2-3.

 ――同日、午後三時頃。


 午後の授業も終わり、約束の放課後になった。歓迎会を開くと言っていた片倉かたくら史奈ふみなとその一行が科乃しなのの机に集まってくる。


「じゃ、行こっか」


 自転車通学の者も多く、行きは近くまで送ってもらっていた科乃は、彼らとは別行動で、電車通学の生徒たちと一緒にバスで向かうことになった。


「えっと……科乃ちゃんって呼んでもいい?」


 吊革につかまっていると、声を掛けてきたのはクラスで隣の席の岩藤いわふじ日果梨ひかり。席も近いことから話す機会も一段と多く、科乃と距離を縮めたいようだった。


「いいよ。じゃあ、わたしも日果梨ちゃんって呼ぶね」


「科乃ちゃんって、あんまりこういう繁華街って行かないんだと思ってたよ」


 事実、今までは研究施設にSIRに閉じこもりっぱなしで、繁華街どころか外に出た回数すら数えるほどだ。どうにかそれを悟られないように、上手くやりたいと思っていたのが仇にならないといいけど、と思っていたものの、早くも選択を誤ったかもしれないという後悔が募ってきた。それもそのはず、バスが進むにつれて、日果梨の言うように、科乃には縁がないような施設や街並みが近づいてくるのだ。


「まあ、確かにあんまり行かないよ。でも、せっかく歓迎会をしてくれるって言うのに行かないのも申し訳なくて」


「あはは……史奈はちょっと強引なとこもあるから、断る時はちゃんと断った方がいいよ。じゃないと、いっつも何かと声かけられちゃうから」


 史奈はどちらかと言えば、遊び歩いている方なのだろう。やはり、玲桜れおに似たタイプかと納得して、うんうんと頷いて見せた。


 目的のバス停に着いて、合流地点まで歩いていくと、自転車組は先に着いていた。


「おーっし、予約、四時からだから、時間までブラブラしてよっか。どっか行きたいところある?」


「いやいや、ふーみん、どっか行きたいも何も、この街だって初めてだろうよ」


 そう彼女をいなすのは、新貝しんかい聡志さとし。彼女の取り巻きの一人のようだった。


「そだね。そんじゃ、コピス行こっかぁ。予約のカラオケも近いし」


 コピスというのは、吉祥寺にある商業施設の一つで、フードコートからファッション、雑貨、書店なども入っており、彼らがよく足を運ぶのだという。


 連れられるまま洋服やファッション小物を見て回るが、今まで全くオシャレに気を遣ったことなどない科乃からすれば、すべてが真新しい世界のようで、次から次へと興味が湧いてくる。似合うとか似合わないとか、カワイイとかカッコいいとか、そんなことで盛り上がるのも悪くない。少しばかりの気晴らしにはなった。これが自分と同じ年頃の高校生のリアルな姿なのかと思うと、やはり羨望もあるが、自分とは違う世界に生きているんだと嫌というほど痛感してしまう。


「史奈~、いつの間にこんなカワイイ子引き入れたのよ~」


 二階の一角にあるアパレルショップの店員が、史奈に親し気に声を掛ける。よくここに通っている史奈たちにとってみれば、店員もよく話し込む間柄で、友達に近い感覚だった。


「いやいやぁ、実は今日 編入してきたばっかなんだよ~。あ、なっちゃんのチョイスで科乃に似合うの何かない?」


 史奈にそう聞かれれば、店員としても腕の見せ所。店員の寺町てらまち奈津なつは、この道五年の経験をフル活用して、科乃の見た目に似合い、かつ、科乃が好みそうな服を選び出す。


「これなんかどうよ?」


 奈津が科乃に手渡したのは、白のタンクトップと水色のオフショルダーシャツのフェイクレイヤード、グレーのキュロットワイドパンツだった。科乃が姿見の前で合わせてみると、そこに映ったのは我ながらなかなかの美少女のように思えた。最近、思い切って髪を短く切ったのも幸いだったかもしれない。


「おぉ~、いいじゃんいいじゃん!」


 よそ行きと呼べるような服を持ち合わせていなかった科乃にとっては好都合でもあり、あっさりとこれらを買っていくことに決めた。いくらSIRに閉じ込められているとはいえ、彼女らにも相応の給与が支給される。今までは使い道がなく、溜まっていくばかりだったそれを、今初めて使うのだった。さらには、彼女にとって、これが初めての買い物でもあった。



 予約の時間になったらしく、案内されたのは近くのカラオケボックス。広い部屋に案内され、九人がそれぞれ思い思いの場所に座る。そう言えば、一行の中には昼に会った牧野まきの榛久はるひさの姿もあった。聞いた話だと、彼は日果梨とは中学が同じで、仲がいいらしい。


「科乃ちゃん、何歌う?」


「うーん、わたし、あんまり歌詳しくないから、皆の歌を聞いていたいな」


 流行りの歌など全く知らないどころか、彼女には歌うことのできる曲など一つもないのだ。どうにかこれで凌げれば、と思っていた。上手く周りをおだてて盛り上げ、自分にマイクが向けられないように立ち回る。


 途中途中でトイレに席を立ち、時間を潰すのも怠らなかった。そして再びお手洗いに立ち、科乃は部屋を抜け出した。


 科乃が女子トイレから出ると、その入り口に立っている男子高校生が一人。さっきまで同じ部屋にいた、榛久だった。彼女が出てきたのに気づいた彼は、手招きしながらぼそっと声を掛ける。


「……新崎にいざきさん、ちょっといい?」


「ん、何?」


 科乃も警戒はしながら、作った微笑みを浮かべて彼の後についていった。皆がいる部屋とは反対方向の、角の隙間になっている場所。皆のいる部屋からこの場所は見えず、トイレに立ってもこの場所に気付くことはないだろう。どうやら彼は人払いがしたかったらしいことに気付き、科乃は依然として警戒を解かずに尋ねた。


「女子トイレの前で待ち伏せなんて、ちょっといやらしいんじゃない?」


「あ、いやっ、そういうつもりじゃ……ごめん」


「ふふっ、冗談だよ。牧野くん、だったよね? わたしに何か用?」


「用、というか……新崎さんって、変わってるよね」


 急な物言いに、科乃は思わず戸惑いを顔に出してしまう。どういうこと? と彼女が聞き返す前に、彼はふっと笑みを溢して、続きを話し始める。


「あ、そういう顔もするんだね。何て言うかな……確かに新崎さんは頭もいいし、明るくて人当たりも良くて、愛嬌があって、容姿も綺麗だと思う。そういう、所謂いい人で、人気者になれる人だと思う。だけど、どこか変わってるというか……異質に感じる。周りの人とは、明らかに何か違う」


 思いがけない彼の言葉に、科乃は血の気が引くのを感じた。まさか自分と同じ年頃の高校生に、たった一日で勘付かれてしまうなんて。上手くやっていたつもりだったのに。しかしそれ以上に、彼女は目の前の彼に、沸き立ってくる好奇心を抑えられずにいた。


「……君は本当に、ただの高校生?」


「……すごいね、牧野くん。よく見てるよ。確かに、そうね。わたしはただの高校生じゃないかもしれない。それを確かめたかっただけ?」


「いや、僕はもっと……君の正体を知りたい」


 彼もまた、目の前の彼女に興味津々だったのだ。普通とは異なる存在との邂逅に心が躍らないわけがなかったのだ。彼にとってみれば、このような機会は二度とないかもしれないのだから。


「わたしの正体、ね。……当ててごらん? 当てられたら、本当のことを話してあげるよ」


「……約束だからね?」


「ええ、もちろん」


 お互いに、ニヤリと不敵な笑みを交わす。絶対に当てられないだろうけど、どれほど自分の核心に近づいてくるか、楽しみで仕方がない科乃。未知の存在である彼女を解き明かそうと思考を巡らせる榛久。二人は互いに、互いへの興味で一杯だった。

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