小さな光

加藤すみれ

第1話

雨がしとしとと降る午後、アヤは駅のホームの片隅に座り込んでいた。肩にかかった黒い髪は雨に濡れ、顔は少しも笑わない。手に持つ小さな紙袋の中には、衣服と数冊のノートだけが入っていた。アヤは、両親に捨てられたのだ。


「もう、どこにも行き場はない…」

震える声で呟くと、冷たい風がその言葉をさらっていった。幼い頃、アヤは何度も母に抱きしめられ、父と一緒に遊んだことを思い出す。しかしその温もりは、今はどこにもなかった。


そんなアヤを見つめるように、ホームの向こう側に一人の老紳士が立っていた。白髪に丸縁の眼鏡、背中は少し丸まっているが、眼差しは穏やかだった。アヤの存在を察すると、そっと近づいてきた。


「こんな雨の中、一人で大丈夫かい?」

紳士の声は柔らかく、どこか母の声を思い出させるようだった。


アヤは首を横に振り、目を伏せる。言葉が出ない。紳士はそれを責めず、ただベンチの隣に腰を下ろした。


「名前は?」

「アヤ…です」

「アヤか。私はタケシと言うよ」


タケシは、アヤが持つ紙袋に目を留めた。軽く手を伸ばし、遠慮がちに尋ねる。


「これは…君の全てなのかい?」


アヤは小さく頷く。言葉が出ない。タケシは静かに微笑んだ。


「そうか。なら、少し一緒に歩こうか」



タケシの家は駅から歩いて10分ほどの古い一軒家だった。中に入ると、温かい空気と木の匂いがアヤを包んだ。外の雨がウソのように感じられる。


「ここにいてもいいんだよ」

タケシはそう言い、アヤに毛布を渡した。アヤはその毛布に顔を埋め、初めて涙を流した。今まで抑えていた孤独と寂しさが、一気に溢れ出る。タケシはそっと肩に手を置き、ただ黙ってアヤを見守った。



日が経つにつれ、アヤの生活は少しずつ変わった。タケシは町の小さな書店を営んでおり、アヤにも店番を手伝わせた。初めはぎこちなく、注文を間違えたり本を落としたりしたが、タケシは決して怒らなかった。


「失敗してもいいんだよ。大切なのは諦めないことだ」


アヤはタケシの言葉を胸に刻み、少しずつ笑顔を取り戻していった。店を訪れる常連客も、アヤの存在に気付き、自然と話しかけてくれるようになった。


ある日、アヤは窓の外の雨上がりの空を見上げた。青く澄んだ空に虹がかかっている。


「綺麗…」

タケシはアヤの隣に立ち、静かに頷いた。


「君が笑えるようになったから、虹も喜んでいるんだよ」


アヤは少し顔を赤らめ、でも心の奥が温かくなるのを感じた。孤独だった日々が、少しずつ過去のものになっていく。



冬のある日、アヤはタケシに尋ねた。


「タケシさん…私、ここにいていいの?」

「もちろんだよ。君はもう、ここで家族だ」


その言葉に、アヤの胸は熱くなった。過去の痛みを抱えたままでも、未来に希望を持つことができる。そう信じられるようになったのだ。


春が来る頃、アヤは店の窓辺に小さな花を植えた。水をやり、太陽の光を浴びさせるたびに、花は少しずつ芽を出していく。アヤ自身もまた、花と同じように、少しずつ輝きを取り戻していく。


「ありがとう、タケシさん」

「いいんだよ、アヤ。君が幸せなら、それで十分だ」


アヤは小さく頷き、未来に向かって微笑んだ。捨てられた少女は、ようやく自分の居場所を見つけたのだった。


そして、夜空に浮かぶ月を見上げながら、アヤは静かに誓った。


「これからは、私も誰かの光になろう」


雨に濡れた日々はもう遠い。アヤの小さな光は、確かに世界に灯ったのだった。

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小さな光 加藤すみれ @kSumire

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