2000年を過ぎてからも、国内だけでも巨大な災害が甚大な被害をもたらしています。
先日起こった地震では我が家も家全体が音を立てて揺れ、とにかく一番小さな命から守ろうと必死になったのを覚えています。(幸い、被害はありませんでした)
どこそこが倒壊した。死傷者が何名を超えた。各地の避難状況、復興の目途は。
そうした大きく切り取られた情報に欠落しているのは、一般の名もない人たちが目にし、
体験した、させられた、悪夢の光景。しかもそれは、ときにこころの奥に根を下ろすのです。
美談は歓迎されますが、その逆はえてして、
黙殺、あるいは、ないものにされ、後世に伝わることは稀ではないかと思います。
大きな悲劇は、一人一人の悲劇なのです。
そしてその悲劇に襲われるのは、明日の、あるいは今日の私たちであっても、
何一つ不思議でも何でもないのです。
貴重な体験談をお寄せいただき、ありがとうございました。
「近畿地方には大地震はおこらない」
あの日が来るまで、これは定説のようなものでした。
思い切り揺さぶられて真っ暗な中で目が醒めても「いや、そこまでではないハズ」と信じておりました。
冬の夜の戸外に逃げ出し、隣家のブロック塀が崩れているのを目の当たりにして、ようやく何が起こっているかを悟りました。
家も、身内も失うことのなかった私は、まことに幸運だったでしょう。
けれど、あの時も、今も、そして未来にも、この国で生き続ける限り、これは我が身に直接にふりかかってくる事。
本作は、あざやかな筆致と、それを裏打ちする強い思いによって、それを意識させてくれました。