入れる。岩嵜くんのように、僕と志乃さんの仲を良く思わない人も多いだろうから、僕が攻撃されていないか心配してくれたのかもしれない。
「あ、北川さん……おはよう。別に、大した用事じゃないから、ごめん」
志乃さんが来ると、逸見さんは遠慮がちに自分の席へ戻っていってしまった。気になることがあっても、志乃さんに面と向かっては聞けないらしい。
「おはよう、志乃さん」
志乃さんは少し驚いたような顔をして、何故かふいと顔を背けてしまった。そのまま何も言わずに自分の席へ行ってしまったと思ったら、カバンだけ置いて、わざわざ僕の席まで戻ってきた。
どうしたの? と聞けば、いつも通りの笑顔を向けてくれる。どうやら怒っているわけではないらしい。
「征都くん、今日のお昼休み、ちょっと付き合ってくれる?」
僕はいいよ、と即答した。志乃さんとの関係を明るみにしたことで、学校でも堂々と一緒にいられるのは嬉しい誤算だった。
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