旋律を奏でる蒼白の歯車――極北の聖歌隊と爆発する羊たち
@orangeore2025
第一章:凍てつく空に舞う、呪いのハープ
極北の辺境、そこに位置する「シルヴァニア極低温王国」の朝は、マイナス五十度という、生命の存在を全否定するような絶望的な温度から始まる。この国の住人たちは、まつ毛が凍りついて眼球を傷つけないよう、起床と同時に全力でまばたきを五百回繰り返すのが日課であった。そんな過酷な環境において、一人の魔導音楽家がいた。名を、アルフレッド・ド・ポテト・フォン・コロッケ三世という。彼は、古びた、しかし荘厳な「化石」から削り出されたとされる、伝説のハープを抱えて立ち尽くしていた。
「ああ、寒い。寒すぎて魂が鼻水と一緒に凍りそうだ。見てくれ、この指先を。もはや肉ではなく、安物のバニラアイスのような質感になっているではないか」
アルフレッドは、傍らに控える従者のペンギン、ペペロンチーノに向かって嘆いた。このペンギンは、実は前王国の宰相が呪いによって姿を変えられたものであったが、今ではすっかり魚の味にうるさいだけの小太りな鳥と化していた。
「旦那、泣き言を言っている暇があったら、その化石のハープで太陽でも呼び寄せてくださいよ。このままじゃ、私の腹の脂もカチコチに固まって、スライスして保存食にするしかなくなります」
「無茶を言うな。このハープは、旋律を奏でるたびに周囲の熱を奪い、代わりに破壊的な爆発音を響かせるという、欠陥品もいいところの呪物なのだぞ。しかも、今日の曲目は『春の訪れ』だ。この冬の地でそんな曲を弾けば、自然界の摂理がバグを起こして、空から巨大なサーモンが降ってくるかもしれん」
アルフレッドは震える手で弦に触れた。瞬間、空気が凍りつき、火花が散った。
彼は意を決して、ハープの弦を強く弾いた。パラリ、という美しい音色を期待した聴衆(と言っても、通りすがりの寒冷地仕様のヤギ三頭である)を裏切り、響いたのは「ズドドドォォン!」という、およそ楽器とは思えない重低音の爆破音であった。
「ほら見ろ! 旋律が物理的な質量を持って飛んでいったぞ!」
アルフレッドが叫ぶと同時に、放たれた音の衝撃波が、近くの氷山を粉砕した。粉砕された氷の破片は、空中で美しい結晶となり、そのままアルフレッドの頭上に降り注いだ。
「痛い! 情緒もへったくれもない! これは旋律ではない、ただの広域破壊魔法だ!」
ペペロンチーノは、降ってきた氷の欠片を器用に嘴でキャッチしながら言った。
「いいじゃないですか。これで晩飯のロックアイスには困りませんよ。さあ、旦那。次の章へ行く前に、その鼻水を拭いてください。凍って牙みたいになってますよ」
アルフレッドは、自分の鼻から伸びた氷のつららを折り、それを杖代わりに使いながら、雪原の向こうに見える謎の「廃墟」へと歩みを進めるのであった。この時、彼はまだ知らなかった。その廃墟が、かつて栄華を極めた「全自動湯沸かし文明」の成れの果てであることを。
第二章:廃墟に響く、電子音の断末魔
二人がたどり着いたのは、かつて「湯気と情熱の都」と呼ばれた古代都市の廃墟であった。現在では、巨大な歯車が氷に閉じ込められ、時折「ギギギ……」と不吉な音を立てるだけの墓場と化している。しかし、この場所には伝説があった。最深部にある大浴場の蛇口をひねれば、この世の全ての冬を終わらせる「絶対熱」が噴き出すというのだ。
「旦那、見てください。あの朽ち果てた看板を。『年中無休・サウナ完備』と書いてあります。これは期待できますよ。私の羽毛も、もう限界なんです」
ペペロンチーノが短い翼をパタパタさせながら指差したのは、半分雪に埋もれた鉄扉だった。
「待て、ペペロンチーノ。あの扉からは、どす黒い負のオーラ……というか、単純に古いカビの臭いがする。おまけに、廃墟の旋律が聞こえてこないか? これは、誰かが中で壊れた電子ピアノを叩き続けている音だ」
アルフレッドが耳を澄ませると、確かに「ピポパポ、ピポパポ……」という、お風呂が沸いた時のメロディが、短調にアレンジされた不気味なリズムで響いていた。
「誰だ! そこにいるのは! 不法侵入なら、この化石ハープの重低音で鼓膜を粉砕するぞ!」
アルフレッドが叫びながら扉を蹴破ると、そこには、全身を金色の甲冑で包んだ騎士が、必死に壁のスイッチを連打している姿があった。
「あ、いや、これは失礼。私は通りすがりの聖騎士、ジャスティス・ナベブギョーと申します。実はこちらのスイッチ、何度押しても給湯器がエラーコード『E-04』を吐き出すばかりでして。このままでは、私の鎧の中に溜まった結露が凍りつき、私は永遠にこのポーズのまま固定されてしまうのです」
騎士は、必死な形相で訴えた。彼の鎧からは、確かに「ピキピキ」という凍結の音が聞こえてくる。
「ナベブギョー殿か。名前に美味しそうな響きが含まれているが、状況は深刻なようだな。ペペロンチーノ、どう思う?」
「旦那、この騎士の鎧、純金製ですよ。これを溶かして売れば、南の島で一生バカンスが送れます。助けるふりをして、もっと冷やして動けなくしましょう」
「お前の忠誠心は、氷点下よりも冷酷だな。だが安心しろ、騎士殿。私の奏でる旋律は、あらゆる物理法則を無視する。この化石ハープの衝撃波で、その給湯器の深部にある『詰まり』を物理的に解消してやろう」
アルフレッドは、ハープを構え、弦を力いっぱい引き絞った。
「聴け! 鎮魂歌『ボイラー・エクスプロージョン』!」
放たれた音波は、もはや音楽というよりは、戦車砲の直撃に近いものだった。轟音と共に給湯器が爆発し、廃墟の壁が吹き飛んだ。しかし、そこから溢れ出したのは熱湯ではなく、大量の「熱い砂」であった。
「……なぜ砂なんだ。ここは砂漠か?」
「旦那、見てください。給湯器の化石化が進みすぎて、水が砂に変換されています! これは新種の錬金術ですよ!」
砂まみれになったナベブギョーは、「暖かい……」と呟きながら、砂の中に埋もれていった。
第三章:化石の羊と、爆発する毛玉
一行(砂まみれの騎士を含む)は、さらなる「絶対熱」を求めて、廃墟の地下へと降りていった。そこは「化石の園」と呼ばれ、かつて魔法生命体として生み出された家畜たちが、石像のように固まって眠る場所であった。
「見てください、この羊たち。モコモコしているように見えますが、触ると岩のように硬い。これが伝説の『カセキヒツジ』ですか」
ペペロンチーノが、一体の羊の像を突いた。すると、その羊の目が「カチッ」と赤く光った。
「……嫌な予感がする。アルフレッド、そのハープをしまえ。この羊たち、振動に反応して起動するタイプだぞ」
ナベブギョーが警告した時には、既に遅かった。アルフレッドの背負っていたハープが、周囲の魔力に共鳴して勝手に「ジャカジャカ」と激しいパンクロックを奏で始めたのである。
「止まれ! 私の意思に反して、勝手にソロパートに入るな! このハープ、目立ちたがり屋すぎる!」
アルフレッドがハープを押さえつけようとするが、振動は止まらない。すると、園内に安置されていた数百体の羊たちが、一斉に動き出した。彼らはメェーと鳴く代わりに、「ドォーン!」という小規模な爆発を繰り返しながら、一行に突進してきた。
「自爆羊だと!? どんな悪趣味なブリーダーが育てたんだ!」
「旦那、逃げてください! あの羊、一匹一匹がダイナマイト並みの威力を秘めています! しかも、爆発するたびに毛が飛び散って、視界がホワイトアウトします!」
地下通路は、爆発する羊と、舞い散る白い毛、そしてアルフレッドの奏でる「止まらないパンクロック」で混沌の極みに達していた。
「待て、落ち着け! 羊は群れる習性がある! 一箇所に集めて、一気に旋律を叩き込めば、連鎖爆発で道を切り開けるはずだ!」
アルフレッドは、廃墟の柱に飛び乗り、ハープの弦を限界まで引き絞った。
「受けてみろ! 最終絶叫旋律『ウール・オブ・デス』!」
ハープから放たれた超高周波が、羊たちの共鳴周波数と完全に一致した。次の瞬間、視界が真っ白な光に包まれた。羊たちが一斉に爆発し、その衝撃で一行は地下のさらに奥深くまで吹き飛ばされた。
「……生きているか?」
「旦那、口の中に羊の毛が入って、綿菓子を食べてるみたいです」
「私の鎧が……私の美しい金色の鎧が、爆風でデコボコに……。これではジャスティス・ナベブギョーではなく、ジャスティス・凹み鍋ではないか……」
ナベブギョーが嘆く中、彼らがたどり着いた場所には、巨大な水晶の扉が鎮座していた。その奥からは、この世のものとは思えない、美しくも禍々しい旋律が漏れ聞こえていた。
第四章:究極の選択、そして氷の女神
水晶の扉を開くと、そこには広大な氷の神殿が広がっていた。中央の玉座には、氷で作られた美しい女神が座っていたが、その手には何故か「特大サイズの電動ドリル」が握られていた。
「よくぞ参った、勇者たちよ。私は氷の女神、ヒヤ・シンス。この世界を永久凍土……ではなく、永久的な静寂に包む者なり」
「女神様、一つ質問があるのだが。そのドリルは何に使うのだ?」
アルフレッドが恐る恐る尋ねると、女神は無表情のままドリルを回転させた。キュイィィィィン! という騒音が神殿内に響き渡る。
「これは、世界の中心にある『大いなる氷』に穴を開け、そこから無限の冷気を吸い出すための道具だ。しかし、ドリルが化石のように古くなってしまい、火力が足りないのだ。お前が持つそのハープ、なかなかの振動を出していたな。それを私に貸せ。ドリルの動力源にする」
「断る! これは私の魂……というか、これがないと私はただの鼻水垂れの無職になってしまう!」
「交渉決裂だな。ならば、力ずくで奪うまで」
女神がドリルを構え、突進してきた。そのスピードは、物理法則を無視していた。
「ペペロンチーノ! 盾になれ!」
「嫌ですよ! 私はペンギンですよ! 鳥類保護法に訴えますよ!」
女神のドリルと、アルフレッドのハープが激突した。衝撃で神殿の柱が次々と折れ、天井から巨大な氷のシャンデリアが落下してくる。
「ナベブギョー殿、助けてくれ!」
「お任せを! 必殺、ジャスティス・お玉・スラッシュ!」
騎士がどこからか取り出した巨大な金属製の匙で女神に斬りかかるが、ドリルの一撃で弾き飛ばされた。
「無駄だ。私のドリルは、旋律さえも粉砕する!」
「旋律を粉砕だと? 面白い。ならば、粉砕できないほどの『不協和音』を叩き込んでやる!」
アルフレッドは、ハープを床に叩きつけ、足で弦を踏み鳴らした。それはもはや音楽ではなく、ただの騒音だった。黒板を爪で引っ掻く音と、壊れた換気扇の音を混ぜ合わせたような、不快指数の極地。
「あああああ! 耳が、私の美しい耳がぁぁ!」
女神はドリルを落とし、耳を押さえて悶絶した。その隙を見逃さず、アルフレッドは叫んだ。
「今だ、ペペロンチーノ! 女神の足元にワックスを塗れ!」
「合点承知! 秘技・腹滑りワックス散布!」
ペンギンが高速で床を滑り回り、女神の足元をツルツルに磨き上げた。女神はバランスを崩し、自分の落としたドリルに躓いて、神殿の奥にある「絶対熱のスイッチ」の上へとダイブした。
第五章:世界の夜明け、そして伝説の鍋
スイッチが押された瞬間、神殿全体が激しく揺動した。地下から湧き上がったのは、冷気ではなく、圧倒的な「湯気」であった。廃墟となった都市の全配管が再起動し、化石となっていた歯車が勢いよく回り出す。
「熱い! 熱いぞ! 世界が茹だるようだ!」
アルフレッドは叫んだ。氷の女神は、あまりの熱さに蒸発し、小さな氷像へと姿を変えてしまった。
「旦那、やりました! 春が……春どころか、猛暑がやってきましたよ!」
廃墟の窓から外を見ると、あれほど降り積もっていた雪が一瞬で溶け、地面からは見たこともない極彩色のキノコが猛スピードで成長していた。
「……さて、世界は救われた。だが、私たちはこれからどうすればいい?」
ナベブギョーが、凹んだ鎧を脱ぎ捨てながら言った。彼の下に着ていたのは、意外にもファンシーなクマさんの刺繍が入ったシャツであった。
「決まっている。これだけ大量の熱湯と、さっきの自爆羊の肉、そしてナベブギョー殿の名前……。やることは一つだ」
アルフレッドは、ハープをひっくり返し、それを鍋の代わりにした。
「おい、旦那。伝説のハープで鍋を作る奴があるか。だが、背に腹は代えられん。最高の出汁が出そうだ」
ペペロンチーノが、どこからか取り出したネギを刻み始める。
「旋律とは、時に人を癒し、時に腹を満たすものだ。さあ、食おう。これこそが、廃墟で奏でられる究極の旋律――『寄せ鍋』だ!」
彼らは、湯気が立ち込める廃墟の中で、ハープ型の鍋を囲んだ。外では、溶け出した氷の中から、古代の化石たちが次々と解凍され、「暑すぎる!」と叫びながら走り回っていた。
アルフレッドは、ハープの弦を一本抜き、それを麺のように啜りながら、空を見上げた。そこには、二度と凍ることのない、燃えるような夕焼けが広がっていた。
「旦那、次の冒険はどうします?」
「次は、夏を終わらせるために、最強の『かき氷機』を探しに行くぞ。ジャンルは……サスペンスで頼む」
「いや、ジャンルは選べないんですよ」
ペンギンのツッコミと共に、極北の王国の長い冬は、完全に幕を閉じたのであった。物語の最後を飾るのは、ハープから漏れ出した微かな、しかし温かい旋律であった。
旋律を奏でる蒼白の歯車――極北の聖歌隊と爆発する羊たち @orangeore2025
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