荒廃世界で、ウチらは笑う

葉川優希

機械人形の世界

 軽自動車が、ポータルを通って宙を走る。

 馴染みのない光景だろうが、乗っている彼女たちにとっては、日常だった。

 その証拠に、車の中では赤髪ショートボブの運転手ルンファがお気に入りのアッパーチューンを流している。


「あたーしたーちがぁー! なんばぁー、わーん!」

「あーぃ……」


 黒髪ロングの助手席ピリカも無理矢理、そのテンションに合わせて片腕をあげさせられている。


「んじゃあ、次の曲はねー……」

「おーい、ルンファー。もう着いてるってぇ〜」

「へ? 本当に?」


 美しい蒼白な肌がさらに青ざめているピリカにそう言われて、ルンファが見下ろす。たしかに、2人はもう既に目的のに着いていたようだ。

 ――荒廃した、異世界へと。

 戦争の跡が色濃く残る、戦場の跡地へと。


「あ、ホントだ」

「だから早く降ろして。ウチ具合悪いよ……」

「今回の旅行トラベルはかなり揺れたもんね! すっげぇGかかってた!!」


 天真爛漫なルンファが楽しそうに笑いながら、車のギアをいじる。

 やがて、アンダーカバーから特殊な磁場が流れ出し、ゆっくりと高度を落としていく。地面に着いた瞬間に、ピリカは扉を開けて軽く嘔吐した。音楽に興奮して揺れながら運転するルンファの動きが、身体に合わなかったのだろう。


「あー、まじ最悪」

「水どうぞ!」

「うぃ、どーも」


 着いたその場所を改めて見る。

 やはりここでも、戦争の爪痕はかなり強く残っている。

 中でも目を引くのは、積み上がっている人間の頭や腕、足のようにも見える人形のような残骸だ。そこには国への忠誠を示すロゴが着いているものも見える。


「これ、機械人形オートマタじゃない?」

「あー、そうだろうね。この世界の人間が作ったんだ。対魔族用の兵器として」


 一部の塗装が剥げてボロボロになってはいるが、相当精巧に作られており、実際の人間に近い見た目だったのだろうとルンファには推測できた。

 一切の躊躇なくパーツを漁り、ゴロリと転がってきた女性型の頭を拾い上げながら、ルンファは応える。


「ふーん。どこの世界でも、人間と魔族は戦争しちゃってるんだね」

「まぁ、そりゃそう。ってかやめなよ、頭持ち上げたりすんの」

「え? でも機械だよ?」

「機械は機械でも、なんかその、嫌じゃん」

「ヤじゃない」

「はぁー、分からん。人間の感覚分からんわぁ〜」

「人間の感覚じゃなくて、私の感覚だもん」

「じゃあ、ルンファが分からん」

「ふふん、分からなくてもいいもーん」


 あらゆる並行世界を愛車で行き来してきた2人には分かったことが2つあった。

 自分たちの元いた世界だけでなく、色々な世界で人間と魔族が衝突し、戦争を起こしていること。

 もうひとつは、そのどれもが、悲しい結末を迎えていることだ。

 のルンファと、のピリカ。戦争が嫌になり、自分達の世界を飛び出した2人。

 彼女達のような旅人は意外に多く、異世界旅行者ラートルという呼び名が着いている。

 旅の目的は2つ。1つは、自分たちの新しい居場所を見つけること。


「ねぇねぇピリカ。これ持って帰ってもいい?」

「ダメに決まってんでしょ。異世界旅行者ラートルの掟その1は?」

「異世界のものを持ち帰らない!」

「ほら、ダメじゃん」

「んー、お金になるのにぃ」

「やめといた方がいいよ。調停者フィクサーとしても、世界に変な影響が出るかもだし」

「じゃあやめとく」

「ん、偉い」

「えへ、ピリカに撫でられるの好き」


 もう1つの目的は、調停者フィクサーとして、訪れた世界をちょっとだけマシにすることだ。

 とある世界に流れ着いた時に、調停者フィクサーという仕事があることを知り、これをやってみる事にしたのが始まりだ。


「ピリカのことも撫でたげるね?」


 ルンファが一生懸命腕を伸ばすも、ピリカの頭に届くのはギリギリで、ぎこちなく撫でる。

 ピリカが姿勢を屈めてあげようとしたその時、折れた1本角が気配を察知した。


「ルンファ、誰か来てる」

「へ? 分かった」


 言われた数秒後、掠れた低い声が背中に聞こえてきた。


「ここで、何をされてるんですか?」


 振り返る前に、ピリカは魔法で角を隠す。


「すみません、どうやら遭難しちゃったみたいでして」


 言いながら、ピリカは振り返り声の主を見た。

 人間だ。40代くらいの中年の男性で、その目には生気がない。


「遭難、ですか?」

「そうなんです。遭難なんです!」

「ルンファ、ちょい待ち。あてのない旅をしていて道に迷い、気づけばここに居たんです」


 異世界旅行者ラートルの掟その2。

 ”異世界旅行者ラートルであることを知られない”。

 男はピリカとルンファを交互に見る。少女が2人旅をしているというだけで、戦争で大きな被害に遭い、居場所を失ったのだろうと分かる。

 チラリと見てみると、自動車があった。なるほど、これで来たのかとひと目でわかる。


「……目的地が決まらないのなら、ひとまずうちで休まれますか? 車の燃料も積めますよ」

「マジ!? やったねピリカ!」

「ホントに助かります。ありがとう」


 2人はそのまま、軽自動車の後部座席にその男を乗せて、男の家を目指すことになった。

 走らせること約5分。巨大な機械によって造られた、歯車だらけの街が見えてくる。そこでは、先程の戦場跡地で壊れていた機械人形オートマタたちが、せっせと人々に配給をしている。


「そこを右に、お願いします」

「ほーい」


 ブンと車を唸らせて、豪邸とも呼べる錆色の家にたどり着いた。

 言われた通り、燃料――魔核を細かく砕いた粒子が入った巨大な試験管なんかも外に飾られている。

 魔核とは、魔族の心臓にあたる、魔力を生成する臓器のこと。魔族のピリカからすると、これは気持ちのいいものではない。


「ありがとうございます。めっちゃでかいっすね」

「はは、そうですよね。もう、ひとり暮らしなもので。少し片付けますので、お待ちを」


 男は先に家に入っていく。少し待つ時間が出来た。


「魔核めっちゃあるけど、ピリカ大丈夫そ?」

「大丈夫じゃない、けど、まぁ人間のフリしなきゃだし、平気なフリはしとく」

「めっちゃお金持ちっぽいね、この人」

「そうだねぇ。でも1個、ウチの中でドデカ疑問あり」

「教えて?」


 きゅるっとした目で小首を傾げるルンファの赤い髪が揺れる。


「なんであの人、戦地に来たの?」

「あー、たしかに」

「こりゃちょっと調べてみても良さそう」

「いいね。極秘調査ってやつ?」

「そうそう」


 そこで、男が再び扉を開ける。


「お待たせしました。どうぞ」

「どうも」

「あ、車の燃料もらってもいいですかー?」

「ええ、構いませんよ」

「わーい! ありがとでーす!」


 嬉しそうにとてとてとルンファが走っていく。あの車は魔核も燃料にしているので、補給はピリカにとってどうも苦手な時間だ。見ないようにして男の背中に着いていく。

 廊下にはあらゆる場所で、同じ顔の女性と共に男が写っている写真が額縁に飾られていた。かつてはこの世界にも、これだけの色があったのかと感心する。


「……魔族を倒し、魔核を手に入れてから、機械人形オートマタが普及しました。魔核は、人間の科学を大きく前進させたんですよ、本当に」

「ええ、知ってます」


 これはきっと、この世界の常識なのだろう。どんなに魔族たちが機械人形オートマタを破壊しようと、それが人間に届かなければ、いずれ疲弊して負けてしまう。

 この世界の戦争は終わり、それは人間の勝利を意味する。しかし、それと同時に問題は生まれる。


「魔核は魔族の心臓。備蓄はあるだろうけど、数十年後にはきっとなくなってしまう」


 その問題を、ピリカはそのまま告げた。


「……その通り。まぁ、ゆっくりしていってくださいな。外のお嬢さんにもそうお伝えください。お部屋はここを使ってもらえばいいので」


 通してもらった部屋は広く、先程の時間で用意してくれたのであろうダブルベッドが1台ある。


「何から何まで、ありがとうございます。明日には出るんで、お構いなく」

「えぇ、分かりました」


 男が部屋を出ていこうとした、その背中にピリカはポンと触れた。


「ごめんなさい、1個だけ」

「ど、どうしました? なにか?」

「……いえ、電気とかのボタンって?」

「あぁ、それならここに」


 壁に着いているスイッチを指さす男。ピリカはそれを見て納得して頷く。


「あぁー、すみません。ありがとうございます」

「いえいえ、それでは何かあったら呼んでください」


 男が去っていくのと、ほぼ入れ替わりでルンファが入って来た。


「えー! ベッド大きい! 2人で寝れるね!」

「そーね。そっちは大丈夫だった?」

「うん! ちゃんと満タンにできた!」

「そりゃよかったね。ウチも準備オッケー。さっき

「いいねいいね。やっぱりあの人あやしい?」

「んー、分かんない。でも調べてみる価値はあるかな」


 魔族であるピリカには、魔法が使える。

 自分の角を隠したり、最後に触れた相手の見ているものを見ることができたり。

 先程触れた男の視覚情報を見てみると、やはりこの男はひとり暮らしだということが分かる。写真にいた女性の姿はどこにもない。

 自室にいった男が、引き出しを開ける。これは、なにかの設計図だろうか……?

 ピリカの中で、ある仮説が立てられた。


「……うん、なるほどね。あー……」


 なんだか悪い気がして、ポンとルンファの頭に手を置いた。


「なんか分かった?」

「んー、もしかしたらこうか? みたいなのは」

「そっかぁ〜」


 言いながら、ルンファは自分の体をベッドに預ける。

 ふぅ、とひとつため息をつき、ピリカも同じベッドに腰かけた。


「添い寝?」

「違うよ」


 いつも、迷う。

 自分たちはハッキリ言って、この世界の部外者だ。ここに踏み込んでいいのか、それが正しいことなのか、いつも分からない。


「ピリカがやりたいこと、やればいいよ。私がそうだから」


 にっこりと笑う彼女は、まるで自分の考えを分かっているみたいで。

 いつも、欲しい時に背中を押してくれる、最高の相棒だ。


「……じゃあ、今のうちにちょっと寝とくか」

「うん」


 日が傾き始めた頃、2人は同じベッドで眠ることにした。




 ――どこだ。どこに居る?

 終わった戦いの遺体の山から、彼女を探している。

 あんなにずっと見続けていた腕も、脚も、これでいいのか分からない。それでも、同じ四肢であることに変わりはない。

 ただ、顔はそうはいかない。彼女の美しい顔が、きれいな状態で見つからない。


「どこだ、どこに居る? マリア……マリアぁ……」


 呻きにも聞こえるか細い枯れた声。それでも、男はその死体の山を漁るのをやめない。


「何してるんすか?」


 ……声をかけられても、それをやめることはなかった。

 その声が誰なのかは、男にも分かりきっている。

 背の高い色白の少女と、背の低い赤髪の少女。


「どうしました? こんな夜中にこんな場所で」

「こっちのセリフだし!」

「私は誰にも迷惑かけていない。ただ、最愛の彼女を探しているんだ」


 やはり、そういうことか。ピリカの中での仮説は正しかったようだ。これが嬉しいことなのかと言われれば、決してそんなことはない。


「あなた、ここにある機械人形オートマタの製作者だったんですね」


 ようやく男の手が止まった。

 魔法を使ってみた彼の視界には、何度か同じマークが映っていた。それが、ここにあった機械人形オートマタのロゴと同じと気づくのにそう時間はかからなかった。

 再び、男が機械の山を漁り始める。


「だったらなんですか? 私は、最愛のあの人をもう1度取り戻そうとしているだけなんだ。あと、頭だけなんです。頭さえみつかれば……」


 たしかに、男の近くにはマネキンのような首から下までのボディが組み上がっている。

 

「あ、それって……」


 ルンファがなにか思うところがあったのか、機械の山にのぼり、グッと引っ張る。最初に彼女が持って帰ろうとしていて、元の場所に戻した頭だ。

 顔の一部、右目の辺りが破損しており、空洞が見える。


「この子だったりする?」

「……マリア?」


 男が、フラフラとした足取りで機械の山を登る。

 ぶるぶると唇を震わせながら、ルンファの手からその頭を受け取ると、強く抱き締めた。


「マリア……マリアぁ……!!」

「やっぱり。その首の端子、どっかで見たことあると思ったんだよねぇ」


 ルンファが得意げに腰に手を当てる。彼女の記憶能力と、機械への強さは目を見張るものがあった。


「早速、君を起こそう。いいな、いいよな!?」


 男はその場で、その頭をボディに挿し込む。ピッタリとハマった彼女の背中を開き、魔核の入った小瓶をセットする。

 ――ブゥゥン、という重低音と共に、彼女の左目に藍色の瞳が描かれた。


「ま、マリア! 私だ。アルストイだ!! ……私が、私が分かるかい?」


 ルンファもピリカも、茶化すことなく機械人形オートマタ・マリアの反応を待つ。

 ガク、ガク、ガク。何度も折れそうになりながら、ゆっくりと首をかしげて、彼女は応える。


「……貴方が、私のマスターでしょうか?」


 砂嵐の中にいるような、くぐもった声。その声を聞いて、男は涙を流した。


「そうか……そうだよな……覚えてないよな……この国の美しかった緑も、素晴らしかった星空も……私と共に、過ごした日々も……もう……」


 それでも、男はマリアを抱きしめる。


「すまなかった。すまなかった、マリア……お前を戦いに出させることを、私は止められなかった……」

「すみません、よく、分かりません」

「これからは共に暮らそう。終わったよ! ……終わったんだ。……私たちの戦争は終わった。これからはゆっくりと、終わっていくだけだ……だから……」

「すみません、よく、分かりません」


 ずっと抱えていたのであろう想いを、男は吐き出し続ける。それに、ずっと機械人形オートマタは定型文を吐き続けた。

 どのくらいそれを続けただろうか。男はやがて機械人形オートマタに何も言わなくなった。彼女がずっとこもった音で「カメラに異常があります」と繰り返すばかりだ。


「……なんか、上手く言えないスけど」


 口を開いたのはピリカだった。


「あなたに見つけてもらったマリアさんは、ウチには幸せそうに見えますよ」


 なんの根拠もない、慰めにもなってない言葉。ただ、その言葉には言葉以上に、ピリカの中で意味を持っていた。


「どうか……幸せに生きてください」

「ああ……そうしよう」




「もう行くんですか?」

「うん! 私たち、居場所探し中だから!」


 翌朝。スッキリした2人は、次の世界を目指して旅立つことにした。

 男はアレから、マリアを持ち帰り、修理することにした。損傷が激しく、何年かかるかは分からない。

 それに、多くの人間の思いがこめられた別の機械人形オートマタのパーツを使うことになる。言うなれば、臓器提供のようなものを無断でやることになるのだ。

 そこに男がどんな感情を持つのか、果たしてそれは、倫理的に許されていい事なのか。

 ――それは、ルンファもピリカも、考えても仕方ないことだった。


「そうですか……。お気をつけて。近くに来たらまた寄ってくださいね」

「はーい!」

「ホント、ありがとうございました」


 助手席の窓を開けて、ピリカも会釈をする。


「いえ。こちらこそ、マリアを見つけてくれて、ありがとうございました」


 これが本当に調停者フィクサーの仕事なのかも分からなかったが、彼の心の穴が修復されたのは事実なので、良しとした。


「じゃ、いこっか」

「OK!」


 車が発進する。

 バックミラー越しに、男が手を振ってくれるのが見えた。


「はぁー、車が使える世界で助かったァ〜」

「うん。まぁ、ちょっと大変だったけどね」


 魔法で消していた折れたツノを見せて、ピリカも笑顔を見せる。


「あ! やっぱり私、ピリカにはそのツノあるほうが好きだな。可愛い! 私も欲しい!」

「そんな良いもんじゃないよ」

「よーし、次はどこ行く?」

「どこでもいいよ。行き先なんてないし、住み心地良いかなんて、行ってみなきゃ分かんないから」

「それもそっか! よーっし! じゃあ、座標も適当にランダム生成してっと」


 片手でハンドルを握りながら、器用に操作盤をカタカタと叩き、意味の無い英数字を羅列させる。

 街外れに出て、誰もいない荒廃した道へと車が出た。


「それじゃ、しゅっぱーつ!」

「うぃー」


 ボタンを押せば、前方に円形のポータルが現れる。そこに向かって、アクセル全開で突っ込んだ。


「それじゃあ、移動中は私の歌で盛り上げちゃうぞぉ〜!」

「おぉー、しっとりラブソングで頼むわ」

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荒廃世界で、ウチらは笑う 葉川優希 @jurisprince

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