第2話
レキシが死んでから数十年後――
ガドライア帝国の属国、フラムヴァーレ。
小国ながらも、その名は周辺に知られていた。
その理由のひとつが――
フラムヴァーレ王国第一王子、シャルル・フォン・ハウゼンの存在である。
王子の身でありながら、彼は自ら義勇団を率い、奴隷の解放や山賊の討伐に身を投じていた。
無謀とも言えるその行動力から、彼はいつしかこう呼ばれるようになる。
――無謀王子。
だが、その呼び名は嘲笑ではなく、敬意と親しみを込めたものだった。
今日もシャルルは義勇団を率い、野を駆けていた。
白馬に跨り、風を切るその姿は、まるで物語の英雄のようである。
「ここら辺か? 奴隷たちを殺して楽しんでる連中の根城は」
隣を走る側近の青年に、シャルルは気軽に声をかける。
「ええ。情報によれば間違いありません」
答えたのは、側近のカイラルだった。
冷静な口調とは裏腹に、どこか疲れたようなため息を混ぜる。
「ですがシャルル様、あまり無理をなさらないでください。
貴方に何かあれば、王は私を殺しかねませんので」
「はは、そう言うなカイラル」
シャルルは楽しそうに笑い、前方を見据える。
「俺は真の平和を、この目で見てみたいだけだ。――ほら、見えてきたぞ」
その先には、粗末な砦。
見張りと思しき男が二人、油断しきった様子で立っていた。
シャルルは一切の躊躇なく、馬腹を蹴る。
「突撃だ!」
「おい、無謀王子が突っ込んだぞ! 続けぇ!!」
笑い声と共に、義勇団が後に続く。
その背中を止める者は、誰もいなかった。
見張りがこちらに気づいた瞬間、構えを取るより早く――
シャルルの槍が、その胸を貫いた。
悲鳴を上げる暇もない。
もう一人の見張りが振り向いた刹那、
カイラルの刃がその首を刎ね飛ばす。
「――一人残らず、クズどもを殺せ!」
シャルルの号令を皮切りに、義勇団は砦へとなだれ込んだ。
異変を察した者たちが武器を取り、立ちはだかる。
だが、練度の差は明白だった。
剣が振るわれ、槍が突き出され、
義勇団は次々と敵を斬り伏せながら、砦の奥へと進んでいく。
最奥の扉を開けた瞬間――
死臭が、鼻腔をつらぬく。
そこにあったのは、
貴族と見られる男と数名の兵士、
そして、鎖に繋がれた無数の奴隷と、その骸。
床には、惨たらしく殺された子どもたちの死体が転がっていた。
「……エリウス伯爵」
シャルルは、静かに名を呼ぶ。
「世話になった覚えはあります。ですが――この愚行、決して許せない」
槍を構えるシャルルに、エリウスは脂汗を浮かべ、手を振った。
「待て待て、シャルル王子。貴殿と私の仲ではないか。
もう二度とせん、どうか見逃してはくれんか」
その言葉に、シャルルは答えない。
ただ、斬り殺された子どもの死体へと視線を向け、
槍を握る手に力を込めた。
「――命令は変わらん」
低く、冷たい声。
「ここにいるのは、皆クズだ。かかれ!」
兵士たちが襲いかかるが、抵抗は虚しい。
瞬く間に倒され、最後に残ったのはエリウス一人となった。
「……カイラル。剣を」
差し出された剣を、シャルルは受け取る。
「エリウス伯爵。最後に言い残すことはあるか」
「た、助け――」
言葉は、最後まで紡がれなかった。
スパンッ。
一閃。
シャルルの剣が、エリウスの首を刎ねた。
「……息のある者はいるか?」
シャルルの問いに、しばし沈黙が落ちた。
「――あっちに一人いるようだぜ、無謀王子」
義勇団の一人が、奥を指さす。
そこにいたのは、若い男だった。
涙を流すこともなく、震えすら見せない。
左目には包帯が巻かれ、衣服はぼろ切れ同然。
全身に無数の傷を負いながらも、その男はただ立っていた。
「……お前だけでも、生きていてよかった」
シャルルはゆっくりと歩み寄り、問いかける。
「名前は?歳は?」
「名前なんてない。歳は……十五か十六くらいだ」
無愛想な声。
感情の起伏を感じさせない、乾いた言葉だった。
「そうか」
シャルルは一瞬だけ視線を伏せ、そして微笑む。
「俺は二十三だ。――じゃあ、お前の名前は“アヴニル”だ」
男は、初めてわずかに目を動かした。
「帰る場所がないなら、来い。俺たちのところへ」
答えはなかった。
だが、その沈黙こそが、了承だった。
それからアヴニルは、
義勇団を“居場所”とすることになる。
その日から、二年の時が流れた。
シャルルとアヴニルは、主従でも救済者と被救済者でもなく、
同じ戦場を生き残った“戦友”となっていた。
ある夜、焚き火の前で、アヴニルが問いかける。
「……シャルルは、なぜ戦うんだ?」
思わず、シャルルは笑った。
「ははっ。そんなことも知らずに、今までついてきてたのか?」
そう言って、彼は空を指さす。
「見えるだろ。空に浮かぶアレ」
アヴニルは視線を上げる。
「ヒストリアボードだ。あれには帝国の栄華が刻まれている。
それは絶対だ――少なくとも、今のところはな」
シャルルの声は、どこか苦々しい。
「だが、その栄華の影で苦しんでいる者たちがいる。
俺はそれを知っている。帝国は、帝国以外を道具としか思っていない」
そして、空へと手を伸ばす。
届くはずもない未来を、掴み取ろうとするように。
「俺は――あれを壊す。帝国を潰す。
圧政で苦しんでいる者たちを、救うんだ」
一拍置いて、シャルルは肩をすくめる。
「……まあ、夢物語だけどな」
どこか諦めたような笑み。
そのときだった。
アヴニルが、何かを決意したように、ゆっくりと左目の眼帯に手をかける。
「昔、目は奴隷商に潰されたって説明したよね」
眼帯が外される。
「――あれは、嘘なんだ」
シャルルは言葉を失い、覗き込んだその瞳に息を呑んだ。
左眼には、薄く、しかし確かに――文字が記されていた。
「……お前……レキシだったのか……!?」
噂話や書物で語られていた、預言の少年。
その特徴を、シャルルは覚えていた。
アヴニルは、静かに微笑む。
「残念だけど、今の僕だけじゃ、ヒストリアボードに刻まれた未来は書き換えられない」
それでも、と続ける。
「それでも……シャルルの力になりたいんだ」
その瞳を見つめながら、シャルルは思い出していた。
かつて、諦めて笑った自分の夢を。
彼は、もう一度、空を見上げる。
――ヒストリアボードを、必ず壊し、帝国を滅ぼす。
そう改めて心に誓った。
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