一人ポッキーゲーム

青い葵

一人ポッキーゲーム


 十二月二十四日。クリスマスイブ、いわゆる聖夜だった。


 両親は仕事で帰りが遅く、その日は一人きりだった。


 僕は見るテレビもなく、ソファーに寝転がってネット小説を読み漁っていた。


 転生モノ、無双モノ、無自覚系などなど。


 主人公に都合のいい展開の数々に「流石にやりすぎだわ。」と、読者にあるまじきツッコミを入れていた。


 そんな中、僕は手を出してしまったのだ。


 ラブコメディーに。


 その日は、恋愛モノを徹底的に避けようと心に誓っていた。


 それもそうだろう。彼女なしの身にとったら、ラブコメの世界は桃源郷だ。全人類の夢だ。


 聖夜にそんなものに手を出してしまっては、読んでいるときは心がときめくかもしれないが、読み終わった後の虚しさときたら、言葉に表すことのできない痛みだ。激痛だ。


 脳裏によぎるのだ。一人寂しい自分とは違い、恋人とイチャイチャしているイケメンの姿が。


「やめだやめ!!」


 僕はスマホを放り投げた。ラブコメという魔の手に侵される前に、現実に戻らなければならなかった。


 僕は台所に向かい、お菓子置き場を漁った。


 チョコクッキーやら豆大福やら、甘い物好きの母親が買い溜めたカロリー達がそこにはある。


 やけ喰いだ。


 そして僕は、すでに封が開けられていたポッキーを手に取った。


 『ポッキー』


 日本のお菓子メーカー江崎グリコが1966年より発売している、スティック状のチョコレート菓子だ。


 既存商品のプリッツや大阪名物の串カツから着想を得て、細い棒が折れるときの「ポッキン」という音をもじってその名がつけられた。


 今や世界中で愛される江崎グリコの看板商品だ。


 ソファーに戻り、一口齧る。


 「ポキっ」という軽快な音と、チョコレートの控えめな甘さが心地いい。


 僕は次々に口に放り込んだ。三本喰いもした。ワイルドだろう?


 そんな幸せな時間でも、ラブコメの呪縛からは逃げられなかった。


 あんな恋をしたい。彼女が欲しい。イチャイチャしたい。


 どうしても儚い夢を抱いてしまう。


「はぁ……。」


 僕は大きくため息をついた。


 何気なくポッキーの袋に目がいく。


『ポッキー×ラブコメ』

 

 それは……そう……。


『ポッキーゲーム』


 皆さんは、『ポッキーゲーム』というものを知っているだろうか。


 二人一組になって、一本のポッキーの両端をそれぞれ咥える。ゆっくり食べ進めていって、先に口を離したほうが負けという、いわゆる合コンゲームだ。


 口を離さなければキスをすることになり、口を離せば負ける。


 キスをすれば「キモい!」と罵倒され、しなければ「チキンだ!」と笑われる。


 恐ろしい。


 しかし、ラブコメの世界では主人公とヒロインがイチャイチャする描写によく登場する。だから、世の中の愚か者どもに幻想を抱かせてしまうのだ。


 あぁ、恐ろしい。


 僕も愚か者のその一人だった。


「ポッキーゲームねぇ……。」


 無論、ポッキーゲームは二人用の遊びだ。隣に恋人ないし、友達以上恋人未満が居なければゲームは成立しない。


 人生で一度はしてみたい、僕の夢であった。


 僕はポッキーを咥えた。


 最後の一本だった。


 僕は目を閉じた。


 ポッキーの口を咥えていない側を指で摘んだ。


 少しずつ……、少しずつポッキーを食べ進めていく。


「ポキっ、ポキっ」


 軽快な音を立てて、ポッキーが削られていく。


 そして……。


「ちゅっ」


 唇に柔らかな感触。


 目を開ける。


 ゴツい人差し指。


 涙がこぼれ落ちた。


 とめどなく、流れ続けた。


 あぁ、虚しい。


 あぁ、虚しい


 最後の一本で良かった。もしもまだ残っていたのなら、あまりの虚しさで食べれそうになかった。


 再び、お菓子置き場へと向かった。気分を変えるためにしょっぱいものでも食べたかった。


 そこで僕は目にしてしまった。


 『プリッツ』


 ポッキーによく似ている。


「もう一回だけ……。」


 気づいたら、手を伸ばしていた。

 



 

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