斜視
桜川九龍
おじさんにとっての友達が見えた夜
満46歳の今、私には友達はもう居ないもんだと思っていた。外に『話相手』がいない訳ではない。『同僚』『上司』『取引先』は『友達』とは違う。じゃあ、同級生のような存在が『真の友達』なのかというと、また少し違う気もする。
顔見知りは多かった。新しい繋がりができると、共通の顔見知りの話となり「顔広いねぇ」と驚かれることも多かった。
だが、どれだけ飲もうが、ラインやSNSで交流しようが、大人になると『知人』の域を超えることは少ないように思う。人によっては、その関係性を『友達』と呼ぶかも知れないが……。
同級生も年々複雑化していっている。地元に残った人間は、進路、結婚、子どものこと、と常に地元で張り合っている。それに疲れた同級生は、私のように地元を離れた人間に愚痴と相談をぶつける為だけに連絡をしてくる。
中年以降の『友達』とはなんだろうと考えてみるが、明確な答えは出ない。
特にここ数年。 仕事のストレスから、私はアル中→重度のアトピー→便秘→重度の裂肛という不調の流れを経験した。 本気で苦しみ、食事や飲酒を手放しで楽しむことが出来なくなった。 それからは『量を飲んで食べる奴が強い』とされる仕事関係の飲み会にも一切行かなくなった。
私は、もう他人と外食したり酒を飲むことは二度とないだろうなとすら思っていた。
ところが、私は去年末に飲みに出たのだ。
相手は、私が21歳から27歳まで働いていた会社の上司だった5歳上の先輩。ここでは蒼井さん【仮名】としよう。 所謂、昔ヤンチャしていたタイプの蒼井さんは個性派だ。人見知りとまではいかないが、蒼井さんは好き嫌いがはっきりとしていて、ウマが合わない相手とはずっと合わないし、そのことを気にするようなタイプではなかった。 私は蒼井さんとは、会った瞬間から仲良くなった。単純にウマというかフィーリングが合ったのかもしれない。 先輩後輩の関係はありつつ、仕事面では厳しい面もあり、互いに悪口を言い合ったこともある。 やがて私は退職したのだが、連絡はマメに取り合っていた。 出会って十年以上が過ぎたある日のこと。それまで、サシ飲みなんてしたことなかったのに、飲みに誘われたのだ。蒼井さんは恐妻家なので、夜に地元以外で飲みに行けないと言っていた。 それ故に誘われたことにも驚いたが、飲みに行って蒼井さんの口から語られたのは、蒼井さんが離婚したという話だった。 それから、一緒に飲みに行くことが増えていった。と同時に以前より仲が深まり、ラインやSNSの普及もあって、気軽に連絡を取り合うようになった。 仕事の思い出話から、趣味、映画や漫画の話、時には性癖の話なんかも互いに話す関係となった。 数カ月に一度は飲んでいたが、年号が令和になった頃に飲んだのを最後に、私は適応障害と転職で精神が不安定になった。その後、コロナ禍がやってきた。 連絡は取り合うものの、タイミングが合わず自然と会うことはなくなった。 コロナ禍が過ぎ日常が戻ってきたが、私が食事を楽しめなくなったことから、スピリチュアル思考にハマった私はベジタリアン化したり、断食をするようになった。 私も嫌な奴で同じ思考じゃない人を少し下に見たり、押し付けるかのように自分の主張を始めてしまうようになった。 二年前に一度、蒼井さんから連絡があった。「〇〇の辺りの現場に通ってるんだよ。その辺りって近所だろ?時間あったら軽く会わないか?」「もう、中華とか居酒屋とかとは無縁に生きてますし、酒も飲まないので」
私は、それが当然であるかのようにトゲのある返事をした。 それ以降、蒼井さんから連絡が来ることはなかった。 二十年以上頻繁に連絡していた関係なので、時々気になることはあったものの、私も気まずくて連絡しづらかった。
それから、私の中でスピリチュアル信仰は少しずつ醒めていき、極端に偏った食生活や思考をすることはなくなった。
年末の仕事納めの夜。 ラインの通知音が鳴り、夜にラインが来ることは殆どないので気になった私はすぐにスマホを手にした。
「元気か?」
それだけのシンプルなライン。送り主は蒼井さんだった。あまりにも驚いた私はシンプルな言葉しか浮かばなかった。
「お久しぶりです。元気です」
あっという間に、飲みに行こうって話になり、私は何も考えず、オッケーした。 そうして、六年振りに蒼井さんと飲んだ。私は瓶ビール一本と、お猪口の吟醸酒を自分のペースでゆっくり舐めて過ごした。ツマミもほんの少しだけ。酔うこともなかった。 だが、蒼井さんはそのことに何も触れず、ただただ楽しそうに口を開いていた。 お開きとなり、足元をふらつかせながら改札の中の雑踏に溶けていく蒼井さんの後ろ姿を、私は見えなくなるまで静かに見送ってから家路についた。
「白貝だけなんだよな。昔っから、どんな話でもできるのってさ」
帰りの電車で、蒼井さんの言葉を反芻した。 友達が何なのかは、結局よくわからないままだ。
ただ、ああして酒を飲んで、くだらない話をして、笑って、後ろ姿を見送る。 それだけの関係が、この歳になっても残っていること自体に私は思わずにやけてしまった。
斜視 桜川九龍 @i_am_yo
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