4.結婚相手としては

 あれから数日が経った。


 家の者はせわしなく家中を駆け回り、わたしに構う者などほとんどいなかった。わたしはこれからこの家を出ていくというのに、この扱いは随分と寂しいではないか。


 しかし星菜せいなさんから聞いた話では、どうやら父様が天宮あまみやけいなる男の情報を必死になって集めているらしいことがわかった。


居所いどころを突き止めて、あわよくば先に始末してしまおう、なんて考えていらっしゃるような雰囲気でしたけれど。ですがそうなれば、郁夜かぐや様もお嫁に行くことはなくなり、このお屋敷に居てくださるのですから、邪推でなく真実であれば良いのですけれどね」


 星菜さんが常識的に考えて間違ったことを口にするなんて、初めてのことだった。たとえ今の言葉が本心ではなかったとしても、誰かが死ぬことで状況が良い方向に変わるなんて考える人ではなかったはずだ。

 わたしが思っている以上に、今回の出来事は屋敷の皆に大きな影響を与えているらしかった。


「星菜さん、珍しいね。そんな自分の願望みたいなこと言うの」


「申し訳ありません。一番お辛いのは郁夜様ですのに……」


 星菜さんがはっとしたように、慌てて頭を下げた。別に責めていたわけではないのだが、わたしの立場から彼女に物を言うと、どうしてもわたしの意図した意味とは少し異なって伝わってしまうらしい。彼女と過ごした時間ももうそれなりに長いはずなのに、完璧な意思疎通というのは実現し得るのだろうか。

 だけれどこんな悩みすら、あと数日で味わえなくなってしまうかと思うと、押し留めたはずの寂しさが再び込み上げてくる。


「いいって。でも事前に始末するなんて、そんなことできるの? 真庭まにわ信元しんげんの弟子なんでしょ? 本当かどうかは知らないけれど。それに、始末しようとして失敗したら、余計に何か要求される事態になりそうじゃない?」


「確かに仰ることはごもっともなのですが、失敗した時のリスクよりも成功させて郁夜様をお守りする方が、志岐しき家のためではあると思います」


 わたしが天宮景に引き渡されると家の者に明かされてから、どこか胸の奥につっかえていた違和感。それが、今の彼女の言葉で浮き彫りになった気がした。


 確かに悲しんでくれるのはわかる。もちろん悲しんでくれることは嬉しいし、この家を出ていくのはわたしだって悲しい。でもそれ以上に、皆この世の終わりのような絶望に暮れているのだ。わたしを引き留められないことも理解していて、どうしようもない現実を嘆いている。わたしが嫁入りするその日には命さえ絶ってしまうのではないかと思うほどに。

 そんなに衝撃的な事実だろうか。わたしという後継者がいなくなったとしても、跡継ぎが断たれたわけじゃない。家は弟が継ぎ、これからも続いていくだろう。わたしがいなくなったくらいでは、志岐家は終わらない。それなのに、悲しみ過ぎではないだろうか。何故わたしにそこまで固執するのだろう。


 あの隠されたかくりが消滅したことは皆に明かされていないし、そもそもその存在すら知らないだろう。皆はわたしが家を出ていくことを、純粋に、これ以上ないほどに悲しんでいるのだ。それは星菜さんだって例外ではない。


 皆はわたしに、何を期待していたのだろう。

 皆にとってわたしの存在は、それほどまでに大きかったのだろうか。


「わたしがいなくなっても凍夜とうやがいるでしょ。大丈夫だよ、そんなに深刻に考えなくても。星菜さんは心配性だなぁ、本当」


「そういうわけではないのですよ……。郁夜様でなくてはならないのです。この家を継ぐのは。そうでなければ……」


 星菜さんはその先を言いかけて、一度 口をつぐんだ。

 彼女でも、わたしに言えないことがあるというのか。あるとすればそれは、父様からの命だ。この期に及んでまだわたしに内密にしていることがあるのだろうか。次期当主という立場のわたしにまで秘密にされていたことがいくつか存在していたのはショックだったが、今となってはこの家を出ていく者にこれ以上の秘密を教えることはないとの判断なのだろう。

 もうすぐ家を出るというのに、この家のことはいまだにわからないことだらけだ。


「申し訳ございません。これ以上は、私の口からは……」


「大丈夫、気にしないで」


 彼女に罪悪感を抱いてほしくないから努めて笑顔を作ってみたけれど、この笑顔が作り物だってことは、彼女にもわかるのだろう。それから終始、彼女の気が晴れた様子はなかった。



 星菜さんが部屋を出ていった後で、わたしはベッドに倒れ込んで、電気も付けずにぼうっと天井を眺める。あの日と同じ、カーテンを開けて月の光を部屋に入れ、窓を開けて風を舞い込ませる。あの日は、風と一緒に余計なものまで招いてしまったが。


 結婚、か————。

 あまりにも実感が湧かない。まだ高校を卒業して半年ほどなのに、意識できるわけがない。

 きっと父様のプランでは、わたしが家を継ぐのに相応ふさわしい実力を供えたら、パートナーに相応しい実力を持つ男と縁談を組み、結婚と同時に当主の座を継がせようとでも考えていたのだろう。女性当主の代は、これまでもそうだったと聞く。

 そういう意味では、どちらにしろわたしには相手を選べる自由などなかったのだろう。自由に恋愛して、本当に好きになった相手と結婚するのではなく、家柄や実力が伴った、わたしに釣り合う相手を父様が決めたのだろう。だとすれば、今回の件はそれほど悲観することでもないのではないかと思えた。


 客観的に考えれば、父様が祓うのに苦労していた幽を一瞬のうちに祓ってみせたあの男は、志岐家次期当主の伴侶として実力は充分と言えるのではないか。加えて、真庭信元の弟子だと言うのなら、家柄はともかく出自も折り紙つきではないか。まさに彼のような男が、いずれわたしの婿に選ばれていたのだろう。


 本当はきっと、父様が選ぶ男はもっとわたしにも家にも従順な者の予定だっただろう。あのように傍若無人な、何もかも常識はずれの男ではなかったはずだ。それでも、性格は目を瞑ってでも、本来ならわたしの結婚相手として歓迎されるだけの男ではある、と思う。悔しいけれど。


 だけど、きっと父様たちにとっても受け入れ難かったのは、わたしの婿になるのではなく、わたしを嫁にもらうという点だったのだろう。それは家のために、ということを考えれば、確かに受け入れ難い。


 でもわたし個人の結婚として考えたらどうだろう。婿だろうが嫁だろうが、あまり関係ないのではないか。正直、今のわたしには、婿をもらうのと嫁に行くのがそんなに違うだろうかと思ってしまう。


 だから結局のところ、わたしが考えることは、あの男を伴侶として愛することができるか、ということ。

 今すぐにはたぶん無理だ。わたしはまだ、彼のことを何も知らない。でも彼のことを知っていけば、彼のことを好きになれるかもしれない。最初から好きで結婚するんじゃなくても、結婚してからでも彼を好きになっていくことだってできるはず。


 それよりも、彼の本心を聞きたい。嫁にもらいたいとは言われたが、わたしは正式に彼からプロポーズを受けたわけじゃない。彼はわたしを愛しているのだろうか。わたしを愛していて、嫁に欲しいと言ってきたのだろうか。

 そうだったらいいけれど、そうでなかったら、そんな環境でわたしは幸せを手にできるのだろうか。


 色々考えてはみたが、最終的には自分一人では結論を出せなくて、もう一度天宮景と会ってみなければ自分の中で答えを決めることはできそうになかった。

 でも覚悟は決まった。わたしはあと数日したら、この家を出て、嫁に行く。それはもう変わらない。変えない。そう心に決めたら驚くほどすぐに眠気が襲ってきて、わたしはそのまま眠りに落ちてしまった。

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