龍神に選ばれし、呪われて少女〜短い命の奇跡の出会い〜

加藤すみれ

第1話

この世界には、人間のほかに龍神も存在する。

龍神は生涯ただ一人の番を見つけ、その者だけを一生愛し、守る。



村の外れには、霧が低く漂っていた。

それは、霧魔が現れる前触れの、霧だ。

村にある龍神を祀る祠に一人の少女が立っており、今日もまた、掃除をするために来ていた。

「.....また、来てしまった」

美穂は自分の指先を見つめた。

震えている。寒さではない。

体の奥で、霊力が暴れていた。


かつて、龍ヶ崎りゅうがさき美穂は、霧魔を討つ名門の一員だった。(力はなかったが)

今ではその名に、美穂は含まれていない。

「役立たず」

「出来損ない」

そんな言葉を浴びせられるたび、美穂は何も言い返さなかった。

耐えるしかない。


両親は、美穂が10歳になっても霊力が使えないことを知ると、あっさりと絶縁した。

「絶縁はしても、放り出すと周りにどんな目で見られるかわからない」と言われ、美穂は家で奴隷のように働かされた。


「美穂!!お前は簡単な掃除すらできないのか!?この役立たずめ!!」

そう怒鳴られ、殴られたのは何度もある。

どれだけ体調が悪くても、こき使われ続けた。

美穂は、家の中で名を呼ばれなくなった。


ある日、美穂は初めて“抗う”という決断をした。

村は雨を失っていた。

そこで、美穂を龍神に捧げ、雨ごいをしようという話が出ていた。

残り少ない人生を、他人に奪われてたまるかという想いから

夜明け前、家の裏口を静かに開け、誰にも気づかれぬよう、そっと村から出た。

「…さようなら」

誰にも届かない声でそう言い、森へ入った。


やがて星空が開けた場所に出た。

美穂は大きな石に腰を下ろし、空を仰ぐ。

「…こんなに、きれいだったんだ」

そのとき、霧が濃くなった。

霧魔だ、と直感した。

ー誰かと一緒に笑い合って暮らしてみたかった。ー

そう思い、目を閉じたその瞬間。

金属音と風を切る音が聞こえた

ゆっくりと目を開けると、霧魔は消え、代わりに一人の男が立っていた。

白銀の髪、深い瞳の男性。

「人間。なぜ、ここにいる」

「…龍神、様。あぁ、いつもはただ一人、祠に向かってただ話すだけだったのに、実際に会って話せるなんて...これは夢なのでしょうか?」

「俺はなぜここにいるのかを聞いている」

「...逃げてきました。地獄から」

男は眉をひそめ、美穂の前に膝をついた。

「お前、呪われているな」

「…やっぱり、普通ではなかったのですね」

声が震え、涙が落ちた。

男は静かに頷いた。

「もう…間に合いませんよね」

「…ああ。時間が経ちすぎている。俺ならその呪いを解けるが、今解いたとしても、体が弱りすぎていて何の意味もない」

美穂は、それでも笑った。

「それなら、お願いがあります」

男を見上げる。

「私が生きている間、共にいてはくれませんか?龍神様と出会い、話すことが私の唯一の願いなのです。」

男は、言葉を失った。

やがて男は、短く息を吐いた。

「…俺はアルス、龍神だ。君は?」

そう名乗り、立ち上がる。

「美穂です」

「美穂。その願い、受け入れよう。だが、君は村を憎んではいないのか?」

「憎んでいますよ。私を元から殺す気でいた者たちを。でも、私にはそんな力はありません。でももし、龍神様が私を気に入ってくださったのなら、私の霊力を龍神様にお預けします。だから、私の霊力で裁きを下してください」

そういった美穂の目はとても強く輝いていた。


アルスの住処は結界に守られ、霧魔は寄りつかない。

美穂は初めて、安心して眠った。


夜明け前、結界の外れで霧が薄く揺れていた。

美穂は眠れなかったのか、静かに起き上がり、外へ出ていた。

「寒くないのか」

声をかけると、美穂は肩をすくめて振り返った。

「大丈夫です。昔は、もっと寒いところにいましたから」

そう言って、彼女は笑った。

震えているのに、誤魔化すような笑顔だった。

アルスは黙って、自分の外套を外し、彼女の肩にかけた。

美穂は一瞬驚いた顔をして、それから慌てて首を振る。

「い、いえ、そんな…」

「命令ではない。嫌なら返せ」

そう言うと、美穂は少し困ったように外套を握りしめた。

「……じゃあ、少しだけ」

霧の向こうで、風が鳴った。

美穂は無意識にアルスの袖を掴んでいた。

気づいた瞬間、彼女は慌てて手を離そうとする。

「す、すみません…」

アルスは、その手首を掴んだ。

力は入れていない。ただ、離さなかった。

「霧魔は、まだ来ない」

それだけ言った。

美穂は、しばらく黙っていたが、小さく息を吐いた。

「…ここ、安心します」

そう呟いて、もう一度、彼の袖を掴んだ。

今度は、ためらいがなかった。

その温度が、胸に落ちた。

守るべき存在ではない。

救うべき人間でもない。

―失えば、世界が歪む。ー

アルスは初めて、霧の向こうではなく、

自分の内側が軋む音を聞いた。

外套の端を、美穂の肩にきちんとかけ直す。

その指が、ほんの一瞬、彼女の髪に触れた。

離せなかった。

それが、すべてだった。


料理を作ると、アルスは不器用に褒めた。

多くは語らない。

美穂は気づいていた。

自分がいつしか、アルスを目で追っていたことに。

ある夜、美穂は言った。

「もう、逃げなくていいんですね」

アルスは答えなかった。

ただ、拳を強く握っていた。


別れは、最初の場所だった。

血を吐き、崩れ落ちる美穂を、アルスは抱き留める。

「…ありがとう、アルス様。私、あなたに会えて…」

言葉は、最後まで続かなかった。

「…待て。行かないでくれ...

 頼む」

涙を流しながら、アルスは言う。

美穂は、最後に残った力を振り絞りながらアルスの頬に手を当てた。

「くそっ、俺は龍神なのに君を救えなかった。」

「幸せにしてくれた。それだけで十分です。ひとつ言うならば、私自身の手で...」

そして、静かに息を引き取った。




俺はいつか、祠に来てくれている少女の顔を見てみたいと思っていた。

そんなとき、彼女が祠に来ず、慌てて探していると、大きな石に腰かけている少女を見つけた。

一目見て、彼女こそが毎日来てくれていた少女だとわかった。

そして、呪いがかけられている事にも。

胸の奥で、何かが灼けた。

村の者は一切祀っている俺の元には来なかったのに、なぜ私の元に来ていた少女に呪いがかけられているのかと。

少女は俺と共にいてほしいと願った。

驚いた。

呪いをかけられていたのに、復讐を願わないなんて、と。

俺は、美穂の願いを叶えることにした。

最初は、村でただ一人、俺をちゃんと祭っていた少女だから。という想いで一緒にいた。

だが、一緒にいるうちにいろんな彼女を見て、気づけば、目で追っていた。

彼女は、俺の腕の中で動かなくなった。


呪いをかけ、壊し、見捨てた。

そのすべてが、許せなかった。

だから、村へ出向いた。

「美穂という娘を知っているな。」

美穂に呪いをかけた者、美穂の父に訊ねた。

「美穂?誰ですか?」

美穂の父は焦った顔をしながらもとぼけた。

「俺が分からないとでも思っているのか?」

冷たく、低い声で、鋭く睨みつけると村人達は「ひっ」と声を漏らした。

「...怖かったのです」

自分のことしか考えていない言葉に、一つの雷を美穂の父の隣に落とした。

雷鳴のあと、彼女の声だけが、どこにもなかった。

ーここで、こいつらをただ、殺せしただけだと、美穂は怒るだろうな...だったらー

天から滅びの雨が降り注いだ。

村人は次々に倒れていく者たちを見て、逃げ出したが、結界があり逃げられなかった。

ただ一人、美穂と同じ血を持つ者を残して、村は、二度と続かない呪いに沈んだ。

なんの呪いもかけなかった者は、神の怒りを買ったものとして、他の村に連れて行き、それだけを告げた。

もしかしたら美穂は、同じ血筋として生まれ変わるかもしれないからだ。

ーあの雷は、本当に彼女のためだったのか。

 彼女は、裁きを心から望んでいたのだろうか。ー

そして、俺は大きな力を使った代償にただ一度だけ下せる神の裁きの力と感情を失った。

『美穂とまた出会いたい』という想いだけが残った。

俺は祠に戻った。

だが、もう掃除をする理由はなかった。

祈りの言葉は、もう思い出せなかった。


どうか、生まれ変わってほしい、もしも生まれ変わったのならその時は、


「君がいいというのなら、俺の番にして、今度は、手を離さない」

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龍神に選ばれし、呪われて少女〜短い命の奇跡の出会い〜 加藤すみれ @kSumire

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